※この記事は、11月13日 【内容起こし】野呂美加さんお話会「チェルノブイリからフクシマヘ」【その③】の続きです。
10月7日 今中哲二助教の2006年のチェルノブイリ20 年:事故の経過、汚染、被曝、影響をご紹介
5月30日UP 日本の暫定基準値がいかに異常か【暫定基準値を信じるか】などに関連しています。

<01:36:00頃~>
(野呂さん)
 今国が言ってる安全基準値っていうのは、ヨーロッパでも使うんですけど、それはもう、核テロとかですね、核戦争が起こった時の超緊急時対応の暫定基準値ですね。そんなものを毎日国民に食べさせていいわけないんですよ。
 ところが障害が現れてくるのは、ほとんどバラバラです。そして、本当に皆さんショックを受けるかもしれないけもど、この震災に関係なかった地域ですね、では、テレビではほとんど報道されてないので、
「もう福島原発の事故は終わった。福島の人たちだけちょっと放射能で大変なんだけど、今皆頑張ってるんだよね?」
っていうところで終わってるわけですね。「これから復興に向かっていくんだ」というですね。それで、市民で除染をして、放射能は無くなって頑張ってるんだという報道ばかりが流れているわけですね。
「すごいな、福島の人って。町内会単位でおじいちゃんおばあちゃんが素手で除染してるんだ」
って、そういう明るい情報しか流れていない。

 そして汚染された食べ物はですね、「安全です」ということで、日本中に回っている。
「応援しなくちゃいけないわよね」
ということで、日本中で食べてるわけですね。ほとんど検査は行われていません。
 ではどうなるかというと、日本中で調子の悪い人が出てきて、これが本当の放射能の障害だということさえも、全然誰にも認められなくなっていくと。そういうような危険性がありますね。
 でも、何が問題かっていったら、こういう嘘、欺きですね。国民に対してこういうことをしてる人たちを全員国会から出ていってほしい。県議会にもそういう人が居たら、出ていくべきですね
 長崎の先生が「安全です」と言っているのと一番最初に聞いたのは、飯舘村に入ってらっしゃるときに聞いたんですね。NHKの中継があって。私は、存じ上げていて、チェルノブイリの子供たちのアンサンブルコンサートがあって、長崎の被爆者用の原爆被爆者用の老人ホームがあるんですね。そこに慰問公演に行って、その帰りに長崎市長を訪問して、山下先生にもお会いしてます。
 本当にですね、ゴメリの小児甲状腺がんが多発した地域の病院から、医学生を呼んで甲状腺がんの手術の仕方を教えてました。そういう何でも知ってる先生だから、
「あぁこの先生がNHKに出て飯舘村に来て、行ってくれるからもう大丈夫、安心」
と思っていたら、
「汚染されたものを食べても大丈夫ですよ」
とか、
「子供たちを外で遊ばせても全然問題ない」
っていうふうに言っていて
「ええええ!!!」
って。もしかしたら、これって、チェルノブイリの二の舞なのかなって思ったのは、チェルノブイリの時は、広島の先生を連れて行ってるんです。そして広島の重松さんっていう偉い先生ですね。放射線影響研究所っていう先生を連れて行って、IAEAの名のもとに、住民にガラスバッジを持たせて線量検査をして、そして甲状腺ガンがもう増え始めてる時でした。
「でも、これはチェルノブイリの放射能のせいで増えてるんじゃないよ。ベラルーシは海が無いからヨード不足の風土病だよ」
と言って、国連で、国連の傘下にありますから。IAEAは。偉いお医者さんたちを集めて発表してしまった。
 そしたら、ユネスコとWHOはですね、私たちボランティア団体が汚染されてない食品を子供たちに救援物資で送ってくださいということで、世界中のボランティア団体が署名を集めて送ったりしたんですけれども、こと放射能に関してはIAEAの決定に従うという条約があるんです。WHOとユネスコに関しては。彼らがIAEAがヨード不足の風土病だと言っているから、汚染されてない食品を送るのは、何か違うと思うということで、救援が入らなかった。そして、ずーっと小児甲状腺ガンの子供たちが増え続けて、IAEAがその誤りを認めたのは、10年後だったんです。
 10年間、ただただ子供たちに汚染された地域の汚染されたものを食べさせ続けて、甲状腺がんを増やしてしまったと。それが、後に何が残ったかというと、ただデータが残っただけですよね。そして、子供たちの首にチェルノブイリネックレスという傷が残った。
 この間、読売新聞にですね、『甲状腺ガンなんて、切ってしまえば治るんだから何も心配することない』みたいな記事が載って、それでまぁ驚いてびっくりしたんですね。やはり早期発見しなければ、転移するし子供たちの場合は進行も早いので、酷くなって見つかってからだったら遅いんですよね。
 日本人の場合は、本当にベラルーシのこの間行ってきたお医者さんたちは、慰めようとして
「日本人の場合は、海産物とってるから、海があるから甲状腺ガンにならないんじゃないか。」
と一生懸命慰めてくれようとしていました。
 そうであることを、私も祈りたいと思います。
 ただですね、はやり予防することに越したことはない。
 この間、特に農業関係者が、それを買わないとか、それは汚染されてるとかいうと、『風評被害が起こる』というんですね。これは風評被害というのではなくて、反対言葉は何だろうっていうふうにある地域で言ったらですね、お母さんが調べてくれて、
「『風評被害』の反対は『予防原則』っていうんですよ」
って。だから私たちは『予防原則』で動いてる。
 予防というのは、やりきった後、それが効果があったかどうかはわからないんですね。皆が病気にならなかったという、そういうことで終わりたい。
 今ならまだですね、この状況を取り戻していけると、そういう希望を持って、是非ですね『予防原則』で動いていかなきゃいけない。
 「じゃあ農家の方はどうしたらいいんだ?」
といったら、しっかり放射能と国と東電に向き合って補償してもらってください。もう自分たちの営々として積み上げてきた先祖からのその前からの、もうずーっと営々と積み上げてきた歴史と文化に対して、放射能をふりまいたことに対して、謝罪と補償をきっぱりしないといけない。
 東電なんて、もうあれですよ?ボーナスもらってるんですよ?
 そういう謝罪のないようなですね、謝罪の気持ちが全然ないでしょ?
 ただ一生懸命我慢してちゃ駄目ですよ。
 悪人を増長させるようなことをやってたら、泥棒の手伝いしてるのと同じじゃないですか。
 言うべきことはですね、もう言うべき時に来ていると。そうでなければ、子供たちを守れないと思います。
 これは、私たち、5年ごとに慰問公演というのをやってます。茨城県の劇団饅頭釈迦っていうのがあるんですけど、世界中の子供たちのところに慰問に行ってる。日本の人たちに言っても、判らないんです。この効率と救援っていうの、効率よくやってたくさんの人を助けるっていうふうに考えてる人たちに言ってもですね、これはわからない。
 悲しんでる子供たちがいて、笑ってもらいたい、元気になってもらいたいという、その気持ちで動いてるだけだから、それが何人の子供を笑わせようとかそういうことじゃないんですね。
 でも、私たち人間同士で元気でいてほしいという思いを伝えに行くだけです。それしかできない。本当に元気になってくれたら嬉しいですけど、突然人がやってきてですね、
「皆さん元気になってください」
って言われて、
「はい、元気になりました。」
なんて言えないでしょ。そういうところに私たちは5年ごとに取り残された地域というところに行って、慰問公演ずっとしてきて、この間もそれ、行ってきたんですけど、理論じゃないですね。そして、この問題を本当に日本規模で償っていってほしいと、私は思います。
 これ途中からですね、小児がん病院っていうのがありまして、それはドイツのものすごい大きい病院が建てて寄付したんですね。そして、ガンになった子供たちの先進医療をしています。
 本来であれば、被曝してる日本が、広島・長崎を経験した日本が建てて寄付してあげるべきだった。広島のそんなヤブ医者を連れて行って保身をさせて、子供たちの甲状腺がんを増やしてしまった。
 これですね。本当に余談なんですけど、人生って不思議だなと思うんですけど、ある健康食品がですね、救援団体がその救援食品を救援したい。
「野呂さん、持っていってくれないか?」
と言われたんだけど、
「いやー、旧ソ連というのは、すごい許認可が厳しいから、偉い人の一声でもなければ入っていけないよ。持っていけないし、子供たちに飲ませたらいけないよ。」
って言ったんです。私たちがEMXGoldっていうEMの抗酸化物質を子供たちに飲ませる許可を取るのに8年くらいかかってるんですね。だから、
「これ、大変だよ。科学アカデミーでデータ出してやらなきゃいけないし、無理だよ。突然偉い人でも来なければね。」
って言ったら、その団体の人が
「重松さんっていうすごい旧ソ連で頑張った人が居るから、その人の推薦だったらどうしよう」
って言ってきたんです。
「えええ!!??重松さんってあの広島の重松さん?」
って言ったら、
「そうだよ」
って。そこで私、
「やだ!重松さんのせいでチェルノブイリに救援入った時に、日本人のせいで甲状腺ガンが増えたって、あんなデタラメ言って、子供たちを放置させた。広島の先生が来たら助けてくれると思ったのに、「大丈夫」と言って帰っていって、データも全然公開しないでね。ガラスバッジ測って帰っていって、それで子供たち甲状腺ガンになって酷い目にあったって言われて、散々責められたからね、重松さんの名前なんか使っていったらね、殺されちゃうよ。知り合いだなんて、とっても言いたくない」
って言ったんですね。
 そしたら、その救援団体の人がそのままを重松さんに言ったらしいんです。
 人生ってそんなことあるんだなと思ったら、重松さんから返事が返ってきて、「え?」と思ったら、そしたら、
「あの時はIAEAの関係で自分の仕事の関係で、定年間近でああいうふうにしか言えなかった。だから今子供たちを助けたい。国連の関係で、どうしてもそういうふうにしか言えなかった。今は国連の仕事をしてないから、子供たちを助ける仕事をしたいって言ってるんだけど?」
って言って。
「えー!!??」
 それは、
「もうね、国連の職員じゃないんだったら、鶴の一声では聞かないから、要らないわ。本当は鶴の一声があるときに、子供たちを助けるべきだった。今、長崎のお医者さんがきて、福島で同じことをやってるのを見た時に、あの山下先生がそういうことを言ってるんだと思ったときに、またチェルノブイリと同じ何かの作戦があるんだな。」
 なぜIAEAがそういう職員だったら本当のことを言えないのか?
 頭でカバーしてロックされてる。「おかしいじゃないか?なぜIAEAは本当のことを言わせてくれないのか?」ということのほうが問題ですね。
 そして、重松さんが亡くなる前にやっていくことは、そのことを暴露していくことですね。この方はどういう方かというと、日本の公害訴訟でことごとくイタイイタイ病とか水俣病とかの全部裁判に出ていって、『全部風土病です』というふうに言って来た人だったんです。政府側の人だったんです。
 風土病作戦で、全部チェルノブイリも乗り切って、まだご存命なんでしょうから、どういう顔をしてるんだろうと思って、ビデオを探したんですけど、全然顔が出てこないんですね。
 1個見つけたら、イタイイタイ病は実は風土病だったということをチェルノブイリのあと、また言い始めて、それは何のためかと言ったら、自民党議員と一緒になって、イタイイタイ病の汚染された土を除染するのも、その原因企業がやらなくてもいいんじゃないかというために、そういうことを言い出した。
 なんかそういうことが起こるんですね。国連が絡んで。
 その時に流石にですね、放射能関係じゃない科学者の人が集まって、わざわざ日本にやってきて、科学者が何十人もやってきて、重松さんを壇上に上げて、
「ここでイタイイタイ病がカドミが原因じゃないと思う科学者、手を挙げてください」
って言ったら、重松さんでさえも、手を挙げなかったんです。誰も手を挙げなかったから。
 それくらい恐ろしいことが起こる。原因企業というのは、何かって言ったら、三菱ですよね。
 三菱重工です。
 そういう人たちのために、動くと。
 私たちのために動いている人ではないということですね。
 山下さんもこの間、IAEAと調印したとかしないとか言ってましたけど、本当にですね、数字のトリックです。これは、その前回、この間行ったときではなくて、その前の時に映像をまとめたものをちょっとご覧になっていただきたいかなと思います。
<01:50:15頃~慰問VTR再生>
<01:55:30頃停止>
(野呂さん)
 この最後にカプセルみたいな部屋は、無菌室なんですけれども、なぜ普段はあそこには人は立ち入り禁止なんですね。お母さんがただ向かい合って、慰めたり話し合ったりするだけなんですけど、なぜお医者さんたちがそこへ連れて行ったか。今年もこの間も行ってきたんですけど、子供たちを元気づけてほしいと。だから、こうやって書いたりしてるんですけど、人間っていうのは、やっぱり身体が心の入れ物なんですね。
 私たちボランティア団体の役割っていうのは、子供たちに笑顔を出させるため。だからベラルーシの汚染地域に残っている方にですね、笑ってもらいたい。その問題を解決するのは、ベラルーシの人たち自体の責任だと。そこは私たちが関われる部分ではないので、せめて元気になってもらいたい。
 この間行ったときに、お医者さんたちに言われたのは、
「あなたたちのやってることは、私たちと同じですね。私たちも毎日子供たちを笑顔にすることを必死に考えています。それがですね、私たちの仕事なんです。」
と、前お医者さんに言われて、今、私たちに本当にいろんな選択肢があって、私たち大人の責任として、子供たちを守っていくということですね。
 で、本当に辛い思いをしている方もたくさんいらっしゃると私は判ります。20年移住された方々の話を聞いているし、残るも地獄、移るも地獄。本当に大変です。
 こういうことですね、結局人間っていうのは、物体じゃないから、右から左に移るのって心が追い付いていかないんですね。だけど、私たちが追い付いていかないっていうのは、やっぱりその生きてきた時間とか、いろんな身につけてきた歴史っていうのがあるんですね。
 ところが、子供たちには、それがない。だから、移住っていった時に、チェルノブイリの地域から強制移住させられて、3世代移住すると。よくビデオで見ると、もう23年。強制移住されてから23年経ってるのに、都会に移住させられたおばあちゃんが、まだ「こんな都会に慣れてない」って言うんですよ。23年住んでて。
「じゃああと何十年住んだら慣れるの?」ああいう農村から移されたら慣れないんですね。もう嫌だと、電車もあったり高層の団地に入るわけですから、おばあちゃんの気持ちとしてよく判る。
 だけど、おなじふうに移住してきたその家にいる子供はかわいそうだと、明日のために自分は一生懸命都会の生活に投げ込まれて学校いって適応しなきゃいけない。一生懸命やってるときに、
「あー、何々村は良かった、帰りたい」
とかずっと日がら1日中おばあちゃんが言ってると、子供の前を出ようという足首をつかんでバッタリ倒すようなことになってしまう。
 ですから、本当に移住の仕方もいろんな仕方があっていいのかな。子供は特にそこまで決断が、条件が揃わない場合は、本当に県に求めて、学校ごと、クラスごとで療養に出すと。転地療養に出すということを求めていかないといけないと思います。
 最終的には政治決断でですね、やはり数値の違い、今日皆さんご覧になっていただいたと思います。私は、関東のお母さんたちはだいたいチェルノブイリと同じなので、どういうことが起こるか、こういうことをしたらいいというふうなアドバイスはできるけど、こと福島に関しては、判らない。
 だから、最低限私たちにできることは、まず食べ物の汚染を防ぐことと、子供たちを安全なところに転地療養に出したり、疎開させたりすると。でも、今やってる、今年やれたことは、お母さんたちの個人的な努力で夏出たんですね。でも、一番重要なことは、やっぱりそのお母さんたちの意識のレベルで出ていけない子供たちが残るということです。私たちが救援してきたのは、そういう子供たちなんです。残された子供たちです。
 ですから、皆が保養に出られるように、皆が休暇に出られるように、本当にシステムで作っていかなきゃいけない。これは大人の責任なんですね。本当に日本中の大人の責任だと思ってます。
 こういうものを作ってきた国会議員も、私財を出しなさい。あなたたち原発マネーで潤ってるでしょ。
 よくですね、事故の後、誰だったかな?与謝野さんが「原発無くなったら貧乏になる」って言ってたんだけど、悪いけど、私たちは原発からお金もらってないから、貧乏になんてならないよ。貧乏になるのは、与謝野さんでしょ。原発マネーが無くなって。原発があって、こっちが逆に貧乏になってる。財産失って。そういうことをしっかりみんなで言っていく。原発なんか推進した覚えないけど、投票した覚えないけど、この政策が行われてるのは、民主主義の現場で行われています。だから、はっきりとした政治のところで決断していかないと、中途半端なことではこの状況を変えられないと思うんですね。
 本当に私はそういうふうに思います。
 ただ、自分の大人が諦めたら、子供は終わってしまう。 
 だから、とにかく自分たちの心を強く持ってというところで、先ほど言った2割ですね。お祈りする部分残しておいてくださいというのは、それがないとメンタルの健康が保てません。このお話をしたら、あるお母さんが、「先祖の墓を掃除してきたから、1か月が大丈夫だ」と言ったお母さんが居たんですね。それぐらい本当にですね、そういうエアポケットを自分の心の中に作る。自分が守ってもらう部分を作ってください。ご先祖でもいいし、お寺でもいいし、教会でもいいし、神社でもいいけれども、自分は何かに守られているという確信ですね。
 今ここに生きていること自体、奇跡でしょ?
 あの原発のあの事故見たら、よくぞ爆発しなかったなと私は思います。
 だから私たちは守られたんだと。首の皮1枚のところで。そこで残された人生ですね、どうやって生きるのか、神様から執行猶予をいただいてるというふうに私は思っています。
 毎日「あー、今日も生きてきた。あー、今日も爆発してなかった」
 チェルノブイリの場合は、爆発して2㎞ほど上空に火柱が上がるような大爆発だったんですね。それを止めるのに、十数万人の人が、軍隊が、若い人が動員されて、走っていって、そのぱっくり開いた原子炉の中に、砂やら窒素やらを人海戦術で投げ込んで止めたんですね。
 そんなこと日本で起こったらできないでしょ?
 動員できないでしょ。十数万人の若い人を。
 たった一回のそれで、原爆ぶらぶら病のように身体に力が入らなくなったり、難病みたいになった人がたっくさん居るんですね。最終的に処理をするまでに、数十万人が消火作業にかかわったと言われてるんですね。あんなに6つも原発がだんごになっていて、1個でも爆発したら、次々に爆発してったでしょ。
 本当に爆発しなかった。
 もう私たちに最後通告じゃなくて、ほんの首の皮1枚でやり直しのチャンスを与えてもらってる。今、チェルノブイリのお母さんたちが出来なかったことを、このことを世界中に伝えて、今まさにまたベトナムに原発を売ろうとしてるとか、そういうことをしてる。それから、今郡山のほうで集団疎開してくださいという裁判をやってる。そういうことも、福島県の方が注目してくださらないと、外の人間がガヤガヤ騒いだって、結局は反原発派が煽ってるだとか、やいのやいの言われて終わりなんですね。
「これは大事なことやってるぞ」という、やっぱり注目をしてあげてほしいなというふうに思います。
 私は、私たちにできることは、自分を守らなきゃいけない。
 そして、まず第一に子供たちを守るということですね。
 チェルノブイリの子供たちの具合悪い話を今日しましたけど、子供を守るためには、お父さんお母さんの命も守んなきゃいけないんです。大人だって具合悪くなりますから、そしたら孤児が増えたり、孤児院が子供で満杯になるような事態も起きてます。
 皆アルコール中毒になったりとかですね、精神的に平常心を保てなくなってくるから。放射能の恐怖に負けて。
 ですから、自分たちの心、大切に保つということもとても大事だと思います。
 私たちは、最後に、今までやってきて、やっぱりどうしても移住できないという方たち、今さきほどちょっと放射能排出の話をしましたけども、EM菌で作った、EMX Goldというものを子供たちに飲ませて、排出させてました。これは、転地療養に日本に来てる子供たちに飲ませると、排出力がすごい高まって、スピードも高まります。汚染地域に居たまま飲んで、ゼロになるかどうかは、そういう実験したことないから、判りません。
 ただ、そういうものもある、それからリンゴのペクチンだとかスピルリナだとかベラルーシの人たちが命がけで検査して、身体の中の放射能を排出するというものも出てきてます。
 一番のキーワードは、薬じゃないということですね。 
 ケミカルなもの、化学薬品じゃないということです。自分の抵抗力を上げるものは、自然由来であるということ。添加物が入っていなくて、抗酸化力があるものですね。そういったものを探してみてほしいなというふうに思います。
 特に、ビタミンやミネラルですね。そういったものが入ってるのは大事で、それをサプリメントで獲るということは、私はお勧めしません。ビタミンCだとかEだとかの錠剤を買ってきて飲むということはですね、一つの臓器に負担がかかっていくことになるんですね。腎臓とか。
 長い目で見たら、やっぱりそういう自然のもので摂ったほうがいいのかなと。酵素剤というのも売られています。なんとか酵素っていうのね。酵素はちょっと高いんですけれども、高線量のところに居た場合は、やっぱりちょっと摂取したほうがいいのかなというふうには思います。
 まずは、でも子供たちを出すことですね。
 それは、最優先しなければいけない。細胞分裂してる最中なので。
 本当にですね、子供たちのメンタルのお話をさっきチラッとしたんですけども、私はこの間ですね、ベラルーシ言ったときに、最初に受け入れた子供がもう30歳くらいになって、結婚して子供も居ます。やっぱりチェルノブイリ1世って呼んでるのは、子供の時に頭の上から放射能を被った子供、10歳以下の時にね。
 彼は、ジーマ君っていうのは、5歳の時に放射能を被ったんですけど、結婚した相手も強制移住させられるような強い放射能の地域から移住した女の子で、二人共ですね、強制移住者で、チェルノブイリ1世なわけです。
 そうすると、子供が生まれてくるとき、ものすごい不安になったと。本当にですね、チェルノブイリの子供たちというのは、保養にも出るし、先ほどカーチャが言っていた、友達が病気になるのも見ているし、そのジーマというのは、お父さんを消火作業で亡くしてるんですね。消火に行って、ぶらぶら病になって、亡くなっちゃったと。親戚も民間除染に動員されて30人くらい亡くなっちゃったと。だから、民間除染なんて、皆しないほうがいいですよ。
 それで彼がですね、
「自分の身体に放射能が溜まってるから、もう俺はいつ死んでもおかしくないから、保養でいいものを食べたくない。もうベラルーシに帰ったら食べられないコカコーラとアイスクリームを毎食出して」
っていうふうに言った子なんですね。
 当時私たちは、身体の中から放射能が出ていくって自分たちでもまだ判ってなかったので、慰めようもなかったと。それくらい子供は思いつめてることもあるということですね。
 そして、ずーっと里親さんが援助してって、そういう結婚して子供が生まれるときにすごい不安だったというお手紙をいただいた。大変ですよ。遺伝障害が起こってくる可能性がありますから、そして、無事に子供が生まれてきたときに、
『本当に自分はこの子を守っていくことが、自分の使命であり、それ自体が自分の幸福である』
って書いて送ってくれたんですね。自分がいつ死んでも構わないと思っていた男の子が、本当に精神的に成長して、いろんな身体の不調とかも乗り越えて、最後そういう言葉が出てきた。
 私が最後、この間ベラルーシ行ったときに帰るときに、日本語で
「がんばれ」
って言われたんです。
 私の住んでいるところが北海道で、汚染されてないことも知ってるし、じゃあなぜ頑張れって言ったかって言ったら、これから何が起こるか、大人たちが何をしなければ、子供たちがどういう目に遭うか、全部知ってるわけですね。
 だから、
「がんばれ。日本のお母さんたち、がんばれ。大人たち、がんばれ」
という意味ですね。
 「大丈夫」だとか、事故が無かったかのように見せる人たちもたくさん現れてくるけれども、それをぬぐって子供たちを助けてきた人たちがいるから、子供たちが生き抜いて来てる。
 チェルノブイリの子供たちがメッセージを書いてくれた一文があるんですけど、その中に一つ、こういうのがありました。
「私たちは生き残った。だから、あなたたちも。」
 福島の子供たちへのメッセージですね。
 それは、子供も生き残らせるというためには、学校の先生や周囲の大人たちが、死に物狂いで子供たちを守ってきたということですね。
 保養に出し、転地療養に出し、そうやって守って守って命のバトンを未来につないできたと。
 私たち一人一人には、できる力があると。そういう心の中にエネルギーがみんなの中に備わってる。獅子奮迅の力というのはそういうものなんですね。
 それを人は、『愛』というふうに呼んできた。
 そのエネルギーが出た時、助けずにはおられないと、一歩も引けないという、そういう状況のときに、心からエネルギーが沸いてきます。
 『助けられる!』
 思うかどうかですね。
 助けると決意するかどうかです。
 それが、そう思ったとき、一歩動いた時には溢れるようなエネルギーが出てくる。
 そういうエネルギーで子供たちは守られてきたんです。
 母親たちのエネルギーが。それが私がチェルノブイリにですね、行ってきて、
「放射能っていうのは何でも奪うけど、人間のその気持ちだけは奪えないな。」
 本当にそれだけは感じました。
 だから、今日ですね、いろんな辛い情報もあったかもしれないけれども、やっぱり私たちは、前に進んでいかなきゃいけない、そういうふうに思います。
 今日は、ちょっと2時間半にわたる長い間お話を聞いてくださってありがとうございます。
<02:11:45頃まで>
【以下割愛させていただきます。他の地域から参加された方々の紹介や質疑が続きます。是非ご覧になってみてください。映像が途切れている部分は、撮影NGの方の質問部分となります。】

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
最後の部分、ジーマ君の「がんばれ」の言葉と、野呂さんの『愛』についての話、起こしながら涙がこぼれました。私には子供は居ませんが、なんとか私にできることを探します。

以上、失礼します。
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