関西テレビのスーパーニュースアンカーを見ることができました。
最初の5分を見て、残しておきたいと思い、内容を起こして残すことにしました。
是非ご覧ください。

20110919 原発作業員に聞く 福島第一原発事故の真実(20:12)
http://www.dailymotion.com/video/xl8hb7_20110919-yyyyyyyy-yyyyyyyyyyy_news


【以下、お時間のない方のために内容を起こしています。ご参考まで】
(内田氏)いわき市の湯本温泉に来ています。原発事故から半年、作業員の皆さんは、今どんな気持ちで毎日の作業にあたっているんでしょうか?聞いてみたいと思います。

(ナレーション)今福島第一原発におよそ3000人が働いている。その多くは、いわき市内の宿泊施設を拠点に、バスなどで現場に通う。作業を終えて宿に戻ってきた作業員たちに、内田誠が声を掛けた。

(内田氏)こんにちは。お疲れ様です。僕は関西テレビなんですが、大阪からきたんですけど、原発の作業を?

(作業員A)そうです。
(内田氏)お疲れ様です。あの、何号機とか、お仕事の中身とか、差支えなければちょっと…
(作業員A)いや・・・
(内田氏)あ、だめですか。

(内田氏)原発のお仕事っていうのは以前からやられてたんですか?
(作業員B)いや、あんまりやってない。
(内田氏)あー、そうですか。では、今度のことで?
(作業員B)はい。
(内田氏)どうですか?やってみられて。
(作業員B)大変です。
(内田氏)大変ですか。

(内田氏)原発のほうで作業されて?
(作業員C)そうです。
(内田氏)あ、そうですか。今日はどんな仕事でした?
(作業員C)今日は、建屋。
(内田氏)何号機?
(作業員C)1号機。
(内田氏)1号機。あー、中に入られたんですか?
(作業員C)いや、入らない、外。????
(内田氏)あの、そういう仕事、専門ですか?もともと。
(作業員C)とび。
(内田氏)あの、結構放射線量高いところもあるんじゃないですか?
(作業員C)そうですね。
(内田氏)怖くないですか?
(作業員C)いや、別に・・・。
(内田氏)そうですか・・・。

(ナレーション)多くを語ろうとしない、原発作業員たち。メディア取材を禁じる企業も多いという。
そんな中、1人の原発作業員が、匿名を条件に取材に応じてくれた。

(内田氏)こんにちは。関西テレビの内田といいますけれども。
今日は・・・

(ナレーション)原発の仕事に携わって10年になるという、20代後半の作業員は、内田誠に何を語るのか。


(T氏)高い被曝を常にしながら、いろんな施工をしなくちゃいけない。少なくとも私は、おそらく最期はガンで死ぬことになると考えています。
(内田氏)ご自分が?
(T氏)はい。

(山本アンカー)アンカーズEYEです。今日は内田誠さんが、福島第一原発の作業員の方に、直接お話を聞いてこられましたよね。
(内田氏)事故から半年たったんですけれども、なかなか、中のことっていうのはわかりにくいことが多いんですよね。
一番原発の炉に近いところにいるのは、これは保安院の官僚でもなければ、東電の幹部たちでもないわけですよね。実際にそこで、事故収束のために毎日働いている作業員の皆さん、この人たちの目に、どういうものが映っているのかをですね、ぜひ知りたいと思ったんです。
なかなか箝口令を引かれているようでもありますから、なかなか立ち止まってちゃんと聞いてくれる人は居ないんですけれども、そんな中で一人の作業員の方が、匿名を条件に貴重な話を聞かせていただきました。
(山本A)なるほど。このTさんという方は、どういう方なのかということなんですけど。
(内田氏)Tさんなんですが、この方は地元の大熊町で生まれて育った方なんですね。高校を卒業した後、地元の原発関連企業に就職されて、原子炉の建屋内でメンテナンスなんかの仕事を約10年担当してきた方です。
これ、震災のまさに3.11の時にも、建屋の中に居たんですね。
自宅は避難区域となったので、避難所で暮らしていた時期があるんですが、「仕事に復帰してくれ」ということで、3月下旬くらいから復旧作業に当たられたということです。
(山本A)今も続けられているわけですね。
(内田氏)そうですね。はい。
(山本A)今回そのTさんは、なぜ取材に応じようというお気持ちになったんでしょうね?
(内田氏)この方も半年間いろいろ作業する中で、いろんな考えが変わってきた方だと思うんですが、やはり「作業員が何もしゃべらないと、中のことが一般の方になかなか伝わらない。やっぱり誰かがしゃべらないと」という意識を持たれたようです。たいへん貴重な話を聞かせていただいたということですね。
(山本A)それでは、VTRをご覧ください。

<インタビューVTR>

(内田氏)作業員の皆さんの中には、いろんな仕事に携わってらっしゃる方がいて、それぞれご自分の仕事について、ご存じのことはたくさんあると思うんですが、事故そのものの状況ですね、これは今どういうところにあるんでしょうか?

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(T氏)徐々に良くなってると思います。
汚染水、これを処理するための設備、これも2系統が準備され順調に機能するようになりました。
(内田氏)メルトダウンを起こした核燃料、そのものについては、今どこでどういう状態にあるかについても、あまりはっきりした発表もないですね。
6月になるくらいまで、メルトダウンは無いという報告ばかりを、特に大手のメディアは流してしまったんですね。
現場で働いていらっしゃる皆さんは、メルトダウンが起こったということを確信したのは、いつですか?
(T氏)速報で「原子炉の水位が何メートル下がっています」というのが、ひっきりなしに流れたりしていましたが、その頃には、おそらく燃料は溶けている、そういうことを考えたりはしていました。
(内田氏)爆発が起きる前後には、もうメルトダウンだろうと?
(T氏)テレビを見ていましたが、「問題はありません」ということを繰り返すのみで、東電や保安院よりの報道でしたので、恐らくこれは大衆をパニックにさせないように、国も東電も、そして大手メディアなんかもそれを恐れていて、報道しなかったのではないでしょうか。

(内田氏)もともと原発の仕事をしようと思われたきっかけ、これは何だったんですか?
(T氏)私が生まれたころには、もうあの発電所はありましたので、あの発電所というのは、あの地域にあって当たり前のものでした。地域に根付いた、地域と一体となった発電所だったわけです。
例えば、他の場所でいうと、豊田市なんかでトヨタで働くということは、極々当たり前のことだと思います。
『日本の首都である東京であったり、首都機能を支える電気を作っている、日本の中心を支えている』というプライドが、心のどこかにあったというのも事実です。
(内田氏)はぁ・・・。「福島は、危険なものを首都圏から押し付けられたんだ」という見方もあると思いますが、そうはお考えにならなかった?
(T氏)もし、あの発電所があの場所に立地されなければ、あの辺りは本当に過疎化していて、そして住民は今以上に少ない状況になっていたのかもしれません。
だから、我々は一概に怒りの矛先を向けられないでいるんです。
「事故が起こってしまったけれども、しょうがない」とそういった気持ちを持っている住人も少なからずいると思います。
(内田氏)ちょっと言葉はきついんですけど、要するに
「被害者であると同時に、加害者の面もある」
ということですね?
(T氏)はい。

<震災当初のVTR>

(枝野氏)「半径10㎞圏内の住民に10㎞圏外に避難するよう指示がありました。」
(レポーター)「避難してきた方々がバスにたくさん乗っているんですが、皆さん行き先が決まっていません」

(ナレーション)福島第一原発の地元に暮らす作業員のTさんも、家族とともに避難生活を余儀なくされた。
しかし、所属する会社から「現場に戻ってきてほしい」と電話があり、再び福島第一原発の構内へと向かったのが、3月下旬・・・。
想像を絶する惨状を目の当たりにし、『まさに戦場だ』と感じたと言う。

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(T氏)私が現場に戻った時考えたのは、今まで原発のどの場所よりも高い汚染というものが原子力発電所の至る所にあった。
「線量の高いところがあったら、違う場所に退避してください。」
と以前から言われていたんですが、周りはすべて高い線量だったので、どこに退避したらいいかわからない。どこに逃げたらいいかわからない。非常に緊張感があり、常にプレッシャーに押しつぶされそうになって作業していたわけです。
我々が戻った当初というものは、あちこちにまだがれきがあった。
特に「絶対に近づいてはいけない」と言われたものがあったんですが、『青いがれき』というものがありまして、
「『水色のがれき』。これには絶対近づいちゃいけない。」
そういったことを言われていました。
『青いがれき』その正体は、建屋の外壁なんです。
(内田氏)ブルーですね。
(T氏)はい。
つまり、爆発した建屋の外壁、それが飛んできて近づいただけで、まさに5ミリとか10ミリシーベルトという線量が出る。そんなものの近くで作業していたら、あっという間に高い被曝をしてしまいます。
(内田氏)原発の仕事というのは、非常に階層化されていて、一番上には保安院が、もしかしたらあって、そして東電さんがある。それから協力企業があって、そのあと数次にわたる下請けの構造がずっとありますよね。
実際何層くらいに会社というか、分かれているんですか?
(T氏)知っているだけでも、7次、8次階層くらいまではあります。

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(内田氏)末端の労働者が被曝をたくさんしてしまうような危険な現場に投入されるということはある?或いはあったんでしょうか?
(T氏)実際あります。
『被曝要員』という言葉がありまして、つまり、高い被曝をしてしまう可能性のある作業、それも作業員が長い時間作業することはできません。ということは、たくさんの作業員を集め、まさに人海戦術で多くの人たちがかわるがわる作業していく。そういったような仕事の人たちを、我々の隠語で『被曝要員』と呼んでいました。高いお金を出して来てもらって、そして高い被曝をする作業をやってもらうことは、事故前もそして、現在も実際にあることです。

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(ナレーション)Tさんに放射線管理手帳を見せてもらった。
事故収束のための緊急作業の被曝量は、積算で50mSvを超える。現在では、会社の規定により被曝が少ない後方支援などに従事しているという。

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(内田氏)そうすると、人をどんどん入れ替えなければいけない。現場で働く人の数が確保できない、そういう事態になる危険性はないですか?
(T氏)他のサイトから、人間を連れてきて、そして作業させたりしてるんですが、正直あります。
(内田氏)浴びていい放射線量の基準に関していうと、福島で被曝した分に関しては、カウントしないで元の、例えば柏崎なんかでまた働けるようにしましょうというようなことを、直接東電の関係者から聞いたりもしているんですが、人体が浴びていいものというものとは、そんな人間の勝手で数字を上下させること自体がおかしいと思うんですけれども?
(T氏)これは非常に難しい問題でして、我々の労働面からいうと、我々はそれ以上の仕事をすることができなくなる。我々にとってはあまりいいことではないわけです。
(内田氏)『命を削って仕事をする』ということになりますよね。
(T氏)少なくとも、私はおそらく最期はガンで死ぬことになると考えています。
(内田氏)ご自分が?
(T氏)はい。

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(内田氏)それは、やっぱりどこか倒錯、逆さまになっていませんかね。

(ナレーション)事故から4カ月以上たった8月1日、構内の排気筒から過去最高の毎時10シーベルトを超える非常に高い放射線量が確認された。
もし1時間浴び続ければ確実に死亡する強さだという。

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(内田氏)「大量の急性被曝に備えて、自分の造血幹細胞を事前にある方法で採取しておいて、凍結保存しておく、その破壊された骨髄を再生するために、造血幹細胞を事前に採取しておきましょう」
ということをずっと呼びかけていた、有名なお医者さんとかいらっしゃるんですけれども、現場で大量被ばくする可能性がある以上は、そういう備えはしておくべきじゃないかという議論は、作業員の皆さんの間でそういうことは話題になっていませんでしたか?
(T氏)内部では全く、その単語すら聞きませんでした。
(内田氏)あ、本当ですか?
(T氏)はい。
(内田氏)原発は、恐らく仕事を始められたあとも、日本中の原発で様々な問題が起こりましたね。美浜の爆発事故の問題であったとか、柏崎の地震、その他、たくさん日本中の原発がいろんな問題を起こしましたけれど、「辞めよう」と思ったことはなかったですか?
(T氏)えー、実際ありませんでした。
(内田氏)原発のあるところには、常に原発を止めろとか、脱原発、ないしは反原発の運動をしている人たちもいる。気になってはいなかったですか?
(T氏)そういった人たちの考え方を、当時の私は「ナンセンス」だと思っていましたので、大して気に留めはしませんでした。却って、「時代遅れな考え方」と、もしかしたら小馬鹿にしていた部分があったのかもしれません。
しかし、結果としては、彼らの言っていることのほうが正しかったわけです。
(内田氏)うーん。原発そのものについては、今はどう思っていらっしゃいますか?
(T氏)一旦事故が起きてしまうと、非常に大きな災害になってしまう。
事故が起きる可能性があったり、非常に高い問題を抱えている発電所というものは、今すぐにでも廃炉にするべきだと思います。
原発をこのまま続けていっていいモノとは、私は考えてはおりません。
(内田氏)故郷が壊されたというお気持ちですか?
(T氏)そうですね。
今まで自分たちが信頼してきた、そしてその一員だった原子力発電所によって、そして、自分の故郷も壊されてしまった・・・。

<VTR終了>
(山本A)実際に福島第一原発で働いている作業員の方の証言ですから、言葉は重いですし、私たち聞いていて驚かされる点も多かったんですが、内田さん、取材されていかがでしたか?
(内田氏)そうですね。いくつも申し上げたいことがあるんですけれども、下請けの構造が重層的だというふうに言っていましたよね。7次、8次。あれ実は、インタビューの中では、ちょっと考え込んでですね、「いや20次くらいあると言う人もいるんだ」と。
(山本A)20次!?
(内田氏)ただ、よく聞いてみると、例えばある仕事で4次下請けと5次下請けがあって、こういう会社が別の仕事でこれが逆になったりするんだと。もうね、はっきり言えば、滅茶苦茶なんですよ。
その都度その都度いろんな事情で、下請け関係が決まってくる。中には何の仕事もしてない会社が二つ三つ中に入る場合もあるということなんですね。
(山本A)そうでもして人を掻き集めること、そして危険度の高いところに人を送り込まなきゃいけない状況に…。
(内田氏)その場しのぎの関係になっているみたいなんですよね。
まあそれは、いろんな労働問題がここで起こっているということは間違いないんですよね。
それから、造血幹細胞の話、出てきましたよね。あれ、あの、とにかく99年ですかね、JCOの臨界事故というのが起こりました。作業員の方二人、大変な被曝をして亡くなっていますけれども、この時に実は一人の方は妹さんの造血幹細胞を移植されて、もちろん亡くなったんですが、少し延命効果があったんですね。これ自分のやつですと、更にいい結果が生まれるということで、かなり国際的にも評価が高い方法なんですが、それを東電も或いは政府も採用しないという一点張りなんですよね。
(山本A)これについては、今回の事故後、造血幹細胞というのはこの番組でも取り上げたことがありますけれども、それを支持している医療関係者というか施設もたくさんありますよね。
ですから、当然のことながら、そういう危険度の高いところで仕事をされる方は、あらかじめご自分の細胞を取っておくんですよね。そうすると、もし被ばく限度を上回ったとしても、かなり効果があると…
(内田氏)そうですね。大量の被曝をした場合、いろんな問題が起こりますけれども、骨髄幹細胞が全部死滅してしまう可能性がある。その時に自分のものを外からもう一回入れるとなると、これが根付けばその問題は少なくとも解決するんですよね。
(山本A)ですよね。だけど、その単語すら聞いたことは無かったって…。
(内田氏)前、東京電力の会見の時に、私は何回か聞いたんですけれども、もう、「なんとか幹細胞とかいうやつは」というふうな言い方をされまして、その時ムカッとしたことがあるんですが、もう全く相手にしないという形ですよね。
(玉岡氏)こういうこと、健康とか顧みず使い捨て、人間なのに使い捨てという『被曝要員』という言葉が出てましたけれども、はっきり言ってそういう感覚で、送り込まれるということなんですか?
(内田氏)使わないことの理由は、説明は、つまり
「そんな厳しい現場はありません」
ということなんです。

(山本A)それが大前提なんですよね。原発っていうのは。
(女性アナ)でも、労使が入り乱れていてね、誰がどこにいっているかなんて、一元で把握しているところなんてないわけじゃないですか。そうなってくると、手帳での自己管理しかできないっていうことですよね。
(内田氏)全くそうですよね。
(山本A)これについての確認ですけれども、政府や東電というのは、これについてはやろうとはしていないわけですね?
(内田氏)「やらない」ということを決めていると言っていいと思いますね。
(山本A)まあしかし、玉岡さん、Tさんは原発で働いているということに誇りをもって使命感をもってやってこられたわけですものね。
(玉岡氏)よく内田さんとお話してくださったなと思って、聞いていたんですが、どこにもその怒りをぶつける相手もなければ、悲しみを吐き出す相手もなく、自分が生まれた時から、町には原発があったし、そこに生きてきてっていう、その悲しみが循環しているっていう感じでしたよね。
最期は自分がガンにかかって死ぬかもしれないって、それももう、諦念っていうか、諦めと覚悟がうかがえましたし、いや、こういう悲しいことを繰り返してはダメだなというふうに感じましたね。
故郷がこれがあることによって潤ってきたと認めながらも、故郷が破壊されてしまった、この二つの現実の前に、Tさん、どこにも感情を吐き出す、ぶつける先がないと、そういうふうにお見受けしたんですが。
(山本A)Tさんの思いは、気高いし、本当に頭の下がる思いなんですが、それに答えなきゃいけないですよね。実際に作業していただいているんですから、今こういう状況になっている第一原発の中の環境っていうんですか、きちんとそれをケアするのは政府であり、東電の役目だと思うんですが、いかがでしょう。最後に、取材のまとめとして、何か?
(内田氏)えーとですね。今、玉岡さんから伺ったことと関係するんですけれども、大熊町は原発立地している関係でいろんなお金が下りてきた。しかし、被害者でもあるわけですね。今、インタビューの中で「被害者であると同時に加害者でもある」というふうな言い方を僕はしているんですが、彼も賛同してくれました。
どういうことかというとですね、
「飯舘村に申し訳ない」
って言うんですよ。ひとつは。
あそこは原発のお金も何ももらっていない、原発と関係なく住んできたところに、放射能が大量に落ちて、放射性物質が。もう住めない町になってしまっていますね。だから、そういうことも含めて、
「自分たちには責任がある。大熊町の一員としても、原発の収束に自分は責任をもっていきたい」
というふうに彼は言ってますね。
(山本A)そうですか。この問題は日本全体の問題でもあります。
(内田氏)そうです。
(山本A)みなさんと一緒に考えていきたいなというふうに思います。またどうぞよろしくお願いいたします。
(内田氏)ありがとうございました。
(山本A)アンカーズEYEでした。

【以上】

失礼します。
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