※この記事は、10月14日 【内容起こしUP】菅谷松本市長『チェルノブイリから学ぶこと』講演会@福島【その①】の続きです。

<25:15頃~>
(菅谷氏)
次お願いします。

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私は、91年に初めて行きまして、そしてチェルノブイリの事故の後で作られた国立甲状腺ガンセンターに行きまして、そこの村長さんに、
「本当に子供の甲状腺ガンが増えてるんですか?」
僕自身は甲状腺ガンの手術してますけど、子供の症例なんてほとんどないわけですから、ちょっとほんとかな?と思って聞いたら、しばらくしたら、こういう子供たちが連れてこられた部屋に行きまして、こうやって隠してますけど、これからやる(手術する)子もいるんですが、こういうのを見せられると、確かにやっぱり子供の甲状腺ガンが増えたなというのが判りまして、その後私は子供の??を説明させてもらったわけです。

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それから、また甲状腺ガン以外にもいろんな子供たちに影響があるということで、事故後にできたいわゆる放射性影響研究センターというのが作られて、この子供たちはパパやママに連れられて、年に2回ほどチェックしています。
この間、新聞見てましたら、福島でもいよいよ甲状腺等含めて検査が始まった時に、こういう光景の写真を見て、
「あぁ・・・、日本もこうなったのか・・・」
と、なっちゃんたんですよね。
ですから、これはこれでもって、是非ともお母さん方、お父さん方はこれからきちんと子供さん、自分もそうですけど、特におチビちゃんたちの健康を含めて、長期にわたってきちんとした検査だけは受けるようにお願いしておきます。
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で、私は、あまりにも増えてきたという状況で、向こうの医療環境も大変劣悪ですし、それから、そこで行われている手術、
「いや、これはかわいそうだな」
という、すごい傷でもって手術を受けて、ある意味では大人たちが電気をいっぱい使って、ある意味では豊かさを享受してる反面、一つ事故が起こっちゃうと、そういうことが何の罪もない子供たち、或いはこういう皆さんのところにしわ寄せがいってしまうというところで、これは何とかしなきゃいけないということで、これ96年なんですけれども、95年の末に大学をやめまして、そして1月20日には、すぐ単身現地に飛んだわけでございます。
はい。

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私は現地で自分が何かするのではなくて、こういう若いドクターたちが、早くいい手術ができるようにということで、お手伝いに言ったんですけど、当時はまだなかなか旧ソ連邦から独立しても、西側との交流がなかなか無いものですから、そこで育つドクターは経験も少ないし、知識も少ない。??的な??もなかなか難しいということで、??さんも、「ちょっと手術してくれないか」
ということで、96年ですけれども1か月のうちに、じゃあということで手術に立ち会ったりしているわけです。
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そこでですね、いっぱい時間が限られてますが、この中で一つ、ある国が大変素晴らしい取り組みをしたということをご紹介します。
ポーランドです。
先ほど言いましたように、このベラルーシの西隣です。
ここがすごい緊急対策をしたわけですが、私は
「こういうことをどうして今回日本の政府がしなかったのか?」
ということが、大変残念でなりませんが、チェルノブイリの原発事故が86年4月26日の午前1時に発生した。
ポーランドでは翌日、27日夕方に初めて大気に放射能の汚染を確認しています。
その時の大気汚染の結局、放射性物質の80%は、放射性ヨウ素だとわかります。こういうことは、今回日本がどうしてそれを言わないのかというのは、はっきり放射性物質も分析できますから、そのほとんどが80%が放射性物質、当然あとがセシウムですけど。だから、こういうことがあるから、放射性ヨウ素であれば、甲状腺をブロックしなきゃいけないということになるんですけど、翌日28日の午前10時までには、ポーランド全土でいろいろな汚染を確認して、そしてここでもって24時間が非常事態体制、要するに国難でございますね。今回の福島の原発と同じなんです。
原子力災害の非常事態を発動しまして、そして、28日夕方に初めてタス通信が、チェルノブイリで事故と『小さく』報じて、しかもこれは外国向けなんです。
国内ではそういう情報は出してないんです。ですからチェルノブイリの原発の近くとかあの辺の方々は、全く事故云々ということは、知らなかったんですね。
この政府は、これで緊急対策委員会を設置しまして、そして、モスクワからの信頼のおける情報がないために、最悪の事態を想定して、初期の予防対策を検討したんです。
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4月29日、事故から4日目。
ポーランドで実際に、状況がわかってから2日目ですけど、お昼には厚生省が無機のヨード剤・ヨードカリウムを準備しまして、そして、その日の午後3時には薬剤の配布を政府が指示して、全ての病院、保険所、学校、幼稚園等で市民が入手できるようにしました。
この時に投与量も、新生児はこう、5歳までの小児はこれだけ、大人はこれだけとちゃんと量を決めて、副作用が出ないようにして、それからまた、妊娠・授乳中の女性には、強制的ではないけれども、内服するように指示して、5月2日までには、1000万人以上の子供、これは、ポーランドの子供の人口の90%以上と、それから700万人の成人が内服した。それもありがたいことに、大気汚染の状況が改善したから、再投与しないですんで、1回投与だけで済んだ。
あと、問題は、ヨード剤、とにかく重篤な副作用にかかったということで、今回日本の場合には、「副作用の心配がある」ということで、それも躊躇しちゃったのかな?と思ってますけど、これは僕ら専門家はこういう薬使ってますから、きちんとした量を決めれば、副作用はない。ここで重篤なってことなですけど、苦いものですあから、子供たちは吐き出しちゃったりするんです。そういうものが副作用に入っています。これは副作用ないですけど。
特にこれをオーバーにやれば、先ほど話ましたように、甲状腺ホルモンの素材ですから、一過性に甲状腺ホルモンが多いための症状が出ることはありますが、しかしそれは、一過性でございますから、重篤な副作用にはならない。もちろん死亡したこともありません。
どうでしょうか。このポーランドは子供の甲状腺は増えてないですからね。
だから、こういうようなことをやっぱりやっておくということは、いいということは、本当に放射性ヨウ素の取り込みを無機のヨードがブロックして、甲状腺ガンが起きなかったことを科学的に証明することは難しいんです。
だけれども、起きなかったということは事実。

この辺が、今回の場合は、こういう無機のヨード剤、安定ヨード剤はやっぱり飲ませておいた方が、ここからはちょっと申し訳ないですが、お父さん、お母さん方が安心できるんですね。いったん飲ませてくれたということで。その後で、もし、運悪く例えばガンが出ても、
「やっぱりそこまでやったけどダメだった」
とある意味でのあきらめがつく。
万が一ですよ、出た場合には、
「あの時に飲ませなかった」
となっちゃうんです。
こういうところが、やっぱり政府がきちんと対応すべきじゃないかなと思っております。
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もう一つ、やっぱりそれ以外のことで、非常に素晴らしい対応をしたんですね。
5月の15日まで乳牛に新鮮な牧草を全国的に禁止してるんです。これ、国の非常事態ですから、国から命令するんです。
「ダメだよ」
って言って。
今回の場合、日本の場合は、非常に対応があいまいというか、遠慮しちゃってますから、これはこういう時は、全国に向かって、総理大臣が一番権限持ってますから、
「ダメ」
って言えばいいんです。
一番の問題は稲わらですよね。ご承知のとおり、セシウムで汚染された牛の肉ですよね。あの問題だって、この時にやっぱり農水省がきちんと稲わら??で良かったんですけど、国から出た指示書には、「牧草って書いてあったけど、稲わらは書いてなかった」
ですから、お気の毒に、畜産やられてる方は、稲わらって書いてなかったから、稲わらあげちゃったというのが、それは、どうして汚染されるか?ということを、きちんと政府が、或いは担当の部局が、市民、或いは生産業者にきちんと説明しなかったことに、大きなミスがあっただろうと思います。
それから、また、
「子供たちに対して、妊娠、授乳中の女性に対して、汚染されたミルクを飲んではいけませんよ」
と禁止してますし、4歳以下の子供には、原則として粉ミルクを飲ませるとして、ポーランドは経済的に厳しい国でしたが、この場合にはオランダから緊急輸入してますね。
また、子供とか妊娠・授乳中の女性は、できるだけ新鮮な葉物を食べるのを控えると指示
要するに、こういうことをきちっとやってるんですね。

ご承知のとおり、日本は世界で3番目の原子力大国、原発大国なんです。
そうなると、やっぱり非常事態の時にはきちんとしたものを持ってるはずだけれども、今回皆さん見ていらっしゃってわかるとおり、全て??でしたよね。
この辺がやっぱり安全神話に、ある意味では、みんな、ここに居る方もそうなんですよね。私は、皆さん方に責任ありますということを言いたいんです。
日本に帰ってきて10年、今から10年前ですけど、最近こういう話しても、ほとんどの方は、チェルノブイリのことはかわいそうだで終わってて、でもいつか日本で起こるんですよ?というときには、やっぱり日本の皆さんの反応は、うんと悪かった。ほとんどの方は、
「これは・・・」
っていう感じだったんですけど、実際に起こったら、急に騒ぎ始めるから、
「じゃあなんであの時に、僕は10年前に日本に帰ってきたときに、もう少し真剣に考えてくれたらな」
ということを、申し訳ないけれども、僕は言いたいんです。
それくらいに、やっぱり結果論になりますけど、やはり我々自身、もう少しやっぱり放射線、或いは原子力災害、放射線災害は、もっと勉強して真剣に取り組まなかったということが、今こうなってしまってから騒いでも、ある意味では、ちょっと取り返しがつかないということになってるということも、皆様方は自覚しなければいけないと私は思っております。
次、お願いします。

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大変厳しいこと、申し訳ないですが、事実ですから。
10年後に私は行きまして、やはり10年後でも人が住めない状況でありまして、25年経ちましても、相変わらずこういう状況。
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ホットスポットの住めないところも、これ小学校・中学校ですけど、こういう状況になってます。ですから、高度の汚染地の場合には、人が住めなくなりますと、誰も居なくなれば、学校もこういう状況になってしまう。
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もう一方で、この子は、高校3年生なんですけども、ここに手術終わりまして、今日はここのミンスクの首都のガンセンターで手術を終えて、お礼に来たものですから、
「どこに帰るの?」
と聞きますと、彼女は、
「ここの軽度の汚染地、今日ここに帰るんです」
皆ここの汚染地から紹介されて、全てここで手術なんですけど、今日も汚染地に帰ると、彼女もですから、汚染地に戻ってそこで生活して、そこでまた結婚して、赤ちゃんを産んでいくんだろうなと思ったわけです。
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案の定、彼女はそこに住んで、結婚して、かわいい赤ちゃんを産んでくれて、新しい命が誕生してはおりますけど、僕は大変嬉しい、これは2000年なんですけれども、2001年に帰ってきましたが、こういうところに巡り合って良かったなと思いますが、ナターシャも嬉しいですけども、彼女もチビちゃんも結局は汚染地で生活をしていかなきゃならないのかなと思うと、これはやっぱり言葉として、何も言えませんけれども、良かった反面、うーん、という言葉が出ない状況でおります。
次お願いします。

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後の2枚は、ちょっと厳しい話をします。
今日は、福島市内の方、二本松、郡山の方いらっしゃるかもしれませんけども、まず最初に、これはベラルーシの全体の汚染地図です。
ここに先ほど繰り返しますけど、チェルノブイリ原発があります。
30㎞ゾーン、100㎞、200㎞、300㎞ありますね。400kmなってますけど。
私は最初、首都のミンスク、基本的には汚染されてないといわれている、ここに3年半居ましたけど、その後ずっと降りてきまして、ここのゴメリという、一番軽い汚染のゴメリ、ここで1年住んでまして、最後の半年はさらに原発に近づきまして、モーズリという原発から90㎞のところに住んでました。
29これは色で見ていただきますと、ここ30㎞、ここはやっぱり強制退去ですね。それから、色が変わってきます。ここに見ていただきますと、このマップはセシウム137の汚染地図でありまして、チェルノブイリにおける、要するに一つの基準がありまして、ちょっと見づらいかもしれませんけど、ここは居住禁止区域、強制退去、ここが30㎞とですね、こうなります。
これは、1480kBq/m2以上となってるところなんですね。

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それから、ここは、限界管理区域っていう、555~1480の間、それから、汚染地域が37キロから555で、今は555からそれ以上の場合は、住まないほうがいいというふうに言われている。特にその中でも強制退去というのが、この一番のところです。
そうしますと、37というのを覚えていてください。37。
私はちょうど37から185の、ここに住んでますね。ゴメリは1年間住んでました、軽度汚染地です。
だから、大体37から200くらい、だから40から200くらい。この数を覚えてください。
それから、今住めない、これが1500と覚えてください。
いいですね?
今も住めない。

こういうところで、今度、次お願いします。

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8月末に文科省が、いわゆる航空機によるモニタリング測定結果ということで、出してくれています。
結局ですね。これを見ていただきますと、まず、ここに福島原発があるんですけど、赤、ありますね?これは、3000キロ以上なんですね。
チェルノブイリはさっきの、1500ですよね?
倍なんですよね。
33政府は、ご承知のとおり、チェルノブイリの原発と福島の場合、放出した量が10分の1とか、10分の2とかっていうことで、違いますよと言ってますが、この政府が出したマップをご覧いただければ、先ほどのチェルノブイリの30㎞ゾーンが大体1500ですから、ここ、3000ですよ?これだけ高度の汚染されてるんです。
次にこの黄色ですね。
これが、1000から3000ですから、これでもやっぱり黄色のところは、先ほど言った30㎞ゾーンよりも多くなってる。
グリーンですね。これは飯舘村なんですけど、これが、600から1000なんです。
そうしますと、先ほどは555くらいですから、もう住まない555を超えてますよね?
これはこれでいいです。
私は、実は、こちらに目を付けてたんです。
これ見てもらいますと、福島市がここにあるとします。
そうしますと、福島市のこれ、原発よりですけど東側、この紺色のところ、これが、60キロから100キロですね。セシウムですけど。合わせてあります。60キロで。
そうすると紺のところは、私が住んだ37キロの軽度汚染地帯、この紺のところを見ますと60キロから100ですよ。高いですよ。
更に、この今度もっとブルーですが、少し薄くなって、ブルーは更に100キロから300ですよ?
ですから、チェルノブイリといったら、汚染地域に入ってる、その区域別にしてあるときに、まさに福島は、こちら側はもう汚染地域に入ってますね。
これは、もう二本松も同じです。郡山も。

こういう状況を、政府が出したわけです。

でも、誰も反応ないんですね。何も知らないから。日本の皆さんは。

だから、今日は敢えて私は、これから僕の責任として、ああやって二つの表を出して対比してもらうと初めて判る。
菅谷氏
昨日私が文科省に行ったときに、大臣以外のお役人がダーッと居たんです。この表を大きくして、出した時に、彼らはやっぱり内心びっくりしたと思う。
だから、こういうデータを出した時に、
「じゃあこのデータをどういうふうに読むんですか?」
ということを一切触れてませんから、ここに住んでる方々も、
「あ、そうですか」
っていうことで、何度も言いますけれども、放射性物質というものは、痛くもかゆくも何もないから、判らないわけです。
だから、こういう軽度の、或いは低線量の被爆地に住んでいることがどうなるか?ということを、やっぱり皆さん方、心配になるかと思いますから、その辺を今度はスライドから、一枚紙にそって、お話していきたいと思います。
それでは、これ、ありがとうございました。
あと、電気ください。

【その③】に続きます。
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