福島・楢葉町の警戒区域に桜植樹 犠牲者を追悼
共同通信(2012年3月 4日)
 東京電力福島第1原発の事故で、町の大半が原則立ち入りできない警戒区域となっている福島県楢葉町は4日、東日本大震災の津波で犠牲となった住民13人の追悼式を区域内の公園で開き、大島桜13本を植えた

 楢葉町の津波犠牲者13人のうち、2人は行方が分からないまま、戸籍上の死亡手続きをした。町ではこのほか、20人が持病の悪化などで亡くなり、震災関連死と認定されている

 楢葉町は住民8千人弱が震災や原発事故で避難。今年1月、役場の中心機能をこれまでの福島県会津美里町から、いわき市に再移転した。震災から1年を前に、太平洋に臨む公園で追悼することにした。
http://www.kyodonews.jp/feature/news05/2012/03/post-4940.html

福島 避難区域で餓死の疑い
NHKニュース 3月5日 18時8分
東京電力福島第一原子力発電所の事故で設定された福島県の避難区域内で、自宅などに取り残されて餓死した疑いの強い人が少なくとも5人いることがNHKの取材で分かりました。
警察や遺体の状況を調べた医師は、自力での避難や助けを求めることができず、取り残された可能性があると指摘しています。
やせ細った状態で
東日本大震災で、福島県内では津波による「溺死」やがれきに巻き込まれて1605人が亡くなっています。
NHKが、福島県内の自治体や警察などに取材したところ、こうした人たち以外にも、原発周辺の避難区域内の自宅やその周辺で、自力では逃げることができず、食事や水をとれないまま餓死した疑いの強い人が少なくとも5人いることが分かりました。
このうち原発からおよそ5キロの住宅では、去年3月下旬、70代の男性が2階部分で遺体で見つかりました。
関係者によりますと、住宅は1階が津波の被害を受けていたということです。
また、原発からおよそ6キロ離れた住宅でも、4月に60代の女性が部屋のこたつの中で遺体で見つかりました。
女性は1人暮らしで、住宅に大きな被害はなかったものの、足に持病を抱えていたということです。
5人の遺体は、いずれもやせ細った状態だったということです。
当時、この区域では、政府が出した避難指示を受けて、大勢の住民の避難誘導が行われていましたが、警察や遺体の状況を調べた医師は、5人は自力で避難できなかったり助けを求めることができなかったりして取り残された可能性があると指摘しています。
また、津波の現場で見つかった遺体を調べた複数の医師は、NHKの取材に対し、目立った不審な点がなければ、詳しい死因を調べる解剖などを行わず、「溺死」としたと説明しています。
そのうえで医師らは、「溺死」とされた人の中にも、津波のあと、しばらくは生存し、その後、衰弱するなどして別の死因で亡くなった人も含まれている可能性があると指摘しています。
医師“餓死の疑い強い”
福島県相馬市の標葉隆三郎医師は、震災発生後、避難区域で見つかった遺体について餓死の疑いが強いと判断しました。
標葉医師は、遺体はひどくやせ細り、ほとんど食べ物を食べず、水も飲んでいないことがうかがえ、震災後、しばらく生存したうえで衰弱していったとみています。
今回の事態について、標葉医師は「避難区域で取り残されて、亡くなっていったと考えられる。こうした方々の死を決して忘れてはいけない。連絡手段がないなかで避難していない人を、行政がどのようにケアしていくのかについて、今後、対策を考える必要がある」と話しています。
震災発生後に、福島県内の津波被害の現場で見つかった遺体の死因を調べた日本法医学会に所属する千葉大学大学院の岩瀬博太郎教授は、「正確に死因が究明できているかというと、当然、問題は残っている。災害時、遺体を調べる際にどのような検査をするのかや、どのような状態だったら解剖まですべきなのかということを含めて、法医学会として今後、死因の究明の在り方を検討していきたい」と話しています。
消防団員“救える命があった”
震災直後に避難区域で救助活動に当たっていた複数の消防団員は、避難指示が出て救助活動が中断されるまでの間に助けを求める声を聞いたと証言しています。
このうち津波で125人が死亡した福島県浪江町の請戸地区で救助活動に当たっていた浪江町消防団員の高野仁久さんは、震災当日の夜、がれきの中から助けを求める声や、物をたたいて居場所を知らせようとする音を聞いていたということです。
高野さんは、応援を求めにいったん役場の詰め所に戻りますが、機材も人員も足りず、大津波警報が引き続き出されていたため、町の判断で救助活動は翌朝に持ち越されたということです。
しかし、翌日の朝、原発から10キロ圏内に避難指示が出されたため、救助活動に向かうことができず、住民の避難誘導を優先せざるをえなかったということです。
これについて高野さんは、「あのとき、『あす助けにくるから待ってろよ』と声をかけてきたのに、結局、救助に行けなかったことを今でも後悔している。原発事故がなければ何人もの命を救うことができたのではないかと無念に思う」と話しています。
遺族“せめて死をむだにしないで”
自宅やその周辺に取り残されて食事や水を取れないまま餓死した疑いが強い5人のうち、原発からおよそ6キロ離れた自宅のこたつの中で遺体で見つかった女性の親族の男性は、「おそらく周りで何が起きているのかも分からないまま、1人で何日間も耐え忍んでいたかと思うと、どんなに心細かったか、ことばになりません。今でも、なぜ家族が死ななくてはならなかったのか考えると、月日がたつにつれて原発事故さえなかったらという思いを強くしています。残された遺族としては、せめて家族の死をむだにしないでほしいと願っています」と話しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120305/t10013494741000.html

一つ目の記事、13本の桜が咲くのを想像すると、なんとも言えない気持ちになります・・・。
また二つ目の記事は、先日のNHKスペシャルで放送されていた内容です。
消防団長の方が「11日の夜の段階で捜索を打ち切らずに強行していれば救えた命もあったはずだ」とものすごい自責の念に駆られていらっしゃいました。「あの時の自分の判断ミスだ」と・・・。

もうすぐ1年です。

何を想い、何を知り、何をしていくか、問われています。

失礼します。
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【追記】
団員の避難優先も=津波時の安全確保-消防庁検討会
時事通信(2012/03/05-20:17)
 東日本大震災による大津波で多くの消防団員が犠牲になったことを踏まえ、総務省消防庁の有識者検討会は5日、大津波の到達が短時間に見込まれる場合には、住民の事前理解を前提に団員が自らの避難を優先させることを明記した中間報告案をまとめた。週内に正式決定する。
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2012030500871