・【動画】ニコニコ動画より
3月22日『みんなで決めよう「原発」国民投票プロジェクト』主催による議員と市民の対話カフェ
http://live.nicovideo.jp/watch/lv86179032 (02:30:00)

・【動画】IWJ ch5より
120322 みんなで決めよう「原発」国民投票 記者会見
http://www.ustream.tv/recorded/21276628 (00:49)
http://www.ustream.tv/recorded/21276651 (37:37)
http://www.ustream.tv/recorded/21277101 (148:05)


●出演予定者
  櫻井 充 (参議院議員、民主党政策調査会長代理・政策審議会長)
  川田 龍平 (参議院議員)
  澤田 哲生 (東京工業大学 原子炉工学研究所助教)
  高木 直行 (元東電社員で現東海大原子力工学科専任教授)
  宮台 真司 (社会学者、首都大学東京教授)
  マエキタ ミヤコ(「サステナ」代表)
  黒川 創(作家)
  今井 一 (ジャーナリスト、【みんなで決めよう「原発」国民投票】事務局長)

【以下、お時間の無い方のために内容を起こしています。ご参考まで】

冒頭の記者会見部分は割愛しております。
今井氏(今井氏)早速じゃあ始めたいと思います。
 お前が言うなよと言われそうなんですけども、今日はパネリストがたくさんおられるので、一人の発言は1回できるだけ簡潔にまとめていただいて、2分以内ということで。しかしラリーは何回やってもいいけれど、一番困るのは一人で20分1回ずつしゃべって終りっていうのが一番おもしろくないので、できるだけ短い時間に簡潔にまとめてラリーの回数を増やしていきたいというふうに思っています。ご協力いただけたらと思っています。
 最初に高木さんにまずお話をしていただきますけども、まず今日の進行予定のところはこのAのところを見てください。AとBに分かれています。
 Aは「原発をどうするのか決めるのは誰であるべきなのか。選挙で決めるか、国民投票で決めるのか。地元合意を条件とした政府の再稼働決定についてどう思うのか」というふうに書いてあります。
 さきほども記者会見の時申し上げましたけども、大飯町では14人の町会議員と一人の町長がいて、その人たちがOKをしたら政府は恐らく地元合意をとったと。この前の官房長官の見解では、
「『半径10㎞以内』というのが地元という認識だ」
とおっしゃってましたけども、それでいいのかということです。

【参考記事】
原発再稼働、事前説明は10キロ圏自治体に限定 
政府方針 30キロ圏自治体は反発
日本経済新聞 2012/3/16 20:14
 政府は16日、定期検査で運転停止中の原子力発電所の再稼働の手続きで、事前に説明して合意を得る地方自治体の範囲を、原則として原発から半径10キロメートル圏内とする方針を固めた。範囲を30キロメートル圏に広げるよう求めている一部の自治体は反発している。
 内閣府原子力安全委員会が現在、原発の防災指針で定めている「防災対策重点地域(EPZ)」は半径10キロメートル。政府が今国会に提出した原子力規制庁設置関連法案が成立すれば、規制庁が従来の防災指針を改め、EPZに代わって新たに半径30キロメートル圏内を「緊急時防護措置準備区域(UPZ)」に指定、県内の自治体に防災計画の策定を求める方針だ。
 一部の周辺自治体は、防災指針の見直しの趣旨を踏まえ、30キロメートル圏に事前に説明するよう求めている。藤村官房長官は16日の記者会見で、合意を求める対象と、UPZの範囲は「内容が全然違う。連動しない」と表明し、10キロメートル圏の自治体に限る考えを示唆した。ただ「画一的に決めるわけではない。地元の状況をみながら最終的に政治レベルで判断する」とも語った。
 再稼働の判断が近づいている関西電力大飯原発3,4号機(福井県おおい町)の場合、半径30キロメートル圏には京都府と滋賀県の一部が含まれるが、10キロメートル圏なら福井県内だけが対象になる。大飯原発の再稼働に難色を示している滋賀県の嘉田由紀子知事は16日、「原発事故という前例のない大災害を引き起こした自覚が国にはないのではないか」と藤村長官の発言を批判した。
 安全委は来週にも、大飯原発3,4号機のストレステスト(耐性調査)1次評価結果について報告書をまとめる。これを受けて野田佳彦首相と藤村長官、枝野幸男経済産業相、細野豪志原発事故担当相の3閣僚が協議。再稼働が可能と判断すれば、大飯原発の周辺自治体の合意を得る手続きに進む。
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819481E3E4E2E38B8DE3E4E2E1E0E2E3E09F9FEAE2E2E2

今井氏(今井氏)それで、私たちはですね、簡単にいったら、この問題を選挙で決めるのはおかしいというふうにさっきから何回も桜井さんも言ってるし、僕も言ってるし、宮台さんも言ってるんですけども、具体的な話を一つだけさせていただいたら、選挙区ですね。総選挙で東京1区というところあります。千代田区、ここです。東京1区は誰が選ばれてるかといったら、小選挙区で海江田万里さんが当選されました。そして、与謝野馨さんは破れましたけども惜敗率が高かったということでですね、復活当選されました。
 だから、厳密にいったら小選挙区制で通ったわけじゃないけども、この千代田区、東京1区からは海江田万里さんと与謝野馨さんが当選されて今衆議院議員をされています。ご存じのように両方ともはっきりと原発容認だということをおっしゃってる方です。
 そこに加えて、これが4月の総選挙があろうが8月に総選挙があろうがですね、自民党から立候補されるかたも、これまた原発容認間違いなしです。
 ということは、誰が通ったって原発容認なんですね。
 じゃあ千代田区の人はそんなに70%も80%も原発容認派の人ばっかりなのかといったらそうじゃないと思うんです。共同通信や朝日新聞や毎日新聞がやってる世論調査がほぼ正確だとしたら、原発容認派の方が今少ないはずなんですね。
 ところが国会議員はこの東京1区に見られるように、なぜかしら総選挙を例えば来週やったら7割から8割はいわゆる原発容認、推進派の人たちで固められていくということで、これが民意がまともに反映されていないんじゃないかというふうなことを私たちは考えています。
 だから、原発反対のためとか原発推進のためとかいうよりも、主権者の民意がまともに反映されないんじゃないかということで、そういう考え方で国民投票で決着をつけるべきじゃないかと私なんかは考えていますが、その辺についてですね、高木さんや澤田さんがどんなふうにお考えなのか。それからさっき言ったみたいに、一部の、ごくごく小さな立地先、或いは立地予定先の町会議員や町長さん、或いは村会議員や村長さんがOKしたら、「それで間接民主制でもうOKなんだ」とどんどん原発が作られていった、そういうこれまでの歴史。それから今後もそれが繰り返されようとしてることについて、高木さんや澤田さんがどんなふうにお考えになってるのかということを、まずお伺いしたいんですが、いかがでしょうか?

高木氏(高木氏)はい。それでは、6時にお暇させていただきますので、私から東海大学の高木と申します。
 簡単に自己紹介。16年間東京電力に勤めておりました。大学を出て。4年前に東海大学に移ってきて、今新型炉の研究とか、放射性廃棄物の処理とかそんな研究をやっております。
 という身の私でですね、本日のテーマについて、原子力の技術的な専門家が何を語れるのかなと。今日は原発論議ではないというふうに聞いておりますので、私で役不足ではないかなとは思ったんですけども、一週間くらい前にお話受けまして、慌てて今井さんの本を買ったりして<苦笑>、勉強もさせていただいたんですけども、簡潔に申し述べます。
 本日のテーマについて、原発国民投票について、まず、今日はすごく大きな難しいテーマが二つあると。やっぱり『国民投票をどうするか』という話と『原発どうするか』という話、それぞれが大きなテーマでですね、それが一緒になってるわけですが、それの前者に今日は主題があると。
 国民投票については、私は原子力の専門家ですので、そういった社会のシステムとか政治・経済については単なる一市民の考えしか持ってございません。
 ただ、やはり国民にとって非常に重要なことであれば、民意を反映させるということは当然だと思いますので、国民投票についてどう思うかと聞かれましたら、一義的にやっぱ賛成です。私もそういう社会に生きたいと思いますので、テーマが原発でなければ必ず自分はそういうと思います。
 国民投票については、良いのではないかと。それが一つ。
 そこで、国民投票の対象として原発をテーマに国民投票をやるべきか?というと、そこについては、ちょっとそれでいいのか?というふうに思ってしまいます。つまり国民投票に原発は本当にそんな問題に馴染むのかな?と。国民投票がやることになれば、憲法改正以外についてやることになれば、なんでもかんでもやるようになる。決してそうではないということではありますが、でも世の中にいろいろいっぱい問題ありますし、毎年毎年やるようなことになるんじゃないかななんて思うんですけれども。
 原発の問題というのは、まず空間的に非常に大きいし、時間的にも非常に長い問題ですし、国の国家の存続にもかかわるエネルギーの問題ですので、そういうことが国民投票になじむのか、なじまないのかというのは、ちょっと一夜漬けで勉強してきた私にとって、それは判断することはできません。
 のちほど宮台先生にそのへんのことをお伺いしようと思ったんですけども、今の質問としてぶつけさせていただきますと、
「専門家を徹底排除して、要は国民が選んだ議員に決めさせるんではない。それから、専門家も徹底排除して、そういう仕組みでやってかなきゃいけない」
と、そういうお話がありましたけれども、ただ例えば私たちが病気にかかっていくところは病院であって、やっぱりお医者さんの判断で処置を決めてやっていくわけで、本当にそういうところに専門家がいなくていいのかな?と。
 そういうことも考えます。それは原発というものは国民投票になじむのか、なじまないのかといった観点で見たところの一つの疑問です。
 私の結論をまとめさせていただきますと、とはいってもですね、国民投票、福島事故もありましたし、国民の総意であれば国民投票は良い、やるべきだ。それが総意であれば、私はやるべきだと思います。
 それによって、『日本は原子力から撤退する』ということになって、というのもそれは国民の選択であれば、そういうこともありだというふうに今は思います。
 ただ、その実施の条件としては、やはり今井さんの本にも書かれてますけど、国民投票をなんでもかんでもやるわけにいきません。枠組み・ルールをしっかり決めること。それから、やると決まって、やはり国民が複雑な問題であればあるほど、勉強する時間が必要だと思うんですね。タイミングは非常に大事です。福島原発の直後のこの時期にやることは公平だと思われるか、今原発の投票をやるべきだと思われてる方の中にも、今やることがフェアだと言われる方いらっしゃるでしょうか?
 それから結果の拘束力。
 そういったことについて議論を尽くしてですね、それとそうしたことの『結果の影響』についてよく国民に周知をして、『結果の影響』というのはすなわち、日本が原発をやめて、再生可能エネルギーに行って、よく言われるのは非常にコスト高で、そういう中で技術力で国力をあげるしかない、資源のない日本がどうやっていくのか、その結果の重大な影響について、事前に周知した上でやっていくということであれば、総意であればやっても良いのかなというふうに今考えております。以上です。

(今井氏)えーっと、宮台さん、名前がありましたので、宮台さんのほうから。

宮台氏(宮台氏)えーっと、医療、メディカルな領域がね、高木さんから出されましたので、これはとてもいい例だと思いますね。
 インフォームドコンセントってことが重要だって話になってから、セカンドオピニオンというシステムが導入されて、皆さんも多分お使いになってるかと思います。私の母も3年前にガンで死にましたけれども、そのようなセカンドオピニオンに留意することですよね。
 つまりどのような治療法が適切であるかについて、Aという専門家に十分に聞く。Bという専門家に十分に聞く。Cという専門家に十分に聞く。結論は全部違うんですね。最終的に異なる専門家の意見をどういうふうに判断するのかというときに、専門家を排して自分で決める。医療の世界ではそれが当たり前ですよね。皆さんがご自身で決めるわけです。
 原発であろうが何であろうが、科学の民主化を前提としたうえで皆さんが民主的に決めるというのは、そういうことですよね。専門家を排するというのは、コミュニケーションのプロセスから排するということではもちろん全く無くて、むしろコミュニケートのプロセスに専門家に登場してもらうんです。今は隔離された有識者会議の中でお手盛りの話をしているだけです。
 実際有識者会議のですね、記録映像を見ればわかるように、
「議論は全く咬みあっておらず、誰からも質問が存在せず、ただ言いっぱなし。それを発言録として官僚がまとめて、実はその後は政治に投げて多数派は原発推進でした」
みたいな話になっているだけのデタラメです。
 そのようなコミュニケーションをやめるということです。
 逆にいえば、皆さんが専門家の意見を十分に聞けるようにする。ちょうどメディカルな領域で起こっていることと同じような変化を様々な決定の領域でもたらそうということですね。
 それがありますと、例えば医療の領域でも専門家は自分の意見を
「俺は専門家なんだから聞けよ」
みたいな態度で言うことはできなくなりますね。
 より説得的に素人が納得できる形で議論を開示するしかなくなります。
 そうすると専門知はおのずと民主化、つまり人々にシェアされていき、人々はそのシェアされた知識を、或いは専門知をベースにして議論をするようになります。
 これが大事なことなんですね。
 なじむか・馴染まないかということについて言えば、ドイツの議論が参考になります。原発は代議制になじまないんですね。どうしてなじまないのかと言えば、日本の例を出しましょうか。日本の電力料金は、総括原価方式で決まっています。簡単に言えば総コストの3%を利益としてとるシステムですよね。その結果、電力会社は膨大な利益を上げております。それを放置しておきますと、料金決定に政府が介入してきますので、たくさんのものにお金を出します。それはまたコストとして計上していきますよね。ご存じのように、日本の場合、地方のテレビ局やラジオ局や新聞社の大株主は電力会社です。地方の大手企業の、或いは有力企業の大株主も電力会社です。
 ですから、地域の経済団体のボスは、例外なく、つまりどこの一つも例外なく、全て電力会社です。
 さらに、電力総連や電気労連といった組織票をベースにした集票を頼る民主党の議員さんたちは、電力に簡単に言えば権益依存をしています。もちろん自民党は経済団体による集票を頼りにしてますから、この権益ネットワークの中にいます。
 そして地方の交響楽団であるとか様々な文化イベントの公演は、電力会社の公演であることが非常に多いんですね。
 したがって、文化的な発信者、表現者も電力会社と権益関係を結んでいるという状態ですね。
 このような状態で議会で決定をするということが何を意味するのかということをまず考えなければいけません。
 次にですね、これは今から40年以上前にベックという人が言ったことですが、
「原発のリスクは、予測不能、規定不能、収拾不能です。」
 チェルノブイリによって失われた、例えば利益。これは遺失利益を含めると全く計算が不可能です。あそこで経済活動が行われていた場合にどうなっているのかを、今人々は予測することができません。チェルノブイリの原発の事故の時、この規模の事故は1万年に1度、或いは人によっては10万年に1度だと言われていました。
 今は10年に1度と言われているように、もうスリーマイル、チェルノブイリ、或いはJCO、そして今回の事故、10年に一度起こっているということです。
 『10万年に1度』から『10年に1度』、あまりにもいい加減ですよね。
 これがいわゆる科学的シミュレーションというもので、どういうパラメータをピックアップするかによって結論が変わってくる。シミュレーション自体は科学的な手順に基づいていますから異論の余地はありません。
 しかし、何がパラメータになりうるのかはよくわからないんですね。ドイツでは先ほど申しましたように、それを『残余のリスク』というふうに表現をしております。
 つまり、よく判らないんですね。
 よく判らないことについて、
「俺たちは代議士だ!任せとけ!」
 意味はないんですね。
 つまり何を決めてるのかよくわからないことになるからです。
 したがって、この未規定なリスクの領域については、センチメントが非常に重要になるんだというのが、今日の政治学、政治哲学の最前線の議論です。ドイツではそうした政治哲学や成熟度の最前線の議論が政治のコミュニケーションに取り入れられています。
 なにやら、
「原発都民投票条例うんぬんかんぬんはセンチメントだ」
というふうに言った愚かな知事がいたようですけれども、どうも最先端の議論をご存じないようでございます。
 これがお答えになってるかというふうに思います。

(今井氏)はい。では澤田さん。

澤田氏(澤田氏)澤田です。
 今井さんとは去年の7月でしたか、長野県茅野でお会いして、「みんなのエネルギー環境会議」っていうところでお会いしてですね、ちょうど菅さんも見えてましたけども、そこで今井さんから
「お前は原発右翼だ」
と名指しされまして、それはもともとSPAっていう雑誌に出てたやつで、
「いやいや、原発右翼ではいけないので、(笑)をつけてください」
と話をしてたんですけど。
 そんなことはどうでもいいんですけども、この原発国民投票ですね。なぜか私も原発右翼として意見がここに掲載されてますけど、えーっとですね、どこからいこうかな。3つ4つ申し上げたいことがあってやってきました。
 一つは先ほどこの前のセッションで桜井議員がおっしゃいましたけども、要するにシングルイシューでやったケースが例えば総選挙ですけどね、小泉さんの郵政改革のときにやった。
 私は、この今の民主党政権、これも皆さんご記憶にあると思いますけど、街角そこらじゅうに鳩山さんの絵と『政権交代』という一文字、一言でやったこれもシングルイシュー選挙だと私は思ってるんですね。
 総選挙って、今議会制民主制度の中での総選挙と、この国民投票はそもそも性格は違うというか、違うものであると。恐らくこの桜井さんが書いておられますけど、
『議会制民主主義という堤防を決壊してしまったかのように写る』
と。そんな・・・状況、今の日本国民は共有してるんだと思うんですけど、それを補完するものとして国民投票はあるんじゃないかということでは思うので、その限りにおいてはうまく補完できる、そういうシステムがあればいいなという気はしております。
 それで、つまりですね、シングルイシューでやった総選挙っていうのは、ある種の国民投票の側面があるのではないかと思うのですが、いずれも今から思えば間違った選択をしたということですね。
 それから、よく引き合いに出すんですけども、歴史を紐解けば、1980年にスウェーデンが有名な原発どうするかってことで国民投票をしましたけども、その時に脱原発、原発廃止を決めたはずですが、未だにスウェーデンは原発を無くせていないという状況をどう見るかということですね。
 ドイツに関しても、いろいろあるんですけども、ちょっとそれは省いておきます。
 それで主権者の民意が反映されるのか?ということが一つのポイントになってると思うんですけども、私はこの原発が今回の事故が起こっても、非常になんて言うんですかね、複雑な気持ちを当然ながら持ってるんですけども、5,6年前から原発立地地域の人たちがどういうふうに原発と付き合っていて、これからどうしようと思っているのか?っていうことに、あることをきっかけに非常に興味を持ちまして、それで何か私なりにお手伝いはできないかなと思ってですね、ある種活動というか、やってます。研究+活動ですね。
 何をやってるかというと、原発立地地域の住民と都市住民、消費地の住民、それから原発立地地域に当然ある原発関係者、電力事業者といってますね。そういう人たちが顔をつけあわせて、裸の状態で意見交換できる場を作れないかとおもって、すごい難しいんですね。そもそも一言でいうと、誰もなかなか出てきてくれないっていうのがありまんですよ。そういう悩みを持ってましてですね、ちょっと短絡ですけれども本当に主権者の民意が反映されるような形で、この専門知を開いて皆さんに提示してやっていけるかっていうところに、やっていけなきゃいけないと思うんですけど、ちょっと疑問というか私自身が実際に体験したことで悩みを持ってるっていうのはあります。
 それで、それに関連してですね、飯舘村・南相馬にこの3.11以降十数回くらいなんだかんだで行ってるんですよ。南相馬っていうのは、飯舘村はもう今はほとんど空っぽになってるんですけどね、見回り隊の方しかいないくらいなんですけれども、南相馬の避難されてない方も結構いらっしゃるんで、そこの除染を地域自治体でやっていこうとされている南相馬除染研究所っていうNPOがあるんですけど、そういう人たちとの意見交換というかそういうお付き合いはさせていただいております。
 あと、南相馬のもっとも飯舘村寄りの農家に除染活動に行ったこともあるんですね。そこの農家に残って暮らしておられる方、結構線量高いんですよ。そういう方とお話したりしてるんですけれども。
 それで南相馬の除染研究所の方達、要するに自分たちの力で自分たちの手で村の再興っていうか、もっと以前以上に良い村にしていきたいっていうモチベーションが非常に強くて、
「国任せにしない除染というのがあるはずだ」
と。あそこは桜井市長が非常にイニシアチブが強くて、一応市が中心にしてやっていくということになってるようなんですけども、その除染研究会の方がおっしゃるには、
「放射線に対してどうやって付き合っていくか。原発の事故から出てきたものですけども、それについて、自分たちはいろんな手探り状態である。有名な東大の児玉先生とか毎週末のようにいらしていて、除染活動されている。そういうところが一つの手がかりがある。」
 児玉先生と例えば私は、原発のことはだいぶ見方が違うんですけれども、その除染研究所の方がおっしゃるのには、
「要するに最終的には自分たちで意思決定したいので、右から左までの論を並べていただいて、そういう人たちにできれば来ていただいて、そういう場を設定していただいて、自分たちでじっくり話を聞きたい。それで当然情報交換をして、最終的には自分たちで決めたい」
とおっしゃるんですよね。
 それは私に別に突き詰めて??じゃないんですけど、一応重く受け止めてて、未だにそういうことは実はできてないんですよ。
 2月の中旬に経産省の基本問題委員会でしたっけ、あの一部の人たちが自主基本問題研究会としてそこで分派活動されたんで、私もそこに入れてもらってやりましたけれど、そこに来られた方40名くらいいらしたんですけど、そこの中に私が普段顔が割と判っている除染研究所とか除染をやってる方、一人もいらっしゃらないんですよ。この場をどうやって設定されたのかと、その場の設定も難しいわけです。
 あとは更に、専門知を披歴して考える機会を共有して、そうやって何か結論を導き出す、更に次のステップがあると思うんですけど、そういうこと考えますと非常に国民投票なるものをやるための・・・専門知を始めいろんな知識、経験の共有をしてですね、最終的に国民全員の手に委ねて決めるということが、実は本当は補完的な意味として理想だと思うんですけど、どうやってやればいいのかな?<苦笑>っていうのがすごい疑問です。
 もう一つは、この問題20年、30年の問題ですよね。今のその小学生・中学生・高校生とか、要するに原発の問題は世代間をまたぐ問題。これはもう言い尽くされて当たり前ですよね。
 じゃあその非常に重要なパートナーというかステークホルダーの次世代以降になる人たちをどうやってこの問題に関わらせるか。そこが多分彼らからするとですね、
「今の大人がやってることはなんだ?」
という側面があるはずなんですよ。
 実は私は中学生、小学生の娘がいまして、中学生になったらかなりクリティカルになってまして、家庭の中でも時々するどく批判されるんですけれども、そういう経験があるのでそういう難しさもあるなという気はしております。はい。

(今井氏)マエキタさんどうですか?

マエキタ氏(マエキタ氏)はい。聞いていてですね、国民投票っていうのは、『隠ぺいボケ』してしまった私たちをどうやって『隠ぺいボケ』から脱出するか。
 『隠ぺいボケ』って毎日毎日、原発事故以来、東京新聞に変えたんですけれども、毎日一面に
「これも隠ぺいだった」
「あれも隠ぺいだった」
「それも隠ぺいだった」
毎日毎日、そういうのが続くので、なんかホントに酔ってきちゃって、どういう国に住んでいたんだろう?っていう。全てが「あれも隠ぺい」「これも隠ぺい」っていうふうに見えてきてですね、覚醒したというか目が覚めたという点では喜ばしいことなのかもしれませんが、宮台さんがしょっちゅう言ってる、
「それは依存である。何かに委ね、情報もマスコミに依存していたので、隠ぺいに気づかなかった。依存してるから隠ぺいできた」
っていうこともあり、この原発事故は本当に不幸な出来事でしたけれども、「隠ぺいだったんだよ」っていうことが次から次へ、めくるめく開いていって、ところがずーっと隠ぺいしてた人にとっては、そのことも受け入れられないと思うんですね。ずーっと嘘つき続けてきて、
「あなたの言ってたこと、全部ウソだったんじゃない!?」
って言われた時に、
「そうだよ」
って言える人ってそんな居ないと思うんですよ。やっぱりメンツがありますから、ずっとウソをつき続けるしかなくなっちゃったりする、その人を
「ウソだったんだよ、ごめんね」
って言わせるにはどうしたらいいんだろう?っていう、この・・・できればあんまり格好悪くなく、プライドも崩れず、
「あぁウソだったんだよ、ごめんえね」
っていうふうに言ってもらえるかなってことを考えると、情報公開なんですけど、どこまでうまく持っていくか。
 議員の人たちが「ヤダ!」って嫌がる人ね、橋本さんとか石原さんとか嫌がってますけど、嫌がってるのはやっぱり、恥ずかしいっていうか、恥をかきたくないっていう本能なのかな?と思うんですが、そうじゃない人もいますし、国民投票っていうやり方だとちょっとやんわり情報公開ができるんじゃないかな?って。
「私たちはそうしてほしいって思ってるもん」
って。私たちもどうなるかわからないし、結果こういう結果でしたよっていうので、いろいろな事象を客観的に提示できるのではないかと。
 これはある種の『やんわり』なんではないかと、ちょっと思います。

(今井氏)黒川さんにお話していただく前に、一番前の席が6席くらい空いてるから、そこにお客さん誘導してください。お願いします。
 そしたら、黒川さんお願いします。

黒川氏(黒川氏)誰が決めるのか、原発をっていう前半のテーマでいうと、私はやはり市民一人ひとりが国民といってもいいですが、全員一人一人が対等な権利を持って決めるしかないと思ってます。
 先ほど高木さんからコストの話が出ましたが、原発ってよくコストが安いというふうに言われますが、なんで安いかっていうのはハッキリしてると思うんです。
 それは、未来の世代から搾取してるからですよね。
 膨大なこの核のゴミをどうするのか。それは10万年、10万年置く、埋めるから今堀代は今だっていう話かもしれませんが、それは地殻変動が10万年、100万年、相当ある。1000年に1回の津波が1000回ある、1000年に1回の地震が1000回ある中で、何かあった時にはそれをケアするのは当然未来の世代の100万年っていうのは、もう相当、ゴリラとホモサピエンスが分かれたのが、まぁ1000万年前、チンパンジーと分れたのが600万年前ならその時にはホモサピエンスじゃないわけですが。
 でもやっぱり当然子孫に渡されるべき富っていうのを搾取して、今全部それを使ちゃってゴミにして回して、そのコストを子孫にまわしてるから当然安い。
 だからそれは先横領して使っちゃってるわけですよね。それはやっぱり笑い事じゃないっていうか、澤田さんの娘さんはちょっと優しいかもしれませんが、決定権のないこっちがその子孫になって、もう決定権のない子孫の立場からしたら、やっぱりちょっと冗談じゃないというふうに言わざるを得ないというふうに思っています。
 それを決めるのは、やっぱり使ってる我々一人一人が決めるしかないと思ってます。
 よく原発のこと、「トイレの無いマンション」と言われますが、労働っていうのはやっぱり我々が使ったから、お皿汚したらそれは自分が汚したら、それは自分が汚したから洗える。便所だって自分が汚したから自分で洗って綺麗にしようと思うわけで、人の使った便所を流せって言われたら、当然流せませんね。そんなものにコスト使えない。やる気も無い。
 だから当然未来の世代っていうのは、そんなもんケアしきれなくなって、当然事故が起こるリスク、ハイリスクっていうのは未来の世代が負う。それを押し付けてるから安いっていうだけの話で、それやっぱり原発っていうのは、今推進派も反対派も「廃炉、廃炉」っていいますけども、福島第一原発の状態がこんななっちゃったら、当然私が生きてる間には廃炉っていう作業は終わらないわけですよね。やっぱりその自分で終えられない作業をやっていいのか?
 それを細野大臣は若いから
「私があと30年生きますから大丈夫です」
って言ってますが、30年生きたってあの人30年後は大臣じゃない。30年大臣やってくれたらいいけど、でもあの人だって多分生きてないと思ってます。
 そういうことから言うと、『プリピャチ』っていう映画を今東京でやってますが、それはチェルノブイリの事故の13年後、1999年に撮影されたプリピャチっていうのは、チェルノブイリで働いてた労働者の町ですね。隣の。まだ1999年、事故から13年後になって事故を起こした4号炉ですけど、3号炉っていうのはぶすぶすと稼働させていくわけです。稼働させてる労働者は
「大丈夫です。私が大丈夫だと思ってますんで」
って言ってますけども、実は給料が払われてないっていうか、ここで払われてる一部の給料では家族も食わせられないし、辛い。それは要するに廃炉の方向は決まってるからですよね。そんなものにコスト出さないわけですよ。これからのそういうエネルギーも出ないカスを処理するっていうのに、コストは出ない。ぶすぶすとこれから廃炉に向かっていく原発に対してもそんな給料はなかなか払う主体がない。
 だから、プリピャチっていうのは、今から見たら13年前の映画ですが、明らかに福島を経験した我々から言うと我々の未来。それも遠くない未来の物語があるわけですね。
 放射能っていうのは半減期なんかは、科学の世界でそれは避けようがなくやってくる未来っていうのは、そこに見えるって我々が経験したことない現実の現れ方ですけども、そこからいうとやはり「便所は自分で流す。流せない便所はちょっとやめとく」とか、それを決めるのはやっぱり我々、その恩恵といわれてものをこれまで消費しちゃった、或いは消費しつつある我々がそれをどうするのかを決めるほかないと思っています。

今井氏(今井氏)いいですか?
 あの、高木さんがもうお帰りにならなきゃいけないんで、ちょっと僕思い切ってきつめに聞きますけども、皆さんお手元にある資料で、さっきは桜井さんの記事が出てましたけど、同じくオピニオン面に前原さんが
「国民投票じゃなくて、原発の問題は我々専門家に任せろ。」
 専門家というかプロフェッショナル、政治家、恐らくご自身のこと言ってると思うんですけどね、ほんま笑うしかないんですけどね。私から言わせたら。自分で自分のことプロフェッショナルとこの人思いこんでるみたいですけども・・・。
 高木さんはこの一年の間に国民の多くの人たちが、いわゆるプロフェッショナルだと称されてた人とか専門家と称されてた人たちが、実はあまりよくわかってなかった、いい加減なことをかなり言い続けてたんだという認識をたくさんの国民が抱いたという理解はされてますか?どうですか?その辺りは?

高木氏(高木氏)しております。ですので、国民投票についての私の基本的な考え方は、最初に述べさせていただいたように、国民の総意であればやるべきだと。
 はっきりいって今政府や原子力の委員会、原子力の専門家、私も含めてかもしれませんけど、信用してる人は少ないというのはよくよく、承知しております。
 しかし、ここで前原さんが言われてるのと、ですから私のスタンスは違うということは判っていただけるのではないかと思うのですが、そういうことですので。
 あと10分で居なくなりますので、黒川さんの先ほどのお話で、未来から搾取してるから原子力が安いという話でした。搾取しているのは、私はコストっていったからちょっとよくなかったかもしれませんが、ちょっとそれをエネルギー資源量っていうふうに置き換えてもらってもいいかもしれませんが。
 逆なんですね。今人類は、未来を搾取して繁栄してるわけですね。500年後のことは全く今保証できないです。その未来に資源を残すというのが原子力。
 原子力をやるにはいろんな問題があります。でも非枯渇性にいくには、今我々ができる技術としては、それ(原子力)なんですね。
 太陽と風力でできれば、それは理想だと思います。私も常々言ってるんですけど、それでいけるんならそれでいいと思います。
 でもそれができるまでは、技術屋が本当に「これならできますよ」と。「できますよ」っていうのは、コスト的にもですね、信頼性もすべて含めてできますっていう意味ですけど。すなわち商売としてエネルギー生産が成り立つかというところまで持っていけるかというと、まだそのレベルにないということと、現状の科学的・技術的知見を持ってはそれは言えないんですね。
 これは、今日、私、技術の話はあまりないということですけども、技術の側からはこれは言えるということを黒川さんにお伝えしたいのと、先ほど宮台先生、医療の話で例えてお伺いしたんですが、インフォームドコンセントということで、全ての治療法を提示して患者さんに選んでもらう。それはもう必要です。そのようにこの原子力の問題も考えていくということですが、重要なポイントは、意思決定に国民が関わった、または自分が関わったということが一番重要だということを言われるなら判ります。
 ただ、一つの例を持って揚げ足とるわけではないんですが、それは自分の命、一つの命だけなんですね。さっきの例でいうと。
 エネルギーの問題っていうのは、本当に国民、国全体の問題だから、本当にそういう意味で国民投票になじむのかな?っていうのは、ちょっと私もまだ考えてる途中なんですけども、まだ疑問符のついたままです。

宮台氏(宮台氏)高木さん、非常に大事な論点を提示されてるんですね。実は僕は2年ちょっと前にCOP15ですね、つまり気候変動枠組条約第15回締約国会議の取材でデンマーク、コペンハーゲンに行ってました。マエキタさんもそこになぜか、何の宛てもなくいらっしゃって、寒空に震えていらっしゃったのを覚えているんですがそれはいいや。
 この時は僕は実は原発ルネッサンスと当時言われていた動きに賛成でした。その理屈は今高木先生がおっしゃったのと全く同じ理屈です。
 ところがその後自分なりにいろいろ勉強してみて、反対に転じました。
 それは簡単に言えば、『キチガイに刃物』だからです。
 つまりですね、ヨーロッパの場合は福一の事故の後の対応を見ても判るように、原発をやめることができます。それは国民投票における国民の意思表示の転換であり、あるいはメルケル首相のような政治リーダーの決断の転換であり、或いはCOP15の時に特に問題になっていたことですけれども、産業構造改革による、簡単に言うと新興国と直に競争しないで済むような経済体制を作る方向性であったりとかっていうことなんですね。
 ところが、日本を見ますとどうかというと、残念ながら、これ諸外国から非常に不思議だと思われているところですけども、我々は残念ながら情報が充分に存在しなかった。自分たちで引き受けて考えることをしてこなかった。
 いろんな要素があるんでしょうけども、残念ながら原発をやめることができません。 現在でも有識者会議の多数派は、経産省の官僚たちによって、原発推進派が選ばれています。やっと我々の異議申し立てによって、簡単に言えば再生可能エネルギーのフィードインタリフ、つまり
「全種全量固定期間固定価格買い取り制度の買取価格の決定に、なぜステークホルダーである既得権益者が入ってるんだ!?」
という抗議に応じて、ようやくメンバーの入れ替えがなされました。つまり、このような体たらくなんですね。このような体たらくの中で専門家が決める。多数派は経産官僚等によって原発推進派が初めから選ばれているんですね。
 我々は、原発が技術的にどんなに有効であろうが無効であろうが、関係なく原発をやめることができない社会を生きているんですね。
 ですから、ヨーロッパであれば原発ルネッサンスというロジックを、つまり高木さんがおっしゃったロジックを僕は指示します。「ヨーロッパであれば」ということであれば、僕は今でも支持します。原発止められる社会だからですね。
 我々の社会は原発をやめられないので、ヨーロッパと同壇に論じるわけには全くまいりません。以上です。

(今井氏)高木さんが帰られるんので、ちょっとだけ短く。

マエキタ氏(マエキタ氏)そうそう、高木さんに聞きたいことがあって。専門家ってどうして隠ぺいしちゃうの?







<会場笑い>

高木氏(高木氏)ほんとに・・・。
 炉心が溶けてるって私も知らなかったんですけども、震災の後・・・そんな話はいいや。
 あのですね、炉心が溶けていたのは早くから判ってたんですね。細野さん正直に最近おっしゃってますよね。
「やはり国民に不要な不安を、パニックを起こさせないようにちょっと隠した」
と。
 なんで隠ぺいするか、考えてる人は、国民の生命を守るため・・・だと。



マエキタ氏(マエキタ氏)でもそれで逃げ遅れたりして、民間事故調の報告書には「パニックを防ごうって言った自分たちがパニックだったのね」って、エリートパニックっていう言い方があるんですけど、エリートパニックっていう言い方があるから、『エリート隠ぺい』っていうのもあって、誰のための隠ぺいか、誰のためのパニックになるからって伏せておこうっていうのかな?っていうのを考え続けているんですけれど・・・ね。
 どう思われます?



高木氏(高木氏)隠ぺいはね、事故直後のメルトダウンについてはそういうことなんですけど、そのほかいぱい原子力の業界で隠ぺいありましたね、確かに。でもそれは、まぁ技術屋が「これなら実質問題ない」と。ルールの方がむしろ悪くて、「実質問題ない」という判断でやっちゃった隠ぺいも当然いっぱいあってですね、2000年代初頭に。それで社内的に非常に倫理を見直して、社内規定を直してやり直したわけですけども、十分に反映は、結局できなかったと言わざるを得ないと思います。
 隠ぺいっていう切り口でいうと、いろんなのがでるんですけど、津波だってそういうのが来るっていうのはデータとしてはあったわけです。データとしてはあったけれども、それは隠ぺいしていて、東電がそれを隠してその対策をとらなかったというよりは、地震についてようやく新潟の地震についての反映をやり終えて「これから津波について考えましょう」という、そういう手順を踏んでるところだったということで・・・

マエキタ氏(マエキタ氏)東電の報告書でも、津波のことはいっぱい書いてあるけど、地震のことは全然書いてなくて、地震で壊れたっている作業員もいたのにどうしたんだろう、あれは?っていうのも言われてますけど?






高木氏(高木氏)地震でも確かにプラントはダメージを受けた箇所はあるとは思います。それを今隠してるんじゃなくて、まだ本当に判らないんじゃないかと私は思うんですけどね。
 まだだって中に入ることができないし、そこはうがった見方をすると隠ぺいにも見えるかもしれないし、本当に判らないというところもあるんじゃないかと思うんです。あんまり東電を擁護するつもりはないんですけども、そういうことじゃないかと思います。





マエキタ氏(マエキタ氏)だからこそ、専門知を開くっていう、なじむか・なじまないか以前に、「もうあぶなっかしいから皆で責任分担しようよ」っていう、国民は愚民じゃないんだから、きちんと知って判断して、っていうほうがまだマシではないですか?っていう思いです。はい。






宮台氏(宮台氏)えっとですね、ちょっと広めの話から入りますとね、今マエキタさんがおっしゃった『パニック』っていう言葉や『風評被害』という言葉が、実は隠ぺいの正当化に使われてきているんですね。
 かつての沖縄総領事のケビンメアーさんのツイートが、僕彼好きでよく見てるんですけども、彼はこう言っています。
「細野はパニックを恐れたと言っているが、実際には国民の怒りを恐れたに過ぎない」
 僕はその通りだと思います。
「話が違うじゃないか!?」
という澎湃として沸き起こる怒りの世論を恐れたのでしょう。
 それを国民のパニックを恐れたというふうに言い換えていらっしゃるんですね。
 同じです。これは実際にあったデータですけど、データというか僕に?????、
「低線量内部被曝、その危険性は未だ定説が無くよく判らない。だからこそ低線量内部被曝に関わるようなモニタリングポストのデータをできるだけリアルタイムで出せ」
というふうにある人に言いました。出すと思ったらですね、
「そんなことをしたら、記者会見で『安全なんですか!?危険なんですか!?』って聞かれて答えられないじゃないですか」
「はぁ?だから出せと言ってるんですけど?」
「いや、答えられないと・・・」
 つまりね、政府の威信に傷がつくということをどうも言いたいらしいんですね。つまり、パニックっていう言葉とか風評被害という言葉で何が隠ぺいされているのか、特にマスコミの皆さん、敏感であっていただきたいんですね。
 以前、マエキタさんと一緒に関わらせていただいてるGreen Avtiveっていうプラットホームの上で、最初のコンセンサス会議、つまり対話会議の模擬演習を行わせていただいたんですが、僕はファシリテーターになりましたが、その時に『除染は是か非か』という議論、最も難しい議論を論じました。これは、
「除染は経験的には効果が確かめられていないから、そんなくだらないことに希望を託さずに、避難させるべきである」
っていう議論が一方にあり、他方で
「いや、低線量内部被曝のデータもそう。はっきりしないのだから、本人たちが住みたいというなら住ませてやるべきだ」
という反論があり、それに対して、
「愚民は死んでもいいということで自己決定に委ねるのか?」
みたいな反論があったんですね。非常に難しい議論ですが、敢えてこれをコンセンサス会議の最初の議題にさせていただいた。
 つまり、白か黒かよくわからないし、白か黒か議論できないような問題こそ、実はこれから我々は論じていかなければいけないんですね。
 原発問題だけではないんですよ。例えば生産人口の減少にあわせて・・・あ、そんなことどうでもいいや。

(今井氏)ちょっと宮台さん、一瞬だけ。高木さん、そろそろ帰らないと。

高木氏(高木氏)すいません、じゃあ30秒だけ最後に。
 いろんな見方があると思います。隠ぺい、パニックを恐れたというよりかは、自分への非難を恐れた、まぁ見方はいろいろあると思いますけど、でもそれを言うんだったら、あとから判っちゃう方がもっと非難されると思うんで解釈の仕方かなと思うんですけど。個別はあれですが。
 ただですね、未来から搾取しないためのエネルギー技術を我々は考えてるということを知っていただきたい。もしも原発に代わる、さっきも風力・太陽光でこれだけの文明を支えられるエネルギー源があるならば、もうそれは原子力を撤退するの、喜んで我々も仕事を離れるというか、そういう方向に行きたいと思います。
 でも、それはあらゆる科学的な知見をもって考えても、無いんですよ。飯田哲也さんはあるというかもしれないけど・・・

今井氏(今井氏)高木さんね、ちょっともう帰らなきゃいけない、ちょっとお願いがあるんだけど、実施高木さんが論陣をはりたいのはそこだと思うんで、それで我々は市民グループ、みんなで決めよう原発国民投票は、そういう問題について原発の賛否両派に登壇していただいて、徹底してやりたいと思ってるんですよ。なぜかというと、日本で行われた海山町や刈羽村や巻町の住民投票ではね、巻町もそうだし海山町もそうだけど、資源エネルギー庁の長官がわざわざ畑のど真ん中の公民館に行って、官僚引き連れて保安院の人も引き連れて、安全委員会の人も引き連れて、一方向こうは海渡弁護士とか、原子力資料情報室の人たち、澤井さんとかも出てきてね、それから小出裕章さんの先輩の小林圭二さんとかも出てきて、3対3でやったりしてるんですよね。
 そういう中で議論は深まっていくし、巻町だってそういう公開討論会が何回か行われてるんですよね。
 私は高木仁三郎さんと中村政雄さんのあのやりあいっていうのを今でもよく15年前のやりあいを覚えてるんですが、国民投票やるとなったら、こういう賛否両派の公開討論会をやるんですよっていうのを、今度まもなくやりますから、そこで高木さん出てきて今の続きをやってもらうというわけにはいきませんか?

(高木氏)私でお役に立つことがあれば。

<会場拍手>

(今井氏)OK?じゃあ反原発の方からも強力な小出裕章とか呼びますから、いいですか?じゃあ是非その時にもう一回、4月か5月に必ずやりましょう、そしたら。よろしくおねがいします。

(高木氏)よろしくお願いします。

(今井氏)だったら、それでOKだということであったら、退席を許します。

<会場笑い・拍手>
【01:04:00頃まで】

【その②】に続きます。

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