※この記事は、12月5日 【内容起こし】IWJ 百人百話 第20話 千葉由美さん【前半】の続きです。

<39:40頃~>
Q.心配する学校の状況、子供の反応
 高校生と小学生なので、高校生くらいになると自分の意思っていうものがありまして、そこをどうしても何が何でも言うことを聞きなさいということは、やっぱり無理が生じてくるですね。
 高校生の子供たちは、マスクをつけて身を守るっていうことはしてたんですけども、小学生の娘はゴールデンウィーク明けから登校させましたが、高校生はもうちょっと学校が壊れて修繕が間に合わなくって始業式が遅れたとかっていうことがあったので、小学生の登校よりは遅れたんですね。
 でも始業式から行かせるっていうことは、高校生に限ってはしょうがないかなっていうふうに私は思いました。
 私の子供たちは、もともと私が自然志向だったもので、いろんな環境だったり食のことに対して、本当はどうなんだろう?っていう面を比較的持ってる方だと思います。
 もしかしたら危険かもしれないものからは、自分から身を守らなくてはいけないというような考え方はもともと持っているので、淡々と守っていました。
Q.夫婦間での考え方。
 そうですね。私の夫の場合は、子供を放射能から守らなければならないというところにおいては、同じ考えでした。
 ただ、具体的にどこまでが安全でどこまでが危険でとかっていう具体的なところまでは、やっぱり判らないけれども、漠然として親としてやっぱり子供を守りたいっていうスタンスは同じだったんですね。ただ、
「地元の方が津波の影響とかを受けながらも、復興に向けて頑張ってる姿を仕事を通してたくさん見ているので、そういう方たちのことを考えた時に、やっぱり「放射能、放射能」っていう言葉を発しながら、危険と言うことは、やっぱり『風評被害』という言葉にぶつかってしまうので、やたらめったらそういうことは言ってはいけないところである、ここはそういう場所なんだ」
っていうようなことを夫から言われたことはあります。

Q.ぶつかったりはしました?
 ぶつかりはしないんですけども、やっぱり「慎むべきところは慎まなければいけない」というところは、「そうだよね」っていう、夫婦のお互いの話の中で、それはありました。
 もともと私自身があんまり対立っていうことが好きではなくて、違う意見の人ともなるべく共通項を見出していきたいっていうふうに思ってるんですけども。
 なのでやっぱり、どこかでは共通点があるんじゃないかっていうところで、夫の仕事も地元の方とのお付き合いもある。でも、やっぱりこの町だからこそ原発のことを考えなければいけないっていう思いもあり、やっぱりその辺複雑な思いを抱きながら、夫も仕事もしているし、私も暮らしているしっていうところで、なるべくガチガチに主張をしないような形で、
「そういう意見もあるけど、こういう意見もあるよね」
っていうような話し合いの仕方っていうんですかね。
 ただ、私も結構、母親の立場にバンと立ってしまったときに、主張したくなっちゃうときも多々ありまして、そうすると夫が言おうとしてることを最後まで聞かなかったりとか、自分の主張を強くしてしまったりとかする中では、
「ちゃんと人の話は聞こうよ」
っていう形で、ケンカではないんですけど、
「そういうスタンスは良くない」
っていうようなもめ事ではなく、お互いを反省しながら話しなきゃいけないっていうような、そういう時はありました。
Q.福島を「離れる」「離れない」その葛藤。
 福島県を離れるか離れないか?っていう選択は、そうですね・・・。
 福島市に避難して、いわきに戻ってきてっていうその辺りで、やっぱり考えました。
 その時に、高校生の娘が居るんですが、その娘が発した言葉っていうのが、
「結婚できなくてもいいから、ここに残って友達と一緒に居たい。」
 やっぱり、小学生だけだったら動けるかもしれないとか、そういう中で、うちは高校生と小学生というパターンだったので、どちらかに合わせなきゃいけない・・・。
 うちは転勤族なので、引っ越してきたばっかりっていうか、4年経つんだけど、子供にとっては、やっと自分のベースが出来て、友達関係も落ち着いてきて、これからやりたいこともある、バンドを組んでこれから練習に向けてやろうとしてきたところだったので、娘としては、まだその夢も抱き続けている最中のことで、「これから練習しようね」っていう話も、友達同士でずっと避難してる間もそのやりとりがあったんですね。なので、
「やっと落ち着いたんだから」
っていう子供の言葉に対して、
「それでも・・・」
っていうところまでいけなかったっていうのが事実で、でも、私もずーっと「放射能、放射能」で夏休み前までずっと動き続けていたんですけども、1か月夏休みの間保養に行くことにしまして、福島県を離れて北海道に行ったんですね。
 北海道に行って、そこでボランティアで来てた方だったり主催してた方だったりとたくさん話する中で、やっぱり外から見た福島と私が見てる福島っていうものの、温度差っていうのもたくさん感じましたし・・・。
 やっぱり県外の人で、「そういう支援をしたい」「子供たちをなるべく避難・疎開に向けて支援したい」「保養をさせたい」と思って動いてくださってる方たちは、正直、子供達を福島から出したいんですね。『とにかく移動させたい』っていう思いのもとで、そういうサポートをしてくださっているので、やっぱりその思いに答えられないっていうもどかしさも自分の中に発生したりとか、その人たちと話してる時に、
「自分がもし母親だったら、まずは安全なところに子供を移動させるだろう。移動させた上で、できることもたくさんあるので、まず、その優先順位としたら、そっちが先なんじゃないか?って私たちは思っていました」
って、ぶっちゃけ的な、その人もすごく傷に触れるのを怖がりながら、本当にやっと話してくれた胸の内だったので・・・。
 <涙されています>
 ・・・すいません。
 あの・・・。
 やっぱり私たち福島県民は、やっぱり事態を楽観視しすぎているんじゃないかなっていうような・・・、そういう想いも新たに芽生えて・・・、やっぱり、できることならば子供だけでも・・・ここから移すことが・・・時間がかかったとしても、目指す、目指すべき方向性っていうのが・・・、まぁそういう、選択肢をですね、新たに得て、いわき市に戻ってきました・・・。
Q.向こうでの体験は、こちらで暮らしているのとは違うものでしたか?
 はい。やっぱり子供たちが当たり前にですね、自然の中で<涙されています>・・・遊んでいる姿っていうのは、やっぱり何よりもうれしかったっていうか、でもそれがもともとは当たり前のことだったっていうことにもやっぱり改めて気づかされて、いろんなことを気にしながら、生きていくっていうことに、いつまで耐えられるか?
 子供もやっぱり、自分の身は自分で守らなきゃいけないって思ってますので、人と違う行動パターンが多かったりとか、そういう中で、いつまでこれを続けたらいいのかな?っていうような、新たな葛藤を抱えて戻ってきました。
 マスクをすることはもちろんクラスでも一人、二人しかもう居ないですし、あとは校庭での活動とかに関しても、やっぱり明らかに放射能がそこにあるのに、なぜそこで砂煙を舞い上げながら、子供たちをそこで体育させたりとかしなければならないんだろう?っていう私の思いが、特別なものになってしまっているということに対して、それをいつまで続けられるか、ちょっと地震が無くなってきてるっていうか、子供も特別な子供として、いつまでこの子は平気で、今のところ平気なんです。うちの子供は比較的、お弁当もクラスでたった一人なんですけど、結構「自分は自分なので」っていう感じで、言われてるほど悲観的でもなく、「自分は自分。」。私も?????だっていうことを、そういうふうに思ってくれたらいいなと思いながら居るので、「身体にいいものを自分は食べてるから」くらいに、うちの子は思ってるみたいなんですけども、でも、今は小学4年生だから、まだそれでもいいんですけど、これがもっと中学生くらいになっても、この状態がもしかしたら続いていたとしたら、やっぱり中学生のお母さんから聞く話っていうのは、またさらに私の中で信じられないんですけども、
『「内申書に響く」っていうふうに、子供が言うので、「お母さん、余計なことを言わないで」っていうふうに子供が親に、何か学校に問いかけだったり要望だったりをしたいと思っても、子供にそれをストップさせられてしまってる』
っていう話を聞いた時に、やっぱり中学生って難しいのかもしれないなっていうふうに思ったんですね。
 だから、本当に自分の貫こうとしてる思いがいつまで続くのか、それを子供がいつまで受け入れてくれるのかな?っていうところで、今とってもすごく葛藤があります。
Q.学校給食について
 給食に関しても、まず最初に食材の問い合わせとか牛乳の問い合わせとかを教育委員会に聞いた時に、その回答があまりにも、なんかこう、ずさんっていうか、悪びれもないっていうんですかね。当たり前のように、
「福島県産の源乳を5種類ブレンドしてます」
とか、そういうことが返ってきてる段階で、県レベルでの意識の低さをすごく感じまして、やっぱりそういうところでは、どうだかわかんないことに関しては、「とりあえずNOというふうに言うしかないんだ」って。やっぱり親として、どうだかわからないことで不安に思っているよりは、自分で選んだ食材でお弁当を持たせることの方が楽だったんですね。私にとっては。
 保養から戻ってきて、やっぱり子供が如何にのびのびと過ごすことが出来て、それが当たり前のことかっていうことを夫とも話しましたし、あとは撮った写真とかを見たり、保養の時の動画とか、そういうことも見ることができたので、それは親としてここでこういうふうにいろんなことを我慢させながら過ごすことよりは、それの方が良いに決まってるっていうところは一致してまして、じゃあその上の子供たちの進路のこととか、今の状態がネックになっているのであれば、時間がかかったとしても、それは我が家としての目指す方向性の一つとして、それは目指していこうっていうことは、話はしています。
 ここを出るかどうかの選択肢としては、出ることになるかもしれないっていうことを思いながら暮らしていくっていうことですね。

 もしものことで、まだ全然わからないんですけど、もしここを離れる選択肢を選ぶとすれば、私の実家は福島市にありますし、その親とか兄弟とか甥っ子姪っ子、私たちよりももっともっと線量の高いところで暮らし続けている家族に対する後ろめたさとか、そういうことも絶対生じると思いますし、あとはやっぱり、ここで育って、ここで生きてきたので、ずっと居られるものなら居続けたいっていう思いも強いですし、あとは、放射能の汚染の状態でいえば、かなり広がっていってることは事実で、あちこち、この間でいうと新潟の方に行ったときに線量に測ったら、いわきの小名浜よりもちょっと高かったりとか、0.17とか0.18マイクロシーベルトとかっていう数字を見た時に、うーん、これはやっぱり近いから意識して住んでる人と、遠く離れてるから意識しないで住んでいる人っていう、そこがもしかしたら、住んでる人のほうが意識しながら住んでるので、内部被曝とかも防げてるのかもしれないなぁっていうふうにも思いましたし、子供たちの様子をみても、本当に池に落ちたりとか水たまりに落ちたりとかしても、ただ笑って済ませてるだけの親とかを見た時に、
「本当はあそこにあるのに・・・」
って思ったりしてしまったりとかですね・・・。
 だからこれは本当に、これから何年後か先のこととして考えた時に、どの程度まで汚染が広がっていくのか?って思ったら、本当になんか、そこら辺の近場の県に移動することが、正しい選択肢なのかはわからないなって思ったんですけども、福島、郡山当たりの人は、やっぱり近いところで山形県だったりとか新潟とかっていう話はよく聞くんですけども、近いので行ったり来たりするのが便利っていうことが一番大きいことですね。
 あとは、家族をちょっと残しながら避難する人も居るので、家族とあんまり行き来できない距離に避難するっていうのは、現実問題として難しいし・・・。
Q.旦那さんを残して?
 そうですね。旦那さんを残したり、あとは上の子と旦那さんだけ残して、小っちゃい子と自分だけっていうパターンもありますし、そうなってきたときに、そこそこ線量があるかもしれないけれども、ただ福島・郡山はもっともっと線量が高いので、そこから比べれば、ちょっとはあったとしても、かなり自分たちの環境よりは低いところに移動するのは、当然のことだなっていうふうに思います。
Q.いわきに移住してくる人。
 いわきに引っ越してきているという話は、私の身近では、原発の被害にあったので、近いところでいわき市に避難してきてる方とか、仮設に住んでるとかっていう話は聞きますけども、福島とか郡山から線量が低いっていう理由でいわきに来てるっていう話は聞いたことないですね。
 ただ、線量として比べてるのかどうかわからないけど、多分原発がある町なので、多分より原発に近いところに来ようっていう選択肢は持ってないんじゃないかなと思いますね。
 原発で働いてる方はもちろん多いですし、あんまり身近には居ないんですけども・・・。そうですね。原発で働いてる方々がたくさんいるので、その話はあんまりタブー。放射能とかそういう話は、あんまりしづらいっていう話は、聞いたことあります。
 その関係者の方の中でも、奥さんとか兄弟とか、そういう方は個人的には原発に対して反対であっても、
「でもあなたは奥さんでしょ?あなたの兄弟はこうでしょ?」
って言われてしまったらおしまいなので、いうことが出来ないっていう話も聞いたことがあります。
 私としては、自分、子供が避難する・避難しないっていう選択肢の前に、やっぱり自分としてやりたいことがあって、それはやっぱり声に出して言えなくなってしまっている人たちが、どうしたら声を出せるようになるんだろうっていうことを、常に考えていまして、やっぱりお母さんはみんな、子供を守りたいって思いは一緒なので、できれば声を挙げることができるんだったら挙げたいって思ってるだろうと思うんですね。 
 ただ、周りと繋がれなくなって孤立してしまっているので、お母さん自身の孤独感だったりとか不安な気持ちっていうのが、どんどんどんどん強くなる一方で、こういう話自体、誰とも話すことができないんですよね。
 私なんかは、活動してネットワークとかにも入ってたりとかするので、常にそういう話をできる環境にあるんですけども、そうじゃない人のほうが圧倒的多数なので、例えば不安な気持ちをちょっとは訴えてるお母さんだとか、ちょっとは子供にも「こういうふうにしなさいよ」って言い続けてるお母さんとか、本当に居るんです。その方たちが、どんどん孤独になっていく中で、なんかモチベーションが下がったっていう話をよく聞いて、たまにこういう話ができる相手と会うと、モチベーションが上がったっていう話を聞くんですね。
 だから、なるべく個人とどんどん繋がって、モチベーションを下げないで、声を挙げ続ける人をどんどん増やしていかなきゃいけない。
 やっぱりここに居るからこそ、声を挙げなきゃいけないっていう中で、『風化』っていう言葉も最近聞こえてきていて、もう『安心・安全』っていうふうに思いたがってるのかどうかわかんないんですけど、もう終わっちゃったようなことにしたがって、そういうふうにしたいんだなっていう気配が見え見えなんですよね。
 なので、もうそれはちょっとあまりにも・・・、長いものに撒かれて終わりになってしまいそうで怖いので、声を挙げ続けるためにどうしたらいいか?っていうことを私としては、もっともっとポジティブに発信しようというふうに思っていて、それが当たり前の主張なんですよっていうことを、悲壮感とか暗い雰囲気を漂わせたり、後ろめたさとか子供がかわいそうだっていう思いだけじゃなくって、これは当然の、母親としての当然の主張なんだっていうことを、1人1人がもうちょっとポジティブに・・・、じゃあ対策に転じるために何しよう、コレしようっていうような勉強会をどんどん開いていったりとか、そういう輪をドンドン広げていって、『ポジティブお母さん』をたくさん増やせたらいいなっていうふうに思っています。
 うーーーーん。
 「大丈夫だ」って思ってる人が、6割・・・。6割、7割・・・。もしかしたら。はい。
 迷ってる人が1割満たないかもしれないですね。
 対策をとって自分にできることをしながら、子供を守ろうとしてる人が、2割・・・くらいかな・・・。
 そうですね・・・。
 「出て行こう」って思ってる人が、1割満たないかもしれないですね。
Q.除染について
 除染は、『これからどんどんやりますよ』っていわき市は言ってるんですけど、ある議員さんとお話させてもらったときに、
「それはどんな感じで進んでいくんですか?」
って伺ったら、やっぱり
「いろいろ助成金とかそういうことも設けて、高圧洗浄機だとかそういう予算を組んだりとか。あとは、学校に関しても、高圧洗浄機を買うための予算も組んでありますよとか、校庭の表土の数値が基準があって、その基準以上だったらやります」
とかっていう流れは徐々には出来てはきてるんですけど、
「そのほかの子供をとりまく環境っていうのは学校だけじゃなくて、あらゆるところなので、そこに関してはどうなのか?」
って言ったら、
「町内とか区で、区長さんのほうにそういう助成金を50万という補助を設けて除染するように推進っていうか、しますので」
みたいな、そういう回答が来たんですけども、でも、私が今まで感じてきた町内とか区の在り方っていうか、それはやっぱり区長さんの意識次第で町内会の、例えば草むしりをする・しないとか、どぶざらいをする・しないとか、それと放射能っていうことを絡めてどういう取り組みをしていくのかっていうのは、区長さん次第なんですね。その区長さんっていうのは、かなりご高齢な方が多くって、放射能に対してあまり意識が無い方が多いなっていうのが実感としてあります。
 それで、例えば私のところに相談に来たお母さんの話なんですけども、いわきの風習の中で、とりごやっていう風習があって、お正月にどんどん焼きみたいな形で、竹を組んでかなり大きなプレハブ小屋くらいの大きさの小屋を作って、その小屋の中で子供たちがお持ちを焼いて食べるか何かするようなイベントがあるらしいんですね。そのことに対して不安に思ってるお母さんがいて、
「どうやら今年もそれをやるらしい、大々的に復興の意味も込めてやるらしい。でもその笹とか竹を組んでそれを作るっていうことに対しても、やっぱり不安だし」
Q.なぜ?
 やっぱり放射能を取り込みやすいって言われてるモノの一つに、たけのこっていうのがあったんですね。たけのこ=笹=竹っていうところで、その線量を測るから大丈夫って言われても、線量ってどうやって導きだすのかって言ったときに、ガイガーカウンタを当てて測るんじゃなくて、ベクレル数で出してほしいくらいに、お母さんの意識は高いんですよ。
 そんな中で町内会長さんっていうか区長さんにお願いしたところ、やっぱり帰ってくる答えは、
「大丈夫だ。測りながらやってんだから、大丈夫だ。ガイガーカウンタで測ってる」
っていう答えしか返って来なくって、立場的に「女子供に言われたくない」っていうような、そういうことが本当に見え見えなんですよ。そこがやっぱり一番難しいところで、なのでやっぱり議員さんとかとお話させてもらう時に、
「とにかく区長さん、町内会長さんのところをどなたが放射能がどうのこうのっていうことの意識付けをしてくださるんですか?」
って聞いたら、
「それは市ですよね。」
っていうんだけど、でも勉強会を開いたりとか、子供を守るためにどうしたらいいかとか、そういう具体的な動きっていうのはなくて、どぶざらいした汚泥ですね。放射能がたっぷり含まれた汚泥をダイレクトに子供たちの通学路のところに積んであったりだとかして、もうそういうことに対する不安な声も本当にあって、実際測りに行くと、1.何マイクロシーベルトっていうのはザラなんですよそういうことを「お願いですから」って声を挙げると、また「生意気だ」っていうふうに思われてしまう、その温度差っていうのが本当にそこがとってもとっても大きな壁で。
 子供を守ろうとすると、立ちはだかることが『復興』とか、『復興』させようと思って企画してるっていうところに、物申す存在として神経質な母親がそういうふうに言ってるっていう図式が存在するんですね。
 環境においての放射能から子供を守りたいっていう思いと、学校とか子供が置かれる状況の中での子供の孤立っていうことから、子供を解放したいっていう思いの両方なので、難しいんですけども、今原発から出続けてる放射能が、これからいろんなところに蓄積され続けていくのか?っていうのもわからないですし、もともと爆発した時に降り積もった放射能っていう存在が高いか低いか?によっては、土壌の汚染具合も違うので、それは一概に何とも言えない、ビジョンとして。
 私は保養に行ったところが北海道で、とっても恵まれた環境っていうか人とのつながりとか、そういう・・・「ここだったら」って思わなくもないような、あったかいところに触れてきたもので、その時は北海道っていうイメージも持ちました。
 でも、これからもうちょっと時間がかかるかもしれない中で、どういうふうに変わっていくのか?っていうのは、まだ自分の中ではわからないですね。
 それによって、家族っていうか、親とか兄弟を福島に残していってしまうということは、とっても辛いことなので、もしできることならば、そこで
「私が先に行ってるので後から来て」
みたいに言えたらいいななんていうふうに、ぼんやりと描いてはいますけども、そもにも生活っていうものがあるので、私がどうこうできる問題ではない。
 ただ、もしかしたらできるかもしれないビジョンを前もって示す存在であることくらい、できるんだったら、それも一つの・・・。
Q.旦那さんは?
 夫は今のところ残って、会社を辞めずに残るっていう・・・そんな感じですね。辞めてまでっていうことまでは、具体的には全然ビジョンが浮かんでないですね。
 うちの夫に関しては、子供が今よりもいい環境で居てくれればっていうような想いが大きいので、離れて暮らすことに関しては、反対っていう考えはないですね。はい。
Q.でも離れて暮らすのは、寂しいとお考えですか?
 はい。寂しいです。
 子供としても、「父親と一緒に行けることだったら行きたい」って言ってますね。


 私はこれは、原発事故っていう断片的なこととしては捉えていない部分がありまして、何て言うんですかね・・・。
 ちょっと漠然とした話かもしれないんですけども、今起こっていることっていうのが、今までずっと『世の中こんなんでいいのかな?』って漠然と思ってきた人たちにとっては、【変わるチャンス】っていうふうに思ってる人もいると思うんですね。
 私もなんか多分その一人で、ここをどういうふうに乗り切るかっていうことで、もしかしたら、日本だったり世界だったりっていうのが、今まで、うーーーん、何て言うんですかね。格差社会だったりとか、とっても裕福な人が居たと思えば、とっても貧しい人が居たりとか、その背後にあるものが何なんだろうっていうふうに追及していったときに、やっぱりお金の流れ方とかそういうものが影響してるっていうことで、原発っていうことに関しても、利権の問題がとっても大きい。そこに私たち一般市民が、どういうふうに撒かれていくのか?それとも市民として言うべきことはきちんと声を挙げ続けて、世の中のシステム自体を変える方向に持って行くことが出来るのか?っていうことを、なんかちょっと試されてるシーンでもあるなっていうふうに思うので、やっぱり希望はいつもあるんですね。
 だから、今はチャンスだと思う自分もいるので、苦しい・辛い・悲しいだけじゃなくって、今そこの選択肢っていうか、声を挙げさせてもらう重要なポジションに自分が置かせてもらってるっていうふうに、すごく強く思っていまして、ただの一主婦の私が、今こうしてインタビューに答えてること自体、とってもとっても有り得ないことですので、何かが起こっている中のひとつ、ワンシーンの中の、そこに自分が立っているというような意識も常にあるので、希望を持ちながら、諦めないで、やっていこうっていうふうに思っています。
【以上】

失礼します。
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