※この記事は、1月18日 【追記動画あり】大荒れの第7回ストレステスト意見聴取会について【一連の流れ・・・】の続報です。
6月6日ドイツ政権2022までに原発全廃を閣議決定に関連しています。

原発:ストレステスト意見聴取会 モニターでの公開に
 毎日新聞 2012年1月20日 18時56分(最終更新 1月20日 19時21分)
 枝野幸男・経済産業相は20日の記者会見で、全国の原発の再稼働の条件となっている安全評価(ストレステスト)の専門家意見聴取会について、2月8日に開く次回以降も直接の傍聴を認めず、別室モニターによる公開とする方針を明らかにした。
 18日の意見聴取会で、原発の再稼働に反対する市民団体のメンバー約20人が会議室での傍聴を求めて会場に入り、開会が3時間半以上遅れるなど混乱した。枝野経産相は「同室で公開するのが望ましいが、委員に詰め寄るなどルールを守ってもらえなかった。平穏な議論をしてもらうため」と説明した
 また、再稼働に慎重で同室での公開を求めて18日の聴取会を欠席した井野博満・東京大学名誉教授らに対しては「(再稼働に)消極的な立場から、科学的に不安や問題があれば、ぜひ出てきて指摘してほしい」と求めた。【関東晋慈】
http://mainichi.jp/select/science/news/20120121k0000m040021000c.html

こうなってしまっては、傍聴は、正直いって難しいでしょうね。

井野さんと後藤さんには、是非とも参加し続けていただきたいです。私はお二人のご意見を聞きたいし、必要だと思います。

どうか、意見聴取会の委員をお辞めにならないでほしい・・・。

これに関連し、どうしてこのストレステストそのものが受け入れられないのか考えていましたが、これを思い出しました。

【関連動画】
ニュース解説 眼 12/15(木) ドイツ脱原発の背景 解説 :青木理(ジャーナリスト)


ドイツのエネルギー転換未来のための共同事業
提出:安全なエネルギー供給に関する倫理委員会
2011 年5 月30 日
http://www.enecho.meti.go.jp/info/committee/kihonmondai/3rd/3-82.pdf
 ↑ ↑ ↑
このドイツの倫理委員会の文章を読んでみてください。
日本に決定的に足りていないところです。

気になった部分を抽出してご紹介しますね。

【以下、一部抽出】
・日本の福島の原子力発電所事故は、原子力エネルギーの利用が責任を負い得るものかどうかという問いを、政治ならびに社会における議論の中心に、改めて提起した。
連邦政府は、責任倫理的な決断の根拠とその帰結を全体的に考察するために、「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」を設けた。ドイツの安全な未来は、環境が損なわれていないこと、社会において正義が成り立っていること、経済が健全であること、という持続可能性の三つの柱の上に成り立つ。
その参加者は、電力生産業界や消費者業界から、再生可能エネルギーや送電網事業の分野から、そしてまた自然科学・工学・社会科学の専門家、自治体からの意見代表者、また労働者連合、賃借人協会、非政府組織から、また環境保護運動の関係者などであった。また、この数週間の間に、文書によって意見を送ってくださった人たちや団体にも、感謝している。
福島の事故は、原子力発電の「安全性」に関する専門家の判断に対する信頼を揺るがした。このことは、これまで専門家の判断を信頼してきた人々にも、そしてまさにそうした人々にこそ当てはまる。問われているのは、制御不可能な大被害が根本的に発生し得るとすれば、どのようにその可能性を扱っていくべきなのか、ということであるが、
この問題に関しては、今や、絶対的な原子力反対派のグループに属していない人々も、もはやその
答えを専門家委員会に任せたくないのである

・倫理委員会の知るところでは、民意の大部分にとっては、もはや「原子力に賛成か否か?」といった問いではなく、脱原発の具体化についての問いが、したがって、「脱原発は早期にか、それとも徐々にか?」という問いが重要になっている。しかしそれと同様に、エネルギー供給の構造転換が、経済発展や雇用に、また低所得層に負の影響を与えるのではないか、という懸念の声も見出される。
・原子力エネルギーの利用やその終結、他のエネルギー生産の形態への切り替え等に関する決定は、すべて、社会による価値決定に基づくものであって、これは技術的あるいは経済的な観点よりも先行しているものである
リスクとリスクの受けとめ
・第一に、原子力事故が、日本のようなハイテク国家において生じたという事実である。これにより、ドイツではそのようなことは起こり得ないという確信は消失した。
・第二に、災害の収束を見通すことや、最終的な損害の算出や、被害地域エリアの最終的な境界づけが、事故発生から何週間の後にもまだ不可能なままだということである。
・第三に、今回の事故は、一つの過程を経て引き起こされたわけだが、しかしそのような過程がそのまま起こるということに対して、原子炉は「想定」されてこなかったという事実である。
・文化的、社会的、経済的、個人的、制度的な内容と共に、生態系や健康に関わる諸結果が考慮されなければならない。リスクの問題を単に技術的な側面へと狭めてしまうことは、全体的な考察や包括的な考量という要求からすれば正しくないであろう。

青木さんではありませんが、是非ご一読ください。
倫理的にどうなのかを考えないまま、技術的なことだけ話していることがどういうことなのか。
どうして今の仕組みのままではいけないのか、井野さんや後藤さんが言っていることがどうして通じないのか。

ドイツのような委員会を日本で開けたら・・・と願わずにはいられません。
日本が如何に未熟であるか、痛感させられます。

失礼します。
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