※この記事は、3月22日【内容起こし】『みんなで決めよう「原発」国民投票プロジェクト』主催・議員と市民の対話カフェ【その①】の続きです。

<01:04:00頃~>
(今井氏)じゃあ澤田さん、ちょっと。

澤田氏(澤田氏)論点がいっぱいあるので、どこから・・・。今日はあまりそこに突っ込みません。まだ原発やってていいんですか?後半やんなきゃいけないんじゃないかと。
 実は私はもう1回目言っちゃんたんでいいますけど、高木さんとはちょっと考え方は違うんですけどね、端的にいうと原子力というのは、実はもう始めちゃったんですよね。ふた開けちゃったんですよ。そうすると、もうゴミの問題もありますけれども、放射線の問題とかですね。実は果てしなく未来に渡って付き合い続けなければいけない状況にもう既になってるということですね。
 であれば、積極的に付き合っていくのか消極的に付き合っていくのかというところで、私は積極的に付き合っていったほうがいいのではないかということを言ってます。
 それと、日本一国で見てもしょうがない。

 ヨーロッパとこの東アジアとかとちょっとやっぱり性格というか状況が違いますけれども、お隣の韓国が24基くらい動かしてる。それをここ10年20年くらいで倍増しようとしてますね。この計画に関して何ら変わってない。
 それから更に隣の中国に行くと、向こう20年くらいで100基以上作るというとてつもない計画があるわけですね。これは今中国は原発だけじゃなくてありとあらゆるエネルギー源を開発してますよね。自然エネルギーもそうなんですけども。彼らが描いている成長曲線にあわせれば、そうせざるを得ないという解しか出てきてないはずなんですね。そういう国々とどう付き合っていくかという意味で、原発をより良く動かすというか付き合っていくための専門的な知と経験っていうのは、日本にあると思ってるんですね。
 今回、福島第一でもちろん失敗したんですけれども、その時に私、これを言うとね、今度は原発??から女川ファンクラブ会長とか言われちゃうんですけど、あの東日本大震災の時に東通というところと女川に3基あって、福島第一・第二ですね、それから東海第二発電所っていうのがあるんですけど、それぞれさきほど地震の話ありましたけども、津波対策がどうであったかということが端的に結果に出てるんですよね。非常にあまり語られないんですけど、女川はいわゆるさっき地震で壊れてる部分があるんじゃないかと言われましたけども、女川発電所、実際私見に行ったんですけれども、もちろん周辺部分っていうんですかね、原子炉のお釜の周りじゃなくて、もっと外側のといいましょうか、ちょっと専門的な用語・概念で申し訳ないんですけど、安全上あまり重要ではない機器っていうのは、例えば重油タンクが転がってるとかそういうことはあるんですよね。だけど、本体周りのところに関しては、地震で壊れたっていうことはないと言ってるわけですね。
 同じ女川原子力発電所は1m地盤沈下してるんですよ。しかしそのような激甚な地震を受けながらも、そういった重要な機器、炉心の近くは壊れてないということなんですね。
 津波対策が違ったのはよくご存じだと思います。
 東海第二発電所は、津波、防潮堤があったんですけれど、補修工事か何かやって、武田さんがよく言ってるんですけど穴が開いてたってやつですね。穴が開いててそれなりに浸水した。その結果が東海第二発電所は、まさにその状況が東海でしばらく怪しげな状況になったというふうに影を落としてるわけですよ。
 だからそもそも単純にはあれですけど、そもそも今回の件に関して津波対策を東京電力は、「そうじゃない。もうちょっと深い事情がある」ってことを高木さんは言ってたけども、先送りせずにもうちょっと万全にしておけば、あの事態には至らなかったかもしれないという気がしております。だからといって今起こったことがどうなるわけでもないんですよ。
 もう一つ、ちょっと細かい話ですけど、一応専門家の立場から情報提供ということをいえば、福島第一原子力発電所の1から6までは、きわめて、特に1から4は古いタイプなんですね。70年代に実際建てられてます。
 女川は1から3まで80年代に建ててるんですよ。70年代っていうのは、福島第一発電所の1号機でよく言われるように、アメリカのGE社が作ったものをある意味そのまま持ってきたようなんですね。
 というのは何が言いたいかというと、あの場所において、自然、津波とか地震のその場所特有の外からやってくる脅威に対してどういう対策をとるかっていうところにおいてですね、70年代と80年代、違うんですよね、残念ながら。
 女川は同じくらい原子炉本体、それからよく問題になる格納容器も一番古いタイプに近いものだったんですね。福島第一の1号機は更に古いやつだったんですけれども。
 ですからそういう状況を見れば、要するに私が言いたいのは、失敗もしたけれど成功する道っていうのもあそこの東通から茨城の東海第二までがどういう状況になったかっていうのを、冷静に分析すれば成功のパスっていうのも出てくるんじゃないか、出てきてるってことを言いたい。

(今井氏)宮台さん、反論・・・

宮台氏(宮台氏)残念ながらそれは後知恵ですね。もしそういうふうに思ってらっしゃるんでしたら、「稼働中、地震が起こる前にマークⅡ型、古いタイプのGEの原発をやめろ」とおっしゃっていただくべきであったし・・・






澤田氏(澤田氏)これはね、やめることになってたんですよ。要するに鳩山さんが???ですけれど、25%の







宮台氏(宮台氏)それは判っていますよ。やめていませんでした。
 あのね、そんなことはどうでもいいんですよ。あのね、おっしゃったとおりのことがあったとしても、残念ながらですね、日本の行政官僚や専門家はもう既に、簡単に言えば「信用されていない」んですね。だから、はっきり申し上げますが、何を言っても無駄なんです。

<会場笑い>

(宮台氏)ここは断言をしておきますよ。
 例えばね、以前原発推進派の学者さんたちは何を言っていたか、「絶対安全だ」というふうに言ってました。「1万年に1度の事故、それに対してそんなコストを掛けるのか?」みたいな議論をふきあげていました。
 その後「絶対安全ではない」ということはチェルノブイリの原発などでわかってくると、今度は「コストが安い」というふうに言い始めました。ところがこれは、事業コストだけをピックアップする恣意的な議論でしたよね。
 つまり「絶対安全」が初めから絶対安全に決まっているパラメータをピックアップした恣意的な議論だったのと同じで、行政官僚が最初から推進派を多数派にして簡単に言えば専門家委員会を組織してっていうのと同じですよね。
 つまり同じやり口が繰り返し繰り返し出てきて、そして最初は「絶対安全」、次は「コストが安い」、どうも二つとも通用しないとなるや、今度は「未来への責任」というのが出てきたんですよ。その「未来への責任」というのは、高木さんがおっしゃったような議論が典型的です。
「原子力とは将来付き合っていかなきゃいけないし、近隣への国々はこれからどんどん原発を導入していく。その時に原発の先達であり尚且つまさに災害による学びを得た我々こそが、そうしたこれから原発に乗り出してくる国々が危険な目に遭うことの無いように責任を持ってアドバイスをし続ける必要があり、そのためには原発に積極的に関わっていく必要があるのだ」という議論がもっぱらです。

(今井氏)早くも臨戦態勢<苦笑>

宮台氏(宮台氏)はっきり申し上げて、「お笑い」です!








(今井氏)ちょっと待ってください。ちょっと待って。あのね、今日のテーマは原発の是非を論じる場じゃないですから、それでちょっともう1回ずつ殴りあったから・・・

宮台氏(宮台氏)いやね、原発の是非の問題ではないんです。専門家は信用できないということを申し上げた。







(澤田氏)そこをね、一応手短に言いますから。

(今井氏)手短にね、手短に。

澤田氏(澤田氏)要するに、専門家は信用できる・できないかっていう問題は当然あります。「絶対安全」という神話とも言われますけども、それも実がよく見えないんですね。地元立地地域に対して例えば住民との情報交換とか対話の中でそういう言質が取られたっていうのは、あるらしい・・・けどよく判らない。
 昔、40年前、最初に福島第一を立地したころと最近どうなってるか。その間にそのおっしゃるようにスリーマイルとかチェルノブイリの事故があって、要するに確率的に見れば何万年に1回か10万年に1回か、100年に1回か1年に1回かそれは置いておいて、いわゆる炉心が損傷する、溶けるような事象が起こりうるということは、これはもう共通認識として専門家の間にあったわけなんですね。じゃあその頻度と今回その福島第一の津波対策が先送りになっちゃったということは、逆に言うと津波が来て、そのシビアアクシデントに至る可能性として見てたわけですよ。そこはちゃんと認識しないといけないと思うんですよね。それがその行政との馴れ合いとか、なんかこの辺のメカニズムは実によくわからないのですけども、先送りにした。
 それでもう一点言うとですね・・・

今井氏(今井氏)「もう一点」はもういい<苦笑>
 じゃあ澤田さんに僕、具体的に聞きますけども、冒頭で言ったみたいに官房長官と枝野氏は、まず原発の再稼働を指示して地元合意をとりつけて、そして改めてもう一回原発の再稼働を宣言すると、大飯町について言ってますけども、そしてその地元とはどこを指すのかといったら半径10㎞以内だと。
 そういう彼らの話をそのまま受け止めたら、これまでどおり大飯町という人口8,000人の町の町会議員14人と町長1人からOKとったら、この人たちはみんな電力会社の後輩の人たちだと言っても私はいいと思ってるんですが、「この人たちからOKをとったらもう再稼働だ」ということで再稼働の第一発目をやろうとしてるんですけども、こういう有り様について、澤田さんはそれで3.11の事故を経験した私たちがこういうことでいいというふうにお考えですか?これまでどおりそういう小さい自治体の8000人余りの14人の町会議員と町長がOKしたら「もう地元合意だ」ということで再開されてもいいと思いますか?それをちょっと聞きたい。

澤田氏(澤田氏)多分それは法律の問題になると思うんですけどね。そこは置いておいて、実際問題として今回福島の事故を見ればですね、事態は10㎞で収まらないという実例が出てるわけですね。大飯、若狭の地域においては、よくいわれますように滋賀県、琵琶湖の辺りまで30㎞の範囲に入ってくる。30㎞というUPZという新しい区切りですよね。そこに対する自治体との合意というか、これをどうするかっていうのは非常に政治的問題として重いと思いますよ。
 それはただし、そのことは政治家が政治的な判断によって決めざるを得ないことだと思っています。


今井氏(今井氏)ということは、政治家は政治家の判断で決めざるを得ないということは、今回4閣僚でそれを決めて、そして地元合意をとりつけるという形でGOサイン出すということについてはですね、僕は今の法制、法律のことをおっしゃるとしたら、法律はいくらでも変えることできますから、法律のことはちょっと置いておいて、僕が今聞きたいのは現行の法制度の元での話じゃなくて、実質的にそういう形で再稼働していいとお考えなのかどうかについてお伺いしたいんです。



澤田氏(澤田氏)その何度も言いますけれど、10㎞圏以外に対してどういう政治的スタンスを見せるかっていうのは非常に重要だと思いますよ。その限りにおいて、あとは政治家が判断するしかない。その政治家が自分たちで「それでいくんだ」と判断すれば、それに対して私はNOとは言わないですね。





(今井氏)せっかく川田さんいらしてるので、ちょっと川田さんそのあたりどうですか?

川田氏(川田氏)いやいや、いきなり途中から参加ですいません。
 やっぱり基本的に法律を今作っているんですね。国民投票法というのをみんなの党で提案していまして、国民投票をやっぱりしてもらって、ちゃんと広い範囲でやったほうがいいと思うんです。イタリアの例なんかは国民投票でやってるんですね。それからドイツは国会でやりましたけれども、やっぱり基本的にこういったことを日本はこれまで、今までの原発に対する考え方っていうのは、3.11前と後ではガラッと変わってますので、そういう意味ではもう一回選挙やって、ちゃんとこの原発も争点にした上で選挙やって、変えた国会でやるっていうことでないと今のままやってしまうと、今の政治状況からすると、結局原子力に対しての国民の意識と政治家の意識っていうのは、選挙を経ていないので、やっぱり変わってないんですよ。政治家はすごくまだ原発に対して、やっぱり脱原発って言ってる人少ないです。本当にそういう意味では今の政治状況で国会議員が決めてしまったら、結局今だって再稼働に動き始めてますので、そういう意味ではそこはやっぱり政治家の判断でやるっていうのは危険だと僕は思いますので、そういう意味でやっぱちゃんと選挙をやるってことをまずやった上で、その上で政治家はちゃんと判断するっていうのであれば、国民の意見と合った政治家が誕生した上でやることがいいと思います。

今井氏(今井氏)選挙でやるってね、さっきも龍平さんが来られる前に言ったんですけど、東京1区は海江田万里さんと与謝野馨さんと自民党の候補、誰が当選したって容認派じゃないですか。







川田氏(川田氏)みんなの党の候補もいます。忘れないでください。みんなの党も小斉太郎というのがいますのでね。僕これはね、結構政党支持率ということでいえば、実は今みんなの党が1位2位を争ってるんですね。本当にこれは政治支持政党ということでいうと、実際今争ってきてるので、そういう意味で今までの既存の勢力、既存の組織頼みの選挙ということであれば自民党と民主党しか小選挙区っていうのはなかったんですが、やっぱり今まで政治に関心の無い層、関心のなかった層というものが投票に行くか・行かないか。これは4割いるんですね。




今井氏(今井氏)龍平さん、でもね、朝日新聞の最近の調査では、「原発の問題は議員に任せるべきだ」、或いは「国民投票で決めるべきか」と聞いたら68%の人が「国民投票で決めるべきだ」と。「議員に任せるべきだ」が23%なんですよ。それを考えたら、総選挙の前にそれはみんなの党が支持高いかもしれませんけども、理屈からしたらまず選挙の前に国民投票じゃないですか?





川田氏(川田氏)もちろん国民投票はやったほうがいいと思いますよ。国民投票はちゃんと法律で作って、国民投票をやる法律を作った方がいいと思います。その上で国民投票。だから、都民投票と同じように条例を作って都民投票をやっていくのと同じように、国民投票を法律を作ってやるということがベストだと思います。





(今井氏)わかりました。なんかごめんなさい、さっきから手が挙がってたのに。

宮台氏(宮台氏)澤田さんのような立場をとるということは僕はありうることだと思うんですね。ドイツでも議論になってることだけども、社会システム理論では、「条件プログラム」と「目的プログラム」と分けるんですね。自然科学者はこうしたらああなる、ああしたらこうなるという、if...then...、つまりこうしたらああなるという命題を自分にもちろん立場性あるでしょうけどね、自然科学が立場性に従って提示をする。
 しかしもしああしたらこうなる、ああしたらこうなるということが判っていたとして、どういう社会的な決定がなされるのかということは、これは今度は価値観に依存するんですね。例えばコスト一つとってみても、何にとってのコストなのか。事業コストだけ換算するのか、子々孫々の未規定なものまで換算するのか、そうした価値観抜きに、実は政治的決定っていうのは有り得ないんですね。 
 そういう意味では、自然科学者は「if...then...文」を提示し、その上で政治的な決定については誰かが政治家が決定するにしろ国民投票や住民投票を経由して決定するにせよ、それは政治プロセスの問題であるというのは、適切なことだというふうに思うんですね。
 問題は、日本の政治システムが、或いは諸外国の政治システムが、一般にどのような性能を持っているか知らないくせに、「if...then...文」の体系しかしらない自然科学者が、「だから原発政策を推進するべきである」などというたわけたことを言うことです。
 以上です。

今井氏(今井氏)ちょっとマエキタさん待ってね。あの、そろそろですね、もう皆さん、イライラしてる方がおられると思うんで、ここにお約束が書いてあります。
「会場からの質問、意見を募ります。テーマに沿った内容で且つ1回2分以内で簡潔にまとめて、マイクを置くということを約束する人のみ挙手してください」
と書いてあります。
 演説は許しません<笑>
 どなたか、どなたにでも結構です。テーマに沿った形で議論を盛り上げるというか、より深めていくというご意見やご質問があれば、挙手をしてください。マイクを持って走ります。
 どうですか?どなたか?
 挙がりました。どうぞ。1人目は非常に大事です。今の約束をちゃんと守って簡潔にお願いします。

(会場の男性A)みつだと申します。
 今の議論でちょっと私まだ原発反対とか賛成ということよりも、この国民投票というものに対してちょっとお聞きしたいんですけども、まずは原発がもしこのまま存続すると、我々の国民の利益が何か。不利益が何なのか。
 それともう一つポイントとして聞きたいのは、原発を失くした場合の不利益が何で、利益が何か。そこを明確にしないと、ただ単に国民投票、国民投票といっても、例えばいろんな利益が皆さんにとって違うと思うんですね。当然東電の社員たちは、やっぱり給料がなくなるわけですから、当然原発を続けていきたいということは思うでしょうし、もしかしたらどこかの高齢者の方で年金暮らしをしてる人たちは、例えば電気代だ原発を推進することでタダになるんなら、原発してもいいかなって思う人もいるかもしれない。多分いろんな立場によって利益・不利益って違うと思うんですね。そこを明らかにした状態の中で、多分国民投票っていうのをしっかり行うべきかなというふうに私は思いますけども。


宮台氏(宮台氏)違いますね。それを明らかにするプロセスが国民投票なんです。以上です。








今井氏(今井氏)いやいや、そう言わないで。みつださん、いいですか。例えば巻町ではね、原発推進派と原発反対派が合わせて12団体、12グループくらいあったんですが、日替わりで新潟日報という地元新聞に折り込み広告を入れたんですね。推進派は
「巻町に原発誘致したら、これだけ交付金が落ちてこんな豪かな図書館ができる。こんなプールができる。子供たちがこんなに楽しくなる」
っていうのを入れて。一方反対派のほうは、
「とんでもない話でかくかく云々」
 毎日毎日、50日以上そういう折り込み広告を入れたんです。だから、おっしゃるとおりで東電と???、それは原発のことだけじゃなくて、空港の問題であってにダムの問題であっても、推進派の反対派のほうがそれはやります。それは我々がゲームメイクをやるというか、土俵を作る係がやることじゃなくって、それをやります。
 国民投票でも、スイスでもフランスでもイタリアでも、賛成派と反対派が激しくそれを提示してます。
 今宮台さんがおっしゃったのは、それはやることによって提示がされるということなんです。やらなかったら提示がされないし、情報も暴けないし、胡散臭いということも判らないという。東北電力や東京電力に対して公開質問状で、公開討論会でいろんな質問が出ました。彼らがちゃんと答えられなかったことについては、みんなは胡散臭い、信じがたいということで原発神話が崩壊していったんですね。
 この資料にも書いてありますように、核と原発に関する住民投票のいろんな首長提案、直接請求は29件あります。大阪と東京によると31件です。これをみたら、もう既に29年前に今問題になってる大飯町で「原発の問題、自分たちで決めさせろ」と住民投票条例の直接請求が行われてるんですね。福島の楢葉でも行われてるんですよ。
 要するに議会が否決して住民投票やらなかったところでは神話が続いて、未だに原発が稼働されてるということなんです。住民投票やったところでは、議会選挙ではいわゆる反対派が負けてるけれども、住民投票では阻止されている。それはなぜかといったら、神話が崩壊していったという言い方もできるんです。その神話が崩壊したっていうのは、宮台さんがおっしゃったみたいに、やったことによって皆が学んで行った。やったことによっていろんな情報を引っ張り出した。理解が深まったということだと思ってるんです。
 ごめんなさい、どなたか他に?

(会場の女性B)すがわと申します。
 私は最初、原発国民投票というものに反対でした。というのはですね、最初は自分たちで決めればいい。決めようということばかりが強調されていて、議論するプロセスですとか国民が状況を理解するためのプロセスが全然見えてこなかったので、一体どうやって議論をして正しい知識を得るのか。そういうところがすっ飛ばされて「決めよう」という話になっていたので、非常に危ないものを感じていました。
 特に議論が軽視されていると感じたのが、最初に国民投票の二つの選択肢がありますね。これが一つが「2022年までの段階的停止」だったんですね。脱原発派が選べるものが。
 そもそもこういったところを議論して決めるべきだと思うのに、そこをすっ飛ばされていきなりそういう選択肢が入っていたので、
「あぁ、この人たちは議論だとか合意形成だとか、或いは国民が状況を理解することだとか、そういうことを全くケアしないんだな。考えないんだな」
と思っていたので反対だったんですね。
 ところが、そのうち特に宮台さんが参加されたあたりから、対話のプロセスを組み込もうとする動きがあると判りましたので、今ではちょっとなかなかいいんじゃないかなと思ってるんですけども<笑>

(今井氏)この新しいリーフレットをご覧になりました?

(会場の女性B)それはまだです。

(今井氏)今目の前にあるでしょ?

(会場の女性B)いやもらってない・・・

(今井氏)参加者全員に配ってるんですけど、ちょっとここを見てください。今見てください。

選択肢

http://kokumintohyo.com/archives/3845

(会場の女性B)ちょっとそれは後で見ます。お聞きしたいのはですね、対話のプロセスと、それから国民が状況を理解するための方法ですね。これは今もし、想定されてるイメージがあればお聞きしたいということです。

今井氏(今井氏)宮台さんのほうから返事があると思うんですけど、今皆さん、実は新しい、今日刷り上がったばっかりのリーフレット。今から配りますからちょっと待ってくださいね。
 女性の方がおっしゃったみたいに、最初はですね、2022年までに廃止するか、或いは稼働を認めるかのどっちかやったんですけども、対話を経て賛同人5000人の対話を経て、新しい設問、第4次案をこんなふうに書きました。これを見ていただけたら納得をしていただけると思うんです。つまり即刻停止派の人も選択ができるということになっています。
 これ、今全員に配りますので、スタッフの方、ちょっと、なかむらえいこさんはいない?
 これ、全員に配っていただくという約束なんですが・・・じゃあ全員に。
 宮台さん、どうぞ。

宮台氏(宮台氏)国民投票に至る、つまりそれを現実化に至るまでの戦略についてはいくつかの方法があるだろうというふうに思っています。一般に国民投票は住民投票の対で考えられるものなんですね。例えば原発が住民投票に実はそぐわない面があるのは、地元住民、つまり「地元」という概念が問題だとさっき出ましたが、地元住民が例えば原発を置いてよろしいというふうに決定をすることが、何か重要な正当性を持つかのように一人歩きをする可能性があります。これは意味が無いんですね。なにゆえなら、地元の人間だけが原発災害の被害を受けるからではないからですね。
 したがって、住民投票よりも国民投票にふさわしい議題であるということができるんです。
 ところが、残念ながら、住民投票も国民投票も、実はというか、住民投票があっての国民投票なんですね。住民投票のプロセスが単なる世論調査で、或いは世論調査による決定ではなくて、まさに学びのプロセスで、それも皆で話し合えば賢くなるということではなくて、いろんな立場の専門家を呼んできて、いろんな異論を、つまりいろんな立場の専門家を呼んできて我々がいろんな立場の意見を聞くということを通じて、自分たちの住んでいるところについての決定を行うということの週刊の延長線上に、そうした理知的な共同体が協和する空間としての国家に相応しいことは何かというとを決めるという国民投票があるべきなんですね。
 ですから、本来は、我々が住民投票という演習を積んで、ある程度国民投票のイメージを掴んでから、つまりこれが世論調査による決定ではないということを十分に掴んでから、或いは多数派による決定というところにポイントがあるわけではなくて、自治の貫徹というところにポイントがあるんだということを理解した上で、国民投票に臨むことが本来ならば必要な手順であるというふうに思います。
 ただ、これは今地震の活動期に入っていて、従来の過去60年くらいの安定期のようにはいかない可能性も、地震学会の主流学派から指摘を受けている状況ですね。
 それで何を申し上げたいのかってことなんだけども、憲法第13条、当地権力は国民の生命と財産を保障する義務を負っているんです。これは昔から憲法第9条の間との整合性や優劣関係がずっと話題になってきているんですが、一般に憲法学的なオーソドクシーからいうと、憲法第13条、国民の生命と財産を守ることが何にもまして重要な国家の責務ということになるんです。
 ところが・・・まぁいいや、「ところが」というと話が長くなっちゃう。
 なので、実はそういう観点からも、憲法上の雍正からももしかするととんでもないことが起こるかもしれないことについて、国民の意思を問うということには意味があるだろうというふうに思います。
 ただね、13条っていうのはいわゆる安全保障の問題と繋がるので、「国民は理解をしていないが、これが国民の生命とは安全の保障に役立つのだ」という理屈でいろんなものが制度化されるということが歴史上行われてきました。安全保障は軍事だけじゃなくて、技術の安全保障、資源の安全保障、エネルギーの安全保障、そして文化の、共同体の安全保障。そうしたものコミコミだということを日本人は残念ながら経験によって学んできておりません。安全保障というと、アメリカに依存して「アメリカのケツを舐めて、何か平和を守ってもらう、これが平和主義だ」という考えが蔓延したりしてるくらい愚かな国ですからね、なかなか難しいところではありますが、申し上げたように国民投票がこの原発については、オーソドックスなプロセスをたどるべきなのかという点については、僕も議論の余地があると思っています。

(今井氏)はい、あのこれ(リーフレット)お手元に行きましたか?無い人、ちょっと手を挙げていただいていいですか?全員ありますか?
 じゃあどなたか他に?

(会場の女性C)かわぐちといいます。
 途中から来たので、最初の議論を聞き漏らしていると思うんですけれども、基本的に今は決定プロセス、どうするかっていうふうなことが質問になっていたんですが、その前段階にあるそれをどう判断するのかっていう材料、要するに技術のところですね。そこのところが終わりで来てわかんなかったんですけど、高木さんのお話も澤田さんのお話も、技術の話をされるというよりは「ヨーロッパ」とか、「豊かさをするためには必要だ
とか、「中国とか韓国とかがやってるからやめてもダメじゃん」とか、澤田さんのお話では、「もうパンドラの箱開けちゃったので、もうやってるから今更止めようがない」というふうに聞こえる。確かに使用済燃料のこと考えたらそうなんですけれども。
 そういう意味で本当に技術的なメリット・デメリットっていうお話をあんまりきちっとされている気がしないんですね。技術的には「中国はやってるから、もう今更やめてもダメだよ」っていうのは技術的なお答えではないと思うんですけれども、本当に純粋に、技術的にどうなのかというところをもう少しきちっと出していただかにと、その後我々が判断をするにしても何にしても、ダメだと思うんですね。
 それも先ほどの話を聞いたら、本来の技術であるべき姿、それが福一のレベルでどうだったのか、事故はどうだったのか、津波対策はどうだったのか。これは全部違う話ですから、「根本的に原発の技術がどういうものであるか、地震大国だったらこうあるべきである」、そういうふうにちゃんと段階を分けて、「だったらこれならいいけど、あれならやばい」とか、「ここはああいう間違いをした、次間違えたらもうおしまいはない。」今環境の世界では予防的アプローチというのが主流になっていて、もしも非常に壊滅的な打撃を与えるリスクというのがわかってたら、それが出現した時には手遅れになるものは事前にやめようというのが遺伝子組み換えでもそういう議論になってるわけですけれども、これに関して絶対そうならない。起きたらこうなるってもう判ってるのに。地震もたくさんあるのに。
 その点について、技術の方はどうお答えになるのか、是非お願いしたいと思います。

澤田氏(澤田氏)今日は、技術の問題はないと思ってたんで<笑>、いくらでもお答えできますよ。ただ、今日いらっしゃる方がその話を突っ込んでいって大方の方が満足されるか判らないのですけれども。
 だから、逆に言うと技術の問題と言われますけど、非常にいろんなどういう視点で何をつかみ出すかによると思うんですけど。もっと具体的にいうと、何をお知りになりたいんですか?




(会場の女性C)社会的にこれだけ問題なものを推進するっていうのは、技術的にどうにかすれば大丈夫だから、皆さんの懸念はこういうやり方をやれば払拭できるからいいんじゃないの?と。でなければ、7:3でヤバいかもしれないけど、それを国民的に皆が「7:3のリスクなら受けるよ」ということを提示していただければ、それはみんなが判断して7:3がいいか、8:2かわかんないけれども、それを判断するということをされずに、「大体みんなわかんないから」っていう結論で、技術系の人が最後逃げてるなという気がすごくするんですね。その辺りについて、技術だけで「言っても判んないから」っていうのも先ほどの愚民論だと思うので、その辺りもちゃんとどこがどういう場でそうやっておっしゃってるのか?

澤田氏(澤田氏)多分女川と比較の話を聞かれたと思うんですけれども、女川がどうであったか、それから福島第一・第二の中がどうだったかと。第一の中でも6号機がどうであったかという話ですね。多分ご存じだと思うんですけれども。あとは、東海まで入れてもいいんですけれども。
 繰り返しますと、そこを冷静に技術的な視点で判断すれば、どういうやり方をすればあそこまでの状況になってなかったかという一つの答えが出てくると思うんですね。もっと言えば、福島第一の1号機から主に3号機ですね、4号機の問題もありますけれども、それぞれがどういう現場において、いわゆるアクシデントマネージメント=過酷事故が起こった時の対応の仕方をしてたかっていう、これも大体政府事故調の中間報告書、それから独立系の事故調はあそこは東電が出てきてないので、あまりそこには突っ込んでないですけども、そういうとこから見えてきてる話があるわけなんですね。
 だから、今日はあまりそこに突っ込んでいいんですけど<苦笑>、多分それなりに長くなると思うので、できれば、良ければ個別にいつでも対話しますけれども。
 それと、あともう一つは、結局空間に要するに放射性物質をどれだけ出してしまったかと、さっき高木さんも言ってたけど、中がよく判ってないというのが我々がいろいろな技術的な視点で問い詰められると、今溶けた燃料がどこにあってどういう状態で分布してるかっていうのは、これは今のところ判んないんですよね。そういうところがある。大体大旨どの辺にあってどうなってそうだという話はできますけども、それが非常に重要だという話をされる方もいらっしゃるんですけど、今既に環境に放出された放射線量っていうのは、ほぼ収束している、まぁそこにも議論はあるんですよ?まだ出るんじゃないかっていう人もいますけれども、その後の手当て、いろんなことをやっていて、ほぼ今空間に放出される量は、非常にごく微量になってるとか言われてると思うんですね。
 そうすると、その出た時のSPEEDIの話とかありますけど、技術的なところが絡んでるんですけど、技術的に見てどういう対応ができたかというと、危機管理上それをどう生かしたかという話が当然出てくるわけですけれども、今少なくともほぼ落ち着いていると思うわけですね。
 そうするとあとは除染の問題とかそっちの技術にうつっていくわけですけど、多分ご関心は初期のシビアアクシデントのマネージメントの段階でどういうことがなされていて、そのことに対してどういう手当があればそこまで行かなかったかという話が、ちょっとまだよく理解してないかもしれないですけど・・・

宮台氏(宮台氏)澤田先生ね、澤田先生は途中でですね、議論を禁欲していただければ納得的なんですよ。
 つまりね、こういうことです。
 今回の福一の事故については、こういう手だてをとっていたら防げた可能性が高い。そのような「if...then...文」をたくさん出していただくんですね。しかしその時勘違いしないでいただきたいのは、そのような手立てをとれば今回の災害は防げたかもしれないのであって、原発災害一般を防げるようになるということとは全く関係が無いか、或いは蓋然性において少しの結びつき、つまりprobabilityにおいて少しの結びつきしかないということなんですね。
 ドイツでなぜ「残余のリスク」というかというと、実際原発の災害にどういうパラメータが効くのかは、確たることが事前には言えないんです。原発の災害がある度に、「このパラメータも重要だな」と学ばれてシミュレーションんに使われてきているんですね。従って、澤田先生が今回の福一の事故をきっかけにして、専門家として社会的な学びを皆さんに開陳をしていただくということは非常に重要だと思うんですね。
 しかし、だから原発を推進するべきであるとかっていうところに踏み込むのは、残念ながらその分野で澤田先生のもってらっしゃる知識は、あまりにもお粗末というほかないものです。
 なので、そこはですね、別の専門家を呼んできて、皆さんに議論をさせ、皆さんに判断をしていただくということで、その辺について禁欲をしていただくと、澤田先生ご自身の技新も上がるだろうというふうに思われます。
<会場ざわざわ>

澤田氏(澤田氏)まさに宮台さんらしい言説の作り方だなと思って聞いてたんですけれども<笑>、まぁそのことに対してここで議論する必要があるんですか?<笑>







(今井氏)次回、それについては本格的に原発の賛否についてやりましょう。近々。
 手が挙がってますけどどうぞ。


(会場の男性D)いわおと申します。どうぞよろしくお願いします。
 これは多分AとBの議題があって、多分今Aの話をしてると思うんですけど、結構時間が押して大丈夫なのかな?と心配してるところがあるんですけど・・・

(今井氏)Bはね、実は順番的にいうと桜井さんが前半でかなりやったんで。

(会場の男性D)じゃあ、一緒に質問してもいいですね?わかりました。
 まずAからいくんですけど、この?がついてて、僕としては国民投票をするべきじゃないかなと思うんですね。桜井さんが言ってたのかちょっと思いだせないんですけど、シングルイシューで選挙で行った郵政と政権交代が正しかったのか良くなかったのかよく判らないんですけど、それよりも国民の意見を直接吸い上げたほうが僕はいいと思うんですね。みんな、なんか愚民論とかいう話が出てたりして、僕は正直愚民論について賛成っていう感じなんですけど、勉強する機会よりも意識を持つ機会っていうのが無いと思うので、僕はこの国民投票に賛成をしています。

(今井氏)Bのほうは?

(会場男性D)Bのほうは、国民投票の拘束性、可決された・否決された際の拘束や、その広がりっていうのはどういう形になっていくのかな?っていうところが気になっています。
 その辺り、あと、パネラーっていうかそこに座ってる方達のこの今回の問いのスタンス、選挙で決めたいのかそれとも国民投票なのかっていうところをちょっとそれぞれ教えていただきたいなって思います。

今井氏(今井氏)じゃあ最初に質問で、簡単に。
 我々市民グループ、みんなで決めよう原発国民投票が提唱してるのは、1980年にスウェーデンがやった諮問型の国民投票を目指しています。
 昨年6月12日13日にイタリアがやったような憲法に基づくイニシアチブによってなされた法的拘束力を持った国民投票を日本でやろうとしたら、まず憲法を変えなければいけませんから、『国会は国権の最高機関であって、唯一の立法機関である』というところを変えなきゃいけない。ほかの項目も変えないといけない。そのためにまずそれの国民投票をやらなければいけない。時間がもう無い。さっき宮台さんがおっしゃったみたいに、早くやるためにはもう諮問型でやるしかないと思っています。
 そのためにはスウェーデンでやったような形で、スウェーデンはスリーマイル島の事故が起きた翌年に、原子力国民投票法というのを作って、政府と国会が
「大事な問題だから自分たちで決めないで、国民の皆さんに決めていただこう」
ということで、第一案、第二案、第三案というのを作って、そして国民にその中のどれがいいですか?ということで、
「この結果については最大限尊重する」」
という約束の元で行いました。そういう形でやるべきだと思っています。
 そうすると、
「そんないい加減な日本の政府がどうせまた結果を反故にするに違いない」
という人がいっぱいいるんですけども、それは絶対に反故にしないとは言わないけども、世界中の先進国を初めとして、世界中で特にヨーロッパで今まで僕が知ってるだけで1150件の国民投票が行われて、日本は1回も行われたことはないんですよね。その日本という国ができて初めて国民投票をやる、おまけにテーマが原発だということになると、世界中が注目して取材に来ます。去年のイタリアの比じゃないです。それによって生まれた結果を簡単に反故にできるとは私は思わない。世界が注目してるし。
 もう一つ言えば、401件の住民投票が今まで行われています。401件の住民投票で結果を反故にしたのは、沖縄県の名護市のヘリ基地の是非を問う市民投票、これ1件だけです。ヘリ基地反対のほうが多かったのに、当時の比嘉鉄也市長が「賛成だ。私は容認だ」と言って即刻市長をやめて橋本龍太郎を喜ばせたという1件だけです。
 ほかは全部諮問型、法的拘束力がないにもかかわらず、刈羽村のプルサーマルだって巻町だって海山町だって住民投票の結果はずっと尊重され続けてます。
 だから、諮問型であってもきちっとやれば、私は民意は守られるとそんなふうに思ってます。
 ごめんなさい、僕ばっかりしゃべったらいけないんで、さっきからマエキタさんや黒川さんがどういう立場なのかと聞かれてるので、一言ちょっとどうぞ。

マエキタ氏(マエキタ氏)私はこの原発国民投票を日本の民主主義の成人式だと思って取り組んでます。もう十分大きくなって、大人に見えます。もう成人式やってもいいんじゃないかってそんな気持ちです。
 世界からも「あ、日本の民主主義、しっかり大人になった」と言われたい。そんな気持ちです。




黒川氏(黒川氏)僕はこの会の賛同人ですが、当然<笑>、これしかないというか、これをまずやりましょうというふうに考えています。
 ただ、便乗してちょっと澤田さんと宮台さんの応報を聞いてて思ったんですが、随分デジャビュっていうか既視感があるんですね、澤田さんの話を伺ってて。
「70年代の炉はわるくて、80年代なら大丈夫だ」
 というのは、僕は思いだしたのは、1977年、スリーマイルより前ですけれども、アメリカのワシントン州の内陸部、随分奥の砂漠の中にハンフォード核施設っていうのがあります。ハンフォードサイトっていって、そこは何かというと、長崎の原爆のプルトニウムを生産したところです。それはずーっと残っていて、砂漠の中先住アメリカ人のいくつかの民族がいきかうような、コロンビア川のずーっと上流ですけども、アメリカもやっぱり川沿いにあるんですね。でも大きい川ですから、川幅が100mか200mあるようなコロンビア川の横にずーっと広がってて、ものすごい広いです。東京都の総面積の4分の3くらいあります。それはもうずらーっと核のデパートっていうか、プルトニウムの生産炉が10基近くあって、商業用の電気を発電用の炉もあって、当時は高速増殖炉もあって、当時1977年ってすごく最先端だといわれていて、ものすごく綺麗な研修施設というか、見学用の施設で高速増殖炉の説明してくれるんですよね。「もう絶対大丈夫です」っていって、帰りにプルトニウムのペレットのこんなちっちゃい直径1㎝、長さ1㎝くらいのお土産をレプリカでもらった覚えがありますけども、そこは当然工場だけじゃないわけです。研究所、京大の小出さんとか澤田さんみたいな人が居らっしゃる。そういう人たちも出てきてちゃんと説明してくれて、如何に安全か。ではそれは講釈してくれてスマートな女性の説明の人もいるし、科学博みたいになってるわけです。
 多分そこは2年後にスリーマイル島の事故があって見学できなくなったと思います。
 だんだんチェルノブイリの頃には、傍にもよれない。そのあと閉鎖になり、膨大な汚染です。ものすごい汚染ですよ。もちろんネイティブアメリカン初め、みんなサケをとってたわけですけど、そんな言えないくらいの未来に渡る汚染で、それは多分アメリカのエネルギー庁が軍事用と民生用と全部含めてアメリカの場合は指導、管轄してるわけで、その廃炉、閉鎖に向かうというときに、既に廃炉の日程っていうのは2075年とかそのくらいだったと思います。100年の廃炉日程です。
 だから、そのくらい最先端だっていってるものが、たった10年後にはそんなになってるわけですよ。だから、それ、本当に福一の1号炉、2号炉はよくなくて、今の新しいやつは120万kwくらい生産できるやつはいいって、どうやって本当に言えるのか?って、それは全く・・・「私が大丈夫だから大丈夫って言ってます。私は専門家だから」っていうのは、僕は信用できないですね。
 だから、「専門家、専門家」っていう言葉も最近よく聞くけど、ちょっと昔は「知識人」とか言ってましたよね。「文化人」という言葉もあったけど、最近は「知識人」という言葉は使わない。流行んないですね、マスコミで。知識全般の責任は持ってない。専門家だからそこの領域だけは入ってきてくれるなという新しい論法になってて、「知識人」っていうのも確かに相当インチキな良くないやり方だとは思ってましたけども、最近の「専門家」っていうのは、本当にぬけぬけとよく言うなという感じを僕は持っております。
<01:53:05頃まで>

【その③】に続きます。
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