※この記事は、9月13日 【文字お越しUP】小出裕章氏と語る、続・原発『安全神話』溶融【その①】の続きです。

<22:20頃から>

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(小出氏)皆さん改めて、こんばんは。今日はありがとうございます。なんか皆さん私の話は何度も聞いてくださっているという、さっき今井さんもそう挙手で確認してくださったようですし、今日はメインのテーマはさっき今井さんが言ってくださったように、汚染してしまったこの世界の中でどう生きるべきなのかという食べ物の話をしたいと思っています。

ただその前に今現在、福島の原発はどうなっているのかという話もしろと、今井さんからどうもそういう要求を受けたので、ちょっとだけその話をさせていただきます。

まず、後半の議論につなげるために、生き物というものの不思議さというか、私自身が「とてつもなく生き物とは不思議だ」と思っている根拠の話だけ聞いていただこうと思います。
この会場に集まってくださっている100人を超えているでしょうか、方と私も含めて、みんな違う人間だし、地球60数億人いる人間がみんな違う人間だというのは、DNAが違うからですね。
私の指の皮膚を取ってDNAの分析をする、あるいは皆さんの血液を採ってDNAの分析をしてもいいですけど、全て違う。一人一人が違うわけですね。
でも、私なら私のDNAというのは、皮膚のDNAも、血液のDNAも髪の毛のDNAもすべて私のDNAですよね。そうできているわけで。
命を支えているというのは、全てDNAに書き込まれた情報で命という存在があるということだと思います。
そのDNAというのは、あまりこまかい理論をする時間はありませんけれども、二本の糸がらせん状に縒り合わさって作られている。そのらせん状に結びつきあっている、絡み合っているDNAの一本一本は、幅は2ナノメートルという幅なんだそうです。たいへん小さな、ナノというのは10億分の1という意味で、とても目では見えない幅のもの。
そして、私の指なら指の細胞から一つの細胞を取ってきて、その中に入っているDNA、幅2ナノメートルというDNAを絡み合ったらせんをずっと引き伸ばしていくと、1.8メートルになっているんですね。

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私の体の中には60兆個の細胞があるというんですけれども、60兆個の細胞の一つ一つを引き伸ばしたら、1.8メートルになるDNAがある。それが私を支えているということなんだそうです。
では例えば、ここに皆さんが普段使う裁縫の糸というものをイメージしてください。普通の糸ですね。大体より合わせっている糸になっていると思いますけれども。太さ0.2ミリという普通の糸くらい。裁縫用の糸というものが、もしDNAだったとすると、その糸、ぐちゃぐちゃに丸まっている糸をずっとほどいていくということを考えてほしいんですけれども、裁縫用の糸、どれくらいの長さにしたら、いわゆるDNAというイメージになるでしょうか?
本当は2ナノメートルで1.8メートルです。

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でも、それを0.2ミリの糸と考えて引き伸ばしていったら、どのくらいの長さになるか?ということを皆さんに考えてほしいわけですが、これは、近畿地方の地図です。今私たち大阪に居ます。一体裁縫用の糸を引き伸ばしていって、DNAの長さにしようとしたらどうなるかというと、ここらへんに若狭湾の原発群があって、大阪に電気を送ってきてくれるわけですけれども、DNAというのは、このくらいの長さになります。

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180キロメートル。
小さい字で申し訳ないですけれども、普通の裁縫用の糸を180㎞引き伸ばす。それは二本で縒り合わさった糸なんですけれども、ずっとこうやってほどきながら、実はもともと二本からなる一本の糸をほどきながら二本からなる日本の糸に再生するというのが、『細胞分裂』ということなんですね。
細胞分裂をしながら、もともとは私が生まれたときは父親の精子と母親の卵子が合体した万能細胞一個だったわけですが、細胞分裂を繰り返しながら、私になったわけだし、皆さんになってるわけだし、生き物というのはそういうことをやっているわけです。
「こんな長さの糸をほどきながら、同じ糸をもう一本再生していくなんてことは、人間ならできない。人間ならっていうか人工的な技術を使ってはできない」
と私は思います。
でも、それを日々やってるんです。私なら私の細胞はやってるし、子供なんていうのはもっとどんどん活発にそれをやりながら自分の体を作っていくということをやっているわけです。
「本当に不思議なものだな」と私は思います。

そういうことをやっている生き物というものに対して、放射線というものが今、被曝を加えるという現実になっているんですね。そうすると、放射線というのは、DNAならDNAを作っているひとつひとつの、私たち分子結合を破壊することをやるわけですから、放射線に被曝をしてしまえば、本当に生き物としての基本的な情報を次々と壊されていくということになる。たくさん壊されてしまえば、もちろん生きることができなくなります。皮膚自身が壊れてしまう。血液自身が壊れてしまう。生きることすらできないことになるわけですし、たくさん壊れされないとして、福島の事故が起きて、枝野さんという官房長官が居て、枝野さんの口癖は、
「ただちに影響が出るレベルではない」
と、言ったわけですね。
でも、「ただちに」出なくたって、細胞に傷がつくということ自身は当たり前に起きる。
すぐには見えなくても、その傷ついた細胞というものが、いつかまたガンになって出てきたりするということは、生物学的に言えば当たり前のこと。そのことは放射線というものを人間が知ってから100年以上経ちますが、その歴史の中で少しずつ事実を調べながら、科学的な知識を蓄えながら判ってきたことなわけです。

現在の学問の到達点というものは、こういう状況になっています。
私はここに『BEIR Ⅶ報告』と書きましたけど、これは私たち、普通「ベイル」と呼んでいます。Biological Effects on Ionizing Radioationというんですけど、『電離放射線の生物影響』ということをずっと調べてきた米国の科学アカデミーの中にある委員会です。
その委員会が2005年に7番目の報告を出したわけです。長い研究をしてきた結論がどうだったかが書いてあります。
その結論はこうです。
『利用できる生物学的生物物理学的なデータを総合的に検討した結果、委員会は以下の結論に達した。被曝のリスクは、低線量に至るまで直線的に存在し続け、閾値はない。』
というんですね。

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閾値というのは、「これ以下なら安全だ、被害が出ない」というものを私たちは閾値と呼ぶんですが、
『そんなものはない、こと放射線に被曝をするという限りは、どんなに微量であっても、ただちに影響が出ないレベルであっても、必ず危険がある』
というのが現在の学問の到達点なわけです。
ですから、私は枝野さんの言い方を聞いて、
「こういう言い方は、やっぱりサイエンスとしては正しくないし、国としては危険があるということをもっとちゃんと認めるべきだな」
とずっと思ってきました。
そういう放射線の被曝に関する知識が歴史とともに蓄えられてきたために、人々に対してどこまで被曝を我慢させるか?という値、いわゆる放射線の許容量というものは、時を経るにしたがって、どんどん低下してきました。
ここに1900年、1950年、2000年と書いてありますが、1900年というころは、実は放射線というものが発見された当初の頃です。
一番初めは1895年に、ドイツのレントゲンという物理学者が、初めてX線という放射線を発見するのですが、それ以降、放射線というものは何なのか?ということを調べる研究が始まったのでした。
皆さんご存知なのは、有名なキュリー夫妻とかが、必死で放射線って何かということを調べようとしていた時代なんですね。
その頃には、いわゆる放射線の許容量と書きましたが、どのくらいのものを人間に許容しようとしたか、或いは我慢できるかと考えたかというと、こういうところなんですね。

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これは、横軸は普通の1900、1950、2000といって、皆さんが普通になじみ深いスケールで書いてありますが、縦軸は実は『対数グラフ』と私たちが呼ぶグラフでして、下からいうと10倍毎に上がっていくというそういう特殊なグラフ用紙を使っています。
そして、レントゲンやキュリー夫妻たちが研究をしていたころは、1年間にどこまで浴びていいかというと、30,000ミリシーベルト、30シーベルトというような、こんなものを浴びたら死んでしまう、一辺に浴びたら死んでしまうというくらいのものが、許容量と言われていたんですね。
こういう時代にキュリー夫妻たちも仕事をしていて、自分の実験室で仕事をして、放射能を扱っているわけです。でも放射能がどれだけ危険かわからない。自分の実験着のポケットに入れて持ち歩いているわけです。そうすると、やけどするんですね。
「やっぱりやけどするのはまずいだろう」
ということで、この頃はそういうのが、いわゆる許容量というか、そんなに浴びるのはまずいから気をつけろよという値だった。
この頃にたくさんの人がキュリー夫妻も含めて死んでいくわけです。放射線っていうのは、被曝をすると危険だということがわかってきて、20年、30年も経つと被曝の許容量というのは、100分の1くらいまで下がってくるわけです。

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それでもやっぱり放射線は危険だということがずっと判ってきて、次々と下がってくるわけですが、ここにICRPと書いてありますが、これが最近皆さんも聞くと思いますが、国際放射線防護委員会という国際的な組織ができる頃なんですが、その前に原爆の被爆ということが起きるんです。1945年。
被爆ということが起きて、それから被爆者にどういう影響が出てくるかということに研究が始まって、次々とまた治験が蓄積されてくるということになったわけです。
そうすると、やはり今まで思ってきたよりも放射線は危険だということが、次々と判ってきて、どんどん許容量というのも引き下げられてくる。
そして、これは黒い丸印は普通の職業人といっている人たちの許容量なんですけれども、職業人だけでなくて、たくさんの人々が被曝をする時代というのが来てしまったわけですね。
原爆が爆発したら、たくさんの放射能が地球全体にばら撒かれるということになったわけだし、医療上のX線撮影もどんどん広がってくる。
なんか人々を守らなければいけないということに気が付き始めて、普通の人々に対する許容量というものも、設定されるようになってくる。
でも、それも次々と放射線は危険だということで、どんどん引き下げられてくる。これがこれまでの放射線影響に対する知識の蓄積史です。
言ってみればずっと下がってきた。
知れば知るほど被曝というのは危険だから、いわゆる許容量、どこまで我慢できるか?というものは下げるしかないということで、ずっと今日まできた、そういう歴史でした。

<37:40頃から>

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そして、福島の事故が起きてしまいました。
これはもう皆さん、十分ご存じだろうし、私もいつもこんな写真を見てもらっていますけれども、真ん中に並んでいるのは、タービン建屋。タービンという蒸気機関を回して発電をする建屋がずっと並んでいますし、その左側に原子炉建屋というのが並んでいる。
上のほうから1号機、ボロボロですね。吹き飛んでしまっている。2号機はなんかまだ形があるように見えています。3号機ボロボロ、4号機ボロボロというように、複数の原子炉が一気に壊れてしまったということになりました。

一体この壊れた原子炉の中からどれだけの放射能が環境に出てきたのかということを、日本の政府がIAEAという国際組織に報告書を提出しました。
その報告書のデータ、それがどこまで正しいか私にはわかりません、わかりませんけれども、どういう報告をしているかというのを、ここで見ていただこうかと思います。
ちょっと小さい絵でもう少しちゃんとスライドを作ればよかったんですが、小さい字で申し訳ありません。
ここに四角があるのは判っていただけるかと思います。

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この四角は、広島原爆が爆発してまき散らしたセシウム137という一番危険性の大きい放射性物質の量というものを、この四角で書きました。
では、今壊れてしまった福島第一原子力発電所の原子炉からどれだけのセシウム137が放出されたかと、日本の政府が言っているかというと、これだけです。
まず、これが1号機。

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すいません、また字が小さくて見にくくて申し訳ありませんが、広島原爆の約6発、7発分というものを1号機から放出したと言っています。
次が大変なんですけど、これは2号機です。

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さっき「かろうじて建物が残っていますね」と皆さんに見ていただいた、2号機が実は一番酷いと。形は残っているけれども、外の放射能を放出したのは2号機が主犯だと日本の政府は言っています。
そして3号機も何がしか放出したと言っています。

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全体でどれだけかというと、これは大気中に放出した放射能なんですけれども、広島原爆が、放出した放射能の170発分。

私が言っているんじゃないですよ。
日本の政府が
『広島原爆170発分の放射能が既に出てしまいました
』と言っているのです。

そして、実はそれだけでは済まないのです。
セシウムというのは、私たちのような生き物にとって、かなり被曝に寄与する放射能で、私たちが普通アルカリ金属とよぶものに属していて、『カリ』というのを皆さんご存知ですね。窒素・リン酸・カリという肥料の三大要素といって、植物を育てるのに必要なものですし、それを食べながら人間が生きているわけで、私なら私の体の中にカリはたくさんあるわけですけれども、セシウムというのはカリと同じ挙動をしますので、環境が汚れてしまうと、私の体にカリももちろん入るし、セシウムももちろん入ってしまうという元素なのですが、セシウムという元素の中には、今見ていただいた137番という番号のついたセシウムのほかに、ほかのセシウムもあるんですね。
これが今見ていただいた日本の政府が言っている原爆170発分放出したというセシウムです。それが、ベクレル数で言うと、数字は面倒くさいですので、こういう数字だと政府は言っていました。それが、広島原爆170発分に相当していたというんですね。

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そのほかにセシウムで違うセシウムがあります。なんていううセシウムかというと134番という番号のついたセシウムです。これが一体どれだけ放出されたかというと、日本の政府が言っているかというと、これだけです。
137番のセシウムに比べて2割多い、134番が既に放出されたと日本の政府は言っています。ただし、137番と134番のセシウムは生物学的な毒性が少し違います。被曝の毒性が少し違う。
どのくらい違うかというと、137のほうは1ベクレル食べるごとに、ここに数字で示しているようなミリシーベルトという被曝をする。そして、134のほうは1ベクレル食べるごとにこれだけの被爆をする。片や1.3だし、片や1.9で約5割、134のほうが危険だと思われているんです。現在の学問だと。
そうすると、放出量で2割多いし、危険度で5割多いわけだから、一体このセシウム134というのは、広島原爆が放出した137というセシウムに比べると、何発分になるかというと、300発分になる。

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これを合算すると、セシウムという放射性物質だけで、広島原爆470発分というものが、すでに放出されたと言っているのです。

私じゃないんですよ。
何度も確認するけれども、私がデマで言っているのではない。日本の政府がIAEAという国際機関に対して、これだけ実は福島の原発からは出てしまいましたと言っている。
そして、これはまだ収まっていないんです。今現在も出ているわけだし、ひょっとするともっともっとたくさん出てしまうんではないかということを私は危惧している、そういう状態で事故が今進行している。

【その③】に続きます。

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