※この記事は、7月30日【内容起こし】みんなで話そう「原発」国民投票【山本太郎・福士敬子 vs 杉田敦・今井一】『選挙と住民投票の違い』【その②】の続きです。

<01:32:10頃から>
杉田氏(杉田氏)原子力規制委員会の話は、もちろんこれはこれできっちり反対するべきなんですけども、ただこれで全部終わりになるってことではなくて、将来のエネルギー比率をどうするかっていうのを8月末に決めると言っていたのを、9月に今先延ばししました。
 結局この問題が一番大きくて、将来のエネルギー比率が原発ゼロなのかそうじゃないのかってこれが一番大きな問題ですね。
 今、これについてなぜ先延ばしにしたのかっていうのは、デモとかがこれだけ高まるっていうのは、やはり影響を与えてるんですよ。だから、「決して運動が何も政治を動かしてない」っていうのも、これはまた一種の悪しき敗北主義につながるということで、ちょっと注意する必要があると思います。もちろん、ひとつひとつ反対しておかなければいけないと思いますけども。

 それと、先ほどからちょっとお話を伺っていて私が意外に思ったのは、これはいろいろ迷われてるからだとは思うんですが、一方で『即時廃止、再稼働反対、今止める』おっしゃってる方が10年かけて外堀を埋めていくというのは、時間間隔が非常に矛盾してるんですね。そこのところをどういうふうにこれから調整していけばいいのかということで、それは迷いがあるってことは決して悪いことではないんですけれども、今止めなければ大変なことになる、実際官邸前に集まっている人の中の、私も前に行きましたけども、かなりの部分は「明日地震が起こって、またどこかで事故が起こったらどうするの」とそういう危機感で行動してる時に、「10年かけて議会から議員をひとりひとり選んでいきましょう」って話は、だいぶ時間間隔が違うと。
 もちろん現実には、いろんなことをやっていく、最初冒頭で申し上げたようにいろんなことやっていくべきだし、例えばですけどこれから選挙に出して行こうという人に私は全く反対しません。
 しかし、そのこととできるだけ早く住民投票やろうと言っている人を止めなきゃいけないという話とは全く繋がってこないと思います。
 それから二つ目に申し上げたいことは、これは今、今井さんがおっしゃったことで尽きてるんですけれども、議会とか政党政治を通じて実現しようというのは、先ほど組織票の話とかが出てきました、或いは人々が自覚的に考えてないとかですね、そういうふうな選挙に対するかなりペシミスティック(悲観的)な見解が出てたんですけど、そういうこととどういうふうに結びつくのかっていうことなんですよね。
 つまり、そんなに人々が、まぁ東京都議会の人もそんなにいい構成になってないというお考えなんですが、そういうときにどうやってその議会の方向性を変えて政策を実現して行こうという展望が持てるのか、非常に無限な展望だと思います。
 更に言うと、先ほどから出てる論点っていうのは、『選挙っていうのは盤石なもの、制度的に保証されているものだから、安心してる。国民投票は新たにつくるものだから、非常に心配だ』とそういう慎重論なんですけども、人々は十分時間的じゃないとか理性的に判断してないとか、メディアによって操作されているとか、既得権や財界によって全て支配されているというふうに、人々の意識を非常に低く見るっていうことは、選挙の否定論に回る一方なんですよ。なんでそんな民衆に選挙権を与えてるのか?ってことですよね。そしたら、東京都議会は今すぐ選挙をやめるべきです。そんなに人々が信じられないなら、どうして東京都民に選挙権を与えてるんですか。そのことは非常におかしいということにならざるを得ないことであります。
 三つ目に申し上げたいのは、これは山本さんがおっしゃったことで、やはり福士さんもおっしゃったけれども、『果たしてどこまで東京都民が原発を自らの問題と意識できるのか』と。これは去年の夏ここでやった時にも私は申し上げました。
 それはですね、国民投票っていうことについて、私は一つ最初から危惧を持っていた。それは、人々の意識が非常に地域差があるということです。しかし、国民投票をやると、それが全部平均化されちゃうんですね。東京都民の票も福島の票も、新潟の票も福井の票も、全部同じ一票ということになると、判り辛い面がある。それでも全体として、これは私たちに関わってくる問題だから国民投票をやると言いましたが、しかし同時にそれぞれの地域で住民投票をやるということは非常に意味がある。それはなぜかというと、先ほど来危惧されているように、仮に東京都民が自分たちはもしも「電気が欲しい。そのためには新潟とか福島はどうなってもいい」というふうな結論を出したとしたら、それは東京都民は世界に対して一体どういうふうに顔向けできるのかっていうふうなことです。
 私はそういうふうな恥ずかしいことにはならないと思っているし、仮になったとしたら、それはそれに対しては恐らく国内でも、或いは国際的にものすごく大きな非難が起こると思います。そして、そういう中でもしも東京都民がそういうふうな判断をしたとしたら、それに対して極めて大きなリアクションが起こってくる。或いは逆に原発の立地地域で「従来の交付金が欲しい。経済的な配慮から欲しい。」、そういうふうな形で誘致だ、推進だとそういう作用が出ることがあるかもしれない。従来はそういうことはあんまり無かった。そういうふうな直接的な結果が出たとしたら、それはそれで私たちはなぜそういうものが出てきてしまったのかということをやはり深刻に受け止めなければならないと思う。
 この問題は、今日の直接的な問題じゃないですけれども、例えば原発の再稼働の問題に関しても、いろんな地域では「外から来て止めて、自分たちの生活をどうしてくれるんだ」というふうな批判が起こっています。これについて、私は反対派もきちっと考えていく必要があると思っています。
 私だけじゃなくて、最近何人かの人が考えてるのは、例えばそういう地域振興の新たな姿を政府がきちんと考えないのであれば、或いは従来型の原発でやっていくということしか考えつかないのであれば、市民社会が提起していくということを考えるべきだ。一種の例えばナショナルトラストのように。ナショナルトラストというのは、皆さんご存じのとおり、日本でも一応そういう運動があるんですが、イギリスとかで景色がいいところっていうのを政府に「買え、守れ」というのではなくて、人々がお金を出しあってそこを買っちゃうんですね。そうするとそこは誰も手が出せなくなって、景観とか環境が良くなる、これがナショナルトラストなんですけどね。それと同じようなことで、もしも私たちが脱原発の地域というのを維持したいのであれば、そういう経済的、財政的なことを含めて考えるということも一つ視野に入ってくる。
 ですから、そういうふうな地域間の格差の問題というのは、これから反対していく中でも深刻に考えていかなければならないというふうに思っています。
 ただ、そのことと、だからといって直接投票をやらないということにはつながらないというふうに思います。

岩上氏(岩上氏)一回ですね、休憩を入れて、それから場内のご意見や質問を承った上でもう一度討論を再開したいと思うんですが、その前に一つだけ。第一部を締めくくる前にですね、先ほど杉田先生が
「推進派で直接投票を利用しよう、推進派なんだけれども直接投票をやれたらいいんじゃないかと考えている点は、想像上では考えられるけれど実際には会ったことない」
とおっしゃっていました。しかし、福士さんから、或いは山本さんもそうですけど、
「そういう人は討論会に出てこないし、討論する必要もないし、意見を述べる必要もない。黙ってその組織の自分たちのリーダーに従って動く、いわば沈黙した組織票なんだ。そして沈黙した組織票を動かすメカニズムというのがあるんだ。現実の政治にはそういうものがあって、それがいざ投票というときに物を言うんだ」
という指摘がありました。この点だけ、一点もし反論があればおっしゃってください。

杉田氏(杉田氏)組織票については、先ほど言ったように、議会、或いは議員を選ぶ、これが一番効くわけです。直接投票は組織票は効きにくい。それは明らかなんで、それのどちらかをとるという比較でいえば、より議会の方がそういう組織票が効くということがある。それはなぜならば、組合の議員だとか企業の議員という形で完全に組織団体ができているので。
 その組織票という言葉の使い方なんですけど、そういう団体の代表じゃなくて、先ほどおっしゃってるのはメディアとかによって操作されているということを主に危惧されていると思うんですね。私はもちろん論理的には可能性はあるけども、過去のヨーロッパの投票ってのはそういうふうになってないし、それからそもそも私が冒頭で言ったことですけども、もしもそうだったらなぜ東京都議会の大多数の議員は住民投票に反対したんですか?福士さん以外もなぜ反対したのか?
 それは、やれば負けるからです。やれば勝つならそれは絶対に反対しないんです。
 それで、先ほど今井さんが指摘されていて、今井さんが一番詳しいですけども、従来こういう直接請求をやってきても、ほとんどの場合地方議会は拒否してきました。現在も東京都も大阪市も拒否しています。
 それはなぜか?
 まぁ、いろんな理由を言ってますけど、それは基本的にやれば彼らの考えている逆の結果が出るからなので、それは非常に判りやすい指標だということをまず考える必要があると思います。

(岩上氏)ありがとうございました。なかなか議論がかみ合ってきて面白い展開になってきましたね。
 ということで、一回休憩を差し挟んで、それから第二部という形にさせていただきます。皆さんご静聴ありがとうございました。

<会場拍手>

-休憩-

<01:49:10頃~>

(岩上氏)それではまだトイレから戻られていない方もいるんですけれども、この討論会の模様は、大阪でIWJの中継をパブリックビューイングみたいな形で皆で見ていたいというふうにいただいていて、大阪からも質問とか意見を寄せてもらうことができるんですね。

(もり氏)もしもし?

(岩上氏)もしもし?聴こえますか?岩上です。

(もり氏)お世話になります。関西のもりです。

(岩上氏)よろしくお願いします。大阪の会場でご発言・・・もしもし?聞いてますか?

(もり氏)タイムラグがあるみたいですね。でも聞こえています。

(岩上氏)ご意見のある方を早速お願いします。

(もり氏)はい。じゃ一人女性の方、ご質問いきます。

(女性A)こんばんは。今井さんは国民投票が実施されたとして、原発反対の意見が多かったとして、それが国政にどれだけ影響するのだとか、過去の住民投票が行われた中で実績があったらお伺いしたいし、どれだけ??を見込んでおられるのか聞きたいです。<音声不明瞭のため一部補っています>

(岩上氏)次の方ですね?もしもし?できれば名前を言っていただければ言っていただけるとありがたいです。

(もり氏)先ほどの女性の方はなかむらさんという方です。

(岩上氏)なかむらさん、はい。ありがとうございます。

(もり氏)じゃあもう一つ質問いいですか?

(男性B)皆さんに質問したいんですけれども、最近僕も周りの人の空気というか、原発のことを話題にするだけで??するような風潮を感じていて、これからどうやって進めていったらいいのか判らないところがあります。
 それで、身近なところとかちょっとした知り合いとか職場とかで、どうやっていったらいいのか、マスコミが変わらないとどうしようもないのか、自分たちで少しでも変えていくことができるのか、どうやったらいいんでしょうね。何かあれば聞きたいなと思います。<音声不明瞭のため一部補っています>

(岩上氏)はい、ありがとうございました。なかむらさんのご意見と、おおしたさんとおっしゃいました?おおたさん?おおたさんはご意見というよりは質問。どうやっていったらいいか。これは皆さん普遍的にどこでも聞かれるようなお話だと思います。
 会場からも聞いていきましょう。そして、こういうご意見・ご質問などを踏まえて、またお話を続けていきたいと思います。
 会場でご発言、それからご質問ある方?ではそちらの一番端の男性、お願いします。出来ればお名前を。もしお名前言えない場合は匿名でということで。ニックネームでもツイッターアカウントでも何でも結構です。

(男性C)福士さんと山本さんに、皆さんにお聞きしたい、特に福士さんと山本さんにお伺いしたいのは、「国民投票は今のタイミングでは」ということをおっしゃっておられたですけどもね、というのは選挙で最終的な政策決定というのは、政治の場、国の政策であれば国会、地方であれば都議会、市、区議会などになるかと思うんですが、その政治を司るのは、私たちの票で決まるわけなんですが、例えば私が住んでおります新宿区では海江田さんとまた自民党の次候補者となっちゃうと、原発容認、推進という選択肢しかないんですね。

(岩上氏)すいません、あの1分でお願いしたい。

(男性C)あ、すいません。そういうことがありますので、なかなかその政策、或いは議員を票で変えていくっていうのは現実的に難しいと思っています。ただ私も地方議員をしていましたので、なかなかワンイシューでいかないと、本当に争点化っていうところでいってしまうと、じゃあ原発は脱原なんだけど福祉はどうなの?環境どうなの?とか、財政問題判ってるの?とかいうことになると薄まっちゃう。また、選択を本当に原発でというところが必ずしも本当の争点にならないまま当落が決まってしまうということになりますので、そうしたことを踏まえて、やっぱ私は国民投票というのでワンイシューでやるというのは、小泉郵政選挙がワンイシューだと私は思っているのですが、そうした形でお考えはどうなのかなと、すいません、長くなってしまいましたが。

(岩上氏)ありがとうございます。他の方々もまず聞いてしまいましょう。正面の男性の方。早い者勝ちですよ、ぱっと挙げてくださいね。

(男性D)千葉県から来ました。今日親方が休んでるので、彼女だったら「そんなこと言わずにやってみりゃいいんじゃねぇの?」っていうのは必ず。「ばっかなこと考えないで」と言うと思うんですが、個人的には山本さんと杉田さん二人にお聞きしたいんですが、現状日本は民主国家としては未成熟だ。これは福士さんのご意見にすごく共感してるところなんですけども、実際官僚主導の社会主義国家である、現状として。日本で果たして今の民主主義の手法が通るかどうか。これをもうちょっと端的に言っていただきたいんですけれども。以上です。

(岩上氏)はい。ありがとうございました。じゃあ正面の女性の方。

(女性E)サンフランシスコに今住んでいます。今日は本当にここに来れてすごく嬉しいです、ありがとうございます。

(今井氏)わざわざサンフランシスコから今日来られたんですか?

(女性E)いやいや、インタビューのためだったんですけれども、3月11日があってからずーっと皆さんの活動をインターネットで見せていただいていて、本当に来たかったので。昨日のデモにも参加させてもらって、とってもやる気が出てきました。
 私の質問は、国民投票っていうのが山本さんや福士さんの話を聞いて、私もちょっと詳しいことが判らなかったんですけど、1回きりと思うから緊張するというか、この先絶対脱原発できないと思ってしまう。ですけど、本当にそれがそうなのか。予行演習的なものも含めて、それを緊張から緩和する手立てがあるのか。例えばさっきおっしゃられたように脱原発派の人と推進派の人を集めて、少し大きな規模で議論を深めるとか、そういう会場で実際皆さんがどう考えているかとか、ミニ国民投票みたいなこととかできるんじゃないかとは思うんですが。

(岩上氏)これ一点だけ確認させてください。今井さん、国民投票は僕も最近1回性のものだと、だからそれに比重がかかり、もし望まない結果が出たらまずいと思って慎重になるんじゃないかって。
 実際国民投票って何回も何回も繰り返しでできるものなんですか?その一点だけ答えてください。

(今井氏)制度的には別に何度もできます、制度的には。スイスでも何回もやってます、4回も5回も。

(岩上氏)はい、じゃあ次行きましょう。じゃあそちらの男性。

(男性F)町田から来ましたひらいといいます。今日はありがとうございます。
 僕も他の投票ですとか市民活動単独では脱原発は実現できないだろうということで、原発の国民投票は絶対必要だろうと思ってお手伝いをしてるんですが、その立場で今井さんに是非お伺いしたいことがあります。
 この際ですね、脱原発をするためということではなくて、国民投票を実施することがそもそもすばらしいんだ、やってみて負けたらそれは民意だからしょうがないという立場を、そういう原則論から一旦離れて、どうすれば国民投票というツールを脱原発を実施するために強力な力を持つのか。その一点で他の市民運動やそういう方達と連携して、話し合いや議論を繰り返して、どういうタイミングでやるか、どういう設問でやるか、どういう方法でやるかという合意をもう少し多くの人の合意を得るようなプロセスをこれからとられるというおつもりはないのかということをお聞きしたいです。

(岩上氏)じゃあこれも先に今井さんに答えていただきましょうか。

<02:00:00頃~>

今井氏(今井氏)これで質問打ち切りというわけじゃないんですけど、ちょっと忘れてしまうので順番に答えていいですか?
 最初にこの討論会や意見交換会が始まるときに、岩上さんのほうから「皆がよく知ってるわけじゃないんで、誰でも判るように丁寧に説明するように」と注意を受けたのにも関わらず、僕も杉田さんも難しい言葉の連発で反省しています。
 最初に戻って、まず住民投票・国民投票と選挙の違いはどこにあるのか。これちょっと言わせてください。
 選挙は町内会の役員選挙でも衆議院議員選挙でも、必ず人を選びます。忘年会の幹事を選ぶ時でも、人を選びます。
 住民投票・国民投票は、事柄を直接決定します。
 言い方を変えると、選挙は『自分に代わって事柄を決定する人を選ぶ』のが選挙です。それが知事であり議員である。自分に代わって事柄を決定する人、代理人を選ぶのが選挙なんです。
 住民投票・国民投票は、『代理人に委ねないで自分で直接決めます』これが決定的に違うところなんですね。そこをまず判っていただいて。
 それから、さっきの諮問型で大丈夫なのか?「諮問型」というとちょっとまた難しいですけれども、法的拘束力のあるもの、その国民投票は今の日本ではできません。憲法改正については、4年前に憲法改正国民投票法が制定されたし、憲法96条の規定がありますから、これは法的拘束力を帯びた国民投票になります。それは憲法1条であっても9条であっても何条であっても、変えるときは国会議員だけで決めることはできません。国会議員は国民に提案することしかできません。例え衆議院参議院全員が9条を変えたい、全員が1条を変えたいと思っても、必ず国民投票にかけて投票した人の過半数の賛成を得ないと憲法は変えられないんです。それは法的拘束力を持っていますから、野田さんの決定や枝野さんの考えや、細野さんの考えを覆すことができます。
 一方、憲法改正以外の案件については、それは臓器移植であっても死刑制度であっても原発であっても、いわゆる法的拘束力がない=諮問型・助言型と呼ぶんですけれども、そういう国民投票しか今の日本ではできません。もし法的拘束力を持った国民投票をやりたかったら、憲法41条を変えなければいけません。憲法41条に何て書いてあるかっていったら、
『国会は国権の最高機関であって、唯一の立法機関である』
と書いてあります。それを覆す能力を持たせるためには、イタリアのように覆せる能力を持たせるためには、憲法を改正しないといけないということです。
 ちなみに私たちが今、ずっとこの1年間提案してるのは、憲法を改正するんじゃなくて、このままの憲法で曾てスウェーデンがやったような諮問型の1980年にやったような、国民投票をやるべし、やりたいというふうに考えております。
 そうしないと、さっき杉田さんがおっしゃったみたいにものすごく時間がかかります。憲法改正してからやるなんて途方もない時間がかかりますから、まずは諮問型でやる。
 そうすると、「そんな法的拘束力のない国民投票をやっても意味が無いじゃないか」という意見が必ず出てきます。だけれども、スウェーデンの場合は、結果について最大限尊重するという約束のもとに1980年に、国会も内閣も約束をしてやりました。
 それから、日本で行われている住民投票は402件ですけれども、全て法的拘束力がありません。これは原発のことであっても基地の問題であっても、産廃でも市町村合併でも、法的拘束力を持った住民投票は日本では一件もありません。これも地方自治法に抵触するからです。
「尊重して行うものとする」
とか、
「町議会、市議会、或いは市長は、この結果を尊重する」
というふうにしか書けないんです。
 じゃあ反故にされたことがあるかっていったら、私の知る限りそれは1件しかありません。沖縄県の名護市でヘリ基地反対が多数を占めたにも関わらず、当時の市長がそれをひっくり返して「ヘリ基地容認だ」と言って辞めました。辞めたからといって、辺野古は十数年経ってますけど未だにヘリ基地はできていませんけども、それ1回きりです。私が知る限り。
 それ以外は、大抵は結果を尊重しています。
 もっと言えば、刈羽村はプルサーマル導入に反対という結果が出ました。巻町も原発建設反対という結果が出ました。海山町もです。徳島もそうです。みんな反対という結果が出ました。
 じゃあその後の市長選挙や市会議員選挙で、或いは町会議員選挙でどうなったかっていったら、賛成派・推進派がみんな勝ってるわけです。
 じゃあ勝ったら住民投票の結果を反故にしたか、ないがしろにしたかといったら、十数年経って未だにしていません。推進派の村長や市長ができたって、この結果をひっくり返すことはできていないんです。
 それくらいやっぱり威力があるものなんです。
 先ほど、山本太郎さんが一回きりの怖さを言われました。制度的には何回もできます。
 ただし、やっぱり選挙とは重みが違う。
 だから太郎ちゃん自身は慎重にやりたいという思いなんだろうと思います。
 本当に沖縄県の名護市で15年前に住民投票をやったときに、辺野古の道路にこういう看板が建ってました。
『選挙は4年に1度、住民投票は一生に1度』
と書いてありました。「だからみんな真剣に、お金につられないで真剣に決めようよ」ということだったんですね。
 私は原発の国民投票は、制度的には何回もできたとしても、1回きりで決着をつけることだと考えてますから、そもそも何回もやるという気持ちでやらないほうがいいと思っています。???流に言ったら、「退路を断つべき」だと思っています。
 退路を断たないと、福島の事故が起きてもう1年半も経つのに、退路を断つ覚悟を主権者、或いは反原発の人たちは持つべきやと思っています。それは自分と仲間を信じることから始める、決して美化して信じてはいけないですけども、ちゃんとやることをきっちりやれば結果もついてくるというふうにやれば、退路を断ってやるしかないと私は思っています。

(岩上氏)ひらいさんの質問には全く答えていないんですけども・・・
<会場笑い>

(今井氏)1分だけ!1分だけ!
 ひらいさんのおっしゃりたいことは判ります。だからこそ今日こうやってるんです。今までこんなことやらなかったです。
 だけども、もう時間がどんどん経っていって、反原発派の人たちがイタリアなんか1年前にやったときなんかは、原発再開法をベルルスコーニが宣言をしちゃってけしからんということで、これをやめさせるための廃止するための国民投票をやったわけですね。ということは、あの時署名をした80万人の人たち、キャンペーンに参加した人たちは、全員脱原発派なんです。脱原発の国民投票だという意識のもとにあれをやったんです。6月12日、13日。だから投票した人の95%が原発再開を許さないという投票をしたわけですね。
 だから私は、本当のことを言えば、日本で国民投票をやるためには、さっきから杉田さんがおっしゃってるみたいに、推進派の人で国民投票をやりたいっていう人はほとんど居ないです。ゼロとは言いませんけどほとんど居ないです。やれば原発推進が滞ると思っているからですね。
 だからおっしゃりたいことは判るんです。
 だから今回僕らも、今回初めて原発反対の人たちに理解を得ようと。
 大変、原発反対の人たちの中で真面目な人ほど、本当に真面目な人ほど、山本太郎さんや福士さんのような真面目な人ほど、不安と危惧を持ってらっしゃるから、こういう場を設けたということなんです。
 ただし、うちの会として、うちの会が突然原発反対のための国民投票の会に転じるということは、これは不可能だと、ご勘弁いただきたいというふうに思っています。私一人の個人の会というわけではないので、そういう同意のもとに1年間、カンパもいただいていますから、藤原新也さんから100万円のカンパをいただきました。間もなくカタログハウスのウェブサイトに藤原新也さんと僕の対談が掲載されますけれども、そこで藤原さんが繰り返し言ってるのは、
「次の衆議院選挙の時に、その人が原発についてどんな考えを持っているのか、国民投票についてどんな考えをもっているのか明らかにしてほしい。ただし、原発推進だからこの人はダメなんだとか、原発反対だからこの人は良いというような表示の仕方は止めてくれ」
と言っているんです。
 つまり、そういう藤原新也さんみたいな人もですね、うちの会の今の在り様を支持してくれて、支援もしてくださってる。
 だからそれを急にひっくり返すことはできないというふうにご理解ください。

岩上氏(岩上氏)えーっと、あの、中立公正に私は司会を進めたいと申し上げたんですけど、よく判ったのはですね、今井さんという人のこの演説力っていうんですかね、これはちょっと群を抜いてるんですよ。他を圧するんですね。謝らなくていいんですけど、よく判りました。ものすごいリーダーシップがあるんですね。
 多分ここに来られてる方は運動に関わってる方も多そうだということも、だんだん私呑み込めてきました。
 そうするとですね、このものすごい類稀なるリーダーシップが逆に禍することもあるのかなと。
 つまり『人のいうことを聞かない独善的カリスマ』みたいなね。そこに大阪のたこ焼きの味がついて、微妙に憎めないからちょっとね、物が言いづらくなる。
 今日は(今井さんを)袋叩きにする会に変えましょう。
 ちょっとですね、皆さん、彼が暴走気味にものを言っても、「いやいや、ちょっと今日はものを言いたい」ということでいきたいと思います。
 <会場で手を挙げている方に対し>ちょっとごめんなさいね。先に僕、意見を聞いてからやると言いましたけど、なんで僕がそう思ったかというと、大体こういう時に「質問ある人?」って聞いたら、1,2しか手を挙げないものなんですよ。ところが何人も手を挙げている。
 これね、終わんないということに気付いたので、少し先にいただいたものを消化しなくちゃいけないなと思います。
 福士さん、それから山本太郎さんに先ほど質問がありましたね。
「ワンイシューでやらないと、やっぱり現実的に難しいんじゃないか?」
という問いです。それは地方議員の経験もあるということで、
「実際の選挙だと他のテーマと紛れてしまう。ワンイシューでやっぱり決着をつけた方がいいんじゃないか」
ということです。
 これに対してちょっと一言ずつ、短くでいいですからお答えいただければと思います。

福士氏(福士氏)私は、「ワンイシューでなければ」というのは違うと思っています。原発を賛成するような人は、人の気持ちも心も、それから身体も何も考えてないと思っています。だから原発に賛成できるんだというふうに思っています。人の身体のことを考えたら、被曝した人のこと、それから被曝させられている作業員のこと、様々なことを考えるので、命が大事というふうであれば、原発反対になるはずだというふうに思っています。
 ただし、そういう候補がいないということも事実であります。
 だから私は運動で変えていくべきだと思っています。国民投票じゃなくて、今の反原発運動が盛り上がってますよね。

(岩上氏)ということは、福士さんは延長しようという繰り延べではなくて、(国民投票は)やめた方がいいというふうにお考えなのですか?

(福士氏)やめなくてもいいんですけども、今だったらやれるというチャンスにはなってないというふうに思いますので・・・

(岩上氏)無期延期みたいな感じ?

(福士氏)そんな感じです。やれるチャンスを見つけるという。

(岩上氏)山本太郎さん、お願いします。

山本氏(山本氏)そうですね、例えばこの国民投票だったら、例えば設問とかっていうのは僕たちの手の中にあるんですかね?それを決めるのって多分議員さんだったりとか、ってことになってきますよね。だとしたら、今国民投票で仮に作られているものっていうのは、Yes/Noの先にまた設問があって・・・僕『段階的』っていう言葉一番嫌いなんです。やっぱりそこにインチキが混ざるから。
 今の状況を見たら、間違いなく脱原発に進むしかないじゃないですか。だから2050年の人も2030年の人も、2018年、わかんないです、そんな人がいるのかどうかもわかんないけど、そういう人も『段階的』っていうところにはまるわけですよね。
 このインチキっていう部分がすごくしんどいなと思うんですね。
 だけどこの『段階的』っていう部分においては、それも一応脱原発・・・じゃなくて、『段階的』っていうところにマークした人は、恐らくカウントとしては原発維持っていうふうに数えられるんじゃないか、結局は。
 例えばそれが議員だったりとか、わかんないです。その首長選びっていうことになって、みんなが脱原発っていうけど、それが『本物の脱原発』なのかどうかは選べますものね。読める。マニフェストを読めば、どれくらい本気の脱原発か。こないだ僕が行った鹿児島だって、「脱原発だ」って言ったはったんですね、二人とも。向原さんはバリバリの即時廃炉っていうことだったんですけど、もう一人の方は2030年かなんか。<苦笑>
 一緒にしてもらったら困りますよ。脱原発って言わんといてくださいっていうね。
 全然やる気がない。
 候補者っていうか代理人選びの時は、そういう部分がはっきり透けて見えるけど、この場合において例えば国民投票という中での選択肢の『段階的』っていうのは、結構ここに人が集まりそうじゃないですか。
 要は「電力の問題とかあるだろうから、すぐに無くなったら困るんじゃないか」っていう刷り込みがあまりにもされている。
 メディアコントロールどれくらいされてるか判らないっていうけど、考えてみてください。カタログハウスのコマーシャルで国民投票に触れてるやつ、放送禁止になったじゃないですか。
 その程度ですよ。放送コード。
 都合の悪いことは流さないんですよ。
 僕、この間選挙戦行ったときに、あるアーティストが駅前でみんなを集めてコンサートをすると。記者会見やりますと。ネットメディア以外来なかったんですよ。理由はあとで判ったんです。電力会社と広告代理店がメディアに対して圧力掛けたんです。「行くな」って。
 それが現実なんですよ。
 例えば国民投票やりますっていう話になったとしたときに、平等にみんな、選挙期間っていっても長い間宣伝できますよっていうところがあると思いますけど、圧倒的に資金力も違えば、メディアっていうのはもともとコントロールされていて、??しながらやってるのに、こちら側というか僕みたいな即時廃炉っていう人たちの意見をバランスよくちゃんと扱うかってことですよね。
 今地震の活動期で、原発でたらめってことが判ってんのに、即時廃炉って声を挙げられる人の声があまりにも少ないっていうか、マイノリティの時点で、どれくらいコントロールされているかって気づくと思うんですね。
 あ、ごめんなさい、質問とちょっとずれた。
<02:16:00頃まで>

【その④】に続きます。
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