※この記事は、12月6日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第21話 手塚雅孔さん『放射能のことを話してはいけない空気』【前半】の続きです。

<36:50頃~>
 妻がなんでそこで怒ったのかな?って、『勝手なことをやった』って言うんですけれども、多分そこが『勝手なこと』というところの意味合いの中で、今、こういうふうな
『原発事故があっても安全ですよ、福島のもの、食べられますよ。安心して暮らせますよ』
っていう空気がある中で、そうじゃないっていうようなことを勉強するような集まりのところ、要は『放射能の影響が怖いですよ』と言っているような集まりに、私が妻に言わないで出かけて行って、そこでテレビに映って、それが放送されて知り合いから言われたっていうことが、すごく・・・妻としては面白くなかったんじゃないかなというふうに思います。
 だから、妻も私と同類だというふうに、
「あなたのご主人がああなんだから、あなたもああなんでしょ」
っていうふうに、
「あなたも危ないって思ってるんでしょ。気にしすぎなんじゃないの?あなたも避難しようと思ってるの?」
とかそんなふうに受け取られるのが、妻としては今の仕事をやっていく上でやりづらいというふうに考えたのかなというふうに推測はしています。
 話をしていて、今、ちょっと思い返したんですけれども、なんていうんですかね。自分で言葉を選んで周りに気を使ってしゃべってるというふうに、今思いました。
 話をしてる時も、実際に職場の人といったら職場の人の顔が浮かびますし、親戚っていったら親戚の顔が浮かびますし。
 なんていうのかな・・・。
 それを親戚の人とか職場の人を悪く言っているような感じを受けてしまって、きっと、自分が本当のことをしゃべったら、それで誰かを傷つけてしまうんじゃないかっていう気持ちが、我々、郡山・福島の人は強いんじゃないかなというふうに思います。
 それで、他人の気持ちを思い測ってとか、隣に迷惑を掛けないでとか、そういった気持ちがすごく強いんですね。それで、事実、本当は今回の原発のことなんて、皆で大騒ぎして『まずいよ、まずいよ』って言って役所にも押しかけて『何とかしろよ、知事出せ!市長出せ!』って言っていければいいんでしょうけれども、そう言ったときに、きっと私の親戚の人が、『手塚の親戚はどこの部署の誰だ?』っていって、きっと迷惑がかかるんだろうなって。私の職場の人も、私の上役も迷惑がかかるんだろうなというふうに思って、そんなことを考えると、皆に向かって話をするっていうのは、すごく躊躇されます。
 そういった周りに対して変に気を使ってるのかもしれないんですけれども、その気を使ってるっていうことのせいで、事態が進まないんだなっていうのは判ります。でも、そう言ったら・・・、動かなくちゃ、発信しなくちゃ、行動しなくちゃ事態が動かないっていうのを思うんですけれども、一方で、それをやったら周りの人に迷惑がかかる、そこの勇気が出ない、でもそのせいで、きっと自分の子供が・・・被曝して・・・将来・・・大変な健康被害が出るんじゃないかなって。それが子供だけじゃなくて、孫とかひ孫とか・・・その代までどんどんどんどん続いていって、そのせいで・・・私たちがそんな周りに気を使ったりして、周りの気持ちを推し量って傷つけないようにっていう・・・その、優しさが・・・もしかしたら・・・子供とか、その先の代の孫たちの将来を奪ってるのかなっていうふうにも思うんです。<涙されています>
 思うんですけれども・・・、やっぱり行動できない自分の・・・弱さというか、優しさって言えば聞こえがいいですけど、やっぱり弱さだと思いますね。
 なんか皆、そんな人がいっぱい・・・集まって・・・生活してて・・・、結婚式も呼ばれ、法事も呼ばれ、親戚づきあいがあり、友達づきあいもあり、そんな中でお互いにあまりものを言わなくても、判ってもらえるような、そんなところで、例えば都会の人が言ってるように、「個人主義だ」とか「自分の思うようにどんどんやっていいんだよ」とか、なんかそういったのがあんまり慣れてないんですね。
 そういった中で、自分で助けてほしい、何とかしてほしいっていう気持ちは強いんです。でも、どんなふうに・・・<涙されています>、言っていいのかわからないし、言ったら周りが傷つく人が出るし、なんかこう、なんでも事なかれというか、『大丈夫だよ。大丈夫だよ』って言ってた方が楽なんです。
 でも、そのせいで子供が甲状腺ガンになったり、白血病になったり、生殖機能の障害が出るかもしれないし、もしかしたら精神疾患、神経疾患もたくさん出るかもしれないです。
 だから、私たちが今の自分たちの人間関係を大事にしようとか、そういった気持ちが強い、でもそのせいで子供たちを危険な目に遭わせて、将来生まれてくる命も危険な目に遭わせてるのかなと思うと・・・なんて言うのかな・・・。
 よく「今私たち大人が原発のある社会を許してたんだから、やっぱりそこの責任を果たさなくちゃ」って、そのとおりだって思うんですけれども、そこを「そうしなくちゃ」って頭で思うんですけれども、実際にそこに踏み込めない・・・。周りの人のことを考えて踏み込めない自分が居て、そんな人たちが大半はんじゃないかなって。だから、多分、福島・郡山で避難したっていう人が、大体1割くらい。
 だから、そこを判った行動にうつせた人が、1割・・・。移せない残りの人が9割。その中で子供さんだけを避難させてるっていう人がいるかもしれないですけど、うちは避難はさせられないです。避難させて妻と子供、悲しませたくないし、ここに居たいっていうふうに思っている・・・。
 妻のことも・・・苦しめられないです・・・。
 でも、妻には、
「このまま・・・ここに居たら・・・、絶対、子供たちの将来、苦しむよ」
<涙されています。>
って言ってます。
 昨日もケンカしました。ケンカしました・・・。
<嗚咽>
 原発が爆発してから毎日こんなんです・・・。
 二人とも子供のことは心配してるのに・・・、お互いのことも心配してるのに・・・、でもケンカになっちゃいます・・・。
 こんな状況を作られて、すごく悔しいです。
 悪いのは、私たちもそれは悪いです。無関心だった私たちも悪いし、でも・・・、やっぱり政府も県も東電も、悪いと思います。
 そのせいでこんなふうになってるんだと思うと、すごく悔しいですし、なんでこんなことで夫婦喧嘩しなくちゃいけないのかなって、夫婦喧嘩して子供が不安定になって、学校の先生から『大丈夫ですか?』なんて言われたりして、すごく悔しいし、私、病院で相談を受ける仕事をやってる、本当は、なんかもっとみんなのこと助けてあげなくちゃ、聞いてあげなくちゃいけないのにって思うんですけど、自分がこんなだから・・・、他の人にやってあげたいんだけど、やってあげられないっていうのももどかしいですし・・・、なんかすごく自分で自分が情けないですし、毎日自分を責めて責めて生きているという・・・。
でもそんな中でも、
「それでもしょうがないじゃないか、いいんだよ。頑張ってるよ。今やれることだけやればいいんだよ」
って言ってくれる仲間もだんだん集まってきました。ちょっとずつですけど、いろいろな勉強会とか会に顔を出して、顔見知りの人が出来てきて、多分、ツイッターとかフェイスブックとかやって、それで繋がれる人は繋がれるんだと思うんです。でも、私のようなアナログ人間って、きっと直接顔を合わせてお話してって、そんなふうにならないと相手を信用できないというか、でも、そんな仲間もできてきて、皆そこで共通してます。
『やっぱり市はおかしいよね。県もおかしいよね。国がおかしいよね。東電なんなんだろうね?』
って皆言ってます。そういった人がどんどん集まって、1人ひとりで訴えたりしてます。市役所に電話したり、メールを送ったり、県に電話したりメール送ったり、政府にそんなようなことをやったりしてる人も居ます。でも、1人ひとりじゃなくて、皆でちょっとずつでも集まって行動しようっていう人がどんどん出てきてます。
 郡山にもできました。
 福島でそういった運動がやられていて、「なんで郡山でできないのかな、郡山ダメなのかな」と思って、すごく、でも自分でもどうしたらいいかわからなくていうふうにやってる中で、いろいろな会に出ていて出会いがあって、仲間が出来てきて、『除染しよう』って除染もちゃんと周りの環境のことも考えて、飛び散らないように風下、川下に居る人に迷惑がかからないようにっていうふうに話をして、どういう方法がいいのかっていって、皆で真剣に考えてやっています。
 市役所に要望書も出したり、いろいろな経営者の方とかPTAの方とか市民団体の方とかが集まって、『郡山をどうしたらいいのかな』って考えたり、『じゃあ避難、保養はどうしたらいいのかな』って考えたりしてやっています。
 やっとそういった仲間が出来てきて、自分も話ができる、
「話していいんだ。」
ってやっと思えるようになりました。
 そういった仲間がいなければ、声もあげられないですし、声をあげたら自分が潰される、そこから今までの枠組みの中から、人間関係の中からはじき出されるんじゃないかという恐れがあって、でも、それを恐れてたんでは前に進まないっていうのも痛いほどわかっていて、政府も行政も、何も、私たちの思うようにはしてくれないというのは思ってました。自分で避難するしかないって。
 でも、自分の力には限界があって、夫婦間でも意見が一致しなくて、避難させられませんでした。でも避難させられないけれども、今いる中でなんとかできるだけ、子供に健康被害が出ないようにっていうやり方を、今模索してるところです。
 多分、行きつく先には『避難』があるんでしょうし、戻って来れるような街を作らなくちゃいけないっていうのは、私たちの責任でしょうし。でも、まだ子供、ちっちゃい子供がいれば、親と子供が離れることの大変さっていうのもあります。そこの部分どうしたらいいのかっていうのは、すごく困ります。
 町をきれいにするんでも、子供が居る横で除染作業ってやったらどれだけ危険かっていうのは、私たちは判っています。だから、子供たちをなんとか精神的な負担がかからないような形で、郡山・福島から離れた場所に送ってあげたい。でも、今自分の力でそれをするしかない。でも、そうすれば、今の仕事、経済状況を維持できないです。
Q.夫婦間の認識の違いについて
 妻も心配しています。すごく、私以上に心配してるっていうことが判りました。何回かケンカしていくうちに。でも、妻は、言っています。
「子供が心配だから、夏はすぐに北海道に行かせたんだよ。でも、私は郡山を離れられない。今の職場が好きだ。職場の人が好きだ。本当に今までやってて、こんなに仕事が楽しいって思ったことがない。私の天職だ。なんでそこから離れなくちゃいけないんだ?私、離れたくない。子供も離したくない。かわいい娘、近くに置いておきたいし、いっぱい面倒みてあげたい。でも、仕事もやらなきゃなんないし、子供だけ避難させたらそれもできないでしょ。親が近くに居て見てあげなかったら、ちゃんと育たないでしょ。」
 妻はそう言います。
 私は、それはその通りだと思います。
 でも、今、そういう自分の親が仕事が大事だとか、子供と一緒にいたいというなのも言っていられないような、大変な状況だというふうに、私は思っています。
 家の中でも0.5マイクロシーベルト、最近はちょっと下がってきて、8月の後半に測った時には、0.4マイクロシーベルト、0.42マイクロシーベルトくらいでした。家の中の一番高いところが。放射線の障害として、低線量でも現れてくるよっていうようなところは、どのくらい知っているのかっていうのは、ちょっと判らないです。私もそこを妻に話しても、前に言っていたのは、
「急性障害でそんなの出ないでしょ。このくらいの線量だと急性障害にならないでしょ」
というふうに言われたのは記憶してます。
 ですので、医療的な知識を持っていて、それに基づいて判断しているんだとは思うんですけれども、ただチェルノブイリの影響を受けた子供さんたちが、どういうふうになってるのか?っていうところまでは知っていないと思います。
 妻が急性障害ではなくて、晩発性障害がどう起こるかということに関しては、妻もそういった危険性があるということは認識はしています。
 ただ、どうなのかな・・・。
 「だから即避難しなくちゃいけない」というふうには繋がっていかないのは、それがどのくらいの頻度で起きるのかというところが、妻の中に情報として入っていないということと、そこを私がうまく実際的な「こういう数字がこんな数字が出てますよ」っていうのをちゃんと伝えられていないという、「報道でこんなふうに言われてる」とか、何か講演を聞きにいったら講演でお話していた人が、例えば「チェルノブイリの架け橋の野呂さんがこんなふうに言ってたよ」とか、そんなようなことしか言えないので、具体的に例えば科学的なところの、国際的な合意っていうところで????になるかどうかっていうところは別として、科学者でちゃんとした人がこういうデータを集めた結果として、こういう所見が見られるんですよっていうようなところをデータとして示せば、こういったことも妻には入っていくんだと思うんですけれども、そこのところが今一つ、
「『危ない、危ない』って言われても、じゃあどのくらい危ないんだっていうのを、逆に医療関係の仕事してるから、ただやみくもに『危ない』っていうんじゃなくて、普段の放射線以外のリスクに晒されて仕事をしてるわけですから、やっぱりそこのリスクに対するとらえ方っていうのも総合的に捉えよう」
っていう見方をしてるんじゃないかなと思います、
 じゃあ子供にどういうふうに症状が出てるかというところですけれども、今、
「これって放射線の影響じゃないの」
って言ったりしてるんですけど、妻は、
「急性障害じゃないから」
っていうふうに前に言われたことがあったんですけれども、言って、さっきのそれも言ったんですけど、私は北海道に夏休みの間だけ一か月間、子供だけ、下の小学生の子供だけ預けたんですけれども、向こうに行ったときに、なぜかやっぱり皆さんと同じように鼻血が出たんですね。
 っていうのがありました。
 あとは、5月から6月にかけてだったんですけど、1か月くらい風邪症状がずっととれなくて、っていうのがありました。
 症状は、そうですね、咳が酷くて、喉が荒れてっていうところで、あと微熱が出ます。
 そうですね、なんか小児科に連れて行ったら、
「溶連菌の感染症でしょう」
なんて言われて、そんな薬を処方されたんですか、結構お薬をトータルで1か月くらい飲み続けて、薬のおかげで治ったのかどうかもわからないですけど、それまで1か月症状続いたりっていうことが無かったのが、1か月間、なんかこう治りきらないで咳をして微熱が出てっていうのが続いたらしい・・・。
Q.夫婦間でもつかない折り合い。家族の未来のイメージは?
 私は、最初、本当は山梨に地震の1週間後、子供達だけ避難させたという状況で、そのあと山梨に転校させようと思ったんですね。転校させるという方向で動いていたんですけど、最終的に子供の気持ちも揺れ動いてというところで、妻の気持ちも揺れ動いて、最終的に転校を、私たちの家族の合意がなされないということで、受け入れはしてくれるようになったんですけども、それを蹴るような形で郡山に子供たちを戻しました。
 その時から、私が自分がそこが避難させられなかったっていうことで、すごく子供を被曝させるということで、自分のことを責めてますし、同時に『なんで妻が自分に協力してくれなかったのか』ということで、妻のこともずっと責める気持ちが、やっぱり心の中にありました。
 それが原因して、きっとずっと喧嘩をするような形になってたんだと思います。
 だから喧嘩を重ねていく中で、ケンカをしていても何もよくなるわけじゃないですし、話していく中で、妻が最初、そんな全然心配していないんだくらいに思っていたんですけれども、実際そうじゃなくてすごく心配している。ただ、その緊急の度合いが、私が思ってるものよりも緊急の度合いが低いというか、ちゃんとしたエビデンスがあるような情報があれば、多分妻もそこは私も思ってるのと同じレベルで緊急にというふうに思ってくれると思うんですが、そこの感触がつかめてはきたんですね。
 あとは、自分が心配だからとか、自分が自分がっていうのじゃなくて、やっぱり妻とか子供たちの気持ちも考えたようなモノの言い方をしようっていうふうに心がけて、考えてみたら、3.11の前からそれが自分に出来ていなかった、足りなかったから、きっと妻もそこのところが・・・私が言うから、じゃあパパが言うんだったらというふうになってくれなかったんだというところもあったのかなと、苦しい中で何か月も何か月も考えて、その中でやっとそこにたどり着いて、とにかく妻がやってくれていることに関して、ちゃんとそれを認めて、『妻も苦しいんだ、責められて苦しいんだ』っていうところも、ちゃんと・・・わかってあげなくちゃなっていうふうに思ったんですね。<涙されています。>
 それで、今からまた今もケンカもしますけれども、やっぱり
「緊急に対応しないと、子供達マズイよね」
っていうところは、そこを中心でやっと話の中心に持っていけるようになってきたんです。最近、ケンカしながらも。
 なので、そこでどうしたらいいのかっていうところを考えていく中で話すと、方向性が出てくるんじゃないかなというふうに思っています。その方向性というのは、子供を郡山からほかの場所に、もしくは福島県内の中でももっと線量の低いところに・・・。私はもっと遠ければ遠い方がいいって思ってるんですけれども、線量の低いところで生活できるように、そこで子供が精神的な負担、親と離れることで負担がかからないようにという方法を、やっぱり我々が家族が考えていくしかないんだなというふうに思って、その方向に行きたいっていうふうに考えています。
Q.故郷・郡山の今後をどのように考えている?
 子供を郡山からよその地に移すからといって、郡山や福島が嫌いというわけではないんです。
 ただ、好きなところでもこんなふうに汚れてしまっているので、そこで子供を、3.11前のように育てることができないので、やむを得ず離れなくちゃなというところです。
 このまま、もし、今の状況のまま進んでいけば、きっと・・・除染も中途半端に終わって、子供たちをどこかに短期間避難させるなんていうこともやらないで、それで、ずっと、3年、4年、5年経ったら、クラスの中に1人、2人、3人、4人と病気になる子供たちが出てきて・・・、もしかしたらその中の誰かがガンで死んじゃうかもしれない。それが自分の子供かもしれない、そんなふうな状況になるんじゃないかと思います。
 福島に残ってる人も、避難した人も福島を好きでしょうし、残ってる人も本当に山下さんが言うようなことを信じて、100mSv大丈夫って本当に心底思っている人もいるかもしれないです。でも、ほとんど多くの人は、『やっぱりそこは心配だ』って。
 だから心配だけれども動けない、動けないから、郡山をちょっとでも綺麗にしてっていうところで除染をしたりだとか、そういう方向で動こうとしてるんじゃないかなというふうには思います。
「でも、本当は危険だし、避難させたいし。でもできないし」
って。で、できないところに
『危ないよ、避難しなよ』
って言われても、言われた人も辛いかなって、そういうふうに言うお父さん・お母さんの気持ちも、私は理解できるかなって思います。
 だから、本当は、私もきっと周りの福島じゃないところの人から見たら、こんな危険な状況で子供を避難させない、避難されるべき親なのかもしれないです。きっと・・・。それはおかしいことだってわかってはいますけど、それを行動に移してないという意味では同じなんじゃないかなといふうに。
 ただ、だけれども、何かできないっていう、その・・・、周りの人のことを考えて、しがらみがあって、声を挙げたら周りに迷惑を掛けてしまうという、そういったふうに言ってるお父さん・お母さんが、
『本当は自分たちも助けてもらいたい。子供を何とかしてほしい。放射能をここから持っていってほしい。元通りにしてほしい』
って思ってる気持ちっていうのは、すごくわかります。
 残った9割の私たち、このまま事態が進んでいけば、中途半端な除染で子供たちの健康被害っていうことを軽減するっていうことは、遠く及ばないような状況でこのまんま行けば・・・、結果的に・・・病気になる人が増えて、病気の子供が増えて、チェルノブイリの事故で起こったように、先々故郷は消えてなくなってしまうと思います。
 チェルノブイリで起きてるように、子供たちの病気がたくさん出たから、子供たちをリトマス試験紙のように使って、
『子供が何人クラスの中で病気が出たからこの村を廃村にしましょう』
みたいな、それと同じ形が出てきてしまうんではないかなって。
 だから今、目先のところで故郷を守ろうというふうにして、『安全・安心です』っていうキャンペーンをはっていて、それをやってる人たちも結果的には、そのように故郷を守るっていうことができないと思います。
 汚染されたものは、きちんとした根拠に基づいて、きちんとした方法で取り除かなくてゃいけないと思いますし、それまでの間に子供たちの健康を守るような、若い人が結婚して、妊娠・出産できるような環境を整えてあげなければ、福島とか郡山とかって無くなってしまうと思います。
 2代、3代、4代って代を重ねていったら、消え去ってしまうと思います。
 ただ、それを私たちも手をこまねいて見ているのを良しとしません。
 手をつなぎ合った仲間たちで、『もうちょっときちんと除染をしようね』って、『ちゃんと子供たちが、もしもここに残るんだとしても、健康を回復できるようなリフレッシュできるような、短期間の保養、そういったものも合わせてやっていけるような形を作っていければいいね』ということは、話をしています。
 ただ、まだそういった仲間が集まりだしたところで、まだ具体的な動きにはなっていないンですが、9月、10月という中で、そのような動きを除染とか短期間の保養とかというところ、場合によっては、長期的な避難というのも含めて、ずっと今後継続してそれを回していけるような形を私たちが作れるようにということで、市に働きかけたり県に働きかけたり、もしくは民間で手を差し伸べてくださるようなところと連携を取りながら、ずっと今後5年10年という長いスパンで、福島で子供たちが将来戻って、若い人が子供を産んで育てられるような土地に戻せるように、そういった動きも合わせてやっていきたいというふうに考えております。
Q.最後に、何かこの場で伝えたいことはありますか?
 これ、いろいろな方が見てくださって、日本の方もそうでしょうし、海外の方も見てくださるかもしれないです。
 本当に今感じてるのは、うちの子供も1か月間北海道へ子供だけやって面倒をみてもらいました。本当にいろんな方、支援してくださって、そのことに関してはすごく感謝しています。
 本当にありがとうございますと言いたいです。
 ただ、これから私たちが福島の地を・・・見捨てないでもらいたいっていう気持ちがあります。日本の人にも世界の人にも。
 私たちがこれから子供たちもよくて、大人もよくて、ここの地域もよくてっていうような形はどうなのかっていうのを、今ここにいる人間が一生懸命考えてます。
 除染はどういうふうにやったらいいのか。
 その間、子供たちはどういうふうに過ごしてもらったらいいのか。
っていうことを考えてます。
 それは5年10年という長い期間になると思います。
 ですから、今年、今回限りではなくて、ずっと福島のことを気にかけてもらって、できればいろいろな今年やってくれたような避難だったりだとか、いろいろなここに来てくださって現地を見てくださってアドバイスしてくださったりだとか、みんなで一緒に???しんだりだとか、そういったようなことは継続してやっていただければなと思います。
 そして私たちも、ここに住んでいる人間として、ここで子供を育ててる人間として、ちゃんと今までやってこなかったんですけれども、行政にも国にも
「自分たちは放射能で困ってるんだ、でもここで生活、子供を育てていくには、郡山も福島も綺麗にしてもらいたいんだ。だから、本当に手を貸してください」
というようなことをこれから周りに、行政にも国にも訴えていきたいって思うんです。ですから、そういったときに、一緒に
『そうだよな、福島頑張ってるよな。だから俺らも協力するよ』
っていうふうに、またそこもずっと見守って、必要な時には叱ってもらったり、教えてもらったり、或いは優しい言葉をかけてもらったりというようなことを続けてもらいたいです。
 そして、海外でこれを見てる方がもしいらして、そしたら、皆さん、また政府だとか活動されてる団体を通じて、日本政府に
『もっと福島のことを考えてくれ。子供たちを守ってくれ。子供の将来を守ってくれ』
ということを訴えていただければというふうに思います。
 そんなふうにして、私たち、福島の人間、そして日本の方、そして世界の方がそんなふうに同じ方向で、もし動いていくことができれば、福島も再生できるんじゃないかなっていうふうに皆の意識が変われば、
『役所が何かしてくれる。誰かが何かしてくれる』
とか、
『皆にモノを言わないで、黙ってれば何とかなるんだ』
っていうふうなところが変えていけるんじゃないかっていうふうに思います。
 ありがとうございます。
【以上】

Bochibochiも聞いていて、悔しくてたまらなくなりました。

失礼します。
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