※この記事は、9月13日 【文字起こしUP】小出裕章氏と語る、続・原発『安全神話』溶融【その①】に関連しています。

今日もたねまきジャーナルを聞くことができました。
昨日の講演会について、話されていますね。

みんなひとりひとりが、いずれ向き合わなければいけない問題です。
ちょっと考えてみてください。

では、どうぞ。

20110914 たね蒔きジャーナル 京都大学原子炉実験所助教 小出裕章



【以下、時間のない方のために内容を起こしています。ご参考まで】

東京には近藤さんです。
昨日は小出先生のコーナーはお休みでした。というのも、昨日大阪で小出先生の講演会があったと伺った。
参加した人に聞いたが、会場が満員で、お客様が別の会場でパブリックビューイングの形で、小出先生の話を聞いていたということだが、参加した人の世代が、以前より若い人が多いんじゃないか?という声も聴いた。
小出先生から見てどうだったか?
(小出氏)昔から比べると随分若い方が多くなったと思いますけれども、昨日の集会はでも、むしろお年の方が多かったように私には見えた。

そうですか。
会場にいらした方の話で、もう一つびっくりしたのは、その講演会の会場に置かれていた小出さんの新しい本が完売っていうんですか?その場で売り切れてしまったという話。
近藤さん?
小出さんの本は、たねまきジャーナルがこの半年ずっと小出先生に質問をし続けてきた内容が半年間が凝縮されたような形になっているわけですが、こうした本をやっぱり買いたいというか持ちたいと思うのは、原発事故の真実を知りたいんだという思いの方が、本当に多いということかと思うんですよね。
(近藤氏)水野さんね、小出先生の本は、ほかにも出てますけど、いわゆる時間軸で話を進めてく本というのは、これが初めてだと思うんです。6か月間というのは、半年いろいろメディアもやってますが、いわゆる時間=人間の人生であり、時間=人間の感情であり、いろんなものを想像させながら読ませていただけるんですね。
そこのところの時間軸というのが、如何に貴重な時間を我々は何をしていたのか?ということをも含めて考えさせられる素晴らしい本だと思いました。

確かに、時間軸、3月11日の事故直後からどんなことが起こったのか?というのは、ある種リアルタイムのドキュメントのように、体験しなおしますよね。
(近藤氏)想像力があればね。

そうなんですよね。
小出先生、あの、読まれた方で、こんな感想をいただいた。これどういうふうに先生が思われるか聞かせてください。タイトル申し上げますと『知りたくないけれど知っておかねばならない原発の真実』。女性の方。関西にお住まい。
『この本を読んで絶句しました。関西は地理的に離れているので、切羽詰まった感じがありませんでした。でも、違うんですね。危機感が低すぎたことを思って、今は声になりません。』
という感想をくれた人が居るんです。
「関西は、離れているから関係ないや」
そうした認識を持ってらっしゃる方も多いのかもしれません。
こうした認識について小出先生はどう感じられますか?
(小出氏)今水野さんがご指摘くださったように、関西というのは何か福島と全然関係ないと思って、平穏に暮らしている方が多いが、そんなことはない。
もっとちゃんと汚染を見てほしいと私は思ってきたし、これからもできることであれば、関西の人にもちゃんとものを見るように心がけてほしいと思います。

なかなかやはり知りたくないというところがあるんでしょうね。
(小出氏)そうでしょうね。

皆さんね。
でも、例えば、このリスナーの方は、
『最近は報道が原発関連について少なくなったので、国民が楽観的になってきている気がします。』
ともおっしゃっている。
今、現在、何かこの原発事故の収束について、楽観視できるような状況というのはあるんでしょうか?
(小出氏)事故の発端自身は、原発が全所停電してしまったということで、原子炉が冷やせなくなって、溶けてしまって爆発をしたということになったわけです。ただし電源はその後回復していて、今は曲がりなりにも電気は使えるという状態にある。事故が劇的に進行した時、1週間10日というその時期に比べれば、少しはマシになっていると私は思います。

逆にいうと、そんな程度なんですね。
(小出氏)はい。だから、相変わらず原子炉の中では崩壊熱という熱がそれなりに出続けていますし、これからでも冷却に失敗するということになれば、放射能が再度出てくるという可能性は残っているので、もちろん楽観することはできないし、今現在も作業員の人たちが大変な被曝環境の中で被曝をし続けながら、事故の収束に向かってくれているわけです。
もう一言いってしまえば、実際の被曝環境で働いている人は、いわゆる下請け労働者の方々が多いわけで、そういう問題にも目を向けていただきたいと思います。

そして、すでに外に出てしまった放射能によって、いろいろなものが汚染された。
昨日の講演会に参加した方と、観客の皆さんと小出先生とで議論になったテーマがあると聞いた。それが、まさに今の食べ物の話。汚染された、放射能汚染された食べ物を食べるべきなのかどうなのか?
これはどういうことだったんでしょうか?
(小出氏)もちろん放射能というのは、危険ですので本当は食べてはいけないもの。
私ももちろん食べたくないし、どなたにも食べさせたくない。
ただし、福島原発の事故は、事実として起きてしまって、吹き出してきた放射性物質は、福島県を中心に日本全土に広がっているし、もう一言いえば、世界中にもうまき散らされてしまった。それをすべて拒否することは、もう私たちには許されない、というかできないのです。
ですから、汚染した食料はこれからどんどん回ってくることになるが、その食料をいったいどのように取り扱えばいいのかということに、私たちが向き合わなければいけない。
私は、こうなった以上は仕方がないので、責任のある人たち、責任の重さに応じて汚染した食べ物を食べるような仕組みを作らなければいけないということを言ってきた。
責任のある人といえば、東電の人とか、国のお役人、原子力委員会、原子力安全委員会の学者たち等々を含めて、今回の事故に責任のある人はたくさにるわけだから、そういう人にはまず猛烈な汚染食品を受け持っていただきたいと思うし、この事故を許してきたというか、原子力をここまで見逃してきた日本人の大人というものも、それなりの責任があると思うので、大人の人は甘んじて汚染食品を受け入れてくださいと、私は言ってきた。

そこのところですよね。
責任ある人が、やっぱりその責任を取るべきだということについて、私は多くの人がなるほどと思われるのではないかと思うが、ただやっぱり
「大人も責任があるんだ、汚染されたものを受け入れなきゃいけない」
と言われると、
「いや、私は汚染されたものは嫌だ」
という方は…。
(小出氏)たくさんおられて。

昨日もおられたか?
(小出氏)もちろんです。
「汚染したものを食べろなどということはけしからん」
ということで、私はたくさんの方々に怒られてきたし、一度しっかりとした議論をしたいと思って、昨日の場を設定してもらった。

やはり、「なんで大人だからということで汚染されたものを食べなきゃいけないんだ?」と。
(小出氏)はい。
「汚染したものは、東電に買い取らせて、廃棄すればいい」
とそういうご意見のかたはたくさんいらっしゃいます。

買い取らせて、廃棄する。
ただ、廃棄するの、どこに廃棄したらいいんでしょうね。
(小出氏)それもありますし、農業をやられる方、酪農業をやられる方が、捨てるとわかりながら、自分の生産物を作ることができるかというと、私はできないと思う。
捨てるために仕事などできないと思うので、やはり作ったものいうのは、受け入れて分配するしかないと、分配というのは責任のある者と無い者を、度合いが違うので度合いに応じて責任を引き受けるようにするシステムを作る、その提案をしてきている。

近藤さん、つまり小出先生は、
「責任のない子供たちに汚染された食べ物を与えるわけにはいかない、大人はそれぞれに応じて、責任を取るべきだ」
とお考えだと思う。
この問題って難しいですね。
近藤さん、どうです?
(近藤氏)うん。だから、食として受け入れざるをえない状況にあるなら、小出先生がおっしゃる意見はその通りだと思う。大人の責任のほうがはるかに大きいし。
ただ、私は一個思っているのは、こんな可能性ならこういう危機対応ができるよということが、今すべて出尽くしているのだろうか?という疑問がある。
つまり、やれるべきことをやった上でどうしようもないという現実なら、小出先生の意見に従うが、そこまでいってるのかな?つまり国から出てるデータだって、まだいい加減じゃないですか。

(小出氏)そうです。
(近藤氏)だからそこのところでやれるべきことは何なのか?ということをやった上での話の部分もかなりあるんじゃないかな?という気はしている。

『まだやれるべきことを国はやっていない』?
(近藤氏)うん、またその最善を尽くしたか?我々自身が。検査をするなんて当たり前のことですよね。そのしかし、検査だって十分じゃないですよね。
その上でも食として取らなければいけない状況になっているのか、まだしかし、東電にしろ政府にしろやらさないかんことはいっぱいあるんじゃないですかね?

小出さん、いかがですか?
(小出氏)もちろんそう思います。
私は先ほどその汚染のあるものは東電に買い取らせて廃棄すればいいという方がたくさんいると聞いていただいたが、私は東電に買い取らせるということよりも、むしろ東電に対しては、
「汚染の検査をしっかりとやる」
そういう責任を取ってもらいたいと思っている。
(近藤氏)そうですね。それは絶対的なことですよね。

まずはそこは絶対必要なことなんですね。
(小出氏)それをまずやって、どういう食べ物がどれだけ汚れている、どの地域のものがどれだけ汚れているということを、広範に明らかにする、そのことをやった上で、皆さん、それに向き合うということがいいだろうと思う。
(近藤氏)そういうことですね。

なるほど。
まだ汚れていない食べ物はいっぱいあるような、もしかしたら『幻想』が私の中にもあるかもしれない。
(小出氏)『汚れていない』というものは無い。

無いんですね。
(小出氏)はい。要するに限りなく汚染の少ないものはあるが、それは世界中みんな汚れているわけですし、そこから猛烈に汚れているものまで、連続的にある。
どこから上をハネるということはあるかもしれないが、上をハネたとしても、それ以下のものがずっと連続的にある。
それをどうやって分配するかということだけが、私たちに選択できることです。
(近藤氏)先生が以前といっても最近ですけど、法律も全部見直さなくちゃいけない事態になっているとおっしゃっていた。
そうすると、食品衛生法ひとつとっても、例えば産地を明記しているもの、でも缶詰とかになってしまうと無いわけですよね。或いはお惣菜で売っているものもわからないわけですよね。
そういうことをどう見直すかというのも人間の知恵だし、細かく見ていったら、やってないこといっぱいあるんですよね。
(小出氏)そう思います。

この話は多分皆さん、本当におっしゃりたいこともあるだろうし、小出先生に聞きたいと思われることもあるでしょうし、皆さんのご意見をお待ちしたいと思います。
ありがとうございました。
(小出氏)ありがとうございました。

【以上】

失礼します。
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