※この記事は、9月13日 【文字起こしUP】小出裕章氏と語る、続・原発『安全神話』溶融【その③】の続きです。

<01:03:15頃~>
(小出氏)
では、私の議論に応じてくださるという森さんが来てくれたので、私の主張を今から述べさせていただきます。
またパワーポイント、私の分を映してください。

はい。今、福島でどういう事態になっているかということを聞いていただきましたので、そういう事態を受けて、私はどうしたらいいか?ということを、まず聞いていただこうと思います。
私の願いと書きましたが、私の願いはこうです。

『子供を被曝させない』
ということが第一です。
そしてもう一つあります。それは、
『1次産業を守る』
ということです。

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この二つのことをどうしたら実現できるか?ということを考えてきて、私は、提案があって、それをこれまで発言してきたわけです。

まず、子供を被曝から守らなければならない理由というのは、かなり単純です。
一つは、子供は放射線の感受性が高いということです。
私は先ほど生き物というのは、大変不思議なものだといいましたけれども、DNAというものを複製するという、間違いなく複製するということで、生き物というものが成り立っているわけで、複製する細胞分裂を起こしている、その器官に傷をつけられてしまうと、どんどん傷が拡大していくといことになって、被害が大きくなるわけで、細胞分裂がしなくなるような大人というのは、不活発になる大人は、ほとんど危険が無くなるということになるわけです。
ですから、放射線の感受性の高い子供というものは、やはり守らなければいけないということが、私の根拠の一つです。
そして、何よりもですが、子供には原子力を選択した責任がありません。
今日、この場に居るのは、そこそこの大人の方で、選挙権も持っているわけだし、どういう政治を作るか、どういう社会を作るかと、それなりに発言権もあっただろうと思われる方々がいるわけで、そういう私を含めた大人というものが、今日の原子力をここまで許してきたわけだし、事故も許してきた。汚染も許してきた責任があると思うわけですが、子供に関しては一切そんな責任がないんです。何としても彼らに危険を負わせるということは、避けたいと私は思います。
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そして、ちょっとだけ言っておきますけど、子供の放射線の感受性というのは、今から見ていただくように大変高いと私は思います。
今ここに30歳という人の放射線の感受性を帯の高さで示しました。
これはちょっと理解がなかなか難しいかもしれませんが、1万人シーベルト当たりのガン指数という、そういう評価基準です。1万人シーベルトというのは、1人が1シーベルト被曝をした人を1万人集めてくれば、合計の被曝量が1万人シーベルト、そういう意味です。
もし、一人一人が0.1シーベルトしか被曝をしていなければ、逆に人数は10万人集めてこなければいけないというそういう単位ですが、そうすると、そのうち3855人が、ガンで死にます。30歳の人であれば。
そして、これはごくごく平均的は人間の危険度というのが30歳の人です。
今日この会場はほとんど30歳以上の方が多いように見えますが、30歳の方が居れば、ごく平均な方だと思っていただければと思います。
そして、年を取るだけ生命体としての活動はどんどん衰えていくわけで、細胞分裂なんかもうしないわけですね。体が大きくならないし、むしろどんどん小さくなっていく。年を取ればとるだけ。そういうことになるわけで、放射線に対する感受性はどんどん鈍くなってきます。どんな風かというと、こんなんですね。
55歳を過ぎれば、もう平均的な人に比べて、ほぼ100分の1です。
私はすでに60歳を超えてますので、もうほとんど危険はないというくらいの感受性しかなくなっているわけですね。
逆に子供のほうに行くにしたがって、感受性はどんどん上がっていきます。
ゼロ歳の赤ん坊というのは、平均的な人に比べたら、4倍も5倍も危険だという。そして彼らには原子力に関する何の責任もないですから、何としても守りたいというのが、私の根拠です。

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そうですね、これは、推進派というのは日本の政府などです。そして、Gofmanと書いたのは、私が信頼している米国のお医者さんでしたけれども、その人の放射線の危険度の評価というものをここに一つの表にしたもので、今見ていただいた縦の棒があったものは、Gofmanさんの評価に従いました。そして、今この場合には、1mSvの被曝をした人が1万人集まった場合のガン死者というのを書きました。1mSvというのは、皆さん判っていただけると思いますけれども、普通の皆さんが1年間に許されるというか、これ以上は被曝をするなよと言って決められたのが、1mSvです。
それで、そういう基準をあてはめられた人が1万人集まれば、日本が政府が言っていても、1人はガンで死ぬと。私が信頼しているGofmanさんの場合には4人が死ぬと。
1mSvでも危険が無いということではない。
「1年間に1mSvの被爆をしていれば、1万人に1人、或いは1万人に4人は死ぬよ。でも、それはこういう社会を維持するためには諦めろ」
という、そういう基準なんです。安全でも安心でも大丈夫でもない。危険はあるということは判っている。
「子供の場合には、それが4倍、或いは5倍近くになりますよ。それを諦めるしかない」
というのが法律の定めだったわけです。

次に、1次産業を私が守りたいという理由ですけれども、原子力という今私たちがどっぷり浸かってきてしまったものは、エネルギー消費社会の象徴だと私は思っています。
とにかくエネルギーを使えば豊かになれるというふうに日本の国はなってきてしまった、その象徴が私は原子力だというふうに思っています。
そして、そういうエネルギー浪費社会というのは、持続可能ではありません。絶対にいつか破綻するという、そういうものです。

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資源という面からもかならずそうなるし、環境破壊という意味でも必ずそうなります。ですから、エネルギー浪費社会というのをどこかで断ち切らなければいけないと私は思っていますし、そのためには、原子力を止めるしかないし、そうなら1次産業をもっと大事にするというそういう社会に変えなければいけないと思っていますので、今日、今福島で起きたような原子力による事故が起きたときに、1次産業をより壊滅させていくというような選択は、絶対にとってはいけない!こうなったからこそ、むしろ1次産業を守らなければいけないということが、私の願いの一つです。

こういう時に国がやろうとしているのは何か?というと、
『まず基準を決めます。
例えば1㎏あたり500ベクレルという暫定基準が今、牛肉なら牛肉の暫定基準を決めます。そして、それを超えたものは排除して市場に流通させない。だから安全です。』
と言うんですね。そして、
『基準以下のものはもともと安全ですから、勝手に流通させます』
と言っているんですね。その結果、
『放射能の問題は、もう日本には何もありません。原子力はこれからもやりましょう。』
と、そういう論理の組み立てを日本の政府はしているわけです。

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私はそれは正しくないと思います。
例えば1㎏あたり499ベクレルの汚染があったとすれば、それはそれで危険なんです。仮に400ベクレルだって危険だし、300ベクレルだって危険だし、100ベクレルだって危険だ。もっと言ってしまえば、10ベクレルなら10ベクレルの危険があるということなんです。

国がやっていることは、ほんっとうにインチキだと私は思います。

そういう時に、私がさっき願った子供の被曝を守る、そして1次産業を守るというためには、どういうことをすればいいかというと、まず、強制的に今避難させられている地域があるんですね。私は避難させなければいけないと思うけれども、そこの1次産業は必ず崩壊します。要するに村自身、町自身が無くなってしまうわけですから、もう何もできない、崩壊すると思います。大変残念ですけど、なるだろうと思います。
次に今現在、強制的に避難させられていないというところでも、ものすごい被曝をしていて、私はそこの人たちも逃がしたいと思っていますけれども、国はそうしない。そこでも汚染した食料が多分これからもできてくるというときに、そこで少なくともそこで踏みとどまって、生産してくれる人たちが居る限りは、その食べ物は捨ててはいけないと私は思う・・・のです。
そういうところで生産したものは、汚染されています。その汚染されたものは、誰にも食べさせたくないと私は思うし、普通の方はみんなそう思う。そういうものは東京電力に買い取らせて補償させろと言うんですね。
じゃ、東京電力は買い取った食べ物をどうするかというと、捨てるんです。
でも、東京電力に買い取らせて捨てるということを判っている食べ物というものを、農業者や酪農業者が作ることができると思いますか?皆さん。
捨てちゃうために自分がモノを作れるでしょうか?
私はそれはできないと思う。
それなら、きちっと流通させるということを、やはり受け止めるしかないということを私は思っているのです。

議論はあるだろうと覚悟しています。
私はもちろん放射能を食べたくないし、誰にも食べさせたくありません。

でも、汚染したものは東電に買い取らせろというのであれば、汚染していないものっていうのはあるのか?と逆に問いたいと私は思う。
でも、汚染していないものなんて、もう無いんです。
福島の事故が起きてしまった以上は、程度の違いがあってもすべて汚染しているんです。
 500じゃない。
 400かもしれない。
 300かもしれない。
 100かもしれない。
 10かもしれない。
でも、日本中、或いは世界中、全部福島の放射能で汚れているのです。
どこかで基準を決めるなんてやり方は、日本の政府はやっているけれども、そんな基準の決め方はインチキです。すべてが危険だと思うしかないんです。
そうなれば、汚れていないものと、仮にどこかで線を引いたとしても、引いた線以下の汚染の食べ物に、私たちは向き合わなければいけない。
どんなことをしてもそうなります。
そうなったときに必要なことは、東電に汚染したものだけを買い取らせるということを求めるのではなくて、どういう食べ物がどれだけ汚染しているということを東電にそれをしっかりと測定して、みんなに知らせろと要求することのほうが、私は大切だと思います。

そして、その上で私たちが向き合うということです。

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一つ目の目標を実現する、つまり子供を守るための手段というのは、これは比較的簡単です。今聞いていただいたように、東電に食品の汚染を徹底的に調べさせる、そしてその上で汚染の度合いごとに、60禁、50禁、40禁というように、仕分けをしていって、子供には汚染の低いものを与えると、それはどういうことかというと、汚染の高いものは大人が食べるということです。

何度も聞いていただいてますけれども、被曝をするということは、必ず危険があります。
安全だとか、安心だとか、大丈夫だとか、そういう言葉は決して使ってはいけません。
「どこまでの汚染なら容認できるか?」
「引き受けることができるか?」
とただただそれだけのことです。
被曝量が上がっていくのが右側です。こっちは影響が表れる危険度の確立と書いてありますけれども、要するに危険の度合いですね。そうすると、被曝が多ければ危険度も多い。被曝が少なくなってくれば、危険も下がってくるわけで、この図を作ったのは、国のほうの推進派の学者ですけれども、あるところよりもっと少ない被曝は『容認できるレベルだ』というふうなことを原子力を推進している人たちが言っているのですけれども、容認できるなんてことを私は国に決めてほしくない。

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ですから、国は500ベクレルなら500ベクレルと決めて、あとはみんな容認しろと言ってくるわけですけれども、私はそんなことを国に決めてもらう筋合いはないと思います。何度も聞いていただいていますけれども、放射線の感受性は、歳ごとに違うんだし、責任の度合いも違うのです。容認できるかどうかというのは、大変個人的な判断によるだろうと私は思います。
自分に加えられる危害を容認できるか?或いは、罪のない人々にいわれのない危害を加えることを見過ごすかは、誰かに決めてもらうのではなく、一人一人が決めるべきことだと私は思います。
皆さんもこういう覚悟を決めて、これから放射能の汚染に向き合っていってほしいと思います。

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蛇足ですけれども、ちょっと言っておくならば、責任の度合いに応じて汚染食品を食べろとと、私は言っているわけですから、皆さんのような大人に対してもそう言っていますし、もっと言うなら、東電の社員食堂は、猛烈な汚染食料で作ってほしいと思うし、国会議員の議員会館もそうだし、経産省の食堂も猛烈な汚染食品でこれから維持する、そういうようなことを踏まえて、汚染の分担を覚悟して生きるべきだというのが、私の主張です。
終わります。

<01:20:30頃~>
(森氏)じゃあパソコンの用意をお願いいたします。

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最初ですね、自己紹介のスライドを大体3分くらいで終わらせませて、反論のほうに入りたいなと思っています。
今日は皆さん、ご来場の方は恐らく小出先生の本を何冊も読まれてらっしゃる方々かなと思ってまして、私も先生の本を何冊か読んで、「大筋いいかな」と思っているんですけれども、いくつか、「やっぱりどうしてもこれは許せないな」というところがありまして、手を挙げさせていただいた次第です。
なぜ私が反論したくなったのかということも、背景をご説明させていただいたほうが、皆さまご理解いただきやすいかな?と思いまして、簡単に自己紹介スライドを3枚だけ簡単にご説明させていただきたいと考えております。

よろしいでしょうかね?

いろんな講演会出てみたんですけど、こんなに真剣に先生のほうに眼差しを送ってらっしゃることはないので、すごいアウェーだなと思いながら、さっきいい汗をそこでかかせていただいたんです。<笑い>
<会場笑い>
大丈夫かな?

じゃあスライドが用意できるまで、自己紹介簡単に口頭でさせてください。
もともとですね、今年の2月まで普通に社会人をしておりまして、10年間インターネットの業界で、テレビみたいなものを配信してやってきたんです。
3月から起業しようかなと思ってまして、本当はアメリカの西海岸に行って企業しようかなと思っていたんですけれども、あの、社会の役に立つような仕事がしたいというので始めたものですから、『地震があったときに何もしないのはうそつきだな』と思いまして、震災以降始めたのが、こちらの、スライド1枚めくっていただいてよろしいでしょうか?
日本ユニバ震災対策チームというところで、物資支援を行ってました。3月15日から、一般の方から水であったりとか食料とかを募りまして、義捐金も集めてモノを送っていたという団体です。最初の1か月で300トンの物資を送らせていただきました。

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特に福島のいわき市なんですけど、これ、本当にびっくりしたんですけれども、私立の幼稚園は、実は水の支給がなかったんです。公立のほうだけ、国であったり地方自治体のほうが水を送ってたんですけど、「これはいかんな」ということで、ボストンのレッドソックスさんから3万本のペットボトルいただいたりとか、一般の方から水をいただいて、我々のほうで送付させていただいたという形になっています。
次のスライドお願いします。
今ですね、先月から始めたんですけど、子供全国ネットというものです。子供を放射能から守る全国ネットワークというNGOになるわけですけど、やはりいわき市の幼稚園の方とか見ていて、やっぱ根本的な解決になってないなという形で、先生の本の子供の被曝率が高いということで判りましたので、全国のお父さん、お母さんの集まりの会です。

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我々がやろうとしてますのが、右上にありますのが、ベクレルモニターといいまして、食料を専門に測る機械です。結構高くて、ベラルーシ製の安いものでも130万、ドイツ製とかアメリカ製になると、400万くらいするんですけど、とても各家庭で買うことが出来ない。
チェルノブイリの事故の後、このベクレルモニターが各学校に配られまして、ベラルーシのほうですね。それで、いまだに事故後25年近くたってるんですけど、未だに自分の子供に飲ませる牛乳を測って、子供に汚染していないものを分け与えている形になっています。
本来であれば、国のほうで配ればいいんですけれども、なかなか国のほうが動いてくれませんので、我々のほうで購入すると。
いくつか資金集めをやっておりまして、募金であったりとか、或いはソフトバンクさんが建てられた財団、東日本復興財団のほうに2000万申請してまして、あとはアメリカのパソコンのグラフィックボードのメーカーがあるんですけれども、そちらのほうに8000万近く申請してまして、来た義捐金でこのベクレルモニターに買って、各NGOさんだったり、お父さんお母さんの会のほうに配りたいなという形で考えております。
次のスライドお願いします。
もう一つ、実は私3日前から始めたんですけども、福島の市民計測所、放射能を測る方々から実は技術支援を、先ほどのベクレルモニターを買うときにアドバイスをいただいたんですけど、お父さんお母さんが来た時に
「じゃあ何を食べればいいのか?出口がないよ」
というご指摘をいただきまして、小さいお子さんお持ちの方とか多分イメージ付くとは思うんですが、今スーパーで売られているもの、例えば青森から静岡に関して入っているんですね。実際市民の計測所に確認してきたんですけど、例えば30ベクレルとか、40ベクレルとか10ベクレル、普通に入っています。
実際厚生労働省のほうでこれは公表してらっしゃるので、是非ウェブサイトなどでご覧いただければと思うんですけども。
500ベクレルの基準値を超えていなくても、高い数値というのは、200ベクレルとか普通にA4でWHOの基準の10ベクレルを超えるものに関しては、A4で3枚くらいになります。測ってるものだけで。
全てを測ってるわけではございませんので、そういう意味では、安全な食品を小さい子に食べさせるという意味では、直販しかないなという形で、始めるようになりました。
実際私、両親とも1次産業、農家をやってまして、ここの空間線量を測るのはすでにやってまして、土壌検査も先週終わりまして、北海道のほう、北海道一部セシウムが出た、出てないという噂があったので、心配だったので、ちゃんとした3000万の機械で測って、問題なく出てなかったということで。

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3番目に関しては、野菜が取れ次第、米とか野菜が取れ次第、実際放射能が汚染されていないというものだけを、販売するものを始めることになりました。
これは簡単な自己紹介です。


<01:27:40頃~>
(森氏)ここから反論なんですけれども、1ページめくっていただいてよろしいでしょうか。
ここ、先ほどちょうど先生が説明いただいたものなんですけれども、著書のほうから取らせていただきました。

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60歳以上、本の中では60歳以上の方のみ買える野菜のコーナーを作るべきというものがありました。
そこでふと思ったんです。
理論的にはきっと正しいんだろうな。先生が尊敬する博士が作った理論ですので、おそらく正しいという仮定のもとに話させていただきますと、ただ、理論的には正しいのはわかるんですが、自分の例えば大切なお父さんであったり、お母さん、或いはおばあさんに仮にリスクが低いといえども、1%のリスクであったりとか、食べて悪く、ガンになってしまう可能性があるものを食べさせることができるのか?ということです。
私のほうは、自分の親であったり、おばあさんに食べさせることはできないです。
或いはご商売されてる方いらっしゃると思います。飲食されてる方。自分のお客様、レストランの経営者をイメージしてください。自分のお客様に、
「60歳以上なんで、じゃあ例のメニューだそうか」
と、出せますでしょうか?同じお金をいただいてるんですよ。自分のお客様が、100人に1人であれ、1000人に1人であれ、自分が出したものでご飯を食べさせることができるでしょうか?というのが、第一の疑問です。
(小出氏)今答えていいですか?
もちろん出します。出すしかないのです。
ですから、今森さんちゃんと言ってくださったけれども、国が例えば決めている1㎏あたり500ベクレルという基準があって、例えばそれを年寄りに出せと私が言うとする。
でも、500ベクレル以下のものというのは、もう山ほどあるんですよ。400もあるし200もあるし、100もあるし何十なんていうのは、もうザラに全部汚れているわけです。そういうものを食べるしかないんです。私たちは。もう否応なく汚染したものを食べるしかない。すべて危険なんです。
ですから、今私たちに残されている選択は、どうやって分担するか、どうやってリスクを負うか、それだけのことでしかないんです。
危険は皆あるという、そういう中での選択ですから、こういう選択を私はするしかないと思うし、もちろん私は年寄りに出せます。
<会場ざわざわ>
(小出氏)子供に出すなんてことは到底できないわけだから、できるだけ子供にはきれいなものをあたえるし、残った汚いものは大人に出すしかないというところまで、私たちは追い詰められているということを認識しなければいけないと私は思います。

【その⑤】に続きます。
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