※この記事は、12月14日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第26話 田口葉子さん 【前半】の続きです。

<35:30頃~>
Q.インターネットで見た情報も多い?
 そうですね。インターネットを見ての情報も多いです。はい。
 あとは友人が原発に対して、反原発の姿勢をとってる友人がいるので、その方からのある程度の情報、知識とか入ってくることもあります。
 あとは講演会とかそういう案内も来るので、行けるときにはそういったものに耳を貸してるつもりです。
 前にいわきで来ました広河隆一さんですよね。フォトジャーナリストの方の講演と、矢ケ崎教授。その方のは行って、あとこの間25日に行った肥田先生、ちょっと行けなかったんですけど、ネットの方でちょっと拝見はさせていただいたんです。ちょっと音声がよく聞けなくって、行きたかったんですけど、そういったことで本当はどうなんだ?っていうところを自分が知りたくって、その本当がどうだかはわからないんですけど、ただ、放射能を子供たちが生活するところも一度汚れてしまってるので、
「どうして大人、行政、市も県も国も、なんでこれを片づけようとしないのかな?」
って思います。
Q.行政の姿勢に苛立ちはあるが、どこへぶつけたらいいかわからない。
 そうですね、国や県、市、行政に対して、苛立ちはあるんですけど、それを本当にどこにぶつけていいかもわからないし、どうやってそれを訴えればいいのかわからない・・・ですね。誰に言ったらいいとか。
 本当に怒らなくちゃいけないっていうか、
「本当に言うとしたら、東電に言うんだろうか」とか、
「それともそれを推進してきた国に言わなくちゃいけないのか」
とか、そう思うと自分の中でいっぱいいっぱいになっちゃうんですね。
 どこに怒りをぶつけていいかわからない。

Q.食品の放射性物質の暫定基準値
 給食の時もそうだったんですけど、国が暫定基準を設けている。それがセシウムは500、ヨウ素が2000、ほとんどヨウ素は検出されていないようですが、セシウム500という数字は、果たして大人も子供も、これが適正なのだろうか。
 ドイツか何かの基準で、大人は40ベクレル、子供は10分の1以下なので、4ベクレル以上は食べない方が良いって、多分そういった話があると思うんですけれども、それを知ってる人はどれくらいいるんだろう。
 ただ、給食の問題が出た時に、それを校長先生に言ったんですね。
「暫定基準が甘くなってるのをご存知ですか?それで大丈夫だと思いますか?」
先生は、
「まぁ国が安全だと言ってるので」
っていう答えしか返ってこないんですけど、その中で500ってものすごい数字だと思うんですけど、それが内部被曝っていうのは呼吸からも取り込みますけど、食べ物や飲み物の蓄積ってやっぱり怖いと思うんですね。その辺で、
「暫定基準っていつまで続くんだろう。牛肉の問題もあり、今度はお米は若干200ベクレルでしたか、上限が。その200ベクレル、厳しくしたっていっても、ドイツで40だって言ってるのに、なんで日本は200や500や、なんか素晴らしい数字だな」
と思うんですけど、その辺が本当にこの暫定基準、いつまで続くの?
それの甘んじて『数値が暫定基準値以内だから大丈夫だ』っていう根拠は何なのかな?って。その辺は考えますね。
 食べ物とかに関しては、本当に福島県全体、いわきでも農家の従事者っていう方も多いんですけど、その中で自分たちで作ってる野菜を食べる、お米を食べるというのが当たり前に家庭菜園なんかもそうですけど、その中で最初の頃は、
「もう汚染されてしまった土地だし、お米なんか食べられない」
と農家の人たちが言うくらいな感じだったと思うんですね。
 私なんかは、生産者から買って食べるほうだったので、作る側の気持ちっていうのがちょっとよく判らない。拒否すればそれだけで済むので、でも生産者の方にとってみたら、それは死活問題。今まで自分たちで食べる分だけを作ってきた人たちだって、今度は買わなくちゃいけないかもしれない。
 国の方から作付けがオッケーだって言われて作ってるんですけど、それだって作らなければ補償もないかもしれない。そういうことで、しょうがなく、まぁしょうがなくっていうか、コメ作りが仕事なので、そういうふうにしてる人たちもいる。
 あと、友人にお米の販売をしてる友人がいるんですけど、地元で。地元のお米とかを販売してるんですけど、震災後、どれくらいだったか忘れましたけど、22年産のお米、いわゆる去年取れたお米をいつも買ってくれてる人がいて、ただ、
「『22年度産のお米は、福島に保管してあったものは要らない』って断られた」
って言ってました。
 お米屋さんにとってみたら、それはもちろん安全だと思うし、倉庫にもきちんと入ってるし管理されたお米ですよね。売れないこと自体がおかしい。新米についても、今不検出とか出てますけども、友達としては、「不検出だから大丈夫なんだよね」っていう気持ちと、「本当に売れるのかな?でもお米屋さんにとったら、これは死活問題だ」と、そういうふうにも言ってました。
 結構インターネットとかでも販売もしてたりして、それの中から福島のお米がおいしいということで、お気に入りで買ってくださる方が、はい。県内。福島は米所なので。
 そのお米、22年度産なのに、原発の事故があってからは、『福島のお米は要らない』。多分県外だと思うんですね。そういった中で、売れなくなってしまった。
 それだって営業的にみたら大変なことなので、これから、そのお米ができるにあたって、出荷できるのかどうかもまだ判りませんけども、『風評被害』というのか『実害』なのかは、ちょっとわかりませんけども、数字が出ていなくても、「福島県、福島県産っていうだけで売れないんじゃないか」と、それを心配してます。
 消費者側としては、暫定基準値が500ベクレルっていうのは、非常に不安なところでもあるんですが、生産者としてみれば、売れないのは困る。売れなければ補償がされるのか、補償っていうか賠償っていうか、その辺が違うんでしょうか、されるのかどうか。
 それまで農家の方達だって生活があるので、補償や賠償がされるまで生活をしていけるんだろうかとか。
 その両方の立場からいうと、暫定基準を今すぐ甘くするのがいいのかって、ちょっと結局潰れていくこともあると思うんですね。生産者側、それから付随して小売業とか、それを確保してるところとかも、もしかしたらダメになっちゃうところもあるのかもしれないというと、それこを日本の経済が、私はそういうことはわからないので、日本の経済、もしくは福島県の経済、いわきの経済、それはどうなっていってしまうんだろうとか。
 ただ暫定基準500っていうのはいつまで続くんだろうっていうのと、たとえばそれを消費者に選択させてもいいんじゃないかと。
 たとえばきちんとした数字を出して、それを消費者が選択すれば、例えば、『この梨一つに、10ベクレル入ってましたよ。こっちの梨は不検出。入ってませんでした』
っていうので、それで選択はできなんだろうか。
 生産者側にとってはやっぱり『売りたい、出したい』おいしいものを作ってるので、その気持ちはすごくわかって、それを今までだったら普通に食べてたので、食べたい気持ちはあるんですけど、でも多少私たち大人は、我慢しても子供には食べさせたくないので、そこの辺で選べる基準っていうのがあったほうが、消費者にとってはありがたいんじゃないかなと思うんですけど。
Q.これからの生活をどう考えるか。
 そうですね。
 だんだんこの状況に本当に慣れてきてしまっているので、避難を考えるっていうのも、それすらも考えなくなってきてるんですけど、ただ、慣れていっても気を付けられるのは、食材とかその辺しかないんじゃないかとか。
 いつ本当に原発がまた爆発するのか、最近原発のニュースっていうのが、メディアではあんまり流れないと思うんですね。
 インターネットの方で入ってくる情報のほうが早いので、本当にこれ以上酷くなった時に、ここに居られるのか?
 ただ、そういう報道がないと、本当に普通に生活をしてしまうんですね。
 その辺で危機感が薄くなっていくっていうのは感じます。
Q.このまま留まりいわきで生活することの不安
 そうですね・・・。
 この原発が爆発しない限りは、爆発・・・っていうか本当に酷くならない限りは、多分、地元で生活していくようにはなるとは思うんですけど、ただ、子供が何年か後にもしかしたらどこか不具合が出てきたときに、その時に後悔するんじゃないかとは思うんですけど、ただ慣れてしまった状況がある。楽な方を選んでしまっているので、それは耳をふさぎたくなるような気持ちもあるんですけど。
 ただ、今後娘、子供たちには、できれば・・・ここを出ていってもらいたいっていうのもありますし、でも、そうなった時に、果たして子供がほかに行ったときに、『福島県の子供だから』っていうことで、無いかもしれないんですけど、いわゆる・・・拒否をされるっていうか、そういった目で、『福島だから』っていう目で見られたりはしないだろうかとか、極端な話、結婚するときに、もしかしたら『福島だから』っていうことで、結婚できないなんてことになってしまったら、どうしようかな・・・と。
 そうですね・・・。
<涙されています>
 子供のことを思うと、これで良かったのかなって、いっつも思います。
 でも、決断できない自分が居るので・・・それは本当に娘に対して、これで本当に良かったのかどうかっていうのは、未だに迷うところですね・・・。
 本当によっぽどいわき市全体で避難命令でもでない限りは、出ていけないと思うんですね。出ていけないというのは、様々な条件がありますけど、自分で決断できないところもあって、多分そのままこの流れで、福島が汚染されたっていう状況を皆が忘れるまで居るんだろうなと・・・。
 ただ、あと何年か後に子供たちに、何か・・・放射能の影響かはその時に判るかどうかわからないんですけど、何か状況が出た時に、自分は後悔するんじゃないかと・・・。そうなってからでは遅いんではないのかなと思うんですけど・・・、そうならないことを祈るばかりです・・・。
 自分のことは、もう別に半分諦めてるんですけど、やっぱり家族に何かあったらと思うと、自分は耐えられるけどって思うんですね。
 去年私大きな病気をしたので、その時にこの病気が家族じゃなくて良かったって思ったんですね。自分だったら耐えられるけど、これが、ましてや自分の子供だったりしたら、この状況は耐えられない。ただ、決断、その放射能に対して、実際、本当に避難することもできないっていうか、決断ができない自分が情けない・・・。<涙されています>
 自分にも憤りを感じますけど、本当にこの状況を誰に・・・何て伝えたらいいのか・・・。みんなが同じ状況でいるのに、自分だけが・・・、本当にどこに怒りをぶつけていいかはわからないですね・・・。
Q.娘の将来のこと、夫との話
 あんまりそう深くは話したりはしないんですけど、ただ、娘には娘の人生があるので、娘の考えを尊重させたいっていうのはあるみたいです。
 それは私も同じなんですけど、ただ、今いわきで生活するっていう現状が、果たして最善の方法なのか?っていうのは、お互いが疑問を持っています。
 ただ、離れることによってのストレスっていうのもかなり大きかったんですね。だからその辺で寂しさもありましたし、私自身も年老いた親を置いてきぼりにはできない。ましてや周りに誰もいないのに、置いていくこともできない。置いていったときに、どうなってしまうだろう・・・?自分の病気のこともありますけど、どこかに行って新たに生活を始めようっていうことに対して、すごい不安があって、やっぱり家族三人で、ただここで生活していくんであれば、限りなく自分で自衛をして守れるところは守ろうっていう決断で戻ってきたんですけど、だんだんそれがやっぱり慣れてきてる自分がいて、ふっと気づくと
「あぁ、これでいいのかな・・・」
って思っても行動に移せない自分がいるんですね。それが情けない・・・。
<涙されています>
 先の話ですけども、娘の結婚とかに関しては、本当に県外のいわゆる福島から関係のない人たちにとっては、非常に福島っていうだけでイメージ的にも内情的にも、やっぱり好ましくないんじゃないかと思われる、私は思うんですね。ただ、県内の人、私も主人といわき同志で結婚してますけど、県内同志の福島県の人たちが一緒になることに関しては、さほど抵抗はないのかもしれない。だけど、たとえば娘に子供ができた時に、果たしてちゃんと・・・ちゃんと生まれるんだろうかとか<涙されてます>、生まれても体が弱くて・・・その子を心配するようになったら、すべてこの放射能のせいに結び付けられるものなのか、それとももともとのものなのか、その因果関係が・・・認められなければ・・・ずーっと自分の娘が産んだ子に対しても、申し訳ないって思うんじゃないかと、たった一人の娘なので・・・それが心配ですね・・・。
 頼る人もいなくなってしまったらどうしようって。一人きりになってしまったら、どうやって生活していくんだろうって思うと、それが心配です。
<涙されています>


 このままいわきに残るか、家族がバラバラになってそれぞれいるか、それとも3人で家族がみんなでどこかで生活をするかっていうのには、そこまでは話し合ったことがないんです。主人は仕事がずっといわきであるので、生活ができるのかとか、家族3人で行ったとして、仕事を見つけたとしても生活ができるのかとか、家があるのでその家をどうすればいいのかとか、ローンもあります。はい。2000万くらいは残ってるかと思うので、その辺で住んで10年くらいにはなるんですけど、その辺で住宅ローンはどうやって払ったらいいのかとか、残してきた年を取っていくばかりの親たちを一緒に連れてくればいいのかとか、でも、連れてくるっていっても、私の母親の方にも家はありますし、その家はどうしたらいいんだろうとか、ただ、このままいわきにいてもいわきの発展って、そんなにないんじゃないだろうかとか、そう思うと・・・。
 ただ、どうしていいかわからないです。
 家族3人で避難するってことは、無いと思います。
 ただ、子供・・・本当に子供がもう少し大きければ、親元を一人で離れていられるようであれば、子供だけは県外もしくは海外にでも行かせたいくらいです。それができない。
 できないと思います・・・。

 ただ、今まで生活、今まで福島県の人たちって何か本当に悪いコトしたのかな。なんで福島県だったんだろう。早く元通りにしてほしい。でも、もしかしたらそれは不可能なんじゃないかとか、元通りにできないんであれば、何かもっと方法はあるだろうと。除染を進めるなり、生活に関してもきっちりと補償並びに賠償をきっちりしてくれるとか、なんか、どんどん私たちの生活を奪って
『補償はしたくない、賠償はしたくないから、なんでも安全だっていわれてるんじゃないか』
っていうふうに思うことがあります。
 やっぱりお金が出せないから、補償もできない。避難させることも場所もない。だから避難をさせないんじゃないかなとか、3月15日にいわきの23マイクロシーベルトという数字が市政だよりかなにかに載ってたんですけど、この数字って最近見た数字だなっていうか、後からわかった数字で、あの当時はどのくらい本当に線量が飛んでるかとか、そういうこと全くわからないで水汲みにいったり、買い物をしたり、結局ガソリンがないから歩いて買い物にいったりとかした方とか多いんですね。
 あの時の被曝量って・・・、24時間外には居なかっただろうけども、そんなに内と外とあんまり変わらないのかな、どうなんだろう。今内部被曝の線量、ホールボディカウンターで測っても、果たして正確な数字が出るのかどうか。
 あの時にやってもらえれば、確かにどのくらいもしかしたら被曝をしてるっていうのは判ったかもしれないけど、今更やって
「大丈夫でした」
って終わられたら、その後病気になった時に、これはどこに言えばいいんだろう。じゃあ
「あなたはそれは放射能とは全然関係ないですよ」
って言われて福島県の人たちはいってしまうんじゃないかって。そういう危機感はありますね。
 データだけをとられても治療を目的としなければ。
 いわきではガラスバッジは配られてないんです。多分福島県の中通り地方とあとは町とか村とかの単体では、ガラスバッジを配ってるんですけど、いわきは全くその予定もないとは聞いたんですけど。
 だから、いわき自体、小名浜っていうところがあるんですけど、底とかも比較的線量が低いようなんですね。だから漁業ももちろん今は漁業はできないですけど、ありますので、その辺であんまり危機感を持ってない人っていうのも多いとは思うんです。本当に普通に生活している人たち。
 風が北から来るので、その時に線量が上がるのか?果たして放射能自体は飛んできてるんだろうかとか、それもわからない・・・。
Q.原発の再稼働、輸出のニュースを聞いて…。
 原発を輸出するって聞いた時には、
「まだそんなこと言ってるのかな」
って思ったんですけど、所詮他人事にしか思ってないんじゃないかとか、実際福島県に来て、本当に線量測ってそこで生活をして、そこで第一次産業、農家を営んでる方とか漁業を営んでる方とかの意見っていうのは、本当に伝わってるんだろうか。
 こんなにも、精神的にも参ってしまっている人たちがたくさんいるのに・・・やっぱり所詮他人事にしか感じないのかなって。
『福島県は福島県だけで、それをこなしていけ』
みたいな、実際自分たちのところで原発が爆発したら、あの人たちはどう思うんだろう。
それでも原発を推進しなくちゃいけないのかっていう・・・信じられないですね。
 原発によって仕事を受けてるっていう方もたくさんいるとは聞きますので、でも、原発中のすべてを破壊してしまうほどの威力があるっていうのは、今回初めて原子力についてなんて勉強したことなかったので、第一原発や第二原発の近くに6号線が通っているので、その辺を普通に通ったりもしてましたし、あの辺に子供たちが遊ぶ施設が結構あるんですけど、公園とかもそういうところにも、
「いや、いいとこだね」
なんて言ってた程度だったので、まさかあそこがこんなんなるとは・・・思ってなかったですね。
「いつでも爆発するんじゃないか」っていうその危機意識は、持っていたいと思います。

【以上】

失礼します。
にほんブログ村 環境ブログ 原発・放射能へ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他生活ブログ 東日本大震災・震災復興へ
にほんブログ村