※この記事は、11月7日 【内容起こし】IWJ百人百話 第1話 佐藤早苗さんの続きです。

11月8日 百人百話 第二話 長野寛さん
http://www.ustream.tv/recorded/18387872 (33:45)

【以下、お時間のない方のために内容を起こしています。ご参考まで】

2011年8月18日収録
 福島市で自然農をやりながらやって、自給自足と。それとスキー場のパトロールという仕事をしていました。
 以前はずっと17年間、東京で、移る前は東京でサラリーマンをしてまして、そういう形で田舎で暮らしたい、子育てを田舎でしたいっていう思いで、うちの奥さん、ちょっと化学物質に弱いって言うことで、安全な食べ物を自分で作ってやろうと思って探した時に、ちょうどいい場所が福島にあって来たんです。
Q.もともと農業をれていましたか?
 もともとは農業じゃないです。
 親からサラリーマンの家庭で、ただ家のとなりが農家で、家族で農業をやられているのは見ていて、「もういうのが出来たらいいな」と思いながら。 
 でも、僕が就職の段階では、サラリーマン家庭から農業をやるのは難しくて、諦めて就職をしていたんですけれども、今、耕作放棄地とか跡継ぎの問題とかで、畑を貸してくれるところも出てきて、可能になったので、やらせてもらっています。
 福島へ来たのは3年前ですね。3年前の4月の、3月くらいから来てやりはじめて、ちょうど3年間はやってました。

Q.3.11はどこで迎えてどうされていましたか?
 被災自身はですね、スキー場で働いていまして、スキー場のリフトの一番上のリフト小屋で待機をしてる時です。スキー場は具体的には、箕輪スキー場という福島からすぐみられる山の裏側にあるスキー場ですけど。
 当日は、もう吹雪で、すごく寒い日でしたね。
 地震ですぐにリフトを止めたので、リフトに乗ってた人は、長いことリフトの上で凍えたと思います。
 僕自身は、リフト小屋に居て、最終的にパトロールで安全を確認しないといけないので、全て片付くまで上で待機して、安全を確認して降りたということですね。滑って降りる。
 やっぱり雪崩とか怖かった。
Q.自然農では、どのようにしてどんな作物を作っていたのですか?
 自然農っていうのはいろんなやり方があるんですが、僕がやってたやり方は、農薬とか、薬を使わない。化学系も使わない。肥料も、極力使わない。あるものだけでやっていって、作物ガラとか畑に全部返して、草とかも刈っておいていく。耕さない。
 自然の草むらの状況を作って、生態系を作って害虫が増えても益虫が自然の増える状況を作り出します。そうすることで、ちょっと時間はかかるんですが、やっているとだんだん草の根っことかは地中に残っていきますし、自然に有機物も増えて養分も出来て、だんだんやればやるほど、良くなっていく農法です。
 何にも全く農業を知らない状態から始めましたので、最初は散々だったんですけど、3年間やって、毎年、倍・倍・倍。
 作ってる作物は、お米と自分は食べたいもの全てということで、50種類から60種類くらいの作物の種とまいて、野菜とか、豆とか芋とか。だんだんどういうのを植えていった方が効率がいいかな?って、保存できるかぼちゃとか豆類とかそういうものに力を入れてはいたんですけど。
 お金がなくても、要は夏の間はずっと春から秋にかけては畑で、太陽の下で楽しく暮らしているし、冬の間はずっとスキーで滑りまくって遊んでいるようなものだし、そうすると別に、敢えて遊びに行かなくていいんです。
Q.3.11の時の状況を思い出せる範囲で教えてください。
 インフラに関しては、うちは瓦が割れたりとか、家の中で食器とかステレオとかが倒れたりはあったんですが、それほど住めなくなるっていうことでは無かったですね。
 うちは、なんか運よく電気も止まらず電話がですね、NTT回線、周りはみんなNTT回線でそれは全部ダウンして、1か月も止まったんだと思うんですけど、うちはなぜか別だったんです。IPフォンっていうんですか?ああいうやつを使ってて、うちだけ電話が使えて、という状態ですね。
 僕は震災があった後も、全然のほほんとしてて、何も考えてないっていうか、その次の日も、その次の日も普通に出勤してたんです。
Q.スキー場は営業してたんですか?
 スキー場は営業は最終的には営業中止になったんですけど、震災でいろいろ影響を受けてましたので、点検とかそういうのでスキー場をスノーモービルで走り回ってました。
Q.情報はどのようにして得ていましたか?
 情報はですね、ラジオですね。
 えーっとスキー場ではテレビも見られましたね。携帯電話はつながらなかったです。
Q.インターネットなどのソーシャルメディアは?
 やってるんですけど、その時には特には、普段そんなにはしてなくて、最近は良く使うんですけど、普段はそんなに使ってなかったので、あんまり・・・
Q.地震の直後に必要性を感じていなかった?
 僕自身はそうです。
 うちの奥さんなんかは、アンテナ張ってたと思うんですけど。
Q.原発が大変なことになっていると知って、どう考え、行動しましたか?
 阿武隈山系を越えて、福島まで来ないだろうと思ってました。
 もし、爆発したりとかそういうことがあっても、のんびり逃げればいいと、僕はずっとそう思ってて、13日の日にうちの奥さんから電話がかかってきたんです。僕は携帯電話を持ってなかったんですけど、同僚のパトロール仲間の携帯電話に。携帯電話はつながらないんですけど、山の上の方にスノーモービルで上がった時に、どこかからの電波が入ったんです。それで、
「もう逃げるから」
ときまして<笑い>、
「あ、だめだこりゃ」
と思って午後から帰ったんです。
 そのまま行き先は決めずに家を出ました。
Q.奥さんはどういうことを知って、どういう判断で行動されたのでしょうか?
 僕にはね、理解できないんです。<笑い>
 うーん。
 前から原発に関しては、少し恐れを持っていたんだと思います。やっぱり原発が自分の家の福島市にできたりしたら嫌だから、電気はあまり使わないし、余分なところは消すし、寝る時もやっぱりコンセントを全部抜いて、寝たりとか、そういうことを一生懸命やってる人だったので。で、多分うちの奥さんは、一つの判断材料になったのは、同じ農法をやってる仲間が、その時点でもう皆逃げていたんです。
Q.自然農法のお仲間の皆さんは、どのような反応でしたか?
 その自然農法は、僕は全然知らずにきたので、自分でやろうと思ってもできないんですけど、それを教えてくれる師匠がいまして、川俣町なんです。
 そこでやったんですけど、そこにも電話したみたいなんですが、そこも避難したよっていう話で、あとは、そこに学びに来てる仲間ですね、とかそこに出入りしている関係の人たちも、やっぱり逃げていましたので、それはもう逃げないとというので、僕は本当にその時、ぼーっとしてて、2泊3日くらいで、ちょっと逃げて落ち着いたら戻ろうと思ってました。仕事もその後続けて、またいけばいいかというくらいでいました。
Q.自分の土地に愛着のある農家の方が、土地を手放してでも避難をする気持ちというのは?
 本当に断腸の思いだったと思います。
 僕は本当に涙が出るような思いで、話を聞いていると、鶏とか飼ってるんですけど、それもやっぱり
「置いて餓死させることはできないっていうので、自分で全部絞めた。」
って言われたので、そういうのはやっぱりまともな人は居ないと思うので、すごい辛さがあると思います。
 僕もたった3年しか福島にはいないんですけど、それでもやっぱり毎日手をかけた畑っていうのは、すっごく愛着がわきます。そこに居るのが一番幸せな気分になってきます。
Q.行く先を決めずにどこへ向かったのですか?
 まずやっぱり、うちはたまたま親戚があちこち、奥さんの実家とか僕の親戚の家とかが西日本とか北海道とかにあったので、その中でどこが一番かっていうので、栃木とかにもあったんですけど、栃木じゃちょっと近いかなというのもあるし、それはちょっとうちのいろんな事情もあって、ゆくゆくですね、公衆電話で電話をして、快く「おいで」と言ってくれたんで、そのまま向かいましたね。広島に。
Q.親戚の家の身を寄せるみたいな感じですか?
 
そうです。
Q.広島ではどのように過ごしていましたか?
 まぁでも行ってひと月は、うちの家内は倒れちゃって、熱だして寝てました。ついでも子供も熱だしちゃって、ほとんどそういうこと無いんですけど、やっぱり何か。24時間以上かかって広島に行ったので、もともと化学物質にも弱いし、ちょっといろんな状況になって、その後も・・・。
Q.ショックもあったんでしょうね。地震と原発と。
 うーん。何ですかね・・・。そこらへんはちょっとわかんないですけど。
 ショックは、一回GW頃に福島に食料を取りに行ったんです。食料を。家の中にある食料を。
 その時は、実感として沸いたのは、その時に来ましたね。
 ガイガーカウンタを買って、なんか作物とか元気に育ってる姿も見て、
「ああ、もうここでできないのかな。今まで通りできないだろうな」
と思うとやはり、3年間やって4年目に入ろうとしてたんですけど、要は3年間ずっと畑ってすごく、土ってどんどん良くなっていくんですね。自然農法って。やっぱり今までにないくらい強く育って、「あぁすごいな」って思ったんです。
 あとは、離れないといけないと思ったときに、その部落っていうんですけど、そこの近所の自治会の人たちって、ほんとすごく良くしてくれて、その人たちと別れないといけないのか?って思うと、それはやっぱり辛かったですね。
Q.避難することで、今まで良くしてくれた人たちから非難されることはありましたか?
 ないですね。
 ないですね。それは全くないです。
 まぁ、人それぞれだからしょうがない。
 そうですね。言わないですね。
 ちょっとその、5月のGWに帰ってきたもう一つの理由があって、部落の人が1人亡くなったんですよ。ちょっと過労で、震災の関係もあってということだったんですが。
 その時もやっぱり部落の人たちは、本当になんか辛い思いをかみしめているというような感じでした。でも言わないですね。そういうこと。
Q.東北の人は抑制的で感情を表さないと言われますが、外から来た方の眼で見て、そう感じますか?
 うーん。そういうのはありますね。
 気質の違いはありますね、余計なことはしゃべらないですし、言葉数は少ないですね。
 なんか「田んぼ貸してください」って最初来た時にいったら、「やらんしょ」って言うんです。この「やらんしょ」っていうのは「やってみろ」っていう意味なんですが、僕にはわからないんですよね。で、聞いたら「やらんしょ」っていうんですよ。
「え?なんですか?」
って聞いても、「やらんしょ」って言うんです。
 あの、関西とか西日本の人って、余計にしゃべるんですよ。大体話の、だらだらとしゃべってる中で、どっかわからなくても脈絡でつかめるんですけど、それが無かったですね。
 でも、3年間住んでみて、そればっかりではないな。
 やっぱり僕はよそ者だったから、そうだったんだろうと思います。
 ちょっと福島の人、僕もそうなんですけど、あの、「外面がよすぎる」っていう<笑い>。そういうとこがあると思います。でもなんか素朴な生活に成り立ったものなので、嫌味はないですね。
Q.外面がいい(心の内を人に見せないこと)をどう思いますか?
 でもそういう愚痴とか、ぼちぼち聞けるようになってくると、「あぁ、なんかやっと一員に」っていう思いはありました。
Q.自然農法と通常の農法の畑では、計測される放射線量に違いが?
 大体僕はあちこち、近所の畑なんですけど、右手で測って左手で測ったら違うくらいなんで、正確かどうかはわからないんですけど、大体感覚的には、自然農の畑は、占領2倍なんですね。
 隣のおばちゃんがいつも水を撒いてる家の庭先なんかは、すごく低かったので、水が流れるところは低くなるのかな。自然農の畑って、どんどん土が良くなってきて、水が全く流れないんですね。全部浸みこんでいく。なので、水で流れなくてそこに放射性物質がとどまるんじゃないかなというふうに思いました。
 土砂降りの雨が降った時に、耕してる畑とかっていうのは、もう砂漠みたいな感じで、そういう言い方するとちょっと良くないかもしれないですが、土が流れるんです。種をまいたすぐ後なんかに、夕立とか土砂降りの雨が降ると、種が流れてしまうんです。自然農の畑は、根っことかも張ってるし、水は全部浸みこみますので、種が流れたりとかっていうことはない。
 そういう違いがあります。

Q.健康的だと思っていた自然農法の方が線量が高いことについて、どう思いますか?
 今後も同じやり方でやっていくべきなのかなっていうのを今悩んでいます。
 同じ農法がいいのかどうか、循環してその場所で育ったものはそこに置いて、どんどん循環させていくという農法がいいかどうかですね。
 もう常識がひっくり返ってますよ。今。
 地産地消のものがいいって言ってたものが、わざわざ東京のものを食べるようになったりとか・・・。

Q.原発事故のせいで、いいと思ていた地産地消や自然農法が裏目に出てしまった?
 そうですね。その辺はいろいろ考えるところはあるんですけども、僕の中での結論は出ないですね。もしかしたら同じ農法でこれからもやっていくかもしれないし・・・。
Q.今悩んでる?
 そうですね。気持ち的には、やっぱりこれがいいと信じてきたやり方なので、逆に、もうそれしかない・・・、やっぱり判らないですよね。
Q.3年間、縁のあった福島が放射能で汚染されている状況をどう感じていますか?
 あの、震災以降、実は僕、移住先を探して、北海道から鹿児島まであちこち見て回ったんですけど、???とかとは違ってみる目が、その場所の地形とかであったりとか、日照量とか降雨量とか、農業をやる眼で見て回ったんですけど、改めて福島に帰ってくると、すごく良いとこだっていうのが初めてわかった。<笑>帰ってくるときは、新潟から車で帰ってくるんですけど、会津を通って、猪苗代を通って、あの辺の地形、なだらかな山、日当たりとか水、湿気もあって温度差もある。夏はちゃんと暑くなるし。
 畑を見てても、もうほっておいったらうちの畑は竹藪になろうとしてるんですよ。それで、木も生えて、森にもなろうとしてるんですよね。すごい生命力ですね。
 なかなか他で、ここほどのところはあまりない。不思議ですよね。僕、東北ってもっと環境厳しくて、自然にとっても厳しいとこかと思ったんですけど、すごいですね。
 例えば10年経てば森になるんです。
 だから、そういうところを、そんな素晴らしいところ、生命力のあるところ。
 生命力があるところっていうのは、生産力のあるところっていうことですよね。
 そこが汚染されて、今までどおりできないっていうのは、本当にすごく罪なことをしてるなっていうふうに思います。人間にとってもそうだし、動物や虫たちにとっても、みんなそうだと思うんです。
 こういうことは繰り返してはいけないと思います。
 日本てこんなに土地が狭くて、僕、全国探す時に、原発のないところに住もうと思ったんですけど、原発から300㎞くらいは安全ではない。今回東京まで飛んできましたから、300㎞ってことは、日本全部無くなってしまう。
 それで縮めて縮めて、100㎞まで縮めてやっと少し見えてくる。
 でももうね、安全なところ無いですよね。
 今回と同じことが、でもたまたま福島で起こって、日本の東側だったから、まだ良かったって言ったらあれですけど、ね。それこそ日本海側とか九州とかそういうところで起こってしまったら、狭い日本の土地は大変なことになりますよね。
 やっぱり人間が生きていくのに、土地、ある程度の面積とか水とか必要なんですよね。そういうのが奪われるっていうのは、もう日本だけでは生きていけないということになる、やっちゃいけないこと。
Q.農家の方が畑を耕して作付けをしたことで、より深く汚染されてしまったのでは?
 僕はもうあの時点で、取り返しのつかないことをやっちゃったなと思いました。
 農家の人は、作付けをしないと補償がもらえないんですね。
 そんなシステムおかしいです。
 もし本当にやろうと思うなら、最初の時点で表土を削って、ビニールシートでもかけておけば、なんとかなったかもしれないですけど、それでなんとかなるとは、完全には本当は思ってないですけど、うーん。
 どうしようもないですね。
 耕してしまって・・・。
Q.この後、どうなると思います?
 うーん。
 なんか、今の流れを見てると、もう作物を作ってる以上流通しますし、ある程度体に人間の体に入っていくっていう状態になっていってますよね。そういう状態。それが良いとは思いませんけど、もういっそのこと・・・。
 僕はぶっちゃけて言うと、福島はもう放棄してもいいかなと思って。
 ほかに行ってもあるんじゃないかな、今も後付けになって、限界集落もいっぱいあるし、例えば現実10㎞圏内とか入らなくて、人の手つかずになっていって、そこも今後にある一定の期間は手つかずになると思うんですが、それで自然、本当に人間の手が入ってない場所って、日本中ないじゃないですか。どこ行っても。川もせき止められてるし、コンクリートに固められて。
 自然、自然・・・。
 放射能はあるけど、でも豊かな自然がある福島は残るから。
 僕の気分的にはそうなんですけど、現実はやっぱりどうしても作りたくなりますね。作らせたいのか、作りたいのか、ちょっとわからないですけど。
 まぁ、うちの住んでるとこの近所なんかは、みんな福島の農家は自給農家がすごく多くて、野菜を買うという感覚がない。自分で作って食べるということしか考えられない。作りますよね。
Q.広島での生活はどうですか?
 広島ではですね、本当、西日本とこっちっていうのは、全然違ってて、僕、避難していく3月13日の時点で、もう大阪まで行くと、FMやNHKラジオで音楽が流れてたんですね。全然違うと思って、それくらいですからね、全然向こうは違ってて、うちの奥さんは化学物質の問題もあって、ちょっと古い土壁の家のいいところを借りることができて、そこは海のそばですごくいいところで、もう何もやることも一辺に全て生活を失ってしまっているので、のんびりっていったらあれなんですけど、あの、子供は毎日裸足で砂浜を走っていくし、本当になんか、うちの人に言ったら申し訳ないなと思いますけど、向こうではのんびりさせてもらってました。
Q.この先、瓦礫などで福島以外での二次汚染の拡大が考えられるが、どう思いますか?
 絶対に良くないと思います。
 全てやっぱり福島第一原発に集めるべきだなと思います。
 汚染を広げるべきではない、元あったところに戻すのが筋じゃないかなと思います。 良くないですよね。わざわざ被曝しないでいい人まで被曝するかもしれないし、目に見えないものですから、怖いですよね。
 各家庭にみんなガイガーカウンタがあるっていうことでもないですし、しかも食べ物を食べる肥料とかそういうのに使うっていう感覚が、もう考えられない。有り得ないですね。
 いや、でもその四国に行ったときに聞いたんですけど、農家の人に泊めてもらって、その人もなんか一生懸命、そこも廃棄物の受け入れを決めたりしていたんですけど、その「廃棄物を処理する業者にお金が流れるのがある」っていうんですよね。
 やっぱりその利権がらみでやる。東北が困ってるからやるとかっていうのではないみたいなんですよね。市民はみんな反対してるのに、もうなんか化け物ですよね。そのお金がらみは。なんかすごい怖いなっていうふうに思います。
 「おかしい」って思ってるのに、「おかしい」ことがそのまま進んでしまうというのがあるんです。
Q.最後に言っておきたいこと
 見せてもらった『チェルノブイリハート』っていう映画なんですけど、あれを見て、子供たちが、ガンが1万倍ですか。障害児が25倍、健全な形で生まれてくる子供は20%しかいない。映像で奇形の子供達とか、社会情勢とかで育てられなくて、捨てられていく、そういう子供達とかを見て、やっぱりもうすごく怒りを感じます。
 なんでこれでもなお、原発をやろうとするのか?
 なんか昨日本当にすごく、体が熱くなって、今日もちょっと思い出すと、なんか体の中がいやーな感覚、ムカムカとしたものが、本当になんか気分が悪いです。
 子供を殺したりとか、その奇形児とか、殺す。子供のうちにガンになる。子供って細胞が活発ですから、進行早いですよね。
 僕の両親もガンだったので、そういうところはすごく気になるんですけど、「子供がガンになったら助からない」という僕はイメージ。
 普通子供を殺したら死刑とか、無期懲役とかなると思うんですけど、そういう人たちが牢屋にも入らずやってるっていうのはおかしい。ちゃんと裁かないといけない、ちゃんとまともな人たちで、世の中動かして考えないといけないなというふうに思いました。
 許せない。だから何をしたらいいのかわからない、この怒りの持っていきどころが、わからないです。ぶつけたい、僕はあまり、その口は達者じゃないほうなので、体当たりしたい。
 僕も今は、個人的には、失った生活を立て直していくということに力を注ごうと思っていて、やっぱりこういう放射能で奪われたという憤りはあるんですね。
 でも、自分の生活を立て直すというのが、本当、家族もあるし、最優先事項で、でもそんな中で少しでも、岩上さんに今日話を聞いてもらって良かったなと思います。
 あの、個人的にはですね、今、おいしい空気と水のある自然の中で生活ができるところを探してて、そういうところがあったら、是非紹介してください<笑>。
それが一番言いたいことなんですけど、後は、福島の人たちに向けては、やっぱりあれだけ若い人、子供とかは、避難してほしいと思います。
【以上】

失礼します。
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