※この記事は、11月21日 【内容起こし】 百人百話 第11話 志田守さん【その①】の続きです。

<32:30頃~>
Q.ハーメルンプロジェクトの成果はどの様なものでしたか?
 ハーメルン・プロジェクトの子供たちを避難させるということで、いろんな団体から夏休みサマーキャンプなどの申し出を受けて、本当に二日でも三日でも或いは一日でも、1週間、10日でも福島県から離れることによってリフレッシュできる。
 あるお母さんからも、新潟県の菱風壮というコテージに避難されたお母さんがいたんですけど、子供を連れて行って、雨が降ってたらしいんですね。お母さんはベンチに座っていて、子供はその雨の中を追いかけっこしている・・・。お母さんはそれを見て、なんか涙が出てきたらしいんですけども、まぁ・・・、当たり前に子供は雨の中で濡れながらはしゃぎまわるっていうのは、とても自然なことなんですけども、我が家もそうでしたけれども、流石福島県の中で雨が降ってくると、そういう姿を目撃したときには、「やめろ」というしかないような状況なんですね。
 ちょっとその県外に出て、子供たちが何も制止することもなく、草の上に寝転がっても構わないし、雨にぬれても構わないし、或いはレストランに入って食べ物を食べて、ある子供さんも行ったときに、
「お母さん、このトマト食べていいの?」
「いいよ」
 ・・・そういうことが、福島県内にいるとできなかったというかね・・・。なんでもないことが私たちは奪われているというのが、本当に・・・、悔しいし・・・、そういうことを政府が何もしようとしない。<涙ぐんでいらっしゃいます>
 本当に・・・、気づいた自分が・・・、やるしかないんだろうっていうふうには、私もそのね、親御さんから報告受けると、すごくやっぱり、この仕事をやってて良かったなっていうふうに感じましたね。
Q.県外に行ったことで、子供の体調に変化はありましたか?
 子供の体調に関しては、我が家の場合ですと、ちょうど今からですと先々月になるんでしょうけども、7月の14日、うちの妻が車に3歳と6歳の子供を乗せて新潟のほうから北陸を通って岡山まで避難したんですけども、ちょうど福島県を出た時ですかね。新潟に入って、電話が掛かってきて、
「3歳の娘が鼻血を出している。」
 今回鼻血が出たっていうのは初めてだった
んですけど、うちの子供の場合は、ただ私は離れているので何もしてあげられないから、できれば車をパーキングで止めて、ティッシュで鼻血をぬぐって、できればその小鼻にティッシュを詰めるんじゃなくて、小鼻をすこしツッと押すと止まるので、それをやってほしい。
 で、15時間も車に乗ってて大変だと思うんですけども、その間、向こうに着くまでうちの娘の場合ですと、4回鼻血を出したんですね。
 翌日7月15日、岡山県の県庁のほうで面接があって、子連れで面接して構いませんといったときに、今度上のお兄ちゃんが吐いてしまったというか、そこらへん、岡山県の方も、そういうのを聞いたんで、
「流石に福島県から逃げてきた子供たちがそういうふうになってるっていうの、ちょっと尋常ではないんだろうな」
ということで、すぐ病院に連れて行ってくれて、調べたんですけども、お医者さんからは
「どうなんですか?福島県の子供について」
って聞くと、
「よく僕たちは医学的、或いは科学的に今回の放射能汚染によって、こういうふうな鼻血や下痢やしっしんがもたらされたとは判りません。でも調べてみると、とても福島県の中の子供たちは症状が多いのは事実なんです。」
 現実に我が家の子供たちもそういうふうになったり、あと、保育園に行くということで健康調査というか、子供たちやったんですけど、やっぱり3歳の子供は、
「喉の周りのリンパ節というのがあるんですけど、これが異常に腫れてたり、その足の付け根の股関節のところのリンパ節も腫れているちょっと正確に調べさせてほしい。血液検査だけでは、ちょっと状況がわからないので、CTスキャンもかけさせてほしい。」
 案の定3日くらい経ってから、審査の結果を妻が報告を受けたらば、やはり
「原因は特定できない」
と。
 たまたま
チェルノブイリの架け橋の野呂美加さんという方とお話したときに、その話をしたらば、
「福島県、汚染されてるところから、もうちょっとそうじゃないところ、健康なところに行ったりした場合でも、逆が多いんだけれども、数字に悪いところから良いところに出た時っていうのは、身体の反応が現れます。リンパ節なんかもそうでしょうし、鼻血なんかもそうなので、お父さんあまり心配なさらないで、子供は元気ですよね?」
「はい。元気になってます」
「それであれば、逆な意味で子供さんが反応されてる例はとても多いので、あまり深刻にならないでください」
とかっていうふうにお話をいただいたので、それはそれできっといい方向に子供たちは反応したのかな?
Q.県外に行った方からはどのような報告を受けましたか?
 県から出て、いろんなところに短期であったり週期であったり避難されてる方、一番精神的にきっとそれを見ているお父さん・お母さんのまなざしもそうでしょうし、子供たちがね、さっき言ったようにトマトをまるかじりするとか、或いは雨の中平気で駆け巡ったり、或いは砂場の上でゴロゴロころがっても、何もお母さん・お父さんから言われない。それを親も見ている。
 それがすごく、いろんなところでそういう報告は受けてるんですけど、「とても良かった」ということで、「元気をいただきました」っていうふうなお話は伺っています。
Q.結果には満足していますか?
 私たちのプロジェクトがそういうことをやれて、本来は我が家の家族のように、中長期的に避難していただきたいっていうのもあるんですけど、ハーメルン・プロジェクトの当初の目的っていうのは、年間被曝量を減らすというか、もし福島県にずっと1年間住んでいれば、ある程度の線量を浴びてしまうわけですよね。それが1週間でもひと月間でも、或いは何日間でも出ることによって、本来はここにいくのが、これがだんだん下がってくると。こういうことをやりたい。年間被曝量を減らしたいというのが目的にあったので、そのほかでそういうふうな精神的にも当然元気になって、私自身も8月は月の半分くらい福島県を出て、いろんなところを表敬訪問だったり、或いはサマーキャンプに引率に行ったり、あと、子供たちが行っているところに行って、お話を伺ったりとかして、私自身も結構そういうことをしたことによって、すごく安心して自分自身、気持ちがホッとするっていうようなことは、私自身もありますし、いろんなお母さんからも子供からもそういう報告を受けて、良かったなと思っています。
Q.家族と離れ離れの生活には、どのような問題がありますか?
 我が家の場合は、なんとか子供と妻は岡山のほうに避難させることができて、それはそれで私自身、とても良かったな。家族が離れ離れになってるっていうのは、とても寂しいし、今回もちょっと先月末に家族に会うことが出来て、一週間は無かったんですけども、子供の姿を見て私も安心したし、逆に子供も私が行く前に
「パパ、あといくつ寝たら来るの?」
なんて言って、本当は8日だったんですけど、「あと2日だよ」とかごまかしてね。
 向こうも待ち遠しいでしょうから、そんな形で行って、とても私自身も良かったなと思う反面、ふっと心の中に
「このまま別に岡山にいてもいいんだよな。戻らなくても別にかまわない」
っていうふうな思いも、瞬間ふっと頭の中を通り抜けていったんですけれども、来年の3月31日までは、私自身もちょっと今の自分の仕事もありますから、こちらに残るというふうにしてるんですけれども、我が家の場合ですと、できれば4月からは家族と一緒に暮らしたい。私も平凡な父親になって、子供と遊んで彼らの日々、いろいろ見つめて一緒になってやっていきたいっていう思いはありますので。 
Q.福島に残った方達に対して、気がかりなことはありますか?
 こちらに残っているというか、残らざるをえなかったり、いろんな各人の考え、思い、そういうのがあると思うんですけども、やはり本来は残念ながら楽観的に私見ても、福島県の3分の2が、30年くらいはダメだろうと。悲観的に見ると100年ダメだと思ってるんですけど、生活をしたり、農作物を作る、或いは漁業に関してもそうですし、観光に関しても相当ダメージを受ける。
 ただそれは、今のままという条件なんですけども、なんとかそこをね、突破するためには放射能物質っていうの、目に見えないからとてもやっかいなんですけど、しかも半減期が30年とか気の遠くなるような・・・。
 それを『除染』という言葉でみなさん言ってるんですけど、そのことが可能であれば、もう少し早めに戻ったりすることができる・・・。それは、避難・疎開とは違ったところで、そういうふうな運動、他にもたくさんやってらっしゃる方がいるので、私たちにそこまで首を突っ込むとなかなか大変なので、今私のところでは、避難・疎開というところに特化して集中して、自分の仕事を全うしようと思ってやってるんですけども。
 やはり、いろんなアイデアが出てきたり聞いたりもするので、できれば私たちの子供たちにも福島県に戻ってきて、見ていた景色を・・・眺めてほしいなぁというのは、親としてはあります。
Q.故郷はやはり愛おしいものですか?
 福島県、智恵子抄なんていうのもありますけど、本当に小っちゃいうちの子供でも、聞くと行ったときにお話したりすると、
「パパ、あそこのこういうところがどうなってるのかな?」
なんて言ってきたりするんですね。
 まだ記憶に残ってるんだと思うんですけど、或いは、農業をやってる方とか年配の方っていうのは、いつも普通に見ていた景色、これはやはり見ていたいと思うのが当たり前だと思うし、ある、確か農家の方が
「もう俺はいい。ここに住んで、ここの土になる」
 そこまで自分で自分のことを・・・、
「避難とかそんなこと考えるより、ここでもう何があっても構わないんだ。ここで死ぬまで生きていく。」
 そういうふうな決意をされている方も現実には居ます。
Q.ご自身にお子さんがいなかったら、福島に残っていましたか?
 それも人の年齢というか、それによって、私たちも小さい子供、特に私自身は授かってるので、その子の父親としていろんなことを今後やっていかなくちゃいけないことが、やぱり多々ありますし、ある意味だから、還暦で小さい子供が居るという人はあまりいないと思うんですけれども、逆に何かそういうふうに運命づけられて、私は「活動せよ」と言われてるのかもしれないですね。
Q.ご自身の子供以外にほかの子供たちのことも気がかりですか?
 私自身もよくわからないんですけども、自分の子供が助かればいいっていうふうには全然思わないんですね。
 一つは、大人としてこんな危険な状況になったことを、全然意識してこなかったっていう『反省』・・・。それが多分『反省』が強いのかもしれないですね。
 ごめんね。
 君たちの未来を、私たち大人は、作ってこられなかった。
 であれば、自分の子供だろうと、誰だろうと、何とか守りたい。
 大人の一人でいたい。
 っていうふうに、私自身は感じていて・・・。
 だから、うーん。
 『大人としての反省』は、やっぱり子供たちに対して本当に申し訳ないなっていう気持ちですね。
 私が子供たちを守りたいというところの二輪の部分なんでしょうけど、今言ったような『反省』。
 もう一つは、『怒り』ですね。
Q.『怒り』の気持ちは、どのようなものですか?
 私にとっての『怒り』は、やはり家族が分断されたことです。
 何も私たちはしていません。
 いきなり、東京電力というところから、目に見えない放射能を投げつけられました。
 で、それが『安心です。大丈夫です。ただちに被害はありません。』と、パートナーたる政府の枝野さんがそういうことを言って、その時はわからなかったけれども、「これは本当にとんでもないことだな」と。
 恐らく国相手の訴訟なんていうのも、今後出てくるはずです。
 私たちはありがたいことに
6月19日に弁護士さんが5,6人来て、いろいろお話したいとか言って、突然私も弁護士が5,6人も来て、
「いったい何しに来たんですか?」
っていったら、
「あの方はわからないでしょうけども、これからいろんな形で法律的な部分で訴訟が起きるはずです。その時の情報収集なり、或いは何かお手伝いできるかもしれないので、よろしくお願いします」
みたいなこと言われて、
本当にそういうようなことを私たち県民、或いは私自身もそうなんですけど、置かれているっていうことは、本当に怒りまくって・・・、うーん。
 バンっ!!!
<机を両手で叩かれました>
 っていう、気持ちでいっぱいです・・・・。
<深いため息>
 子供の安心、未来、まぁ、普通はお父さん・お母さんが守ってあげて、或いはその環境的な部分でも、国なり県なり、当たり前にそんなこと話する必要もないくらい、当たり前なはずなんですけども、今、そういうことを自分たちは安心なのかな?このまま居て大丈夫なのかな?そういうことを自問自答しながら考えなくてはいけない。
 本当に一体誰がそんな状況を作ってるのか?
 1号機から4号機までは確かに止まってるんですけど、この前もちょっと聞いたのは、5号機をちょっと動かそうとして、日立ですけども、今私たちにできることって何なのかなって、私も考えるんですけど、原子炉を作ってる日立・三菱・東芝。とても有名な会社ですけれども、できれば、我が家ではその3社の製品は買いません。
 私たち、小さな市民ですけれども、東芝のレグザを買うのか、そういうことは選択できるはずです。そういうこともとても小さな運動かもしれないけれども、1人1人がやれば、彼らは資本主義の中にのっとって、お金を儲けようと思ってます。
 でも、もしそういう原子力産業に携わってる会社は儲からないっていうことを、知らせてあげることも必要なのかな。
 あとは、もう一点は、政治家の問題だと思うんですけど、つまり政治家に対して私たちは1票を持っています。
 その時に、今回の原子力事故、原発事故に対しても何も私たちはよくものごとを見てこなかったという反省があるんですけれども、じゃあ私たちが政治家に一票いれるのは、どういうところでいれるのかなと。その人ってなにをしてくれるんだろうか?
 一番やはりその原子力に関して、推進する意思があるのか・ないのかということは、きちんと私たちが意識すれば聞けるはずなんですね。
 その中で、
当然私は推進しようという人に対しては、一票入れるつもりはないんですけど、そこら辺のところも、県民だけではなくて、国民一人一人が、だから、福島県の外に居る人たちには、むしろそういうところをもうちょっときちっと物事を見て、商品はどこのものを買ったらいいんだろうか、或いはどんな政治家を選んだらいいだろうか。
 それは県外の方にも当然お願いしたいところですし、それをやることによって、もっともっと、彼らをあぶりだすってことが可能なんだろうな。
 本当に私たち日本人は、広島・長崎に原子爆弾を落とされました。
 よりにもよって、今度、福島でこのようなことが起きて、今、私たち福島県人が・・・、今回の状況を正しく意識して、それに対して一人一人がNOと言って頑張らなければ、また・・・、原子力推進、彼らは、お金も持ってるでしょう。いろんなところで資産もある、力もあるでしょう。
 でも、それに対して、私たち県民が、まずもっともっと声をあげて反対する。
 それを周りの福島県から離れている方々にも応援していただいて、今ここでやれなかったら、本当に先ほど100年ダメだと言ったんですけども、放射能ばっかりじゃなくて、生活すべてが駄目になってしまう。
 今回、原発、放射能汚染といった放射能自体は見えないんですけども、メディアなんかでも、放射能汚染なり原発事故ということで、とらえられているんだけども、私は必ずしもそれだけではないと思ってます。
 これまで私たち一人ひとり日本人が生きてきた考え方、受け止め方、それを今回問われているんだろうな。
『このままでいいんですか?』
 誰か歌ってましたけどね。
 夏を熱くしたり、暗い夜を明るくして・・・。
 本当に人が生きていくために何が必要なのかな?
 なんでもかんでも満たされていることが良いわけではない。
 だけどそれは、もし、電気がない生活、それをする、原子力に頼らないで生きていく。それは現実に一体どういうことなんだろう?
 それを、1人ひとり国民に突き付けているっていうのが、むしろ今回の事故の・・・別な側面というか、私はそちらの方が大きいんじゃないかと思ってるんですけど、そこを私たち一人ひとり、真剣に考えてどうするのか。
 まぁ、ある意味このようなことは起きてほしくはなかったんですけども、日本人に
『どうするんだ?どっちを向くんだ?このまま原発に頼って生きていくのか?』
 それとも、江戸時代の人間が皆貧困だったわけではありません。別に江戸時代に戻るという意味ではないんですけども・・・、そういう暮らし方、生き方、それをもう一度私たち日本人は、考えなくてはいけないという、大きなチャンスを貰ったんだろうなと、私自身は、個人的には思っています。
【以上】

失礼します。
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