※この記事は、2011年10月4日 【内容起こしUP】飯舘村の「今」と「これから」~村民にとっての復興とは~@福島県文化センター【その①】に関連しています。

(会場女性)飯舘じゃがいも研究会の会長
自主避難で白馬村に居た時に、今中先生が、
「飯舘村はチェルノブイリの強制地域の6倍の線量がある」
ということで、どうなってしまうんだろう?諦めてしまうのか、帰って作付けできるのか?先生方と相談しながら、諦めたくないということで、種の生産を始めた。「飯舘」という名前で、ジャガイモとかぼちゃが二つ品種登録できた。これから広めていこうという矢先でした。悔やんでもしょうがないということで、できるだけ汚染の少ないところ、幸いに私が避難したところは空間線量が0.2だったが、粘土質でとてもやさいやかぼちゃと作付けできるような土地ではなかったので、
「なぜこんな思いをしなきゃできないのか?自分の土地は有機肥料で作ってきたのに、なんでこんな思いをしながら?」
と泣きながらやった。

先日収穫できて、飯舘村の方々に全く連絡できないということで、あまりに自主的にしていたので、村の情報が入らないということで、みなさんにお知らせしたいと思っても、Mixiの中や、手作りのチラシを作ってお知らせするしかなかった。
除染の話がでているが、せっかく村の名前のじゃがいもとかぼちゃができたのに、本当に除染して作付けできるようになるのか?それを作って販売となると、また厳しいことがあって、実は、スーパーに直売していたので、
「今年もお願いできるか?」
と聞いたところ
「ちょっと考えさせてくれ」
ということで、記録はちゃんんと取ってあるし、セシウムも出なかったが、言われたのは、
「飯舘という名前がついているだけで、ちょっと考えちゃう」
これが現実なのかな?と。飯舘という名前で出したいことを説明して、何とかわかったということで扱ってくれるようになったが、せっかくこれから飯舘というブランドができて、これからというときに。ジャガイモは、セシウムを吸いやすいと言われているが、除染して何年後くらいから作付けできるようになるのか?そういう数値がわかれば、励みになる。できないのであれば、別の土地で飯館として、汚染された地域として名前があるので、自分たちの中で安全基準を作って、国の500ベクレルよりも、もっともっと厳しくするということでやっていく心構えでいる。
除染しても先が見えない。どういうお考えか?何年でこれくらい下がるとか?
(今中氏)
私自身、除染は専門家ではないが、除染でゼロになることはまずない。ETVなんかで木村真三さんは除染頑張っていたが、僕の考えだと半分に減ればいいほうだというのが実感だと思う。まして畑や森をきれいにするなんていうには難しいと思う。
チェルノブイリも最初は除染したが、あきらめた。
減らすことはいろんな方法でできる。作物に移行する汚染を減らす方法はあるが、基本的な考え方として、安全基準は厳密にはない。
我慢基準はある。全部東電から飛び出てきたものだから、しゃくではあるが、それでも僕は、きっと我慢量の線をどこかで引かなければいけないと思う。
しかし人には言えない。個人的に私だったらここまで我慢するとは言えるが。
私は還暦も過ぎたし、家族の状況、社会生活、仕事の状況によっても違う。そういうことを考えた時に、一律にこうしましょうはできないと思う。
その辺を考えながら、どうするか?と考えながら、非常につらいなぁと。
我々、自然放射線を受けている。大体年間1mSv。場所によってこれは違う。東京とここでも違うし、関西の方が高かったりする。
そういうことを考えれば、東電から出たのにしゃくだけれども、神経質にならなくていいよというふうに話している。
それは1年間に1mSv。これは、一つの目安。そして考えていくのは最初のステップ。
東京の人からも相談うけるが、1mSvの10分の1、100μSvくらいなら、そう1年間にそれくらいなら神経質にならなくてもいいでしょうとは言う。ただ、それを皆さんに言うことはしない。
チェルノブイリと福島までは、大量に放射能が放出されたのは確かですが、放射能の種類が違います。
福島は被曝を考えた時は、ヨウ素とセシウム。長期的にはセシウムだけ。
チェルノブイリは、燃料がそのまま出たので、プルトニウムやストロンチウムなどが出ているし質が悪い。福島のほうが相手はしやすいとは思う。
一概には言えないが、どこまでみなさんが我慢するのか。村に帰るというのがどういうことなのか。年寄りだけが帰るのが、本当に帰ることになるのか?
まとまらなくてすみません…。

<01:07:00頃~>
(糸長氏)
せっかくじゃがいもでがんばってきて・・・。
飯館でジャガイモをつくるのは、当面厳しい。外でちゃんとしたものを作って、もう一つの世界でつないでいくことが重要ではないかと思う。そうでなくて飯舘でどうしても除染で頑張ってということの負担を考えると、もっとちゃんとしたものを、相対的に安心なものを作って、飯舘はここで頑張っているということを示すほうが一番重要じゃないかと思う。
(会場男性)じゃがいもを作りました。土壌の汚染は25,300bq/kg。ジャガイモに移行したのは、34bq/kg。一般的に言われている0.1移行係数は作物によって全然違うということ。国の作付基準5000bq/kgはでたらめ。私の実験の方法が悪いのかもしれないが、少なくともできた。ホウレンソウも同じくらい。

(今中氏)移行係数は1万分の1ですよね。それなら十分ありうる話で、ものによって幅がある。

(長谷川氏)
ご意見ありがとうございます。
村長の暴走を止めなければいけないと私も思う
今までの対応は、県任せ、国任せでやってきた。我々区長会でも、
「あんな御用学者、連れてくるな。今中先生みたいなそういう人の話を聞いてみれ」
という提案もしたが聞き入れてもらえなかった。子供たちの避難についても言ったが、彼らは、
「そんなこと言ったって、大学の先生がやってきて飯館は大丈夫だって言った。保安院まで来て一緒のこと言ってる」
今までは全てが行政主導だった。村長も全部下から持ち上げてやってきた。だけど、今度は、村長の判断がまずかったと思っている。今行政に呼びかけている。
①村の初動はどうだったか。
②現在の村のやり方・取り組み方について村民はどう思っているのか。村民が何をするべきか。
③これから村はどうあるべきなのか。村民はどうあるべきで、どう考えているか。
村民みんなにアンケートをとって、率直に村民の声を聴いて、真摯に受け止めて行動・考えてほしいと思う。そういうものではないかと思う。

(佐藤氏)僕の個人的な意見で、戻れるか戻れないかですけど、山を全部削って除染したら、自然体系が壊れてしまって別の飯舘村じゃない。そんなところに戻りたくない。自然に囲まれながら、山菜・キノコを採って育った。そんなことでは帰る意味がない。

(会場男性)村長の暴走は誰も「止めていない」。村会議員ですら止めていない。村民も止めていない。一言でいうと、情けなくてしょうがない。

(会場女性)村民ではありません。市内に住んでいます。そういう意味では資格がないかもしれないが、飯舘に縁があったこともある。
飯舘は根こそき生きがいを全て奪われた、そういう被害を受けた最高クラスの人たち。そういう人たちこそ、なぜこんなことになったのか、それに対する責任と追及。原発についてどうお考えか、そこについてもうちょっと声を挙げていただけないか?私たちは私なりにやっている。でも、当事者の人が
「本当に原発はいらない」と。
「原発さえなければ・・・」
と書いて自殺なさった南相馬市の酪農家の方、いらっしゃった。あの気持ちわかる。
私もいい村長だと思っていたので、いろいろ判ってよかった。
原発に大して「こんなの要らない」と思っているのかどうなのか、でないとまた繰り返されると思う。原子力村を黙認してきたという意味では、私たちも責任があるが、そういう意味で、その辺、除染とかももちろん大切。
でも、弁護士の方がおっしゃったように、もとを断たなければまた繰り返されるし、モルモットにされる人が出てくると思う。酷なんでしょうか?

(愛澤氏)
私たちのグループの成立の話をしなければいけない。
私たちは、負げねど飯館は若者で立ち上げた。3.11以降、これは避難しなければいけないのではないか?というのを確認して、住民団体を作ろうということになった。
村の行政は小さい。東電とか国とか県とかの意向もあるので、村単位で過激な行動はできない。でもいいようにされてしまう。
村の行政が困ったというくらいやらなければ、補償がとれないということで、組織が成立した。
ところが、これはいろんなところでスピーチしているが、1,2時間車で走れば海。津波の被害を受けた人もたくさんいる。
その中で放射能でも汚染されてしまったが、津波で死んだ人もいない飯舘村で補償の話をするのはどうなの?という話があった。補償の話はしたくない。若手はそうだった。
もう一つ、反原発・脱原発の話はやめようという話だった。
「私たちは無関心だった」
という反省が、飯舘村の若手の中にもある
。新しい家を建てるときには、エコキューとを入れようとか言っていた。そういう中で、突然、反原発・脱原発を口にするのはどうだろう?という話があった。
当然被害者だから、話をしていけばそちらの方にいくだろうということはあったが、それ以前に当事者だから、脱原発をやるのではなく、当事者だから当事者としてやらなければならないことを徹底的にやろうという形で始めていた。その時に、4月26日以降、村民集会を開いた後、大きなテーマとして、村民の健康問題をやろうということになった。
3月15日から20日間の間に、数回放射性物質に包まれた。それ以前は上から降ってきたと言われていたが、騒いでデータを出したりした結果、放射性プルームにある程度包まれていたというふうに判ってきた。政府も認め始めた。御用学者、先日福島県立医科大学で世界の叡智を集めてというシンポジウムがあったが、その時にも海外の研究者は、
「プルームに包まれたとしても被曝量はそれほどでもないだろう」
という発言をしていた。私から言わせると
「ふざけるな」
プルームの組成もはっきりしないまま、プルトニウムが落ちているという話。その中の組成は今でもはっきりしていない。一部、煽り記事だと叩かれているが、ネプツニウムというプルトニウムのもとが来たのではないかとも言われている。科学を信じる・信じないということは、不適切だと思うが、私は結構信じている。実は、ここにいる専門家の方も異論はあるそうですが。
今、プルトニウムの前段階であるネプツニウムというものはベータ線をだす。2.何日かの間に3万6000ベクレル程度のガンマ線を出して、1ベクレルのプルトニウムになる。地表に1ベクレルくらいあってもおかしくないと思っていたが、実際国のほうで出てきたのは、2~3だったので驚いた。
そういうふうなとんでもない状況だった。
出てきた結論としては、私たちに脱原発、反原発の運動を求めるのは酷です。我々のしなくちゃいけない事は、もっと前段階です。脱原発、反原発は周りの皆さんでやってください。足元がしっかりなくて、理念なんてどうしようもないと思っている。
この会場にももうちょっと脱原発・反原発をすべきだと思っている人もいるかもしれないが、私たちの課題はそれ以前。それは皆さん、助けてください。

(河合弁護士)愛澤さんのおっしゃっていることは最もです。しょうがない。被害者の皆さんたちが徹底的に東電に償え、謝れ、責任を取れ、できないなら国が責任を取れと求めていくことが、反原発、脱原発に大きな力となります。反原発、脱原発は我々がやります。今のご質問とお答えの最後の結論はそこにいくんじゃないかと思う。
(菅井氏)今回の東電の保障請求書の最後に「以後一切請求をしない」という一部んがあるのは許せない。水俣病の1次訴訟の判決時に、それは公序良俗に反するという判例がある。こういうことをまだやっている。許しがたい。東電は今までの公害裁判の歴史をわかっていない。
(長谷川氏)私も声をあげていかなければならない。私の後ろ盾は何もない。でもそれなりにやっている。自殺した酪農家も友人。そのことも含めて踏ん切りがついた。全国を走っている。でも私は脱原発、反原発とは言わない。私は当事者。私が味わった苦しみ・悲しみ・憤りを話すだけでいい。それでみんなわかってくれる。
別に脱原発言う必要はない。私は私なりにそういう活動をしている。

(村の企画課の男性)
情報提供は自分の課でやっているので説明したい。
実は、行政も村民のみなさまの声が届いていないと思っている。行政のコミュニティーが崩壊してしまったので、村としては手足をもがれた様な状態。自治組織を立ち上げようとして、12の組織を立ち上げた。懇談会を開こうとしている。
復興プランの町内検討会のたたき台ができてきた。住民代表や・・・
 「ここは飯舘の住民の場所だ!」
 「あなたみたいな行政の回し者が来る場所じゃないんだ!」
 「そんなことは聞きたく無いんだ!」
 「村長は議会で居眠りしてんだぞ!」
  一瞬荒れた会場。

<01:35:00頃~>
(会場女性)村民ではありません。申し訳ありません。福島市に住んでいる。飯舘の皆さんの話を伺って、村民の方のお話を聞かないとわからないとつくづく思った。確かに飯舘の村長は、露出も多いし、「頑張ってるな」と思ってきたが、目からうろこというか、改めて住民の持っている思い、というか、福島市民も同じような思いを持っている人も多いと思う。
私もこの半年間、県に住んでいるのと報道のギャップを感じて、放射線のことでも高校生の子供がいるが、校庭の20mSvについても、学校に行っても対処できない、県の教育委員会に行っても動かない、すごく憤りを覚えていた。
いろいろと自分で今できることとして、講演会に参加したり、渡利の集まりなどにも参加しているが、理不尽な思いをどこにぶつけたらいいのかわからない。
福島市は確かに飯館の皆さんのように線量が高いわけではないが、3.11以前のようには生きられない。御用学者さんの話を聞いて、安心してしまって、洗濯ものを外に干してしまったり、窓もガンガン開ける。そういう人たちと分かれている部分があって、心配事をなかなか出せないこともある。
いろんな地域の人たちがいろんな話を聞いて、共通する思い、原発どうのこうのより、「私たちは何も悪くない。要らないものを押し付けられている。なかったことにされそうにされかけている」ということを自覚して刻み込んで、やっぱり国やそういうものを動かしていくのは、住んでいる人だと思う。もちろん詳しいこととかは大学の先生に協力していただくけど、住民一人一人がつながっていって声を出していかなければ、変わっていかないと思う。
福島市は公務員が多い。公務員の方は声を上げにくいと思う。子供をお持ちの方は心配だと思う。つながっていって、大・小のコミュニティーがつながっていくことが大事だと思う。

(会場男性)
河合弁護士に質問。
2か月ほど前だが、福島市の弁護士に話を聞くと、一番問題なのは、人災なのか天災なのかはっきりしないのが問題だときいたが、国と東電が譲り合ってるような、東電は天災だと逃げるような気がするが、どうなっているか教えてほしい。
今中さんにも質問。
福島市の水道水にどの位放射線が含まれているか質問しても、県から来ていないと言われる。市の方ではわからないが、県が隠してるのでは?と思うが、その辺を公表するにはどうしたらいいか?
(河合弁護士)原子力損害基本補償法によると、非常に巨大な天災事変によっては、電力会社は免責される。政府はその免責は許さないということを建前上言っている。免責できないと政治は言っている。しかし、東電はいざとなればそれで逃げられるように、責任は損害賠償債務を認めたわけではない、しかし自分たちが原因なのは確かだから、損害は賠償するという立場を最後の最後、言い逃れができるように保存してある。
だけど、私たちは決し手許してはいけない。天災はたしか。しかし、福島第二原発や女川は安全性を優先していれば、大事故につながらなかった。第一段階の賠償では問題にならないが、風評被害でも実際は損害賠償だが、もっと厳しい請求になるとこの免責事項が出てくる。許してはいけない。

(今中氏)原発事故は明確な人災。東電・保安院・原子力安全委員会が責任ある人々が、然るべき倫理感覚を持っていなかった。そういう意味で、人災。セシウムの水道放射能汚染は、福島や飯館の汚染をしているのは、セシウム。これは土とかセシウムによくくっつくので、水道水に入るほどではないと思う。
池とか泥にはほとんどないと思う。ダムも底の泥には溜まってると思う。ただ、水は気にするレベルではないと思う。今年、プールを控えたのは、私は必要なかったんじゃないかと思っている。それはまず間違いないと思う。ただ、測ればわかるものを公表しないのは不思議に思う。

(会場男性)
飯舘村村民ではないが、飯野町に住んでいる。
今中さんに質問。
プルトニウムの問題。過去の核実験と比較してどうなのか?あるいはストロンチウムの汚染について、過去の核実験についてどうなのか?
ICRPとECRRがあるが、そこはかなり低線量の被曝は危険だという方針だが、今中先生はECRRに批判的だと聞く。その辺の話を聞かせてほしい。

(今中氏)プロセス・メカニズムを考えたとき、チェルノブイリと比べて、今回のプルトニウムやストロンチウムの出は少ないと思っている。チェルノブイリの場合は、原子炉そのものがバーンといった。福島の場合は、メルトダウンして高温になって、ガスとか揮発性になって漏れたというので、実際我々がガンマ線で測って核種分析すると、非揮発性は意外と少ない。プルトニウム・ストロンチウムは長期的に問題になるから、私は基本的に早く測って、責任当局がこれくらい出たよと言ってくれれば、よかったが、なかなか出てこない。実は3月にとった飯舘村のサンプルを金沢大学の山本先生に測ってもらった。1960年代の核実験時代のレベルと同じか少ないくらい。
プルトニウムにもいろんな種類があって、239と238、核実験のやつというのは、238の割合が239に比べて0.03なんですが、原子炉内では、238の割合が随分多い。だから福島から出た時には、238の方が2倍か3倍くらい。土の割合を見て、どっちから飛んできたと判別する。山本さんがもうちょっときちんと測りたいというので、今回、明日かあさって、もう少し飯舘村でサンプルをとって測りたいと思っている。
ストロンチウムについては、私も気になっていたが、ストロンチウムは私自身測る技術を持っていない。民間の団体に依頼している。多分、ストロンチウムの量は、核実験で降ってきた量より多いかもしれない。あくまでセシウム137が圧倒的に多いので、それに比べたら100分の1、500分の1くらいなので、被ばく評価としてはあまり聞いてこないだろうと今は思う。プルトニウムについても、空気中に飛んでいって吸い込むとかはあるかもしれないが、地面に落ちたやつに関しては、そんなに被ばく評価を気にしなくていいと思う。
ECRRは、説明する時間がないが、仮説としては面白いと思うが、それを支持する材料が乏しい部分もあって、今のところは支持していない。といつも言っている。

(会場男性)
飯舘村では農地の草刈が進んでいる。これは果たして大丈夫か?こないだまでは、
「草を刈るな、農地を耕すな、燃やすな」
とやかましく言われていた。もしこれが本当に人体に影響があるような被曝をすることでったら、許されることではないと思う。
新聞で見た除染計画を見た。その中で10月に農地の草刈りが入っていると思う。そんなことで被曝をすることがあれば、許されることではないのではないか?
私の地区は毎時6~7μ、12,3の線量がある。先ほどは我慢という話が出たが、そういう話ではないと思う。

(今中氏)やるべきことは、3月15日から月末にかけて、起きたことを、きちんとどういう汚染があって皆さんがどのくらい被曝したのか調べること、これが大事。雲がきたときの被曝を調べることが一番のキーポイントで、これから大事になる。草刈り、除染ビジネスについては、小沢さん。

(小沢氏)今やっているのは、ほとんど飯舘村の被ばく管理がされていないということだった。そうすると、7とか8とかあるところで草刈りをやるということが、大丈夫なのか?ということだと思う。

(今中氏)私の感覚だと、7マイクロ、8マイクロの地域は、放射線管理区域に相当するので、放射線管理はあってしかるべきだと思う。

(佐藤氏)その草刈りは、現実にマスクをしないでやっている人もいるし、何の防護服も来ていないと思う。昨日南相馬で20㎞ギリギリのところまでいった。線量は0.3マイクロくらい。そこに入っていくおまわりさんたちは、完全防護だった。でも飯舘は何もない。おかしい。これはあっていいことなのか?と思う。

(小沢氏)要するに被曝作業。全部。防護をして管理をして、どのくらい被曝したか管理しなきゃいけない。本来なら。

<02:00:00頃~>
閉会の挨拶。
(糸長氏)日はあまり強い事を主張しませんでした。我々自身は当事者じゃないから。皆さん自身に大きな声を出して欲しい、それしかない。そのためのお手伝いはしていく。(中略)次回は村長も議員も来てもらって、本当の村づくりをしましょうよ。
【以上】

やはり、愛澤さんの「僕たちに脱原発を叫べというのは酷だ」という話の部分、グッサリきました。
国民全体でそういう声を上げていくことが必要だと思います。
単に、一人の大人として。

失礼します。
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