11月7日 百人百話 第一話 佐藤早苗さん
http://www.ustream.tv/recorded/18371228 (48:51)


【以下、お時間のない方のために内容を起こしています。ご参考まで】
<09:20頃~>
2011年8月17日
40代 女性
Q.自己紹介をしてください。
 佐藤早苗、40・・・40代(笑顔)夫一人、子供二人。それぞれ大学1年生と高校1年生です。福島市内の飯坂温泉の近くに住んでいます。
 生まれ育ちは、岩手の盛岡市です。結婚して福島に来ました。
 20年くらい。
Q.3.11当日は、何をされていましたか?
 中学3年の息子の卒業式だったので、普通に卒業式が終わって同級生のお母さんととんかつやさんで、ちょっとお別れパーティーみたいなのをしてる時に、大きな揺れがきて、そのまま子供を探し求めたりとか。
 子供は卒業パーティーみたいなので、市内に出てきちゃってまして、バラバラだったので心配でしたね。
 そうですね、揺れは。
 まさか原発がこんなことになるなんて、全く予想していなかったので、まだあの日のほうが、津波とかの被害もわかってないし、あの日はまだ今よりマシな精神状態だったかなと思います。
 まさか津波が襲ってるとも、原発がメルトダウンしてるだの、そんなことは全く予想はしてなかったので、とにかく食べ物と暖を取る、そのことだけですね。
 あと子供が帰ってこないので、けがせず帰ってくることだけ。それさえクリアすれば、大丈夫なんだろうなって。

Q.情報が入り始めたのはいつごろですか?
 停電してましたので、小さな携帯電話の画面でとか、あとは、知人からのメール。環境のことに詳しい方がいたので、その方は度々メールを送ってきてくださって、それでちょっと・・・、尋常じゃないことが起きてるんだなっていうことは判りました。
 それで、すぐさま「海藻類と取るように」とか、意味はわからないけどその通り昆布を買って子供に食べさせたりしてました。
 TVは停電で、2、3日テレビがつかなかったので。バッテリーもないし、車のエンジンをかけて、ガソリンがある限り、カーナビのテレビで画面で、時々見てるくらい。
Q.3.11まで原発に関すつ知識はお持ちでしたか?
 判りません。
 知らないっていうか、六ケ所村が危ないだとか、ちょっと、その地震が起こる前まで、環境に詳しい人から、
「原発がいかに危ないかとか、六ケ所村の土壌も今どうなのか?」
とかそんな話を散々聞いてたので、ちょっと関心は持ってましたけど、すごーく詳しくは知りません。
Q.原発の現状、放射能の危険性に気づき始めたのはいつ頃ですか?
 やはりその知人のメールですね。
 パソコンはもうなんか停電の時に壊れてしまって、メールでしか携帯電話くらいしか情報収集手段が無くなってしまって、でもかなり、信頼できる情報だなと思ってたので、出た情報はなるべく知人に流してたりとかもしました。
 いつだったか覚えてないですが、ある日テレビが見れるようになって、枝野官房長官がやたら出ていて、あの辺りから、もう恐怖の一言ですね。怖くて
「家から一歩も誰も出るな」
と支持をしたんですが、やっぱり子供って高校生になってるんですが、出ちゃうんですね。友達の家に行くといって。
 その時の恐怖心。やっぱり多分私、危機感が強いのか、もうただならぬことが起きているとその時点で思っていたので、とにかく高速道路も通れない、4号線もなんだか使えないみたいな、逃げる手段ってあるのかないのかもわからない。
 とにかく家に居ようと思って、ただ食料も段々尽きてきて、水も止まっているし、出ないわけにはいかない。
 ある程度その辺で被曝はしたと思います。
 あの辺りが一番酷かったので、何日なんでしょう・・・?13とか14とか15とかですか?
 一旦あまりの恐怖心で会津若松のほうに、2泊くらい行ったんです。
 でも3月16日あたりだったと思うんですけど、高校の合格発表があるというので、まtた戻ってきて、その時点で「高校の入学とかどうでもいいや」って。「なんかもうそれどころじゃないんじゃないか?」っていう気もしていたんですけども、「電話で確認できないこともないけれども、なるべくなら戻ってきて直に見に来てくれ」っていう話だったので、福島にまた戻って来ました。
Q.福島市内の高校ですか?
 そうです。
Q.お子さんは男の子・女の子どちらですか?
 男です。せっかくやっと卒業して春休みになったのに、家にこもってるのは嫌なんでしょうね。ちょっと怖いけど、放射能って言われてもピンとこないしって。
Q.ご主人はどのように考えているんですか?
 あー。
 うちの主人は、まず危機感に温度差がありまして、まず、
「ここは危険だから、やはり移住したほうがいいんじゃないか?」
っていう話をよく持ちかけるんですが、今一つピンとこないのかどうか、話がかみ合わない、聞きたくない。
 仕事が忙しいので、それどころじゃないというか、県の職員なんです。ただ、土木のほうなので、行政とかをする部署ではないので、復興で忙しいので、命削って働いてるみたいに見える。睡眠時間とかもかなり無いみたいで。
 だから私の今の気持ちの中では、ちょっと二つの自分が居て、やはり、いろいろ講演会とか聞きに行って、やはり
「ここは、子供やそのさらに子供の世代までここで生きていける場所ではないんじゃないかな?」
っていう、そういう思いもあるので、できれば正直な話は、遠く離れたところで子供は生活を、ここをもう離れてほしいなという気持ちがあるんですね。
 それと同時に、家族と意見が一致しないっていうこともあるんですが、小さな子供であれば、親の一存で連れて行くこともできるんでしょうけど、福島で育って福島の人に育ててもらって、ここを離れていってしまったら、身は安全ですけれども、心の中って安全でいられるのかな?っていうか、開いた穴ですとか、一旦出たら、この福島の雰囲気、戻ってきづらいというのは感じるので、うーん。
 本当に福島を捨てたんだっていう、何とも言えない罪悪感を背負いながら生きていけるのかな?とか。
 なんだか私はまだ、なんかこう、決断できない・・・状態ですね。
 ましてや、ご近所には専業農家というか、桃農家やってる方ですとか、友達には専業農家をやってる方も居て、時折きゅうりとか桃とか届けてくださって・・・、なんでしょうね・・・。
 よくわからないんですけど・・・。
 前を向いてっていうか、ひたすら福島を復興させようと思ってる人がいて、知人・友人たちを置いて、なんかこう・・・、自分だけ・・・、<泣かれています>離れるっていうのが、なんだか決心できない自分もいて。
 なので希望としては、避難指示を出していただきたいなと。そのほうが割り切れるんですね。
 ・・・すいません。
Q.たくさんの人が進学や就職のため、大都会に出て、故郷に戻らず住みついています。避難の場合、故郷を離れるという意味において違いがありますか?
 感じなくていいことだとは思うんですけれども、罪悪感なんて持つことではないと思うんですが、頭では思うんですが、うーん。
 「ちょっとそういうのもどこかに残るのかな。それを背負いながら、生きていくのかな」
って。
 私はまず福島の除染活動を、本当はどしどし進めたいですね。今、農産物で回ってますけど、なんだか今は出荷するときではないような気がして、テレビでこの間シイタケ農家の人が、本当に泣き出してしまっている映像を見たりすると・・・。

Q.どういう映像?
 そうですね。あの、しいたけを植えてる場面、おじさんがいて、インタビューされてるんですけど、内容をよく聞いてなかったんですけど、とにかく泣き出してしまって、「これからどうしていいかわからない」
ああいった映像を見ると、無念さっていうのを本当に、本当によくわかるんですけれども、だけども、やっぱり小さなお子さんですとか、自分の子供ですとかには、うーん。やはり「食べさせるものじゃないんじゃないかな」っていう気持ちがあって、まずは、除染。出荷をするのではなくて、きれいに除染をやれるとこまでやってみて、それを何年か繰り返して、もしかしたら可能になるかも知れない希望を持って、ちょっと除染をとにかく、していくことが先決じゃないのかなって思っているんですけどね。
Q.実家であり東北であり、放射能被害も福島県よりは比較的少ない岩手への避難は、お考えにならないのですか?
 検討してます、未だに検討しています。
 子供さえ納得すれば、一時でも子供だけでもっていう考えをずっと持ってるんですね。
 やっぱり大きい子供ですと、なかなか説得できない。
 あの、怖がらせたくもないので、かといって、事実を言わないのもおかしいので、まぁやわらかく、やんわりとちょっと「本当は離れたほうがいい場所なんだよ」とか、「食べ物は、気をつけなくちゃいけない」っていうこととか、「魚介類はちょっと今は」とか、そんな話はちょこちょこしていて、できれば盛岡の高校に転校っていう手段もあるし、そのほうが安心なんだっていう話はしています。
Q.反応は?
 うーん。
 まぁ、通ってる高校の中で転校っていう生徒はほとんどいないし、ごく普通な感じで部活もやっちゃってるし、なので、「なんで自分一人だけ行かなくてはいけないの?」という感覚のようです。
 <沈黙>
 できれば、子供だけは離してあげたいかなっていう気持ちは、まぁ高校生で小さな子供ではないんですけど、10代って影響ないわけではないので。
Q.佐藤さんご夫婦は、ご自身の身体への影響について、どのように考えておられますか?
 もう40台を超しているので、例えば頂いた野菜は、夫と私で食べちゃってます。
 あとは、さほど神経質に自分たちのことはあまり考えないですね。
Q.その福島県産のものはどこで仕入れたものですか?
 例えばご近所からいただいたもので、「もしかして畑で取れたのね?」っていうようなものは、せっかくなので子供が居ない時に二人で食べる感じで。
Q.ご主人とは意見が対立しているんですか?
 対立はしてないですが、一致しないです。
 微妙なんですね。
 対立してるわけではないんですけど、「大丈夫じゃないの?」と彼は言うんですが、私も全く国とか、県とか、話が信用できなくなってしまって、安全だというレベルの野菜でも、買いたくない。自分は食べても、子供には食べさせたくないなって。
 なるべく北海道産とか山形産とかは売ってるのですが、野菜は食べられてないなって。
 この食べ物の汚染のことは、微妙な空気が流れているので、あまり・・・。そうですね。
 「福島のことを応援しなければ」と思ってる人も居て、もちろん応援したい気持ちはあるんですが、自分たちのみならず、小さいお子さんとか赤ちゃんとか、その子たちの口にまで入ってしまうような状況になってるじゃないですか。やっぱり、どうかな・・・って、そういうことを意外と福島の方とはしにくい・・ですね。
Q.では、そういった生活については、どういった方々と話されていますか?
 子供がらみの知り合い、お母さん同士でっていうのが多いですかね。
 人にもよるんですけれども、小さな、私の子供は大きいので、大きい世代の母親同士は、意外と合わないというか、危機感を持ってる人が少ないのかな?っていう印象があり、逆に赤ちゃんとかいる世代、高校生が居ても赤ちゃんがいる世代っていう方がすごく心配してるので、そういった話したり。そうなんですよね。「給食が心配」っていう話が出たりしてます。
Q.多くの方は「受け入れている」という感じなのですか?
 受け入れてはいないと思うのですが、
「怖い話はなるべくしたくないね」
っていう空気を感じますね。
Q.避難している人もいる、避難しないでとどまっている人もいる。佐藤さんは、「避難したいと思うけれども迷っている」というお立場ですよね?
 どうしていいかわからなくなっちゃって。
Q.どちらの気持ちもわかるという感じですか?
 
そうですね。なので、どちらの方ともいろいろコンタクトを取っていて・・・、ですね・・・。
Q.今回の震災では、責任の所在は様々ですが、何に対して最も怒りを感じていますか?
 最初は全てに怒っていましたが、ものすごく怒っていました。
 もう経済産業省なんて、本当に・・・。本当に「今のここにビルを建ててくればいいじゃない」っていう気持ちさえありますね。
 文科省ですとか、「福島に是非お引越しをして、ご家族と一緒に是非住んでみたらどうですか?」と言いたいくらい。
 ただ、原子力のことは、一方的に責めることでもない気がして。どこかを・・・。
 だって、みんなエアコン使ったりしてたし、電気はみんな使っていたわけで、たぶん本当はみんなの責任でしょうね。
 だから、今回のことも、福島、最初すごく怒ってばかりいたんですけど、今は、
「被害者意識ばかり持っていてはいけないのかなー」
って・・・。
 国とか対応は遅いですけど、私たちからも何かできること無いかなって、今、すごくそれを求めています。なんていうのか。
 政治とか、国とか、そういうところになんでもかんでも頼るのではなくて、やれることはやっぱ皆でやっていかないと、被害者意識だけ持って、
「お願いします。お願いします。」
という気持ちだけでは、ちょっともうどうにもならないことが起きてるのかなって。
Q.福島県では、実際にアクションを起こしている人もいますが、メディアではなかなか取り上げられません。どこで情報を仕入れていますか?
 あー、うーんと・・・。
Q.もともとインターネットは使っていましたか?
 
気に入った人のだけ。そこからいろいろ辿って、この原発関連、いろいろ見てはいます。見るようにはしています。自分のキャパシティーの許す範囲で。
Q.具体的にはどういった行動が出来ればいいとお考えですか?
 
うーん。
 まず小さいお子さんを見てると、ちょっと切なくなってきちゃうので、やっぱり小さい子は、今はここに居ないほうがいいかなと思うので、避難の情報提供はして差し上げて、小さい子が出ていかない限り、中学生・高校生までは及ばないので、やはり10代の青年たちまでは、ちょっと一時でも1年でも2年でも3年でも、ここに居ない間に、残った大人で除染できないものかな。ちょっと仕事を早く終わって、毎日1時間とかできないのかな?そういうことができたらいいな。土日だけとかでもいいので。
 それしか思いつかないですね。
 ここに居ようと思うならば、それしかやることないんじゃないかと思うんですけど。
 早くやりたいんですけど、どこに除染したものを持っていっていいかというのが決まらない限り、行動が起こせない・・・ですね。

Q.3.11以降どういった情報源からどういう情報を得ましたか?
 チェルノブイリで活動してこられた方の野呂美加さんのお話は、実際的、医師とかっていう専門職ではなく、1人の女性として子供たちと関わっていたので、すごく参考になったし、そのまますっと受け取ることができました。
 あとは、同じ日にイベントでお話をきいた田中優さんとかは、そうですね。とても希望が見えてくるような話、再生可能エネルギーはどこまでも広げていける、それで全て電力全部まかなえるというお話を聞いたので、
「もしかして福島ってそれで再生していけるのかもしれないな。もしかしてお客さんが来なくなってしまった温泉は地熱発電所とか、そういうので再生できるんじゃないかな?」
っていう希望とちょっと持つことができたし、後は誰だろ。
 あとは、インターネットとかで時折、武田教授とか。おもしろいので。お母さん目線で防護策とかをお話してくださってたので、それを時々参考にしたり。
 あとは、松本市、長野県の松本市長さんの本をたまたま見かけたので。
Q.菅谷さんですね?
 そうですね。ちょっとそれを読んでる途中で、今ちょっと疲れてやめてるんですけど。
 あとはテレビは、なんか3月11日起きてから、あまり信用ならないモノだったのかなって、全てがすべてではないんですけど、うーん。
 あまり鵜呑みにしないように見るようになりました。
Q.先ほどおっしゃった「福島に流れる微妙な空気」とは、具体的にどういったものですか?
 やっぱり復興に向かわなければいけないということは、経済を活性化させなければいけないので、マイナスのことは発言、発信してはいけないような空気と、あとはやっぱり子供の命優先でしょっていう空気。命優先したいっていう人たちは、やっぱり本当のことを伝えてもらいたいし、伝えたいし、そこでちょっと何か、温度差というか、考えに大きなズレがあるように思うので、そのズレをなんとかしないといけないんじゃないかと、今思いました。
 どうすればいいのか、ちょっと考えてみなければいけないと思います。
Q.避難をする人ととどまる人の間の溝は深いものなのですか?
 やっぱり、あまり、やっぱり避難するっていうところ、根本のところには、やっぱり不安があるからで。やっぱり皆できることなら避難したいでしょうね。
 だから、できない、すぐさまできない、決断できないっていうところから出ている何かだと思います。
 やっぱりこの仕事を辞めてしまったら、仕事が得られないんじゃないか、家のローンがある、祖父母がいて、お嫁さんの立場でやっぱり、どうしても・・・。置いていけないっていう・・・。
 やっぱりうちみたいに、家族の意見が一致しない・・・。ちょっと、そういうことですかね・・・。
 あとは、福島をとにかく出ていきたくないっていうのもあるんじゃないかなと思います。
 ここしか住む場所はないと決めている方もいるんじゃないかなと思います。
Q.皆さん日常生活の中でも不安を感じていらっしゃる人がいると思いますか?
 年配の方も不安を持っている方もいます。
 まぁちょっと日常会話の中でも、必ず線量の話が出ます。
「ここは1.いくらなんだ」とか「家の中はいくつなんだ」って。不安でなければそういう話は出てくるはずはなくて、やはり皆さん不安がありますね。

 私ちょっと疑問というか、想像するんです。
 これは福島で起こったんですが、これが東京で起きてたら、また人の反応って変わってたんですかね?
Q.どこの人の反応ですか?
 例えば東京都が同じような環境になったら、ちょっと何か違うんでしょうか。福島って福島ならではの何か、人の意識っていうか、東京ってあまりこう隣の人は何してる人?っていう生活をしてる方も多いと思うので、避難ってあまり、「そんなに抵抗なくできるのかな?」って思ったり、「なんでこんなに避難することが難しくなっているのかなー」っと・・・。「東京だったら、もっとスムーズにそういうのが進むのかな?」とか。
「土地に対する、場所に対する執着っていうか、思いの違いでこんな避難が進んでいないのかな?」とか。
 今は「子供を避難させたい」それだけですね・・・。
Q.放射能の危険性を神経に考えている人に対し、「神経質」と言う人もいますが・・・?言われたことありますか?
 あります。毎日言われてる。
 うちは夫に毎日言われていますし、ありますね。
 スーパーで食べ物を買う時に、ちょっとそういう話がエスカレートすると、「考えすぎだ」と諭されたり・・・。
 ここで生きていこうって思うことと、こういうチェルノブイリのこういった事実と、受け入れながら生きていくというのは、非常に難しいことだと思うんですね。
「ここで生きていくしかないのかな」
と思う時に、こういう話は本当に受け付けないってうか、自分の中でもそうですし、でもやっぱり現実を見て、知らなくちゃいけないことは知っておく必要があるのかなと思うので、勇気を振り絞って見てみたりするんですけど、なかなか一人の人間の中に、復興に向かう気持ちと、こういった恐ろしいことと、なかなか一緒に共存するのが難しいのかなって思います。
 ただ、何かしらの希望を持っていないと、大人が希望を持ってないと、子供にはそういったものを伝えていけないので、こんな状況でも、まず除染を始めようよっていう、そこから何か変わってくるかもしれないし、そういう希望を少し持っているので、早く綺麗にしたいです。
 (除染)しきれるものではないかもしれないけど、・・・それだけですね。
<笑顔>
【以上】