※この記事は、12月1日 【内容起こし】IWJ百人百話 第18話 佐々木慶子さん 【その①】の続きです。

<40:20頃~>
Q.佐藤栄佐久前知事。
 栄佐久知事は、最初プルサーマルを受け入れました。
 でも、私たちも反対しましたし、彼自身が学習した結果だと思いますが、やはりこれは県民の立場に立って良くないものだというふうな捉え方をしてくれて、いろいろ問題点を訴え、そして疑問点も要望もしました。東電に対して。東京電力に対して、そして国に対して。
 その中の一つに、『隠ぺいはしない』。
 何か事故が起きたりしたら、即、県民に知らせる。
 今までデータを改ざんしたような事実があったので、そういうことをしないこと。
 そういうバックエンド対策とか、そういう疑問点を言っていたんですけれども、やっぱり彼は、自分がそう言っていながら、彼を無視して、東電と国がプルサーマルに対して受け入れたかのような、ドンドン進めていくようなことをやったり、それから、約束を反故にしてデータを改ざんしたり隠ぺいしたりという事実が重なったんですね。
 それで、彼は、10基全部止めちゃった。
 あれは凄かったと思うんですが。
 それは2002年だったと思います。
 私はその時は教員で現場に戻っていたので、私なりに子供にも「問題点があるよ」っていうことは、子供にも言ってました。ただ、
「私の考え方であって、本当に全部信じなくてもいい。ただ政府とか電力会社がカッコいいこと言ってる。原発ないと日本は電気が足りなくなるとか、資源が無いから原発が必要なんだとか、いろいろ原発の必要な理由を言っているけれども、私はハッキリ言って、全部それは私としては反対ですから」
っていうことで、理由もきちっと子供たちに言ったりしたことがあったんです。教材です。広島を扱ったときの英語の教材もあったりして、その時に
「原発と原爆は、根っこは同じなんだよ。ただ信じるか信じないかはあんたたちが決めなさい。私の言っていること全てを真に受けることはない」
と言って話したことがあったんですね。
 そしたら、ある女の子が放課後ね、掃除してる時に、
「先生、先生は、国から東京電力からお金もらってるの?」
って聞いたんです。女の子がそれを。
「えぇ?もらうわけないじゃん。なんで?」
「でしょ?そしたら、私は先生の言ってることは正しいと思うな」
ってポツンと言ってくれた女の子が居て、すごく私印象に残ってる。覚えてるんですけど。
 あと、男の子が、中学校だから別のクラスで授業をやってるわけですけど、原発反対の話をしたあとに、自分の担任の先生に
「先生は原発、賛成け?反対け?」
って聞いたらしいんです。その聞かれた教師が職員室に来て、
「慶子先生、あれ、話したの?私原発賛成か反対か聞かれたよ?」
って言われて。だから、子供なりにどっちが正しいかっていうのにね、さぐりいれたりもあって、栄佐久さんもようやく疑問を持った時期から勉強した時期、そしてこれは問題点だということを出していって、
「このまま稼働させておいたんでは県民によくない」
ということで、全部止めた時に、私はハッキリわかったことは、それまで東京電力なり政府のやってきた福島原発の電気は全部東京にいってますよね。
 だから、福島原発の原発が稼働しなくなったら、東京が真っ暗闇になるよっていうことを言ってたんですよ。それが全部止めたんだけど何ごとも起きてないんです。東京は。誰もそれで事件性を起きなかったということは、誰もが認める事実なんですね。
 だから、如何に東電が電力側が脅し的に無理な原発擁護というか??を持ってきたかっていうのは、もう誰が見ても、私が改めて言わなくても、実証化されたっていうことを、私は思ったし、学習会でも言ったし、生徒にも
「どう?東京真っ暗闇になった?」
「ならない。先生、預言者みたいだったね。」
って言われたんだけど、生徒からもね。そういう意味で、栄佐久知事は、それをきっかけに同じ2002年、県議会でプルサーマル全面白紙撤回というのを正式に宣言したんです。
 それで、その中間とりまとめの冊子も出したし、本当に彼の集大成っていうか原発に対する、ある意味まとめの結論が出てきたなというふうに思ってた矢先の、逮捕だったんで、非常に私は・・・、なんて言うのか、
「『国』っていうのはやっぱり国に反対する人をああいうふうに抹殺、知事抹殺行為というか、するのかな、怖いな」
って思いましたね。
Q.『反原発』の運動。
 私は、ある意味原発反対運動をずっとやってきてるので、あんまりそういう意味で目立つと栄佐久さんほどではないにしても、ブラックリストに載るかな?っていうのを思ったことはありました。
 でも、私なんか小物だから、そこまでいったら私は大勲章だとある意味思って、だから、別にその時は私が例えばそんなことで、私になにごとか起きたら、もうそれはそれなりに私の存在価値がそれだけ認められたことだし、恐怖感とかそういう不安感とか、自分の身に対する不安感はありませんでしたね。
 だから、平気で私は例えば福島民報とか福島民友っていう地方の二大地方紙があるんですけど、そこにこういう「プルサーマル学習会やるよ」とか、「原発問題点って何?」って、そういう学習会をやるよってどうどうとチラシを持って予告出して、何回も載ってますし、知ってる人は、
「また出てたよ」
みたいな感じにはなる。
 でも、私のような小物に来るわけないということもあり、そういう危険性は、私自身、怖いとも思ってないし。だから、大して失うものもないし、いざとなったら、万が一になったら、もう私も大したもんだなって。全然恐怖感は無かったです。
 私自身、佐々木慶子=反原発論者であり、そういう運動をする人だっていうのは、大した存在ではなくても、仲間内とかね、知ってる人は知ってるわけですよ。でも、私は、どこでも誰にでも、例えば小泉総理大臣、私むしろ論戦を戦わしたいって思ったくらい、大したあれでもないのにね、「やってみたいな」って思うくらい怖さを知らないですね。
 だから、「何でも来い。私が言ってること、間違いない」って自分の言ってることに確信持ってるんで、恐れはしないし、ブレることもやったら恥だと思ってるので、誰が来て、例えば「お前、そんなこと言うな!」って怒鳴られても、黙る気はないし、「なんでですか?」ってたじろぐようなみっともないことはしたくないというふうに思ってますし、思ってました。
 というのはね、一つ、自分がやってきたことが、ちょっと自分の自慢みたいに捉えられると嫌なんだけど、やってきたことが結構間違いじゃなかったなって思うものがいくつかあって、例えば、たばこの分煙。嫌煙。それがマナー。煙草を呑むのを当たり前のころに私は言いだしました。だいぶ怒鳴られました。男のたばこ飲む人から。
「いちいち言ってんな!」
とかね。
「えぇー。あなたがそう言ったことを『恥ずかしい』と思うような、そういう世の中にしてみせる!」
って内心思ったんですけど、それになりましたしね。
 あと、男女平等の件も、ジェンダーフリー。男女平等、男女混合名簿、私具体的に取り組んだんですけど、
「男女混合名簿、混合名簿って言ってんな!!忙しいのに、もっとまともな運動しろ!」
みたいなこと、言われたことあります。仲間の・・・やっぱり男の役員の人から言われたこともあり、教師仲間から。それで、同じ女性教職員からも会議でね、
「忙しいのに男女混合名簿なんて変える必要ない!そんな事務的な煩わしさは必要ない!そんなことやらなくたって、男女差別はしてない!」
みたいな言われ方、仲間、仲間っていうか同じ会議でね。
 私はそれに反論ちゃんとしましたよ。
「『してない』って言うのなら、形で分けておけば必ず男のかたまり、女のかたまりとして扱ってるのは事実じゃないですか。そういう形から無くしていく。そして内面的なものの改革につなげたいというのが、私のあれですから、形は差別のままの形で全然影響ないとか言ってることではないと思います。」
っていうふうに論争を随分しましたけども。
 だから、抵抗すごくありました。でも、これは県内で組織的に男女混合名簿を言い出したのは、恐らく私が最初じゃないかなと自負してるんですけど、組織的にはですよ?でも、全国的な先進県はもういっぱいありましたから、そこで学んできて私は言ってるわけですから、だから、「東北の中でも先駆けたほうかなー?」っていう言われないアレなんですけど。
 そんなふうにして、やってきたことが現にそういふうになってきて、私が退職するころは、誰もが男女混合名簿が当たり前、市民権を得たものだというふうになってきてましたし、最初の頃は小学校は0%。もちろん中学校も0%。それがだんだん1校増え2校増えという形で出てきて、7%になり、今やもう過半数も。小学校はほぼ100%近いし、中学校も過半数を超えてっていう状況だと思います。
 もちろん私だけがっていうんじゃなくて、当初から見たらば、それを引き継いでくれた運動があったからなんですけれども。
 だから、そういう意味では、なんか言ってきたことがそのようになってきたなっていう実感がいくつかあったんで、『脱原発』これも間違いなく、私は絶対これは曲げないっていう、私のライフワークというか信念なので、だから、曲げたつもりはありません。誰に対しても、どこでも。
 反原発運動をやってきた中で、バッシングを受けた具体的な体験としては、私はありません。
 確かに一般的な認識としては、
「そんなことあんまりうるさく言わなくてもいいんじゃない?」
みたいな、関心の示し方が少なかったっていうか、あんまり皆に歓迎されたっていうそういう実感は、確かにあんまりなかったですが、ただやはり、私がかかわったのは、一般的に教職員の人たちとか、あとは母と女性の教職員の会というのをお母さん方と女性教職員で中心になってやる全国レベルから、東北とかブロックレベル、県のレベル、市のレベルあるんですけれども、それなんかで問題提起すると、やはりそんなに人気ある分科会とかではなくても、必ず集まってくれる人が居たし、集まってくれた人は関心持って聞いてもらえたし、さっき言った退職した女性教職員の、福島県の場合はあけぼの会。それぞれ県ごとに名前が違うんですけど、それも全国ネットワークになっていまして、そういう人たちもだんだんそれを大事な、大きなテーマとして、別に私が言ったからっていうよりも、県の中でも気になってきたし、全国的にもそれが共通認識になってきたので、やること自体、私はやりがいがあったし、それによって熱意を削がれたりした覚えはないです。やりがいはありましたけど。はい。
 私が脱原発運動を進めたり具体的な活動に取り組むときに、案外、提案したりしたときに、阻害されなかったっていうのは、私はやはり本音の部分では迷惑施設みたいな危機意識はあったんだと思います。
 でも、たばことか男女混合名簿っていうのは、日常に直接関わる部分なんです。そういう部分で「それ辞めたら?こういうことは他の人に良くないよ」って言われると、自分に関わる人は、直接的に関わる人が多かったんですね。
 だから、特にたばこは職員室の中、煙が漂っていても問題意識なかったし、男女混合名簿なんてそんな今の名簿でいいんだって、名簿を変えるっていう日常の具体的な活動に直結してたから、抵抗されたんだと思います。
 でも、そういうことがその時点では迷惑掛けてないと思いながら、迷惑かかってるところがあるんだよと。
「たばこの飲むのは勝手でしょ」
とおっしゃる方がいらっしゃる。そえは確かに飲む権利もあるけれども、自分で全部後始末できるわけじゃない。煙の後始末はできてないわけだから、それは嫌だっていう権利もあるから、そこを配慮してほしいっていう、気づいてもらう。そこはね、非常に抵抗ありました。
 原発なんか、もっと距離があるんですよ。
 まず、ある意味
「危ないかもしれないけど、無くなったら生活レベルが下がるんじゃないか」
と思ってる部分も確かにあります。それは。例え教職員といえども思ってるし、
「そんなむやみに判断しなくたって、安全だ安全だって言ってるだから、大きな事故はまさか起こさないと思うよ」
っていうそういうちょっと言われなき信頼みたいな部分があったし、
「大丈夫だよ!そんなにあなたがそういうふうに運動してくれるのは、ありがたいと思うよ。ありがとね。でも私はそこまでは関わらないからね」
というような雰囲気も結構親しい人もそういう人が居ましたので。だから、
「好きなようにやったら?」
っていうような雰囲気も無いわけじゃなかったけども、でも邪魔されたわけでもないし、こういう人をどうにかわかってもらいたいという私の気持ちはありましたけど、それによって熱意がすごく阻害されたりすることは無かったですね。
Q.夫の理解。
 あの、私がこれまで組合運動にずっぷりはまったところがあったし、いろんな反対運動をしてきたことがあったりしてきましたけど、それができたのはやっぱり家族の理解があったからだと思うんです。当たり前な言い方なんですけど。
 それを例えば
「反対なんて強いこと言うな」
とか、
「そんなに出て歩いてばかりいるな」
とかね。子供も
「お母さん、もっとちゃんとご飯つくって」
とか言われるような家庭だったら、私は活動できなかったと思います。
 でも、幸い私の、一番先に付き合ったのは子供より夫ですから、夫は基本的には理解する人でした。ただ、運動に直接的協力はしません。ただ自分からやってあまり違和感のない運動だったらとやかく言わないし、「やるな」と言われた記憶がないですね。何かに対して。
 だから、それなりにこういうことやるよっていうのは、自分なりには話したつもりではいますけど、あまり私のやることを判ってもらうための時間っていうのは、夫はあんまり好まないんですね。
 ただ、自分のことは私には言うんですけど、私の悩みとかそういうのは、何というか、聞くっていうよりも
「辛いならやめろ。お前が働けって俺は言ってないから。」
だから、私は意地でも辛さとかは言えなかったし、そんなに・・・、なんて言いうんですか。自分なりに行き詰ったときはあまりないんですけど、辛いときは確かにゼロではなかったですけど、だから、そういう意味であまり夫に助けを求めることはしませんでした。
 ただ夫は足を引っ張ったりはしなかったし、息子も小さい時から私は連れ歩きました。組合運動に。だから、例えば
「お母さんが夜遅いっていうのは、こういうことしてんだよ。」
会議の間も遊ばせておきました。本読んだりしてました。
 だから後は来ない時期になりました。小学校6年生から中学校1年生くらいまでいくらかくっついてきたかな。あとは一切ついて来なくなりました。
 でも、文句も一切言わなかったです。
 要するに母親がそれをやってることが、「ああいうことやってんだな」って彼なりのイメージがあったと思いますね。
 だから、そういう意味での家庭の理解が得られたんでしょうね。そういう意味ではまず本当にすごい感謝ですね。
 でもね、一つ困ったのは、原発問題は非常に大きな問題だと思ってたんで、夫が高校の教師だったんですよ。それで、工業系ですから、電気・機械関係なんですけど、私が原発反対って言って、夫も当然そう共感してもらえると思ったら、
「なんでだ?俺は技術とか科学の発展を信頼してるから、俺はそんなに反対じゃないな」
ってある時ポツって言われたことがあって、若いころ。子供が小さい時です。
「えぇー!身近に敵が居た!」
って私、本当にその時はガックリきて
「えぇー!この夫をどういうふうに説得すればいいのかな?」
って、そこでムキになってもしょうがないし、ある程度長期戦でやっていくしかないなって思いましたけど、でも、私はケンカはそこで「何でよ!?」とかっていうと夫もムキになるのは判ってますから、
「えぇ!まさか賛成ではないんでしょうね?」
って。
「ん?別に・・・」
って感じだったのが、そこは私との関係でケンカをしないで、いかにして彼を説得するかっていう長期ですね。年次計画っていうか、長期戦でやったので、今や反対させてます。やっぱり
「ねー?私の言うこと間違いじゃなかったよね?」
ってある時言ったんですけど。
「うん」
とは言わなかったけど、否定もできなかったという、そういう長年、徐々にっていうのが私のやり方です。
Q.私の活動スタイル。
 組合運動でやってきて、要求項目っていうのがあるんですよ。県・教組の絶対としてのの要求。それから、私は女性部だったので女性独自の要求とかいろんな要求をいかにして実現させるか?っていうのがテクだと思ってやってきたんですけど、従来の交渉の仕方を見てると、うちの県教組だけに限らないんですけど、うちらが言うほどそんなに激しくやったほうではないと思うんですけど、でも、いろんな交渉の場を見ると、激しいんですね。机叩いたり「何考えてんだ!!!」みたいな、すごくなんて言うのかな・・・。男の激しさというか、ちょっと私から言わせてもらうと暴力的なね、暴言?を吐くような交渉場面を何度か見てきてるので、私はそれになんか違和感があったんですね。自分としては。
 だから、私はそういう運動じゃない運動を交渉をしたいなっていうふうに思ってまして、自分が女性部の責任者になったときに、県教委と交渉するわけですよ。激しい言い方じゃなくて、そこは私なりに礼儀をわきまえて、でも中には譲らない、そういう交渉スタイルをイメージ化してやってきて、だいぶだから楽しかったです、私。県教委のお偉い方と何回も、お百度参りって言われるくらい県教委に行きました。
 男女混合名簿を実現するには、県教委の協力がないとダメなんですよ。組合側からだけから「やろうやろう」って言うよりも、はっきり言って上位解脱的な面が確かに早いんですね。それだけじゃいけないので、平場からもボトムアップ的にやっていく運動が両方あっていいと思うからなんですけど、私はボトムアップであって組合員からやっていく方と、だから一方が「やったやった」、「実現はしなかったけど、やらないけどこういう発言したよ」っていうような前向きなそういう動きをすごく大事にしたつもりです。。
 でも、やはり一方県教委に対して、「こういう理由で男女混合名簿が必要だから、こうやってほしい」というのを嫌われないようにしつこく彼に伝える。
 だから、当時県教委のトップの士官の方々にも
「こんにちは。また参りました。よろしくお願いします」
って言って、
「どうぞ、お座りください」
って机のわきに座って、お茶出してくれてお茶飲むんです。で、
「すいません、この間お願いした件は、どうなってるんでしょうか?」
とかっていって、
「あぁ、あれな、まだ出してなかったな、そういえば。」
「あれ、会議に出してくださるっておしゃってたんですけど・・・」
「うーん、そうだよな。資料作るのがちょっと・・・」
とか言うから、
「じゃあ私資料持ってきてもいいですか?」
「うん、持ってきてくれたらいい」
「じゃあ今度資料お持ちしますから」
って言って、次に資料を届けて、
「これでお願いします。今年中にはなんとかまとめていただけますか?」
って、あくまでも丁寧にやさしく、でもしたたかにっていうのが私のやりかたで、嫌われてね、
「またあいつが来たか。嫌だな」
って言われるのが、私それが嫌で。だから、行ったときに、
「またどうぞ」
って奨めてくれるんです。「どうぞ」って、「座っていいよ」みたいな。
 そういう、私は権力者でも完全に敵対意識をしない。人間同士だから判りあえるんじゃないかっていう、そういう部分を通して、繋がっていくっていうか実現していきたい。
 それで多分実現していただいたというか、そういうとこがあって。
 それはいろんなところで、私なりのある意味ソフトにやって、でも実質を勝ち取るっていう。
 100%勝ち取ったわけではないですけれども、判ってもらうっていう、そういうやり方は、原発に対しては、原発運動に対しては、巨大産業だし、一番の国策でもあるし、それはもう一筋縄ではいかないものがありました。
 でも、やってるのは私だけじゃなかったですし、連続的な運動も展開されてましたし、だから私なりに県の福島原発を止めさせるようにするにはどうしたらいいかっていうのを、特に現職の時は時間的に制約されてますから、退職してからのほうが私は自分なりにいろいろやりたいようにやってきてます。
 例えば一例で言えば、去年2010年ですね。栄佐久知事が退職されて、辞職に追い込まれた後、佐藤雄平知事が現知事になったんですけど、彼らは栄佐久知事の政策をそのまま継承するっていうふうなポーズでした。だから、ある意味私も、何もわなかったから、推進するってことも言わないし、もちろん反対するとも言わないけど、推進するっていう話を出してなかったので、いつまでこんな姿勢を続けていくのかな?っていう視点はありましたけど、疑問点はありましたけど、でも、そんな急に反対する理由もないので、見てたんですけど、去年の2月17日だったかな。突然
「三条件付きで、プルサーマルを受け入れてもいい」
みたいな言い方をして、
「その三条件がクリアされたら、なんかプルサーマルが導入されそう」
という雰囲気があったんですね。雰囲気っていうより表明があったんですね。県知事から。
 三条件は何かっていうと、要するにMOX燃料がもう古くなってるんですよ。15年にもなるものなんですね。それがずーっと使用済じゃないけれどもプール漬けになってて、賞味期限切れてんじゃないかっていうくらいのMOX燃料の品質の補償とかね。
 それから、耐震性の問題は安全かっていう確認。
 それから、原子炉の老朽化。
 その三つがちゃんと確認されればGOサイン出すってことになったんですね。私たちとすれば、三条件なんていうのは、ちょっとしたポーズであって、GOサイン出したいがための抵抗を食い止めるための歯止めじゃない。ちょっとポーズだけじゃないかっていうふうに感じたんで、これは大変だと思っていました。
 私は福島ワワワの会っていう会を立ち上げてて、退職してから。学習会とかいろんな私なりの運動をしてきたとかいうこともあって、それから実は県議選にも立候補したんですよ。佐藤知事が辞職に追い込まれたときに。全く誰も推薦もしてくれないけど、
「あんな県議会だったら、私にも言いたいこと言える!」
っていううぬぼれもあって、「私やる!」って言って、ちょっと退職金で自己資金を削れるなっていうのもあったんで、資金も組織も頼らず、事実的に完全に市民派、無党派っていうフレコミでやりましたけど、結果はやっぱり組織力にかなわなくて、私の仁徳不足ももちろんあるんですけど、とにかくあえなく最下位で、3038票はいただきましたから、供託金没収されることはなかったんですけど、でも、「やりたい」って言ったときに、仲間がある程度来てくれて、素人の集団でしたけどやり通したっていうのがすんごく嬉しかったですし、ありがたかったですし。
 落選はしたけれども、全然後悔も何もしてないんですけど、そういうこともありその時に学習会は必要だっていうので、ワワワの会って、ワが三つなんですけど、WAWAWAで一応書くんですが、実は漢字が三つあって、一つは環境の環のワ。環境保全。再生可能な環境を作る、地域を作る。それから二つめのワは話すのワ。これは問題解決を対話でやろう。平和的解決でやろう。いわゆる紛争とか戦争とかいがみ合いとかそういうことじゃない、私の交渉術の一つのイメージにつながるんですけど、とにかく話し合って平和的手段でやりたい。だから、非核・非暴力・非軍事・非暴言。とにかくガンジーの非暴力・不服従の言葉にもつながるんですけど、私はすごく好きなんですけど、そういうのが狙い。それから三つ目のワは平和のワです。
 結果的に全世界、万国平和、万人平和。そこには、異文化とか異教徒とか異民族が世界にいるわけですけど、そこの違いを認め合いましょうと。異宗教だからお前はダメだとか、俺のほうが正しいとかじゃなくって、お互いに認め合って、そして共存だけではだめです。生きるだけでは。共栄をはかりましょう。そういう共存共栄っていうと昔の日本が重なって不本意なんですけど、でも言葉自体の意味は、私、間違ってないし嫌いじゃないから、共存だけじゃなくて、共栄はかりたい。本当にお互いに切磋琢磨して認め合って、そして差別のない、格差のない、結果みんな平和だ、幸せだっていう"Think Grobally"っていうそこらへんをイメージして、身に余るようなでっかいビジョンなんですけど、そんな会を立ち上げてきています。
<01:17:35頃まで>


【その③】に続きます。

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