ぼちぼちいこか。。。

「できない理由を探すより、できる方法を探そう」
毎日忙しく仕事に追われている方々のために、原発関連のニュース、重要な講演などの文字起こしや自分の考えをUPしています。
少しでもみなさんのお役に立てるよう頑張ります。みんなで一緒に考えて行動していきましょう! 

いつもご覧いただきありがとうございます。
「これは!」と思う記事がありましたら、ぜひ身近な方に広めていただきたくお願いいたします。

著名な識者の方のカテゴリを作りましたので、文字起こしなど幾分探しやすくなったかと思います。基本的に私がやった内容起こしは転載OKです。

多の方に届くように願っております。

百人百話シリーズ【福島からの声】

12月14日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第26話 田口葉子さん 【後半】

※この記事は、12月14日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第26話 田口葉子さん 【前半】の続きです。

<35:30頃~>
Q.インターネットで見た情報も多い?
 そうですね。インターネットを見ての情報も多いです。はい。
 あとは友人が原発に対して、反原発の姿勢をとってる友人がいるので、その方からのある程度の情報、知識とか入ってくることもあります。
 あとは講演会とかそういう案内も来るので、行けるときにはそういったものに耳を貸してるつもりです。
 前にいわきで来ました広河隆一さんですよね。フォトジャーナリストの方の講演と、矢ケ崎教授。その方のは行って、あとこの間25日に行った肥田先生、ちょっと行けなかったんですけど、ネットの方でちょっと拝見はさせていただいたんです。ちょっと音声がよく聞けなくって、行きたかったんですけど、そういったことで本当はどうなんだ?っていうところを自分が知りたくって、その本当がどうだかはわからないんですけど、ただ、放射能を子供たちが生活するところも一度汚れてしまってるので、
「どうして大人、行政、市も県も国も、なんでこれを片づけようとしないのかな?」
って思います。
Q.行政の姿勢に苛立ちはあるが、どこへぶつけたらいいかわからない。
 そうですね、国や県、市、行政に対して、苛立ちはあるんですけど、それを本当にどこにぶつけていいかもわからないし、どうやってそれを訴えればいいのかわからない・・・ですね。誰に言ったらいいとか。
 本当に怒らなくちゃいけないっていうか、
「本当に言うとしたら、東電に言うんだろうか」とか、
「それともそれを推進してきた国に言わなくちゃいけないのか」
とか、そう思うと自分の中でいっぱいいっぱいになっちゃうんですね。
 どこに怒りをぶつけていいかわからない。

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12月14日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第26話 田口葉子さん 【前半】

※この記事は、12月12日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第24話 宍戸慈さん 【前半】に関連しています。

12月14日 百人百話 第二十六話 田口葉子さん
http://www.ustream.tv/recorded/19138076 (67:22)

【以下、お時間のない方のために内容を起こしています。ご参考まで】
2011年9月27日収録
Q.自己紹介をお願いします。
 初めまして。
 私は福島県のいわき市、いわき生まれで、田口葉子と申します。
 私の住んでいるところは、いわき市でも、そうですね、原発からいうと53㎞くらいのところにあります。泉町のほうになります。そこの所謂新興住宅地のところに、会社員をしております主人と小学校4年生になります女の子の3人で、あとペットが2匹いますけど、そのペットを2匹含めた5人で生活しております。
Q.お仕事は?
 美容関係の仕事をさせていただいております。
Q.3.11の前後の変化
 そうですね。
 仕事においても、生活においても、子供に対する学校生活、主人の仕事、全て、私の実家、おばあちゃんとかおじいちゃんについても、考え方もすべて変わってしまったっていう。
 3.11の大震災の前と後と私の生活、家族の生活、すべてが変わったと思います。

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12月12日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第24話 宍戸慈さん 【後半】

※この記事は、12月12日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第24話 宍戸慈さん 【前半】に関連しています。

<39:30頃~>
Q.30歳以上、60歳以上の方については、どのように思われますか?
 多分今、非常に動いて頑張ってくださっているのが、30代後半から45くらいまでの世代なのかなっていう感覚はあって、良きにつけ悪きにつけの部分はあると思うんですけど、一番バイタリティのある世代で、
『自分たちが自分たちの子供とかこれからの未来をつくってかなきゃいけないんだ。何かを残してかなきゃいけないんだ』
っていう感覚で動いてくださってるのが、本当に35~45くらいの10歳の世代かなっていう・・・
Q.それは男女ともに?
 男女ともにそうですね。
Q.52歳も頑張ってるよ!
 52なんですか!?えぇーーーっ!!それびっくり!!
 うん、あー、そうなんですか。
 でも50歳とか逆に聞かないです。
 なんか・・・、あ、でも、田中優さんとか何歳くらいですか?
Q.俺と同じくらいじゃないかな?
 同じくらいですかね?
 あ、じゃあそのくらい。そう考えると、多分50歳くらいの人たちが引っ張ってくれてて、その下の世代が植木さんとかそのくらいの世代の人たちががフットワーク軽く動いてくれてる感じかな?うーん。
 30歳、30~40くらいの人までの人たちは、どうしていいかわからなくて、もぞもぞしてる感じがしますかね・・・とか言っていいのかな・・・。
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12月12日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第24話 宍戸慈さん 【前半】

※この記事は、12月8日 【内容起こし】百人百話 第23話 佐藤幸子さん 【その①】に関連しています。

【動画】12月12日 百人百話 第二十四話 宍戸慈さん
http://www.ustream.tv/recorded/19101885 (77:54)

【以下、お時間のない方のために内容を起こしています。】
2011年9月1日収録
Q.自己紹介をお願いします。
 宍戸慈、27歳です。
 今は福島県郡山市に住んでいて、仕事は、郡山コミュニティ放送という地元のコミュニティFMでパーソナリティをしたり、あとは、福島と郡山を中心に発行されているフリーマガジンDipという無料の情報誌があるんですけど、それの企画・編集なんかをしてます。
 趣味でレースクインをしたりとか、そんなことをしたりはしてるんですけど、生まれも育ちも福島です。
Q.出身は福島市なのですか?
 はい。出身は福島市です。今は郡山市に住んでいます。
Q.3.11の時は、どちらにいらっしゃいましたか?
 郡山市の駅前にあるビックアイで仕事をしてたんですけど、揺れて、その後・・・自分の家に帰ったら、お家の中が酷いことになっていて、私、去年の3月にこっちに引っ越してきたばかりで、まだ1年なんですね。友達もたくさんいるんですけど、親類とかは居ないので、福島市に帰ろうかと思ったんですが、4号線はパンクしてたし、電気・ガス・水道止まってるし、電話はつながらないし、「今日私はこのまま避難所ですか?」みたいな感じになっちゃって、どこに行ったら情報取れるかなって冷静に考えたら、
「ココラジに行けばいいんだ」
と思って・・・。
Q.ココラジとは何ですか?
 ココラジっていうのが、郡山コミュニティ放送という私もパーソナリティをしてる放送局なんですけど。

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12月8日 【内容起こし】百人百話 第23話 佐藤幸子さん 【その④】『福島での分断と風の谷のナウシカ』

※この記事は、12月8日 【内容起こし】百人百話 第23話 佐藤幸子さん 【その③】『子供を放射能から守るネットワークとニューヨーク』の続きです。

<58:15頃~>
Q.震災後の暮らし。
 仕事を本当に農業を辞めるってなった時に、うちでは卵の収入がほとんどで、野菜とかお米に関しては、自給クラスくらいだったんです。
 卵の方はうちではかなりの収入だったので、でも東電の社員の方の給料の10分の1くらいですけれども、それでもそれがゼロになったわけですね。
 福祉の方の給料は、理事長なんですけど、手取りが12万くらいです。この収入しかないんです。
 ただ、不幸中の幸いっていうか、うちで研修生を受け入れて、研修生のための家を何カ所か用意してたんです。そこに入ってた研修生たちは、全員、あ、一組だけ残ってますけど、全員居なくなっちゃった。空きますよね。そこを飯舘村の全村避難になったので、飯舘の村の人たちが「貸してくれ」というふうになって、それで、実は、貸してるんですよ。3月。
 それが家賃の方は、県からの助成で払ってもらえることになったので、避難してる人から直接っていうのは無いんですけれども、それの家賃収入がいくらかあるというだけなんです。
 私が山形から、前は山形市だったので、2時間半かかるから毎日は帰れなかったんですけど、今、米沢というところで1時間20分くらいで行ける場所なので、毎日帰ってるんですよ。そうすると、今までの6倍の距離なんです。
 だから単純にいっても、ガソリン代が今までの6倍かかるんです。
 なので、今のところ何とかやりくりしてますけれども、これ、ずーっと続いたら、ちょっと続かないよねっていうのが、実際のところですね。

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12月8日 【内容起こし】百人百話 第23話 佐藤幸子さん 【その③】『子供を放射能から守るネットワークとニューヨーク』

※この記事は、12月8日 【内容起こし】百人百話 第23話 佐藤幸子さん 【その②】『母に誓った思いと命をつなぐということ』の続きです。

<23:35頃~>
Q.子供を放射能から守るネットワーク。
 4月25日に準備会をしたんですけれども、その時に原発震災復興福島会議という名前の会ではなくて、『とにかく今すぐにやらなければいけないのは、子供たちを守ること』だと、1点にしぼって会を立ち上げようということになったんです。
 それで名前を『子供たちを放射能から守る福島ネットワーク』ということで、5月1日になったんですが、準備会の25日のときに10人くらい集まればいいかなと思ってたところが、すでに100人を超える方々が集まっていて、自分たちの思いをそこでも本当にいろんな立場だった人たちが話をされていました。
「すぐにでもできることはやろう」
という話がそこで出たんですけれども、5月1日は会場を同じ会場しか用意してなくて、50人の会場を用意してたんですけど、
「とても50人じゃ入れないよね。今日でさえ100人なんだから」
ということで、すぐに150人以上入れる会場を探したんですが、その当時は震災の影響で使えない会場が多くて、やっと本当に今まで誰も使ったこともないような知らないような会場だったんですけど、そこを予約して当日を迎えたんですけれども、当日250人、マスコミも含めて250人の方が集まって来られて、とにかく今すぐにでもできることをやろうということで、
『今どうなっているか、測定をしよう。測定をしてホットスポットは除染をしよう』と。まだまだ自分たちに知識が無い。勉強をまだまだしなきゃということで、知識普及班ということでやりたい』
という人と、
『とにかくなんだかんだ言っても子供は避難でしょ。避難・疎開・保養を最優先に考えてプログラムを作ろう』
という人と、それと同時に
『避難できない人のためにどうすれば防護できるか、そういうことを勉強して伝えていかなければ、手当てもしなければいけない』
ということで、皆さんその場で分かれて、具体的な話になったんです。
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12月8日 【内容起こし】百人百話 第23話 佐藤幸子さん 【その②】『母に誓った思いと命をつなぐということ』

※この記事は、12月8日 【内容起こし】百人百話 第23話 佐藤幸子さん 【その①】の続きです。

<42:00頃~>
Q.避難という選択。
 私が本当に自分も含めて避難しなければいけないという決断を迫られたのは、本当に3.11直後だったと思います。子供たちはすぐに避難させて、自分がいつ避難するかというのは、はっきりは決めてなかったんですけれども、自分の身体がもつかぎりはここに居ようと思っていたんですが、ついにもたなくなったということで、避難を決めたんですけれども、実は、皆さん避難するためには、本当にいろんな事情が避難できないっておっしゃるんですけど、私はチェルノブイリの事故の後に、避難を子供たちにも万が一の時に避難させようと決めてたので、そういう意味では、自分の中では整理がついていたと、大げさに言えばそうなりますね。
 今考えると、実は私の長女がお腹の中に居た時なんですけれども、私の妹、3人姉妹なんですが、一番下の妹もちょうどお腹の中に子供が居て、妹は実は、早産だったんです。福島医大に入院をして、早産で赤ちゃんは保育器に入ったんですけど、その時に私が付き添いをしました。妹は入院中だったので、
 その時に妹の子供は1850gくらいかな。450gの赤ちゃんも保育器に入っちゃって、早産ですね。当然ながら。その隣には、4000gの大きな赤ちゃんが保育器に入ってるんです。なんで大きいのに入ってるのかな?と思ったら、
『心臓に疾患がある』
って言ったんですね。
 その時は何気なく聞いてたんですけれども、今思うと、チェルノブイリの直後に妹は早産で、しかも妹の子供は水頭症だったんですよ。これが全く関係が無いと言い切れるか?っていうのを思ってたんで、やはり何かがあったときには、すぐに逃げなきゃって、それの覚悟をしてたっていうのはチェルノブイリの後です。
 なので、決められたのかな。実際起こった時にって自分で思っています。

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12月8日 【内容起こし】百人百話 第23話 佐藤幸子さん 【その①】

※この記事は、12月6日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第21話 手塚雅孔さん『放射能のことを話してはいけない空気』【前半】に関連しています。

【動画】
12月8日 百人百話 第二十三話 佐藤幸子さん 前編
http://www.ustream.tv/recorded/19006464 (61:36)
12月9日 百人百話 第二十三話 佐藤幸子さん 後編
http://www.ustream.tv/recorded/19026073 (95:52)

【以下、お時間のない方のために内容を起こしています。ご参考まで】
2011年10月13日収録
 私は川俣町に住んでいます佐藤幸子といいます。
 歳は53歳です。
 子供が5人おりまして、長男が29歳で東京の方におります。長女は25歳でチェルノブイリの歳に生まれました。今は米沢の方に避難しています。次男が20歳で福島市のほうで仕事をしてまして、これがなかなか避難を決めてくれなくて、まだおります。福島の方に。それで、三男が17歳。次女が13歳。この二人が今私と米沢で私と一緒に住んでいます。
 仕事は、もともとは農家です。
 30年前に結婚したんですけれども、その時から百姓に私はなって、長男が生まれるときに子供に安全な食べ物を食べさせたいというところで、無農薬の野菜やお米、そして平飼い養鶏といって、昔ながらの鶏の飼い方で地面に放し飼いにして、卵を作って消費者に直接届けるということをやってました。
 そのあとに、いわゆる有機農業ということのやり方から、少し自分たちの生き方を問い直した時に、自然農といって、畑や田んぼを耕さないやり方で作物を育てるというやり方を知りまして、そちらの方に20年前に転向して、現在に至ってるんですが、6年程前からその自然農を取り入れながらも、障害者やお年寄りの方と一緒に日中過ごせる場所をということで、福祉の方の事業を立ち上げまして、NPO法人青い空という名前で始めまして、それでヘルパー派遣の事業も併せて行うようになってまいります。
Q.自然農。
 自然農っていうやり方なんですけれども、私が始めるきっかけになったのは、奈良県の川口由一さんという方が提唱されていたやり方で、畑や田んぼを耕さないという、まず、耕すということをやらないというのが大きな特徴で、しかも農薬や化学肥料も使わない。普通の農家の場合だと、まず耕して草を全く生やさないというのがやり方なんですけども、草も虫も敵とせずという、必要があって生まれたものは、この世に無駄なものは無いという考え方でやるというところで大きな違いがあります。
 県内で自然農をやってる仲間というのは、だいたい20人くらい居たんですけれども、私のところで研修生を受け入れをしていたので、研修が終わった後に県内に、宮城県の県南の方にも入って、自給できるように生活をしているという方がいました。

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12月6日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第21話 手塚雅孔さん『毎日自分を責めて生きている・・・』【後半】

※この記事は、12月6日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第21話 手塚雅孔さん『放射能のことを話してはいけない空気』【前半】の続きです。

<36:50頃~>
 妻がなんでそこで怒ったのかな?って、『勝手なことをやった』って言うんですけれども、多分そこが『勝手なこと』というところの意味合いの中で、今、こういうふうな
『原発事故があっても安全ですよ、福島のもの、食べられますよ。安心して暮らせますよ』
っていう空気がある中で、そうじゃないっていうようなことを勉強するような集まりのところ、要は『放射能の影響が怖いですよ』と言っているような集まりに、私が妻に言わないで出かけて行って、そこでテレビに映って、それが放送されて知り合いから言われたっていうことが、すごく・・・妻としては面白くなかったんじゃないかなというふうに思います。
 だから、妻も私と同類だというふうに、
「あなたのご主人がああなんだから、あなたもああなんでしょ」
っていうふうに、
「あなたも危ないって思ってるんでしょ。気にしすぎなんじゃないの?あなたも避難しようと思ってるの?」
とかそんなふうに受け取られるのが、妻としては今の仕事をやっていく上でやりづらいというふうに考えたのかなというふうに推測はしています。
 話をしていて、今、ちょっと思い返したんですけれども、なんていうんですかね。自分で言葉を選んで周りに気を使ってしゃべってるというふうに、今思いました。
 話をしてる時も、実際に職場の人といったら職場の人の顔が浮かびますし、親戚っていったら親戚の顔が浮かびますし。
 なんていうのかな・・・。
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12月6日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第21話 手塚雅孔さん『放射能のことを話してはいけない空気』【前半】

※この記事は、12月5日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第20話 千葉由美さん【前半】の続きです。

【動画】12月6日 百人百話 第二十一話 手塚雅孔さん
http://www.ustream.tv/recorded/18965364 (74:31)

【以下、お時間のない方のために内容を起こしています。ご参考まで】
2011年9月1日収録
 福島県郡山市に住んでいます手塚といいます。
 妻と二人の娘と4人で暮らしてます。
 私は43です。
 上が高校3年生で、下が小学校2年生です。
 病院のソーシャルワーカーをやっています。
Q.今も郡山に?
 はい。そうです。
 生まれは郡山です。母が郡山出身で里帰りして私を産んで、小さいときは東京に居たんですが、その後郡山に移って、高校まで郡山でそれ以降就学して就職して、しばらくは東京にいましたが、また郡山に戻ってきました。
Q.3月11日の状況
 3.11は私は病院に勤めてますので、病院の職場で被災しました。
 患者さんが来てるデイケアというところに勤めてまして、そこでカラオケをやってる時に地震が来まして、私、子供のころに宮城県沖地震というのを経験してるんですね。その時は、なぜかそこと別の住んでるとことは別の病院にいっていて、すごい揺れを感じて、すごく自分でパニックになって、手を引かれてあちこちウロウロしてたのを思い出したんですけれども、その時の揺れよりも、すごく長くて大きくて、なんていうんですかね、地面がズリッとずれるのを感じたんですね。
 実際に揺れが収まって、患者さんが大丈夫というのを確認して、外に出たらもう駐車場も地割れが出来てまして、
「これはもう只事じゃないな」
と思いましたね。
 ちょっと仕事中だったんですけども、携帯電話で自宅というか子供のところに連絡を取ろうとしたのですが、全然携帯電話が通じなくて、
「本当にこれはどうなってるんだろう」
っていうのがすごく不安でした。
 それで、家の病院が被災したので、病院は3カ所でやってるんですけど、1ヵ所の建物が壊れてしまったので、患者さんをうちの病院に運んでくるということがアナウンスされてきたんですけれども、自分の家のことも家族のことも心配で、連絡が取れなくて、でも、自分の仕事をやらなくちゃいけないというのがあって、心配な気持ちを押し殺して、患者さんを受け入れる準備をずっと夜までしていました。

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12月5日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第20話 千葉由美さん【後半】

※この記事は、12月5日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第20話 千葉由美さん【前半】の続きです。

<39:40頃~>
Q.心配する学校の状況、子供の反応
 高校生と小学生なので、高校生くらいになると自分の意思っていうものがありまして、そこをどうしても何が何でも言うことを聞きなさいということは、やっぱり無理が生じてくるですね。
 高校生の子供たちは、マスクをつけて身を守るっていうことはしてたんですけども、小学生の娘はゴールデンウィーク明けから登校させましたが、高校生はもうちょっと学校が壊れて修繕が間に合わなくって始業式が遅れたとかっていうことがあったので、小学生の登校よりは遅れたんですね。
 でも始業式から行かせるっていうことは、高校生に限ってはしょうがないかなっていうふうに私は思いました。
 私の子供たちは、もともと私が自然志向だったもので、いろんな環境だったり食のことに対して、本当はどうなんだろう?っていう面を比較的持ってる方だと思います。
 もしかしたら危険かもしれないものからは、自分から身を守らなくてはいけないというような考え方はもともと持っているので、淡々と守っていました。
Q.夫婦間での考え方。
 そうですね。私の夫の場合は、子供を放射能から守らなければならないというところにおいては、同じ考えでした。
 ただ、具体的にどこまでが安全でどこまでが危険でとかっていう具体的なところまでは、やっぱり判らないけれども、漠然として親としてやっぱり子供を守りたいっていうスタンスは同じだったんですね。ただ、
「地元の方が津波の影響とかを受けながらも、復興に向けて頑張ってる姿を仕事を通してたくさん見ているので、そういう方たちのことを考えた時に、やっぱり「放射能、放射能」っていう言葉を発しながら、危険と言うことは、やっぱり『風評被害』という言葉にぶつかってしまうので、やたらめったらそういうことは言ってはいけないところである、ここはそういう場所なんだ」
っていうようなことを夫から言われたことはあります。

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12月5日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第20話 千葉由美さん【前半】

※この記事は、12月3日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第18話 植木宏さん【前半】に関連しています。

12月5日 百人百話 第二十話 千葉由美さん
http://www.ustream.tv/recorded/18948682 (79:32)

【以下、お時間のない方のために内容を起こしています。ご参考まで】
2011年9月27日収録
 はい。千葉由美です。
 いわき市在住、出身は福島県の福島市。夫が転勤族なもので、福島市から白河市に移り住みまして、そこで15年間在住しまして、また転勤になりまして、4年前にいわき市に参りました。
 えーっと、年齢は42歳。子供が3人おりまして、高校3年生、高校2年生、小学4年生です。
Q.震災以前の状況
 3.11以前の仕事っていうかライフワークに関していえば、私は子供がアトピーで生まれてきたっていうことがきっかけだったんですけども、なるべく、今までは普通に取り入れてきた化学物質とかそういったものを口から入るもの、皮膚から入るもの、あらゆる環境の全てにおいて、ちょっと見直してみようっていうふうに思いまして、それからもういろいろライフスタイルを切り替える中で、薬とかもですね、なるべく科学的なものに頼らないで、自然治癒力に働きかけるようなものを使いたいっていう思いから、だったら自分で作りたいっていうふうに発展しまして、土を作るところから始まるんですけれども、自分でも堆肥を作って有機農法で植物を育て、その植物を収穫してアルコールですとか、自然のオイルにつけこんで、成分を抽出したものを使ったりとか、生活周りの全てにおいて天然のものでなるべく代用が効くものは、化学薬品とか化学物質をシフトしていくような、そういうことを取り入れて、それがだんだん自分のライフワークになってきたもので、講座を開いて教えるような資格を取りながらですけども、そんなこともしておりました。
 3.11の時は、娘と外出してたんですけども、買い物に行って、駐車場に車を止めて、ドアを開けた瞬間に地震が来まして、一瞬何が起きてるのかわからなかったんだけど、段々理解してきて、「これは地震だ」っていうことで、お店からどんどん人が出てきて、駐車場が本当に波打ってるような夢なのか現実なのかわからないようなそんな場面が、結構時間にしては長く続きまして、とりあえず高校生の娘と一緒にいたんですけど、小学生がちょうど下校する時間だったので、
「これはすぐに迎えにいかなきゃ」
というふうに思って、道路が波打ってる状態の中、車を走らせて学校に迎えに行きました。はい。

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12月3日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第18話 植木宏さん【後半】

※この記事は、12月3日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第18話 植木宏さん【前半】の続きです。

<36:30頃~>
 そういうことがあって、ちょっと僕も悩んだ時もあったんですよ。変な話ですけども、戦争が起こった時に、もし戦場だったら、男っていうのは女子供に「逃げろ」っていうのは当たり前だと思ったんです。普通に。

「でも、今回のは違うんだ?何が違うんだ?」
って本当に正直疑問に思ったんです。
「こんな危険だよ」って、皆それは知ってる。
「それで十分じゃん」
って思うんですけど、それでも避難させない・・・。できない・・・。
 僕の中には"?"しかなかったんですよね。
 いろいろ聞いていくと、結局経済だったりお金がなかったりとか、お父さんの話だと寂しいとか、1人で暮らしていけないとか、子供と離れるの嫌だとか、逆もありますよ、もちろん。お母さんが離れたくないと。お母さんが大丈夫って言ってるとか、いろんな人間の生々しいものが浮き彫りになってきたっていうのが、今回の本当にね、そういうやりとりしてちょっとショックだった部分大きかったんですけど、改めて冷静に見てみると、『人間性』が全部浮き彫りになっちゃったな。
 国の体制もそうですし、県もそして、親たちも福島県人も、それぞれの人間が『放射能』っていうキーワードをもとにして、『人間性』が全部綺麗に出てきちゃったなって思うくらい、いろんな人たちが思ってることっていうのが、
「あ、あなたこんなこと思ってたの?」
っていうのがいっぱい見てきたっていうのがありましたね。
 僕、その1通のお手紙っていうか、その一番ショックだったのと同時に、やっぱ福島県を何とかしようと頑張ってる人たちも居るんだということも同時に判ったんですね。
 だから一概に「逃げろ」だけでも、本当に残された人たち、経済的に本当にね、後輩自身も実は、今回の地震も含めて、今まで何回も会社がつぶれそうになっても立て直して、一生懸命やってきたの判ってて、なんとかこれから軌道に乗りそうだっていうときに、大借金を背負っちゃったんですよ。今回。
 もうかみさんにも言えないくらいうちも大変なんだって。

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12月3日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第18話 植木宏さん【前半】

※この記事は、12月1日 【内容起こし】IWJ百人百話 第18話 佐々木慶子さん 【その①】の続きです。

【動画】12月2日 百人百話 第十九話 植木宏さん
http://www.ustream.tv/recorded/18876729 (74:09)

【以下、お時間のない方のために内容を起こしています。ご参考まで】
2011年9月1日収録
Q.自己紹介をお願いします。
 植木宏、40歳です。
 家族が妻一人の子供二人。長男が4歳、そして次男が2歳の家族構成です。
 僕は、もともと出身が福島県の郡山市。今はちょっとね、今回の原発の影響で引っ越しして、今長野県の松本市に家族を引越しさせて。
 僕自身は、やっぱり地元が福島っていうのがあって、こちらの方に残ってできることをやろうと思って、今、残って頑張ってます。
 家はもう引き払っちゃったんで、僕は実家に住みながら、拠点にしながら頑張ってます。おやじとおふくろと三人で暮らしてます。
Q.「郡山は線量が高い」と伺っていますが?
 当時住んでたのは、須賀川市だったんですけども、郡山から須賀川に入ったとこだったんですよ。そこで、ガイガーカウンタが手に入った時測ったら、最初の頃なんですけど、2は超えてました。2マイクロシーベルト/時を超えてました。
 実際自分で手に入って、自分の家の庭と中ですね。測ってみましたら、庭でだいたい2.5~3あったんですね。家の中も大体0.4を超えてたんで、
「これは流石に子供には無理だな」
と思って、引っ越し決意したんですね。
 その家自体は、僕は大した感じることはなかったんですけども、うちの実家。今さっき言ってた須賀川の自宅から実家って、500mくらいしか離れてないんですよ。そこの実家をこないだ雨樋の下測らせてもらったら、メーター振り切れちゃって、15マイクロシーベルト超えてたんです。
 なんでそこを測ったかというと、僕、人の家とかあちこち町中とかいろいろ計測してたんですけど、家のかあちゃんが庭とかお花とか好きなんで、
「なんか庭に出てここの場所に来るとヒリヒリするのよ」
って言ってたんです。はい。
「そこでちょっと一回測ってみ?」
なんて言われて測ってみたら、メーター振り切っちゃって、びっくりしちゃった。
 その雨どいの、部屋っていうか外側の中にも寝泊まりしてるので、ちょっときついっすよね。正直ね。

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12月1日 【内容起こし】IWJ百人百話 第18話 佐々木慶子さん 【その③】

※この記事は、12月1日 【内容起こし】IWJ百人百話 第18話 佐々木慶子さん 【その②】の続きです。

<01:17:35頃~>
Q.沈黙のアピール
 私が運動方式として取り入れてきた方法は、WAWAWAの会の精神を取り入れてやってきたわけですが、その一つは『沈黙のアピール』という名前で、雄平知事が今のプルサーマルを取り入れる危険性があるということを知って、仲間と一緒に「じゃあどうしたらいい?」ということで、
「『沈黙のアピール』やらない?」
って、私が言い出しっぺだったんですが、
「とにかくわめいたりがなったりしない、大きな大弾幕に私たちの目指すキャンペーン、言葉をやって、ただ黙って立ってるだけでもいいよね。それやらない?」
って言ったら、
「あ、いいね」
っていうことになって、最初は少数の仲間だったんですけど、例えば
『私たちの故郷を第2のチェルノブイリにしないで』
っていうような言葉とか、
『私たちの故郷を核のゴミ捨て場にしないで』
とかっていうような大きな5mもするような大弾幕を掲げて、県庁までたちたいね!っていうことで、それをなんとかしてやりたいということで、県に掛け合って、
「そんなのダメだ」
って言われたんですけど、
「じゃあ、メッセージを届ける間だけ」
っていう条件付きで実施しました。それで、最初は黙って立ってたんですけど、必ずメッセージを届け続けました。

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12月1日 【内容起こし】IWJ百人百話 第18話 佐々木慶子さん 【その②】

※この記事は、12月1日 【内容起こし】IWJ百人百話 第18話 佐々木慶子さん 【その①】の続きです。

<40:20頃~>
Q.佐藤栄佐久前知事。
 栄佐久知事は、最初プルサーマルを受け入れました。
 でも、私たちも反対しましたし、彼自身が学習した結果だと思いますが、やはりこれは県民の立場に立って良くないものだというふうな捉え方をしてくれて、いろいろ問題点を訴え、そして疑問点も要望もしました。東電に対して。東京電力に対して、そして国に対して。
 その中の一つに、『隠ぺいはしない』。
 何か事故が起きたりしたら、即、県民に知らせる。
 今までデータを改ざんしたような事実があったので、そういうことをしないこと。
 そういうバックエンド対策とか、そういう疑問点を言っていたんですけれども、やっぱり彼は、自分がそう言っていながら、彼を無視して、東電と国がプルサーマルに対して受け入れたかのような、ドンドン進めていくようなことをやったり、それから、約束を反故にしてデータを改ざんしたり隠ぺいしたりという事実が重なったんですね。
 それで、彼は、10基全部止めちゃった。
 あれは凄かったと思うんですが。
 それは2002年だったと思います。
 私はその時は教員で現場に戻っていたので、私なりに子供にも「問題点があるよ」っていうことは、子供にも言ってました。ただ、
「私の考え方であって、本当に全部信じなくてもいい。ただ政府とか電力会社がカッコいいこと言ってる。原発ないと日本は電気が足りなくなるとか、資源が無いから原発が必要なんだとか、いろいろ原発の必要な理由を言っているけれども、私はハッキリ言って、全部それは私としては反対ですから」
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12月1日 【内容起こし】IWJ百人百話 第18話 佐々木慶子さん 【その①】

※この記事は、11月30日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第17話 吉田幸洋さん【その①】に関連しています。

【動画】12月1日 百人百話 第十八話 佐々木慶子さん
http://www.ustream.tv/recorded/18857260 (112:36)

【以下、お時間のない方のために内容を起こしています。ご参考まで。】
2011年10月14日収録
 私は佐々木慶子といいます。
 けいこさんというのは、世にたくさんいますけど、私のけいこは、『弁慶』の慶、『慶應』の慶、『松坂慶子』の慶っていうと、実は顰蹙を買うので、一番ウケるのは『弁慶』の慶です。『弁慶』の慶子でよろしくお願いします。
 私は元教師でした。
 中学校英語科の教師でした。
 定年退職をしまして、何年かたちますので、60代ということで。でも、見た目しか見えないので、できたら自分はそう思っても、「え?」って上の方に見るか、下の方に見るかはお任せします。
 私のこだわりは、『環境』と『人権』と『平和』。この三つのテーマをずっと教職時代から、関わってこだわってきました。
 教職員組合にももちろん関わってきましたが、特定の生徒とかそういうことじゃなくて、本当に子供のために何をしたらいいのか、そして教職員、自分の学校の環境をどう改善したらいいのか、そういうことを常に頭に置いて、自分なりに発言したり、職員会議で発言したり、子供たちと話し合いをしたりして取り組んできたつもりです。
 そういう意味では、私は、教職員組合専従として、を実は5年間専従を務めました。県の女性部長だったんですけど、それはすっごく私にとって勉強になりました。
 いわゆる学校現場で教師としての働きだけじゃなくって、また社会的な面から、それからいろんな教育とか学校を第三者的な立場で見られたこと。それから、いろんな意味で情報を受けることができたこと。自分なりに専従を5年間やったというビフォアとアフターは、随分違ったなと思っています。
 やはりいろんな意味で、環境から離れて見直したり、なんていうかな、非日常とかっていうのは人間回復に必要だって言われ方、よくあるんですが、私自身見直した、考え直したりするには、本当にいい時期じゃなかったかなと思います。
 それでその後、6年間現場に戻って退職までやりましたけど、その6年間がやはり教師としては、私は内部での評価ですけど、一番いい教師だったんじゃないかなって自分で思っております。
 他の人との評価ではありませんので、そこは誤解しないでほしいと思います。

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11月30日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第17話 吉田幸洋さん【その②】

※この記事は、11月30日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第17話 吉田幸洋さん【その①】の続きです。

<37:20頃~>
Q.もう一度家族構成を詳しくお聞かせください。
 私の家族構成なんですけども、私は娘ばっかり4人なんですが、長女は新潟のほうに嫁いでまして、40歳ですね。次女が36歳。これは私の親許のそばにいるわけなんですが、三女が千葉にいるわけです。四女は自衛官で、今度の東日本大震災には、災害派遣で三重県の東松島市のほうに災害派遣で行ってましたね。
 ですから、私どもが避難したときも、自衛官であるがゆえに、やはり
「お父さんお母さんどうですか?」
というようなことはできなかったんですが、連絡がついて
「今、東松島市で頑張ってますよ。みなさんのためになってますよ」
という連絡があった時には、
「ありがとうね」
というようなこと、たった一言ですけど、「ありがとう」というようなことでもって、感謝ですかね。今回のこの自衛隊の皆さまには、本当に頭が下がる思いっていうか、頭を下げても下げても、やはりこれは本当の気持ちの中で感謝しても感謝しきれないという思いがありますね。
 その『一族』という私の言葉の中には、父方・母方があるんですけれども、母方の場合は、今度の震災には影響が無かったわけなんです。住んでる場所は同じいわき市なんですけど、影響がなかったんですね。それで、私が申します『一族』っていうのは、私は吉田なんですけど、父方の親族なんですけど、後世としましては、久ノ浜地区には本家・分家。私も分家なんですけど、三形態がありまして、先祖をたどれば、久ノ浜地区の吉田っていうのは、みんな親戚なんですけれども、やはりここには津波で家屋敷がなくなっちゃった遠い親戚もおりますが、私が申している『一族』っていうのは、本当の父方の兄弟。このことを指してるわけなんですが。

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11月30日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第17話 吉田幸洋さん【その①】

※この記事は、11月29日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第16話 齋藤英子さん【その①】に関連しています。

11月30日 百人百話 第十七話 吉田幸洋さん
http://www.ustream.tv/recorded/18836958 (74:44)

【以下、お時間のない方のために内容を起こしてます。ご参考まで】
2011年9月28日収録
Q.自己紹介をお願いします。
 吉田幸洋といいます。
 私はいわき市の北部なんですけど、いわき市の久ノ浜地区というところで、いわき市の海岸線沿いに地域があるわけなんですけども、ここは3.11のころ地震と津波。
 それで私は無職なんでございますが、私たちが住んでいる部落はいわき市の中の海岸線に位置していまして、今度の3.11では、地震と津波、それと火災によって、旧市街というか、街部分なんですが商店街を含めて壊滅的打撃を受けたわけなんですけども。
Q.震災後の状況を教えてください。
 そうですね。旧市街地というとほとんど7割8割が全部なくなっちゃったわけですね。
 津波で。
 それと合わせまして原子力発電所の爆発事故がありまして、避難所に居た人間が、やはりまた再避難するというような事態がおきまして、私は幸いにもこの地震と津波では高台に家がありましたので、逃れたわけなんですけども、被災した方たちの支援ですね。炊き出しとか、そういったものをやってたわけなんですね。
 ですから、3.11、3.12、この時点で、炊き出しをやってたわけなんですけども、突然警察とか消防のほうから、
「逃げろ」
というような形で、その避難所にきたものですから、どういうことかわかんなかったんですけど、その「逃げろ」という言葉に我々もボランティア的な形で取り組んでたんですけども。

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11月29日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第16話 齋藤英子さん【その③】

※この記事は、11月29日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第16話 齋藤英子さん【その②】の続きです。

<01:06:40頃~>
Q.半年ですごい成長するんですね。
 だと思います。子供は子供で、
「置かれてる環境は、ママのほうが大変なんだからね。」
ってそう言うんですね。そういうふうにまだ中学校1年生の子供に言われて、今それを励みにしながら、「こういったインタビューを受けるんだけど」ってお兄ちゃんに相談したりして、
「こんなの受けていいんだろうか?もしも、逆にママのしてる活動って、お野菜を売ったりとかしてて、そんなことしたら、また風評被害が広がるだろうっていう電話があったりして、なのにこういうことしてて、うーん、前にちょっといろんな正義感からやったことが、車がパンクしてたりっていうことが、前に一度あったので、また車パンクしたりしちゃったりして」
とかって、昨日冗談で半分相談を息子にもしたりとかしたんですけど、
「いや、そういうのは思うことをちゃんと言ったらいいんだよ。こうして避難してて、大変なんだっていうのも言ってくれ」
って言ってまして、そういうのを子供たちは子供たちで揺れ動いてるとは思います。
 ただ、関西にいるから余計に危ないということが判るんだというところは、多々あるのかもしれないですね。
 こっちだともう、普通に生活してますから、ちょっと引けばよく判るので、引いた方が福島県全体、私たちは「もしかして大熊の土地って、もうどうなんだろう?住めないかもしれないのに。」って思ったりします。いわきにいるいわき市民は。
 それ引いたら、離れていったらだんだん、それが『福島県は』になるでしょうし、もっと引いたら『日本は』ってなるのと一緒なのかもしれないですけど、ただ、自分の故郷をそういうふうな形でしか思えないっていうのは、なんだか私も阪神大震災の時に、自分の青春の地が崩れていくのを見て、涙して、あれはまだ人災じゃなくて、災害、天災だっていう部分が大きいので、あきらめもつくっていうと変ですけど・・・
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