※この記事は、1月8日【内容起こし】小出裕章講演会:『山梨と福島はつながっている~子供の未来のために知ってもらいたいこと』【その①】の続きです。

※画像が厳しめのものが多いですが、なにとぞご了承ください。
<45:40頃~>
(小出氏)当初、政府が避難をさせた30㎞なんてところなどでは済まないで、40㎞、50㎞離れたところまで、猛烈な汚染がありました。
 ここは福島県の飯舘村という村で、日本で一番きれいな村だと認められていたような、静かな山村ですけれども、原子力発電所から何の恩恵も受けていなかった、そういう村が膨大な放射能汚染を受けて、全村離村ということになっています。
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 では、『他の色を塗ったところはどういう地域なのか?』ということを聞いていただきたいのですが、この青い色を塗ったところは、下の方に注釈があるんですが、1平方メートル当たり6万ベクレルから10万ベクレルの汚染を受けているというところがこの青いところです。こういう青いところ。そしてその外側に汚染地帯がありますが、そういう地帯は3万ベクレルから6万ベクレルの汚染を受けているというのが、こういうところですね。栃木県、群馬県の北部、或いは茨城県の南部、千葉県の北部、宮城県の南部、北部、牡鹿半島というようなところまで、そういう範囲に入っていますが、今、私は1平方メートル当たり6万ベクレルとか、3万ベクレルという数字を聞いていただいたんですね。
 皆さん、その数字、ピンと来ないだろうと思います。
 そこで、一つ参考になる数字を申し上げようと思います。
 私は、京都大学原子炉実験所というところで、原子炉や放射能と取り扱って仕事をしています。その仕事をすることで、京都大学から給料をもらっています。そうすると、京都大学は私に対してなんて言うかというと、
「お前には給料をやってるんだから、仕事上で少しくらい被曝をするのは我慢しろ」
というわけですね。
 そのため、この会場に居るほとんどの皆さんは、『1年間に1ミリシーベルトという被曝を超えて被曝してはならない』という、国の法律で守られている皆さんですけれども、私は放射線業務従事者というレッテルを押されて、『1年間にその20倍、20ミリシーベルトまで被曝を我慢しろ』と言われている人間なんです。
 その私は、仕事上しょうがなくて、『放射線管理区域』というところに入ることがあります。放射線管理区域というのは、放射能を取り扱う場所です。
『放射能を取り扱うとするなら、放射線管理区域の中でやらなければいけない、その外でやってはいけない』
と日本の国は決めてきたわけです。
 私はだから、しょうがないから放射線管理区域の中に入ることがあります。
 入ったが最後、水は飲めません。
 食べ物も食べられません。
 そこで寝てはいけません。
 子供を連れ込むなんてことは以ての外。
という場所が、放射線管理区域です。
 そこで私が仕事をして、早く管理区域から出たいと思ったとしても、私は放射線管理区域からすぐに出ることはできないのです。なぜかといえば、私が取り扱った放射能で、私の実験着が汚れているかもしれない。実験道具が汚れているかもしれない。手が汚れているかもしれない。そんなもので外に出てしまったら、普通の皆さんを被曝させてしまうことになるから、『管理区域から出るときには、ちゃんと汚染があるかないかを測らなければ出てはいけない』という法律があるのです。
 私の実験着が汚れていれば、管理区域の中で捨ててこい。
 実験道具が汚れていれば、管理区域の中に捨ててこい。
 私の手が汚れていたら、もっと洗って、汚染を落とせ。
 水で洗っても落ちない、お湯で洗っても落ちない、石鹸で洗っても落ちないなら、もうしょうがない、薬品を付けて、手の皮が少しくらい溶けてもいいから落とさなければ、外に出てはいけない。
という、そういう法律なんです。
 では、その基準はいくつかというと、1平方メートル当たり4万ベクレルです。
『1平方メートル当たり4万ベクレルを超えて汚染をしてるようなものは、どんなものでも管理区域の外側には持ち出してはいけない』
というのが、日本の国の法律なんです。
 こういう色の部分は、1平方メートル当たり6万ベクレル、或いは3万ベクレルを超えて汚れている。それも私の実験着が汚れている、私の手が汚れているというのではなくて、大地全部が汚れているという、そういう汚染なのです。
 ・・・途方もない汚染が、すでに生じてしまっています。
 もし、日本の法律を厳密に適応するなら、福島県の東半分、宮城県と茨城県の南部と北部、そして、栃木県と群馬県の北部、新潟県の一部ですね、それから埼玉県、東京都の一部、そういうところを放射線区域の管理区域にしていしなければいけないというほどの汚染を既に受けてしまった・・・ということになりました。
 日本は法治国家と言われています。
 例えば私が法律を破るようなことをすれば、国家が私を処罰するという、そういう国なんですね。
「悪いやつはちゃんとやっつけてやるから、安心しろよ」
と日本の国が言ってきたわけです。
「それなら」
と私は思う。
「法律を守るのは国家の最低限の義務なはずだ」
と思うのです。
 日本には、今聞いていただいたように、放射能に関する法律がたくさんありました。
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 例えば、『一般の人々は、1年間に1ミリシーベルト以上の被曝をしてはいけないし、させてはいけない』という法律がありました。
 『放射線の管理区域から、物を持ち出す場合には、1平方メートル当たり4万ベクレルを超えて放射能で汚れているようなものは、どんなものでも持ち出してはいけない』
という法律だってあったんです。
 だから、私が放射線の管理区域から放射能を持ち出して、皆さんの誰かを被曝させるというようなことをやれば、私は犯罪者として処罰されるはずだった・・・。
 ところが、福島第一原子力発電所の事故が起きて、膨大な汚染が生じてしまった。
 こんな法律はもう守ることができない。
 ということになって、こういう法律を作った日本の政府が、法律を全て反故にしてしまったということになりました。


 チャップリンっていう映画監督がいて、本当に優れた映画をたくさん残してくれています。
 その中に、『殺人狂時代』という映画がありますが、その中でチャップリンが主人公にこんなことを言わせているんですね。日本語にすれば、
「一人殺せば悪党だ。
 100万人殺せば英雄だ。」
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 戦争のことを言っているわけですが、今日本の政府は、流石に英雄ではありませんけれども、100万人を被曝させながら知らん顔をする、そういう政府だったのですね。法律も何ももう無い。
「被曝はもう我慢しろ」
「1年間に20ミリシーベルトまではもう我慢をしなさい」
と日本の政府が福島の人たちに言い放つわけです。
「流石に1年間に20ミリシーベルトを超えて被曝するような人たちは、国が避難させると、そうじゃないのは、もう知らない。逃げるなら勝手に逃げろ。補償も何もしない」
と言いだしたんですね。
「1平方メートル当たり4万ベクレルを超えてるような汚染地だって、住んでもいいよ」
と言いだしたということになる。
 本当に世界は変わってしまったと、私は思います。
 私が放射線管理区域で仕事をするというのは、今聞いていただきましたけれども、その放射線管理区域の中でも、結構きれいです。放射線管理区域の中が放射能でべたべたに汚れていたとすれば、私は安心して仕事ができません。ですから、私が管理している放射線管理区域の中は、できるかぎり綺麗にしてあります。その床に寝たって放射能に汚れないというくらいには、綺麗にしてあるのです。
 どうしても放射能が集中的にある場所はもちろんありますけれども、でも放射線管理区域のところは、ほとんどのところは綺麗です。
 ところが、さっきから見ていただいたように、福島を中心にして、膨大な汚染が大地そのものに存在してしまっているという状態になりました。
 もし、私が福島に住んでいて、放射能に被爆をするのが嫌だと思うのであれば、私が今管理してる放射線管理区域に逃げ込めばいいのです。そうすれば、私は被曝をしないで済むという状態になっている。
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 人々が普通に生活する場所が、放射線管理区域以上に汚れてしまいました。土地も食べ物も、瓦礫も下水の汚泥も、全てが放射性物質になってしまっている。放射能で汚れた世界で生きるしか・・・ないと書いたんですが、文字が切れてしまっています。
 本当に私にとっては、想像もできないような世界に、昨年の3月11日を境に変わってしまったということになります。
 特に、福島の人たちはたいへんです。
 そこに居続けるとすれば、被曝によって必ず健康の被害を受けます。
 しかし、避難をするということは、一体どういうことなんでしょうか。
 皆さん、この会場の方は、山梨の方が多いのかもしれないし、他のところから今日おいでくださってる方もいらっしゃるかもしれないけれど、皆それぞれ生活がある。人のつながりだってある。仕事だってある。そこでずーっと長い歴史を刻んできたところに人々が住んでいる。
 そこを避難してどこかに行くということは、生活が崩壊するということに等しいほどの重荷を負うということになります。
 政府が仮に補償するよと言ったところで、自分が住みなれた故郷を捨てて避難するということは、それだけでも大変・・・。
 おまけに、日本の政府は、「避難したい奴は勝手にしろ」と言いだした。補償も何もしない。そんな時に、もし逃げようとするなら、仕事も何も捨てなければいけなくなります。特に、農業者や酪農業者は、土地そのものが命なんです。そんなものを捨てて逃げるなんてことは、ものすごい大変なことなんです。
 でも、なんとか逃げたいと思って、自力で逃げた方は、今日この会場にいらっしゃるかもしれない。
 子供だけはなんとか逃がそうとして、自分は留まって子供と母親を逃がした人たちも居るかもしれません。
 でも、そんなことをすれば、今度は家庭がつぶれてしまう。
 避難をすれば、生活が崩壊してしまう。
 残れば体が壊れる。
 避難をすれば、心がつぶれてしまう。
 という、どっちを選ぶんだと選択を迫られている、そういう状態になります。
 こんな選択を私は目の前にして、どうしていいかわかりません。
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 どうしていいかわからないという想いに至ったのは、1986年4月26日に旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所というところで、やはり今回と同じような大きな事故が起きた時です。
 周辺の住民たちが、汚染地に未だに取り残されていますが、でも一部の住民は避難をさせられた、或いはなんとか逃げた人たちもいるのですが、そういう人たちは、次々と生活が崩壊していくということになっている。
 一体、本当にどうしていいかわからないというようなことが起きた、起きました。
 だからこそ、私はそういう、こんな選択をしないで済むように、原子力発電所をとにかく止めなければいけないんだと、私はその時にも思ったのですが、とうとう辞めさせることができないまま、福島の事故が起きてしまって、今現在、福島の人たちは、この苦しい選択に直面させられているということになってしまっています。
 この事故の本当の被害って、本当にどれだけだろうと考えると、気が遠くなります。
 まず、広大な土地が失われます。
 私はここに『失われる』と書きました。
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 3月11日の津波と地震で、東北地方のたくさんの町、村が破壊されました。三陸沿岸の町は、町ごと無くなってしまったという町すらありました。
 今日、始めに私のプロフィールを紹介していただきましたが、私は大学時代に三陸沿岸の女川町という町で、東北電力が建てようとした原子力発電所に抵抗して、生活していたことがありました。その女川町に、昨年の8月に行ってみました。女川町というのは漁師の町で、海の際にみんな人が住んでいるし、海の際に女川という駅もありました。しかし、私が8月に行った女川町は、実は何もなかったんです。町もない、駅もない、全部流されてしまったという、そういう町でした。
 私は、その廃墟に、呆然と立ち尽くしていました・・・。しばらくの間・・・。
 でも、思いました。
「生き延びた人たちが、必ずこの町に戻ってきて、この町に家を建てて、仕事をまた始めて、この町を復興させるんだ。必ずできるし、必ずそうなる」
と、私はその場で確信しました。
 でも、福島原子力発電所の周辺で、放射能で汚れた土地は、復興できないのです。
 家が津波で流されたわけでもありません。
 家はあるんです。
 林だってあるんです。
 村も???様だって、きっと元通りある。
 田畑は、今多分雑草に覆われてしまったと思いますけれども、そこに在る。
 でも、もうそこに帰れない。
 そこを国家が賠償するとか、買い取るとか言ってますけれども、普通の売買契約であれば、買い取った人がその土地をまた使えるんです。しかし、放射能で汚れた場所は、失われるんです。
 それが、さっき見ていただいたような、『膨大な』広さなんです。
 日本は嘗ての戦争で負けました。
 でも、国破れて山河ありだった。
 帰る土地はあった。
 みんなそこで、また生活を再建することができたけれども、今回の事故の場合には、土地が失われてしまうということになりました。
 戦争ですらこんなひどい被害は起きないというような被害が、現在起きているわけです。
 日本の国は、
「もう到底こんなものは背負いきれない。」
ということで、住民をほったらかしにするということにしたんですね。そうすれば、住民は被曝をします。強いられてしまいます。子供も含めて、今現在汚染地帯に取り残されているということになっている。
 でも、逃げることができない人たちは、その汚染地帯で農業でも酪農業でもやっているのです。
 そうすると、汚染した食料が流通機構に乗って、日本中にもちろん流れていく。
 もっといえば、世界中に流れていっている、そういう状態です。
 皆さん、この工夫の町で、福島県産の野菜、福島県産の牛肉とかいうものが、店に並んでたらどうされますか?
 きっと皆さんは避けようとするだろうと思います。
 そうするとどうなるかというと、福島県の1次産業が崩壊します。
 それに伴って、たくさんの生活が崩壊していくということになっているわけです。
 この事故を起こした、最大の犯罪者は東京電力です。
 日本の経済界に君臨してきた、巨大な企業です。
 政治家に金をばらまいて、政治を動かして、マスコミに金をばらまいてマスコミを好きなように操って、
『原子力発電所だけは絶対安全で事故を起こしません。』
と言ってきた会社です。
 その会社が事故を起こして、ばら撒いた放射能、あちこちに汚染を広げているわけですが、二本松市、福島の原子力発電所から45㎞も離れたゴルフ場が、ある時に、
「自分の土地が汚れてしまったので、除染をしてくれ」
と東京電力に申し入れたんですね。そしたら、東京電力はなんて答えたかというと、
「そこの土地にあるものは、俺の物ではなくて『無主物』だ」
と言ったのです。主の無いもの。
「だから俺は知らない」
と言ったというんですね。
 本当に呆れました。
「こんな企業が日本を代表する企業だったのか。なんと酷い、情けない企業だ」
と私は思いました。
 今汚染を生じさせているものは、東京電力福島第一原子力発電所の原子炉の中にあったものなんです。あるべきものだったんです。東京電力のれっきとした所有物なんです。それをばら撒いたんですから、東京電力に全ての責任がある。
 私は、必ず東京電力に全責任を取らせたいと思っています。
 簡単に東京電力は倒産します。
 倒産させたいと思う。
<会場、拍手>
 でも、東京電力の株主は、巨大銀行であったりするわけで、今、なんとか東京電力を生き延びさせようとして画策をしているわけですね。
 東京電力なんか、何回倒産しても贖いきれません。本当のことを言えば、日本という国が倒産しても贖いきれないほどの被害が、今出ている、そういうことなんです。
 ・・・こんな酷い汚染を生じてしまって、これからどうしたらいいのかということですけれども、私の願いは二つです。
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 一つは、『子供を被曝させない』ということです。
 もう一つは、『1次産業を守る』ということです。
 日本というこの国は、これまでずーっと一貫して、工業化すればいいんだということで、1次産業を崩壊させながらきたわけですし、その象徴は原子力発電というものだったと私は思います。その原子力発電所が事故を起こした時に、1次産業を更に崩壊させるというようなことをやったら、もう取り返しのつかない未来になります。何とか私は1次産業も守りたいと思います。
 まず『子供を守る』ということですが、どういうことか。
 まず、子供には原子力を選んだ責任がありません。
 この会場にもちいちゃな子供が何人も来てくれているけれども、そういう子には、原子力を選んだ、或いはこんな今回のような事故を起こした責任は無いのです。
 もちろん重たい責任は東京電力にあるだろうし、政府にもあるだろう。原子力の旗を振ってきた学者にも、重い責任があると思います。
 私は原子力の旗は振りませんでしたけれども、原子力の場に居た人間として、責任があると思います。
 でも、この会場に居る大人の皆さんは、これまで、「国が絶対安全だと言ってるから」ということ信じて、原子力を見逃してきたんだと思います。
「騙されてきたんだから、仕方がない」
と、いう言い訳はできると思います。皆さんは。
 でも、「騙されたんだから、仕方がない」と言ってしまうなら、また騙されます。
 日本の大人の人には、全て『騙された責任がある』と思っています。
 でも、少なくとも子供には責任がない。
 そして、その子供というのは、放射線の被曝に対して、ものすごい感受性が高いのです。それを今、ここに書いてみようと思います。
 放射線ガン死の年齢依存性というものを、この白いキャンバスに描きます。何を書くかというと、1万人『Sv』と書いてある、これは『シーベルト』という被曝の単位です。1万人シーベルトあたりのがん指数というのを書きます。
 1万人シーベルトというその単位は、多分皆さんはピンとこないと思うのですが、例えばこんなものです。
 私が1シーベルトの被ばくをする、私のような人間を1万人集めてくると、合計の被曝量が1万人シーベルトになる、そういう単位です。
 皆さんは、1年間に1ミリシーベルトしか浴びてはいけないという国の法律ですから、1ミリシーベルトしか浴びていないのであれば、1万人シーベルトという被曝の総量に達するためには、逆に人数をたくさん持ってこなければいけない。1000分の1の被曝なわけですから、逆に人数は1000倍集めてくる。つまり1000万人の人々が1ミリシーベルトの被ばくをしたときに、1万人シーベルトという合計の被曝量になるという単位です。
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 そのときに、じゃあ一体どれだけのガンで死ぬ人が出るかというと、30歳の人であれば、3855人がガンで死ぬ。これは、どのくらいの危険度化というと、全年齢平均をした被曝の危険度が、ほぼ30歳の人です。今日この会場にも、ほぼ30歳くらいの方がいらっしゃるように見えますが、そういう方々は、人間としてほぼ平均的な被曝の危険度を受けると思ってください。そして、歳をとっていくと、どんどんどんどん被ばくに対しては鈍感になっていきます。どのくらい鈍感になるかというと、こんな。
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 55歳にもなれば、平均的な危険度の、約100分の1。
 この会場にも55歳を過ぎた方はたくさんいらっしゃると思うけれども、そういう人は、もう被曝しても大したこと無い、ということになってるわけです。
 私はもう60を過ぎましたけれども、もう私なんか被曝したって、ものすごい鈍感だと、そういう年になってしまっているわけです。
 逆に言うと、年が若くなると、もっともっと危険は逆に大きくなります。ゼロ歳の赤ん坊なんていうのは、こんなん。
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 平均的な人、人間に比べれば、4倍も5倍も被曝の危険が大きい。
 私なんかに比べれば、もう・・・100倍、1000倍というようなほど、被曝の危険が大きいということなんです。
『なんとしても彼らを守らなければいけない』ということが、これから私たちがやるべきことです。
 こういう現実の中で、国が何をやろうとしてるかというと、国が今やってることはこういうことです。
 例えば食べ物でも何でもそうですけど、基準を決める。
『基準を超えたものは排除する。市場に出回らせない。だから、安全だ。それ以下の基準以下のものは、もともとも安全だ。結局放射能は何の問題もないよ。』
 そういう宣伝を、今、彼らはやってるんですね。それは、汚染の実態を隠すということです。
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 基準を決める、例えばついこの間まで、牛肉でもお米でも1㎏あたり500ベクレルという基準値でした。それを超えたものは市場に出回らせない。でも、499ベクレルであれば、それは市場に出てきてしまう、そんな規制の仕方はインチキだと私は思います。
 でも、彼らはそれをやって、汚染の実態を隠すという、そういう作戦に出てきているのですね。
 この国がやろうとしてることに対して、私がやりたいことはこういうことです。
『汚染の実態を明らかにするということ』
 何よりも実態を知らなければ、子供たちを守ることはできないのです。
 強制的に避難させなければならない地域の、今膨大に汚染してるところから10万人の人が避難させられている、そこの1次産業はもう残念ながら崩壊します。どうしようもない。
 その周りの人たちだって、本当は私は避難させたい。農民も酪農家もみんな避難させたい。
 でも、日本の国家は彼らを取り残している。補償も何もしないで取り残している。そうすると、そういうところで生活している人たちが居る限り、食べ物は出来てくるんです。
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 それをどうするかということで、日本で原子力に反対をしている多くの私の仲間たちは、『東京電力に買い取らせろ』と言っています。
 結構です。それでも。東京電力が悪いんですから、買い取らせてもいい。
 でも、買い取った食べ物は、東京電力は捨てるんです。捨てることが判っているものを農業者、酪農業者が作れるか?といえば、私は作れないと思う。
 今、汚染地に取り残されている農業者、酪農業者が作ってくれるものは、やはり受け入れるしかない、捨ててはいけないと私は思うのです。
 でも、私は放射能を食べたくありません。皆さんだって食べたくないだろうし、誰にだって私は食べさせたくない。
 でも、どんなことを言ったって、全て汚れているのです。
 山梨県の皆さんは幸いだったと言ったけれども、それでも汚染がないわけではない。福島からの放射能は降ってきているのです。私は大阪に住んでいますが、大阪にだって放射能が降ってきて、地球上、もう全部に放射能が降っている。どこかで線を引いたところで、その線以下の汚染に私たちは必ず向き合わなければいけない・・・のです。
・・・どうしようもない、そういう状態です。
 そうであれば、私は東京電力に求めるのは、汚染した食料の買取・補償ではないと思います。正確に汚染度合いを測定して公表する、その仕事こそ、東京電力にやらせるべきだと思います。
 れっきとした東京電力の所有物を、彼らがばら撒いたんですから、自分の所有物はどこにあるんだということは、彼らがちゃんと測定して知らせるべきものだと私は思います。
 その作業は、線を引いたそれ以上のものを買い取るというお金とは、もっともっとお金のかかる作業ですけれども、それを東京電力にやらせなければいけない。できるかどうかわかりません。でも、もしそれをやらせることができれば、この食べ物は1㎏あたりどれだけ汚れているかというような食べ物が、ずらりと低いモノから高いモノまでずっと並ぶんですね。
 そういう時にどうするのかということですけれども、私の提案は、一つです。
『自己責任を果たす』ということです。
 こういう汚染を生じさせてしまった責任の重さに応じて、汚染を引き受けるしかないと、私は思います。
 食品の汚染を徹底的に調べる、そして汚染の高いものから低いものまで出てくるわけですけれども、それをどうするかというときに、私は提案があるのです。
 皆さん、18禁の映画というのをご存知ですね?
 18歳にならないと見ちゃいけないとかいう、そういう映画を大人が勝手に指定するというわけで、本当にそんなんでいいのかな?と私は思うけれども、でも、それを今度は食べ物についてやらなければいけない。
 60禁の食べ物、50禁の食べ物、40禁の食べ物というように、どんどん仕分けをしていって、年寄りが汚染を引き受けられるような制度を作る。子供には汚染の低い食べ物を与える。
 何度でも言いますけど、子供を守らなきゃいけない!
 責任がないし、放射線にものすごい敏感なんです。
 子供だけは汚染の低いものを食べさせなければいけない。
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 ということは、どういうことかというと、汚染の高いものが残るということなんです。それは責任の度合いに応じて、大人が食べようというのが私の提案です。
 こういう提案で、皆さんから散々怒られてきた・・・
<会場から拍手>
 拍手してくださって、ありがとうございます。
 でも、本当は食べてはいけない。でも、もう仕方がない。
 もう一言言うなら、『責任の度合いに応じて』と私は言ったわけですから、東京電力の社員食堂は、猛烈な汚染食品で作って・・・
<会場から笑いと拍手>
 国会の議員会館の食堂も猛烈な汚染食品で・・・
<会場から拍手>
・・・でやってほしいのですが、そのためにはとにかく実態を知らなければいけない。実態のわからないまま、基準を決めて、それ以下のものは勝手にやれなんてものはダメなんです。なんとか、そういうことを私はこれからやりたいと思っています。


 これは、日本の地図です。
 甲府がここにあります。
 事故を起こした福島はこの辺にあるんですけれども、皆さんの近くには、浜岡原発もあります。もし、浜岡原発で事故が起きたら、どういう汚染を生じるかというと、こうですね。
 風にのってあちこちに流れたんですけど、甲府も北へ流れた放射能の汚染地帯に入るということになる。ちょっと見にくいですけども。
 また、北の方には柏崎刈羽というのがあります。ここでもし事故を起こせば、交付はここですから、汚染地帯に入ってしまう距離にはあるわけです。
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 今回の事故に関しては、山梨県の方に限っていうなら、比較的幸運だったと思ってください。
 しかし、もう日本というこの国に住んでいる限り、どこかの原子力発電所で事故が起きれば、安全なところはもうどこにもないというくらい、私たちは原子力をこの日本に許してきてしまったと、そういうことになっています。
 事故が無くても、原子力というのは、途方もない酷いものだと私は思っています。
 なぜなら、原子炉を動かす、つまりウランを燃やすということは、核分裂生成物という放射性物質を必ず作ってしまうと、そういうことなんです。
 私たち人間は、原子炉を動かす力を手に入れたわけで、核分裂生成物を作るということはできたけれども、実はその核分裂生成物を無毒化するという力を持っていない。
 そういう核分裂生成物は、これから100万年にわたって、生命環境から隔離をしなければいけないという、そういう毒物です。
 一体どれだけの核分裂生成物を作ったかということを、今から皆さんに見ていただこうと思います。
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 日本では1966年に東海第一原子力発電所という原子力発電所が動き出して、今日まで膨大な電気を供給してきました。どれだけ供給してきたかというのは、この帯の高さで示しています。単位は左の軸によります。1から8まで数字がありますが、今日までの合計でいうと、約7兆キロワット・アワーという、ちょっと想像もできないと思いますが、膨大な電気を確かに送ってきた、発生させてきたんです。
 しかし、そのことは、それだけのウランを燃やしたということだし、それだけの核分裂生成物という放射性物質を作ったということと1対1に対応している。
 じゃあどれだけかというと、右の軸で読んでいく。
 110、120という数字がありますが、これは広島原爆がばら撒いた放射性物質の110万発分、或いは120万発分という・・・想像できますか、皆さん?
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 広島原爆1発分の放射能だって、恐ろしい。何百発分か出てきたがために、今日本が崩壊するほどの汚染を受けている。
 でも、実はその陰には、百何十万発分という放射性物質を既に、私たちが電気がほしいからといって、作ってしまったというんです。
 それを無毒化する力が無いんです。私たちには。
 どうするのか?ということで、散々悩みました。
 初めに思いついたのは、こういうやり方です。
 宇宙処分。『ロケットに乗っけて、宇宙に飛ばして捨ててこい』というんですね。
 これ、できると思いますか?
 ロケットって、ときどき失敗して落っこってくる。
<会場、苦笑>
 スペースシャトルだって、打ち上げた途端にバラバラになって落ちてきたという、そうなったらもうおしまいだ、これはできないということになりました。
 次は、腐海海の底に埋めてしまえばいいという案を考えました。
 でも、これもし失敗したらどうなる?海が汚れる。海っていうものは、世界中全部繋がっている。原子力の恩恵を受けた国だけのものではない。これはやっぱり駄目だろう。国際条約で禁止されました。
 次に何を考えたか。
 氷床処分というのですが、南極です。南極というのは、厚さ1000メートル、2000メートルという分厚い氷で覆われています。その氷の上に放射能の塊を置いてくる、そうすると、放射能というのは崩壊熱というものを出していますから、どんどん氷を溶かしながら下に落ちていってくれる。最後には南極の大地にたどり着くけれども、その頃にはまた上の方に氷が張って、また閉じ込めてくれるという、まことに都合のいいことを、手前勝手なことを考えたのですが、これも
「一体じゃあ南極って誰のものなんだ?やがて資源開発ができるようになるかもしれないけど、放射能のゴミなんか捨てられてたらどうしようもない」
ということで、これも条約で禁止されました。
 そうなると、もうどうしようもない。
 地層処分というものをやるしかないということになりました。
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 これは、どこかに土地をとって、そこに深い縦穴を掘って、その底に横穴をほって、この穴に埋めてしまおうという案が、日本政府が唯一法律で決めた案に既になってしまっています。300メートルから1000メートルの竪穴を掘るのだそうです。
 深いと思いますか、皆さん?
 皆さんにスコップを渡して、穴を掘ってみろと言ったら、多分1m掘るのも大変だと思う。ですから。300m、1000m、確かに深いけれども、でも、日本というのは世界一の地震国なんです。深さ何キロ、何十キロというところで地震が起きて、岩盤をバリバリ割りながら、地表まで断層が表れるというのが地震なわけです。こんなもの、全然深くも何もない。100万年間地震が無いなんていうところは、日本にあるはずもない。
 どうしようもなくなってきて、最近はモンゴルにこれを作ろうかと、そんな恥知らずな案まで出てくるという、そういう状態に既になってしまっています。


 原子力発電所で生み出されるゴミには、たくさんの種類の放射能のゴミがあります。今日までに、原子力は46年間動いて来て、様々なごみを出しました。
 その原子力発電所を動かしたのは、9電力会社です。
 ここは中部電力でしょうか。多分そうだと思いますけれども、東京電力ですか?
 東京電力、関西電力、中部電力等の9電力ができたのは、まだ61年前なんですね。そういう国がガンガン放射能のゴミを生み出している。もっと前にさかのぼっていくと、今私たちは、電気を湯水のように使っているわけですけれども、日本で一番初めに電力会社ができたのは、まだ126年前なんですね。それより前は、日本には電気なかった。電気なんか皆使えない、そういう時代だったんですね。
 今ではもうあたかも当たり前のように作って、たくさんの放射能のゴミを生み出した。
 そのゴミのうち、比較的放射能の汚染度の低いごみというのは、低レベル放射性廃棄物と私たちが呼んでいるのですが、それは今青森県の六ヶ所に埋め捨てにしています。それは300年間お守りするんだそうです。 
 300年という時間の長さ、皆さん、想像できますか?
 300年後の六ヶ所村。
 300年後の甲府。
 300年後の日本。
 想像できるでしょうか?
 なかなか私は難しいと思う。
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 でも、300年前を知ることはできます。歴史を調べればいい。今から300年前は、忠臣蔵の討ち入りの時代。もちろん電気なんか使っていなかったし、今の私たちがこんなように電気を湯水のように使って、放射能をバンバン作って、それを六ヶ所村に埋め捨てにするなんてことは、想像もできなかったはずなんです。
 300年後には、民主党もなければ自民党も無い。
 電力会社だって無い。
 私だって、皆さんだって死んでいる。
 今の政府の偉いさんも死んでいる。
 東京電力も社長以下、皆死んでいる。
 そんな時まで、一体どうやって六ヶ所村に埋め捨てにしたゴミのお守りをするのかと、本当に気の遠くなるような作業なわけです。
 でも流石に電力会社は「責任を取れない」と言ったんです。わずか61年の歴史しかない会社が、300年も責任をとれる道理が無い。
 しょうがないから、
「放射能のゴミは、国が責任をもってくれ」
と彼らは言いました。そして、国は、
「そうだな、しょうがない、じゃあ国が責任をとろう」
と言ったわけですが、では国って一体どんな時間の長さでしょうか。
 明治維新が起きてから、まだ144年しか経っていない。それより前は、日本は階級社会で、侍はちょん髷を結って、日本刀を差していたという、そんな時代なんです。
 今、世界を支配しているアメリカ合衆国、まだ236年しか経っていない。
 国家っていったって、せいぜいそのくらいの時間の長さしかないというもの。
 まぁ、この甲府は武田信玄が多分作った町なのでしょう。そうすれば、どのくらいだろう、500年の歴史はあるかもしれない。
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 もっと日本には歴史というものがあって、邪馬台国というのがあったというんですね。卑弥呼という女王が納めていたといって、中国の古文書に書いてある。多分そうだと思います。でも、邪馬台国がどこにあったかすら、未だにわからないのです。近畿地方だという説もある。九州だろうという説もある。出雲じゃないかという説だってある。未だにわからないというのが、1800年前、そういう時間の長さです。
「日本では、いや、日本という国にはもっともっと歴史の由緒正しい、歴史の長い国なんだ」
と言いたがる人がいるんですね。そういう人々は、いつから日本ができたかというと、神武天皇が作ったというんですね。そういう人たちは、時の流れを西暦という年号では数えない。彼らは皇紀というのですが、今年は、皇紀2672年。つまり、日本というこの国が、どんなに長い歴史があったとしても、これだけしかない。
 その国で、生きている私たちが、電気が欲しいよと言って、原子力をどんどんやって、放射能をたくさんつくって、その放射能のお守りは・・・100万年するという。
・・・こんなものは、まともな考え方ではありません。
<01:29:25頃まで>

【その③】に続きます。

失礼します。
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