※この記事は、11月13日 【内容起こし】木村真三氏+河田昌東氏の講演会「放射能汚染時代を生き抜くために~チェルノブイリから福島へ~」【その⑥】の続きです。

<01:00:10頃~>【木村真三氏講演部分、最終パート】
(木村氏)
 一方福島の話なんですが、二本松市における汚染地図です。
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 これは、農村部は1㎞メッシュ、住宅地は500mメッシュで示してますが、まばらな汚染が見受けられます。今でも2超えている地域が点在する。ここらの方々を優先的に、今小さなお子様がいらっしゃるご家族から、ホールボディーカウンタの調査をしています。
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 これは、私、除染をしたというところの写真なんですが、これはETV特集でも取り上げられたのですが、実はここには裏話がありまして、実は僕は除染をすることは毛頭考えておりませんでした。というのは、除染のプロフェッショナルだと言われている偉い先生方がいらっしゃいます。
「その人たちに別にやってもらえばいいじゃない」
というのが、私の考えで、僕はもっと健康調査や内部被曝調査を優先的にやりたかったんですが、この地域、このお家は家の中で最大1.2マイクロありました。
 そこで、たまたまの調査、さきほどの汚染地図を作るときに行ってると、多様に出て家の中は全部調べている、線量測定してましたから、お断りをいれないといけないので、一軒一軒まわってたんですが、その時たまたま対応されたのが、実はもう臨月のお腹をした若いお嬢さんです。
「産まれるの?」
って言ったら、
「予定日は来週です」
というような、
「ここにずっと住んでるんですか?」
って言ったら、
「いや、ずっと前に??したんです」
「いや、高いけどなー・・・」
って思いながら、一回帰りました。その後ちょっと弾丸の、3泊4日のチェルノブイリ調査というのを入れて、帰ってきてすぐに気になって帰ってきたら、実はもうお生まれになられてたというので、赤ちゃんを抱いて出てきたということに驚いちゃって、これは長居してはいけないということで、
「避難してください」
ということ説得しに参りました。
 そこで言われたのは、
「様々な事情がある。様々な事情がある中で、お母さんが娘さんたちがある程度になるまで、お子さんが1月くらい経つまでは、見てあげないといけないという親心も含めて、1人で暮らされて、お子さんを一人で抱えて住まわせるのは難しい」
というような、様々な事情がありまして、
「手放したくない。とにかく『出ていってほしい』という話は無理です。でも私は、除染はします。一人でもやります。」
というようなお話があった上で、「仕方がない、そうですか」と言って帰ることはできないので、
「じゃあ除染をするしかないですね。私がやりましょう。」
ということで、実はやったというお話なんです。何も好き好んで除染をやりかったわけではないのです。
 それで、そういう事情っていうものはなかなかテレビでは出せません、ということで、こういう話をするのは、あまり多くしてないんですが、そういう様々な家庭事情のあるご家庭で除染をしました。
 ということで、屋根の除染も含めてやらせていただいたということです。
 その結果、約半分くらいまで下がりました。約半分までやるために、どれだけの労力が必要かというと、まず土だけで土壌を剥ぐだけ、これ、深さ5㎝と言ってましたが、5㎝無理でした。あまりにも砕石を敷き詰めて固めてある、掘り起こすことが無理で、結局3㎝くらいがようやくです。裏庭のほうは5㎝剥ぎました。それでようやく線量がどんどん下がったんですが、屋根も土剥ぎだけで1日半、屋根の上で1日かかりました。
 延べ人数20人でやってそのくらいです。
 問題点として、なんで僕はテレビの中で、
「ようやく半分下がって、良かったね」
って言ったのは、半分に下がるというのは奇跡なんです。
 なぜか?
 これは広がりを持つホットエリアでは、汚染の高い個所を除いてのみを除いても、効果は薄い。例えば、「雨どいとか雨どいの下等を除けば線量が下がりますよ」とか言いますが、全体が広く汚染されている場合、これは実は100m先からも放射線が飛んできていて、線量を下げようとしようと思えば、一軒につき100m、半径100m除染しなければ、望まれる0.1マイクロシーベルト/時以下は、まず不可能です。
 この事実を皆さん知ってください。
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 これはいろいろなところで言ってるんですが、実はほとんど聞いてない人が多くて、結構批判が出てますが、こんなことを判ってるのが学者です。
 ただ単に感情論で言ってはいけないのです。常に冷静にならないといけない。
 ということで、この事実を持ったうえで、半分まで下げるっていうのは、至難の業なんです。
 実際にその結果というふうに書いておりますが、半径100m除染が必要。除染の困難さ、除染をやるというのは非常にいいことですが、限界も考えられます。ただ、これは都市部に於いては、全体を洗う、町内会全体を洗うというような形では、ある程度除染は可能だと思っています。
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 なんですが、農村部に行けばそういうむずかしさがある。
52 あとは、これは、7月に実施した内部被曝調査ですが、これは岡野眞治先生の簡易式ホールボディーカウンタ、実は、これ、簡易式といえども、かなりの制度がありまして、とてつもなく精度がいいモノなんですが、これで約64名、実際には、実はこれ以外にもいろいろ測ってるので、70名強をとったんですが、その中で一番高い人でも、セシウムが体内から全て除去されるまでの実行線量というんですが、預託実行線量というのですが、その計算をしても、最低が143.46マイクロシーベルトと非常に低かった、これは実際にベクレル数にしてもまぁ1500ベクレルから2000ベクレルの間です。それでこのくらいの被曝線量になります。
 その結果、やはり事故直後に屋外にずっと遊んでたというお子様が一番高い結果となりました。
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 ということで、除染や内部被曝の状況っていうものをお話しましたが、先ほどから言ってます、いわき市の汚染状況というのをご紹介します。
69 これは、テレビで紹介された汚染地図なんですが、これは3000㎞位の汚染地図ですが、今5000㎞位まで進みました。その中で、実は、計画的避難区域や緊急時避難準備区域等から外された地域が、実は1ヵ所だけあります。






それはいわき市の30㎞圏内に入っている荻・志田名地区というところです。を襲ったまず第一陣というのは、多分3月15日の12時の風だというふうに考えられてます。この辺りですから、非常に高いところ、この辺りが志田名地区なんです。さらにこれは、3月15日と21日、風の向きが変わりましたよっていうところで出てますが、両方こっちと同じ方向でいわき市に吹いています。
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 21日のほうは実はヨウ素が高かったんです。他の地域では5月に入ってヨウ素の量は検出できませんでした。ところが、この荻・志田名地区は6月に入ってもヨウ素が検出されたくらいヨウ素の被曝が多い地域です。
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 これは、5月16日17日でいわき市の汚染地図を作ったんですが、この時も実は4月11日12日、この2回、実は最大余震が2回続きました。それが震源地がいわき市だったんです。そのいわき市は死亡者が出たくらいの震災地域で、本震よりもいわき市は、その打撃のほうが大きかったんです。ということで、街が分断されて、道がまだ通ってないところが未だにあります。
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 ということで、走れる限りのところを走り続けて作ったのがこの汚染地図です。
 そこで実は、この志田名地区、この二つを見つけて非常に高いということが分かった。
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 それをずっと調査をしてたんですが、これはニューヨークタイムスの取材が来た8月1日に発表だったんですが、このオバマ大統領の下に一人のおばちゃんが写ってるんです。拡大しますと、こういうふうになってます。
 おおこしきよこさんというんですが、このきよこさんが、
「実はうちのほうはどうやら高いかもしれない」
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ということで、とある通販で中国製の線量計を買いまして、測ってみたところ非常に高かったということで、彼女は自分で調べながら、ポイントを決めながら、定期的に朝と晩という形で測定を始めて、そのデータを見せていただくことができたんです。
 そこで初めて、さらに調査をしなければならないということがわかったということで、実はこのきよこさんのおかげで、きよこさんはまさに市民科学者の第一人者、というか第一歩であろうと思っております。
 こういうふうなことで調べた結果、3月15日時点では実は、その線量というのは、1513キロベクレルもあった。これは、151万300ベクレルですね。というくらい、151万ベクレル/m2です。これはまさに第1ゾーンのラインです。そういう地域があったということで判っております。 
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 さらに怖いのは、実はここは砂地で10㎝の深さのほうが逆転して高くなっているというような地域でした。小学校も24万5000ベクレル/m2という汚染土壌で、ようやく最近先月、先月の半ば過ぎてからようやく除染が始まった、こういうのを実は8月にはもう報告書として出してるんですが、市の行政が動いてくれない。
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 実はこの汚染状況を調べるということで、実は様々な県や文科省が調査に入ってます。それを調べる。そこに私の調査も含めてやったところ、全然数値が違うんだということが明らかになってきました。
 約3倍の差が出てきます。
 なぜ3倍になるか?
 実は、15㎝つき込んでしまうと、一旦濃度をカイザンして15㎝の土壌をとってそれを撹拌して、それを3で割ってるというような・・・、あ、違う、3で割ってないんだ。撹拌したものを測定してるというようなことで、3倍に薄められた土壌なんです。
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 私はきちんと30㎝深くまで測って採って、5㎝刻みで放射能を調査して、その合算で出しています。そうすると、約3倍以上の差が出てきます。
 こういうふうに、でもこの志田名地区は、事故当時作付けを行いませんでした。その作付けを行わなかったことが功を奏して除染ができるかもしれない地域だったんですが、県ではそれを撹拌した、つきこんだ形で公表してるということで、非常に矛盾点が出てきたということを、実は10月25日に文科省の政務三役以下課長級以上の官僚の前で発表したばかりです。
 彼らは、さらにすごいのは、これ、713か所に及ぶ汚染地図です。これは50mメッシュです。先ほど二本松市は最大500mメッシュが、これ50mメッシュです。実は10mメッシュでも取れるレベルなんです。彼らは、これを自分たちが自分たちのためにということで、僕の指導のもとに、田んぼという田んぼ、畑という畑、全てを測定して、さらに家も、家の庭先・家の中、家の中も1階部分は仏壇、仏間があるところを中心にしてということに決めて、2階があるところは2階を中心にとって、全部調べて、汚染地図を作りました。
 その結果がこれです。
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 これだけの精度の汚染地図というのは、世界でも初めてです。こういうふうなことを
「口をあけて待っていてはいけない」
という一言から始まって、ここまでやられた。
 高いところは3マイクロを未だに超えています。
 こういうような働き、彼らは必死に中で暮らそうとしています。今日も先ほど、会場のトイレの前でお会いした方がいらっしゃいましたが、
「線量は低ければ低いほどいいから、それを強く言ってほしい」
というけれども、
「住まわれてる方の気持ちになってください」
というお話をしました。住んでる人も必死なんです。『そこに残ろう』という気持ちも必死なんです。
『少なければ少ない方がいい』というのは、汚染されてない地域、少ない人たちの言い分です。
 でも、これ、1mSvやろうとしたら、中通り、福島市・二本松市・郡山市も含めて、全部人が住めなくなってしまいます。
 そういう現実問題で『我慢できるレベル』というのを考えなければいけないというんで、私は、その住民の方々の代弁者となってやっているつもりです。
 これは、暫定基準値、食品の暫定基準値ですが、これは皆さん、見たことがあると思いますので、割愛させていただきます。
70 ウクライナでは、卵1個あたりというような形で、幼児食品というようにキチンとくわけをしてやってます。これを1年間食べ続けても、内部被曝で1mSvにならないというようになっている限度量です。
 これもようやく厚生労働省のほうが、来年4月から取り入れるというふうに言われました。
 実は、これもちょうど提案した後に、中川文科大臣が小宮山厚労大臣にお伝えしていただいて、実現となっていただきました。

 その提案というのは、子供の食品、「まず子供を守りましょう、お子様が一番大切です」ということで、基準値を考えております。
 さらに、ナロジチでも1日3回の給食制度、こういうこともやれば、お子さんたちの危険はどんどん狭まってくるでしょう。また、全国の給食センターに、汚染された食品はどこからくるか判りません。これは、思わぬところで出てくる可能性もあります。これは全国の給食センターに汚染計を配置することによって、食の安全を守りましょう。お子様たちの命を守っていきましょうというようなお話をしました。
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 また、甲状腺ガンですが、これ、上昇が始まったのは、実は4年後です。チェルノブイリの地方は、もともとヨウ素欠乏症の国でしたので、日本では、逆に過剰気味なんですが、でもそれでも甲状腺ガンというのは、多分上昇するんじゃないかというふうに私は思っています。
 またナロジチの現在ですが、1人の方に2つ以上疾患を抱えています
「こういうような現状で、内部被曝というものが続くと、こういう恐ろしいことになってしまいますよ」
と。
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「これをかんがみた上で、チェルノブイリの調査というのは、もっと更にナロジチの調査を進めることによって、それを前例として予防として使っていくことが可能ではないか。それをきちんとデータベース化すれば、日本でもそういうふうな放射線防護に役立っていく、予防にはつながっていくんですよ」
というような話をしてきました。
 最後に、避難地域の指定としては、一応目安として言ってますが、これは、避難もしくは一時避難というような形、これ一時避難というのが消えていまして、ちょっと古いデータですが、年間被曝線量、これ私も5mSvが我慢できる最大限だと思っています。これは、もうそこに住まざる得ない方々のことを考えた上でも、障害が出ないであろうという、最大限の我慢できるレベルっていうのが、私が考えてもやっぱり5mSvです。
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 屋外8時間、屋内16時間というのは、ただの目安です。実際には、今福島県内、合同調査やってます。
 私のアドバイザーを務めてる二本松市でも、外に居る時間、家に居る時間というのは、記録させながら3か月間追跡調査をやってます。1万人がやってます。
 そういうようなデータをもとに平均値を出していくということで、1年間の被曝量というのを計算して、1年間でどのくらいというのを出していけば、ある程度指標になってくるんではないかと思います。
 除染についてですが、2~3マイクロシーベルトであれば、住宅地では除染は可能でしょう。しかも町内会レベルで、全体に広く行う。
 仮置き場の設置に関して、これが一番問題になってきますが、これは最小単位、町内会や集落で仮置き場を作りましょう。自分たちのゴミを他人のところに持っていってはならない。「自分たちの地域は自分たちで処理する」というような仮置き場を設定しなければ進まないということで、 強く言っております。農村地域とかそういうところでは、国有林の借り受けて、そちらでやっていくということも話をしております。
 あと、森林の除染。
 住宅地に近い森林から100m以上を伐採で落ち葉を取り除いた後、広葉樹植林をする。これは、自然林への再生へも繋がる。
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 伐採後の期は、樹皮と枝は汚染物質として処理行い、幹の部分は震災復興のための建築材料として十分に使えます。これはチェルノブイリでも私が2000年頃から、チェルノブイリの3㎞圏とかそういうところから、木を持って帰って調査をしてましたので、実はこれ知ってました。6月にこの話をしたことがあります。
「こういうようにしていけば、木材は使えます」
というようなことをお話してます。

 ということで、どうですか?ちょうどいい時間ですか?
 あとどのくらいですか?あと10分?
 あと10分・・・。うーん・・・。
 えーっと、何かご質問等があればと言ったら終わらなくなるので、余談の話などをしながらやっていきたいと思います。
 ちなみに、福島市、実はいい話を聞きました。この発案をされた方というのは、瀬戸さんという市長なんです。
 瀬戸さんのお話では、
 もし、移住をせねばならんところ、例えば福島市では渡利地区という非常に高い汚染があるところです。
『この渡利地区の方々をどうにかするべ。』
というような話になった時、市長からのアイデアとしては、
『実は福島市内の線量が比較的低いところ、0.5マイクロ/時という土地があります。そういう地域、実は県や市がそこに住宅地を立てて、そっちに移住してしまおう』
ということは、移住も遠くではなくて、同じ市内でやれば皆さんの心理的負担は少なくなるであろう。しかも地域全体もひっくるめて移住させる。これは私も同じことを言ってます。
 これは、あるコミュニティーが崩れてしまってはダメなんです。歯抜けになってしまえば、コミュニティーの崩壊につながります。
 福島市っていうのは名古屋市とまるっきり違います。それは農村がそのままいきついたところなんです。福島県で一番驚いたのは、3世代家族が非常に多いことなんです。おじいちゃん・おばあさん、お父さん・お母さん、お子様たちというような3世代家族。今の日本にはそうそう現実的ではない、それが非常に多くあるんです。そういう方々が一家離散になるような形ではなくて、全員が出るような形。
 これは、今一番日本人が必要とする、『心を豊かにする』っていうところにもつながると、私は痛感してます。
 若いお父さん・お母さんが働きに出てる時に、おじいさん・おばあさんが見てくれる。おじいさん・おばあさんの教えというものは、私もやはり子供のころにそういう生活をしております。
 気持ち的にもよくわかるんですが、やはりそういうことが望ましいんじゃないかと思っております。
 そういうことを含めても、本当に移住するっていうのは、おじいさん・おばあさんは無理なんですね。だから、線量が比較的低い同じ市内であれば、可能かな?ということで、瀬戸さんはそれを考えているというふうに言ってたんですが、なかなか現実は難しいものがあるというふうに、動いてはおられませんが、でもそれは可能であるということは、国に対しても提言しております。

 やっぱり地域性がある、その土地、彼ら福島県人のことを皆さん、もう少し判っていただきたいということで、一つ、実話をちょっとお話させていただきます。
 これは、私が二本松市で聞いた話です。
 36歳くらいの方が、僕に行ったわけですが、
『先生、私ら福島県人というのは我慢するのが美徳だと言われてるんです。我慢して、我慢して、じっと耐えるっていうのが、私ら、これが教えなんです。でも放射能は辛いです。』
 これが彼らの現実。心の叫びです。
 だから、そういう我慢をするっていう美徳を持った人々に対して、「出ていけ」とは簡単に言えないんです。言ったところで受け入れてもらえない。じゃあ受け入れてもらうにはどうすべきかという、最適条件を考えるのが研究者の考えなんです。
 だから、最適条件を考えていく上で、そこに住んで、そこの人々と一緒に話し合いながら、毎日毎日同じものを食べていくということが、初めてそこで彼らの生活の中に密着する、これで解決策を、福島の方々と解決の打開策というのかな、そういうものを見つけていこうとしています。
 だから、迂闊に簡単に言ってるわけじゃないんです。彼らの気持ちも含めて、実は考えた結果なんです。
 『言うのは楽』なんですよ。『言うのは楽。』
 でも、それを納得していただいて、一緒に動いてもらう、そのためには、きちんとした方策を出さないとダメなんです。僕がこの8か月、彼らと一緒に暮らしながら、それを伝えていくためにどうすべきか、これをずーーーっと、彼らと常に夜昼なく、常にその議論を交わしながら、その中からヒントをいただいて出していく。そういうことの繰り返しなんです。
 だから、これを『危険だ。危険だ。』もし危険だと言うことを言い続けると、福島市、今どういうことか、皆さん知ってます?
 これは、福島の食の安全というもの、これは実は福島のHP上でUPされてるんですが、これ出し方も悪いんですが、実は一概に10ベクレル以下になってる非常に低いモノが多いんです。そういうものに対しても、イメージ的に『福島は危ない。福島は危ないんだ。福島の食べ物は食べられない』というようなイメージだけが先行してしまう。そういう辛さも、実は福島の方々は抱えています。
 若いお子さんを持つお母さんや、若い女性からも、泣きながら訴えられます。
『先生、私たち結婚できる?福島の人は結婚できないとか、そういう噂、たてられてるんだよね。大丈夫かな』
これも、大丈夫だと伝えています。
 こういうこと、こういう話、この現実問題、受け止めてから、多くを言ってください。僕は、住んで、そこで常に対応してるんですよ。だからこそ、それの中で彼らのことを思って、『危険だということ=福島が逆差別を受けてる』ということになってしまう。これも考えてほしいということです。
 福島の人たちに「大丈夫は大丈夫だ」
 じいちゃんやばあちゃんたちに、「俺たちはこんなもん、俺たちは食えねぇんだ」ってよく言われます。
「大丈夫、じいちゃん、ばあちゃん。それ食ったって、先にあの世に行ける」
って言います。はっきり言います。ただ
「怖いものは怖いよね、だから食べ内容がいいよ」
それは言います。
「精神的な不安を持つよりは、食べ内容がいいです。でも、僕は食べますよ」
ということで、食べてるから内部被曝が出てしまうんです。
<会場苦笑>
 そういうようなことがありまして、実は様々なこと、これはテレビとか新聞等でも伝えられないようなことがいっぱいあるんです。そのいっぱいある中でも、その人々と一緒に暮らすことで、泣き笑いを通じながら伝えていくこと、何を伝えていけばいいのか、こういうふうに、今回初めて、他の地域でお話をさせていただきましたが、やっぱりそういうことを皆さんに聞いていただきたい。
 あと、琵琶湖が汚染されるということで、五山の送り火が中止になったりするようなこと。これは本当に数百ベクレルしか出てないもの、それを絶対量としても、実は放射能雲が通過して行った、そのレベルから言うと、全然レベルが低いわけです。数千分の1以下なんですよね。そいうことを考えずに、琵琶湖を汚染されると言われるのも、それは科学的な解析をしてないと言えないことなんです。そういうことっていのも、やっぱり考えていかないといけない。
 しかも、お隣の岐阜県で、打ち上げ花火が中止になったりとか、こういうのも本当に風評被害です。実際を、皆さん、見てください。見てきて、多くの方々、福島の方々を見てください。
 やはりそれを見てから、やっぱり言うべきだと思うんです。
 その中で、僕もいろいろ葛藤はありますよ。ものすごく科学的に葛藤があるのは大きいんですが、やっぱりその葛藤の中ですり合わせを行うことをしなければ、彼らが住めない地域になってしまう、ということで、苦渋の上に苦渋をしてるのかな。本当に辛いんですよね。でも、そういうことをしていかないといけない現実も、皆さん理解していただきたいと思います。

 最後になりますが、これ、実は僕は海洋汚染、調べております。
 これはほんのちょっとしか海洋のほうは手を付けておりません。
 こないだ船に乗ってたら、海上沖30㎞の地点で海洋調査をしたら、ものの1分で船酔いして、ほとんど使えなかったというような現実もあって・・・
<会場苦笑>
ある地域の浜で、なんていうんですか、ウニやアワビをとる???っていうのがあるんですが、その漁師さんたちに海水を採って、土壌も採って、海藻を採って、それを食べるウニやアワビをとって、全ての移行係数を出したました。
 そういうことをやってた時に、漁師の80になるじいちゃんが、
68『先生よ、これうめえんだ』
って本当綺麗な、ものすごく大きなウニを割って見せてくれて、
『食べるか?先生』
って。「このくらいとっても大丈夫だよな」って思いながらも、「ここで食ったら負けだな」と思って、
「いや・・・」
って言ったら、
『もったいねぇなぁ、こんなうめぇものをよ』
って海に捨てるんですよ。
「うわー!やっぱ食ったほうが良かったのかな」
って思いながら・・・。
 で、アワビも採って、「それ検査するから」って言ったのが、
『先生よ、これ食う分持っていけ』
っていってるから、
『ついでに食うか?』
っていうから、これは
「食う、持って帰ります。じいちゃんはアワビ持って帰らないの?」
って言ったら、
『俺は食わねぇ』
って。
<会場笑い>
「え?何で?」
って聞いたら、
『俺、そったら怖いもん、食わねぇんだ』
って。
<会場笑い>
「じいちゃん、大丈夫、死なねぇから」
『ダメだよ、俺、100まで生きる!』
「くそオヤジ!」
って思いながら。実は、
「このくそじじぃに騙されたのか!」
情にほだされたら危ないですから、それを気を付けましょう。
 ということで、あまり深刻な話にならず、最後にオチを付けてお話をさせていただいきました。
 ということで、今日はどうもご静聴ありがとうございました。
<③終了>
【④のCラボ部分は、割愛させていただきます】

失礼します。
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