※この記事は、
3月8日 【動画あり】No More Fukushimas Peace Walk in NYに参加してきました
3月2日 みんなで決めよう原発国民投票:投票の選択肢を2段階方式を提案【署名をお願いします】などに関連しています。

20120312 たね蒔きジャーナル 京都大学原子炉実験所助教 小出裕章


【以下、お時間の無い方のために内容を起こしています。ご参考まで】

(水野氏)まずですね、斑目さんが原子力安全委員長を辞めたいとおっしゃっているというニュースが今ございました。小出さんからご感想を聞いてよろしいでしょうか。
(小出氏)はい。たいへんお疲れになったろうと思います。
 もし私が彼の立場であっても、到底1年間もたなかっただろうなと思うくらいの重責だったと思いますし、辞めたいと思うのは当然だと思います。
 ただし、彼も安全委員会の委員長として、今回の事故を引き起こした責任があるわけで、「お詫びします」と彼は言ったということですけれども、お詫びをした後に一体どういう形でその責任を全うする気なのか、それを聞きたいと思います。
(水野氏)そうですね・・・。どう生きていかれるんですかね。
(小出氏)はい。これから原子力をすすめようというのか、もうやっぱり辞めるべきだというのか、その辺の考え方を聞きたいです。
(水野氏)はい。
 そしてですね、小出さんにリスナーからご質問をくださいました。
「3月10日土曜日に京都の円山公園でイベントがあった時に、小出さんの姿を拝見しました。」
とおっしゃっております。これは原発に関する集会が開かれたんですか?
(小出氏)そうです。
(水野氏)『バイバイ原発3.10京都』という集会が開かれたんだそうですが、このリスナーさんは
「行ったらものすごい人で、立ち見で会場に入れない人もいて、びっくりしました。6000人の人が集まっていました」
というふうに報告をくださっているんですが、続けて
「昨日もおとといも日本だけでなく、全世界で原発に反対する行動がいろいろ行われ、全世界だと何十万人にもなるんでしょう。またドイツでは、原発を人間の鎖で包囲するというような盛り上がりもあったと聞いていますが、小出さん、こういう脱原発のイベントの盛り上がりについて、どうお感じですか?」
というふうにくださいました。いかがでしょう?
(小出氏)難しいご質問ですね。これまでも原子力を進めるというのは一貫した大きな力があったわけですが、その大きな力に対して「やめてほしい」という運動側の力というのは、一貫してちいさかったですが、でも時には大きな声になったときもあったのですね。例えばチェルノブイリ原子力発電所の事故の時には、世界中で原子力に反対の運動がありましたし、日本でもそれなりにあったのですが、それがいつの間にかやはり・・・無くなってしまうというか・・・
(水野氏)一過性のものでしぼんでいくということですね。
(小出氏)はい。あったのですね。今回の盛り上がりというのが一体どこまで続いてくれるのか、私は・・・正直に言えば不安です。はい。
 ただし、今の動きというのは誰かが笛を吹いて、その笛についていくというのではなくて、一人一人の人たちが自分で一銭のお金を貰う訳でもない、自分のどうしても抑えきれない思いで出てきているという人たちが多くなってきているように私には見えますので、希望を感じます。
(水野氏)オーストリアでのこうした人々の動きが原発政策を大きく変えたということがあって、そのあたり小出さんはご覧になったということなんですけど教えていただけませんか?
(小出氏)はい。オーストリアという国も日本と同じように一時期原子力に夢を託したことがありました。原子力発電所を作ったのですが、完成してしまった原子力発電所を国民投票を行って、1978年に放棄しました。ですから、完成してたけれども一度も動かないまま、オーストリアという国は原子力から撤退したのです。
(水野氏)へー!完成するにはものすごいお金をかけましたよね?しかし一度も使わず撤退したんですか!?
(小出氏)そうです。ウィーンの郊外にツベンテンドルフという原子力発電所を作ったのですが、ついに一度も動かさずに撤退しました。
 「どうしてそういうことができたのか」と私はずーっとある意味不思議に思っていましたが、86年のチェルノブイリ原子力発電所の事故の後に、ウィーン、オーストリアの首都でAnti-Atom Internationalという国際会議が開かれて、私もそれに参加しました。その時に、ウィーン市内のデモ行進があったのです。私はその頃はまだ日本・・・日本でずっと生きてきたわけですが、日本のデモ行進といえば、どこかの組織が動員して、みんな同じゼッケンをつけて、同じ旗を持って、腕を組んだりしながらですね、同じシュプレヒコールを挙げながら歩くという、そういうデモ行進しか私の頭には無かったのですが、私はウィーンで遭遇したデモは全然違うデモだったのです。
 誰かが号令をかけるわけでもなくて、人々が自発的にデモの出発点に集まってくる、或いはデモをしてる間にそのデモに自然にどんどん合流してくる。みんな違うプラカードというかゼッケンというか、ある人は看板を日本のちんどん屋さんのように掲げてるおじさんもいましたし、乳母車を引きながら夫婦で歩いてくるという、そういう人たちもいましたし、
「一人一人がこうやって参加するんだな」と私はその時に思いましたし、
「こういう人たちが居れば、原子力は簡単にやめさせることができるんだ」
とその日に思ったのです。
 3月10日の京都でのでもも、
「あ、そうか。日本もここまで来たんだな」
と私は思いながら一緒に歩きました。
(水野氏)はい。どうもありがとうございました。
(小出氏)ありがとうございました。
【以上】

【関連記事・動画】
班目委員長、3月末退任の意向 原子力規制庁発足前でも
(2012年3月 9日)
 原子力安全委員会の班目春樹委員長(63)は9日、新たな原子力規制組織「原子力規制庁」が発足しなくても、3月末に退任したいとの考えを示した。共同通信のインタビューに答えた。

 政府が目指す4月1日発足は困難な情勢で、経済産業省原子力安全・保安院と安全委による規制態勢が続く見通し。停止中の原発の再稼働手続きには安全委による確認が含まれており、安全委の運営次第では影響が及ぶ可能性もある。

 班目委員長は「精神的に相当疲れている。ぜひ3月31日に解任していただきたい」と話す一方、「(辞任は)影響が大きく、私の一存では決められないことも承知している。事務局とも相談する」と述べた。

 班目氏は、東京電力福島第1原発事故を受けた原発関連の指針見直し作業は3月中に終えるとの見通しを示し、安全委が存続した場合も「4月に入ると死に体になるのではないか」と指摘した。事務局担当者は「(4月以降は)専門家のスケジュールが押さえられず予算もついてない」と話した。

 班目委員長を除く4人の委員のうち3人が4月16日で任期が終了するが、後任が任命されない場合は続投となる。委員長不在でも別の委員が代理を務めることができる。
http://www.kyodonews.jp/feature/news05/2012/03/post-5011.html


班目氏「事故防げず、おわび」 重ねて退任の意向
(2012年3月12日)
 東京電力福島第1原発事故の発生から1年が経過したことを受け、原子力安全委員会の班目春樹委員長は12日の会合で、「事故を未然に防止できなかったことを国民におわびする」と謝罪した。

 地震や津波に関する原発の耐震指針は2006年に全面改定されたが、既存原発が指針に適合するかの再確認(バックチェック)が進んでおらず「痛恨の極み」と述べた。原子炉内の様子などがまだ分からず「安全委として事故の総括ができない」と話した。

 会合後の記者会見で「精神的に限界。どこかで区切りをつけたい」と述べ、原子力規制庁の発足が政府が予定している4月1日以降に遅れる場合でも、3月末に退任する意向をあらためて表明。ただ委員の人事は国会の同意が必要で非常に重いとして「他の委員とも相談したい」と話した。

 12日の会合で安全委は、津波検知システムをつくり、一定規模の津波が来ると予測される場合は原子炉を停止し、水密扉を閉めるなどの対応を電力事業者などに求める基本方針を決定した。
http://www.kyodonews.jp/feature/news05/2012/03/post-5036.html



独仏で反原発の「人間の鎖」 東日本大震災1年

(2012年3月12日)
 【ベルリン、パリ、ニューヨーク、ロサンゼルス共同】東京電力福島第1原発事故を引き起こした東日本大震災から1年に合わせ、ドイツとフランスで11日、「人間の鎖」をつくって原発反対を訴えるイベントが行われた。米カリフォルニア州やニューヨークでも脱原発を訴える集会が開かれた。

 福島原発事故を受けて2022年末までの脱原発を決定したドイツ・ブラウンシュワイク周辺では11日夜、人々がたいまつに火をともしながら全長約80キロの「人間の鎖」をつくった。主催者団体によると、少なくとも2万4千人が参加。沿道でブラウンシュワイク近郊にある放射性廃棄物の中間貯蔵施設など三つの核関連施設を取り囲んだ。

 電力の約75%を原発に依存するフランスの南部でも、環境政党ヨーロッパエコロジー・緑の党や環境保護団体が脱原発を訴えて「人間の鎖」をつくるイベントを行い、主催者発表で約6万人(警察発表で約3万人)が集まった。

 「鎖」をつくったのは、原子炉十数基が集中する南部リヨンとアビニョンの間約230キロ。「鎖」が途中で大きく離れる部分もあったが、参加者は「原子力にノン」と気勢を上げた。

 米カリフォルニア州南部のサンオノフレ原発付近では、脱原発を訴える周辺住民ら約200人の集会があり、宮城県の被災者らも参加。
http://www.kyodonews.jp/feature/news05/2012/03/post-5029.html

小出裕章さんスピーチ - バイバイ原発3.10京都