<57:00頃>
(主催者)池上さんどうもありがとうございました。そして会場で議論に参加していただいた皆さん本当にどうもありがとうごじざいます。
今日は対話型のディスカッションを池上さんにコーディネートしていただきましたが、感想はいかがですか?
(池上氏)最初はね、本当に対立してにっちもさっちもいかなくなったらどうしようかと思っていましたが、皆さん極めて冷静で、それぞれの言い分が意見としては分かれるんですけれども、共通の基盤っていうのがあるのかなと。議論する土台がちゃんとあるんだなっていうことが判りましたよね。よくほら、テレビでもなんとかタックルとかあるでしょ?何だっていいませんけど、なんかエンタテイメントとして面白おかしく無理やり対立を仕掛けてる番組ありますよね。実はきちんと皆さんが冷静に議論すれば、非常に共通の政策っていうのがうまれてくるんではないかと。

(主催者)私も本当にそう思いました。脇で聞いていて、皆さんが本当に深い考えを持っていることが判りました。先ほど成熟した民主主義の第一歩は議論だというような話がありましたけれども、まずはそれができたんでないかなと思っています。
今日は二つのテーマを皆さんに議論をいただきました。当然時間でしたので、この場においての賛否を決したり結論を導くと、こんなことは思っていません。ただ、この議論をすることで、自分なりの考えを作り上げていただけたらと思っています。
私たちが望む社会を実現するためには、今日議論したようにいろいろな問題がありますが、
いかに当事者になって関心を持つか、
そしてその問題に対しての重要性をきっちり認識できるか、
その認識した重要性について、自分の意志を持つ、
その意志をこういう風に表明をする。
これが、本当に議論の基本になってくるものと思います。
このように自分の意志を表明するためには、正しい情報を得ないといけないと思います。また、その情報を取捨選択してきっちりと判断、これができないと表明というものはできないんじゃないでしょうか。


【第二部スタート】我々市民とメディアの在り方

<59:30頃>
(主催者)続いての第二部に参りたいと思います。
我々市民とメディアのあり方、これは非常に重要な問題でございます。
今日はゲストと致しまして、ジャーナリストであり自由報道協会の代表を務めておられます上杉隆さんをお呼びしております。上杉さんどうぞ。

(主催者)バックスクリーンのほうにいくつか顔写真がございます。どんな話になるか非常に楽しみですね。
では、そちらのほうにお掛けの上、進行をお願いします。

我々市民とメディアの在り方

(上杉氏)私、「黒い池上彰」の上杉隆です。
(池上氏)なんか全く私に無断で「黒い池上彬」っていうその意味はどういうことでしょう?
(上杉氏)池上さんが白いというのはつまり正しいことを世間に広めているんですが、その裏で役割をして池上さんの売れる本の一割くらいはこちらも売ってあげようかなと思った姑息な???で、なんか怒られているような気がするのでもう止めておきます。
(池上氏)はい。じゃあどうぞお座りください。
(上杉氏)ありがとうございます。
(池上氏)本当はもっと最初から参加してしていただきたかったんですが、今の今まで東京FMの生放送に出ていたんです。
(上杉氏)そうなんですよ。生放送中もこちらに来ながら、今やっているのをツイッター顔面で見ながら、裏についてから今ニコニコ動画で見ていたんですが、「上杉がきてもこれは場違いではないか」という非常に正しい意見があったんで、出るのやめようかと思ったんですが、一応出てきました。
(池上氏)はい。そうですね。さあ、で主催者としてはですね、今私たちが政治をどうしたらいいのかって考える上で、みんなで考えなければいけない。そのための材料としては、やはりなんとしても正しい情報を得なければいけないんではないか。正しい情報って何かというと、これは大変難しいものですが、さまざまな情報をきちんと咀嚼した上で、自分なりの判断ができなければいけない。そういうさまざまな情報を発信する側の立場から、上杉さんにコメントをいただこうと、こういうことだと思うんですけど。
(上杉氏)はい。なんか緊張しますね。大先輩に一個一個の質問が、叱責されて余計なこと言うなよ?っていうようなこと言われているような気がする。
正しい情報の発信っていうのを皆さんだとそれをインプットする側だと思うんですが、これは「正しい」というところに実はですね、からくりがあって、正しい情報を取る前に、多様な情報、つまり数ある情報の中かそれ結果として自分にとって合理的なものをとってく作業っていうのが必要だと思うんですね。必ずしもこの世の中に正しいもの、絶対的なものは無いわけで、例えばアメリカから見た正しさ・日本から見た正しさも、中東の世界から見たら逆であることも多々あるわけです。そういう意味であまり正しいっていうことに捕らわれないでひとまず多用な情報をインプットすると。そして私たちメディアの側からすると、多様な情報を逆に提供するような言論空間をつくっていくっていうのが前提にあるのかなと。ま、その前提が、実は日本はあまり出来ていないというのが、率直なところですね。
(池上氏)つまり、その上杉さんの問題意識としては、多用な情報の発信ということが行われてこなかったということ?
(上杉氏)そうですね。例えば、池上さんが地上派とかに出た場合ですね、私のような池上さんと反対側の意見もあるわけです。黒い意見と。仮に黒いとしますよ。それは、例えばそこにさらけ出して、「ちがうだろ、おまえでたらめ言うな」と言論の活発な議論がおこれば、違いが判ってみている人も判るんですが、日本の場合、そのメディアのことも含めて、社会全体が、そういう言論というのは、「混乱する」といって未然に防いでやっている。ですからそこでやはり、深まらないということと、同一の情報っていうのが比較的広がりやすくて、一歩間違うと戦前もそうですが、今回の原発もそうですが、間違った方向に一挙に社会全体が、一億総雪崩現象を起こすというようなことになるので、多様な言論ではそれは防げたかなと思うんですが、池上さん、そのあたりはどうですか?いろんな世界中取材をされていて・・・。
(池上氏)それこそなんだろうな。海外のテレビ見ていると非常に論争、議論というのが番組として成り立っていますよね。日本の場合、さっきもちょっと言ったとおり、エンタテイメントとして盛り上げるのはあるけれども、きちんとそれぞれの立場で言いあう、その議論が分かれて言い合っているのをキャスターが喜んで受け止めてるみたいな、そういうところが海外のテレビだといろいろ見られるんですが、なかなか日本はそうなっていない。
(上杉氏)そうなんですよね。あと、間違いを犯さないようにするっていうのは結構日本のメディアもそうですけど、ディベートの討論会、多いんですよね。どっちが正しいかって争いになってしまうんですよ、いつも。ツイッター上もそうなんですけど、例え何か発言すると、鬼の首とったように嘘つきだとやるんですけど、そうじゃなくてそういう意見もあるんだな、自分ははこうだって言って、多様な意見が5個も10個も出てくると、そこから議論が発展する。そういうのがですね、実は王手メディアの方が事前にそういう環境を防いでしまっていると、いつもの記者クラブ批判になるので、これを話し出すと多分50分くらい話すことになるので止めますけれども、そういう意味では多様性ですよね、やはり必要なのは。何といっても多様性。
(池上氏)それで言うと、記者クラブの話したがっているようですけど、それはそれで、ただ日本の大手のメディアがなんでそういうやりとりを敬遠してた?
(上杉氏)何でですかね?ホントに逆に聞きたいくらい。やはり、例えば最近ですが、今日事務所開きをやったんですが、自由報道協会というのを1月に作りまして、暫定代表をやっているんですが、その中で記者会見をするんです。いろんな政治家を呼んで、今画面で出てる方は、全員じゃないですね。例えばいっしきまさはるさん、仙石38、ジュリアナサンジさん、お呼びしてるんですけどまだ来てもらっていません。あと、それから枝野さんは断られています。堀江さんも後ろに自由報道協会のロゴがあるんですが、堀江さん2回会見したんですが、2回とも自由報道協会の会見ですね。既存メディアだと、自由報道協会ってモザイクかけるとこもあるんですけど。小沢一郎さん、3回過去やってます。これは既存メディアはやっていないです。それから石原慎太郎さんもやりました。都知事選で。そういう形で菅さん断られてます。
(池上氏)ムバラクさんは呼んでないんですね?
(上杉氏)ムバラクさんは呼んでないですね。忘れてました。
(池上氏)いやいや。
(上杉氏)いずれにせよ、どういうことかっていうと、呼んで、堀江さんなり、それから一式さんに対して小沢さんもそうですけど、否定的な人も居るし、賛同している人もいる。そういう人に来てもらって、そしてその場で駄々漏れで丁々発止やると。これが実は日本のメディア無かったんですよ。つまり反論も異論もそれから、例えば小沢一郎さんの異論に対する反論とか全部見せてしまうんですね。今ニコニコ動画さんやUstもそうですけど。それをやることによって、「あ、こんな意見があるんだ」と。つまり大手メディアがコントロールできない、加工できない意見をぱっと提供するということで、言論の多様性を生むという作業をずっとやってるわけです。これは既存メディアは実は欠けてたんですね。小沢さんの会見もそうですけど、小沢一郎は悪い人間だとレッテルを貼って、もしかしていいと結構笑うと普通じゃないというところの映像は使わないんです。そういうことをやっていると、結果として同一性をもって言論空間が作られてしまうので、結果、社会もおなじような意見を持つという。これが健全な時はいい。それが、逆機能を果たすと非常に危ない状況になるというのが、民主主義の根幹である多様性の欠如ということなんだと思うんですね。
(池上氏)そこで一つ、つまりとりわけ大手メディア、例えば地上波。地上波テレビでいえば、制限時間といのがあって、この時間の中に収めなければいけないという時で、この駄々漏れの議論ていうのは、嫌いますよね、そもそも。
(上杉氏)そうですね。あと地上波の場合は反論を載せればいいんじゃないかと思う。例えば、小沢さんの件で一番だしやすんだが、小沢一郎さんが逮捕へと盛んに2009年の3月4日以降大手メディアが書いているが、そうじゃない意見もたくさんあった。それも一緒に載せればいいが、それが提供されていない。つまり悪い人間だというレッテルを貼る。堀江貴史さんも一緒ですね。要するに、一回そういうレッテルを貼ると、それを修正しないで反論を載せない。つまり、こうだと思った一つの情報だけを提供することによって、結果として間違えた時どうするかというと、訂正するか、日本のメディアはなかなか訂正しないので、そうやって訂正をしない場合は、報じてきた事実が違うとなった場合、改めて新しい事実を報じるんではなく、報じられたほうに事実をあわせようとする。つまり、今日のニュースであったが、「菅さんは辞めると言っていたが、辞めなくなった、変心じゃないか、心変わりじゃないか」となったが、私は6月2日から「辞めませんよ、菅さんは」と一貫して言っている。そういう反論・異論があってもいいが、そういう異論は自分たちの報道と合わないとして排除してしまう。これはちょっと不健全性の理由なんで、単純に言うと、駄々漏れしなくていいので、異論といくつかの意見を並べるということが必要なのかと思う。
(池上氏)だから、一つの番組の中或いはそれぞれの局が、こんな意見もあるし、こんな意見もあるというのをやっておけば、とりあえず放送局として「間違えました」ということにはならないということ。
<01:10:00頃>
(上杉氏)はい。そうですね。たとえば、NHKは今回の原発報道で比較的良かったと思うのは、3月12日13日以降、「格納容器は健全に守られています」といいすぎた真ん中の一番上の人ですね。それに基づく発表報道を東電の勝俣さんと武藤さんが写ってますけど、その意見を基本的に流してきたんですが、例えば水野解説員などは、「いや、これは危ないですよ」と言った。少なくとも同一じゃなくて二つあったわけです。そうすると、結果としてNHKはちゃんと言ってたんじゃないかという評価になるわけです。
ところが民放は、「安全です。格納容器は健全に守られています。放射能は飛び散っていません。チェルノブイリなんて絶対ありません。プルトニウムは美味しく飲めます」とか、そういうちょっと今デマですけど、そういう一方的なものばかり言ってきたことによって、やはり違ったとなった時に、取り返しのつかないことになってしまったというのが、現状ではないかと思います。
(池上氏)その時に、政府側が「格納容器は大丈夫だよ」と言ったのに、「いやちょっと待てよ」というのは、それなりの知識なり、原子力について詳しくないと反論もできないから、とりあえず政府が言っているのをそのまま伝えることになるんじゃ?
(上杉氏)そうですね。それはジャーナリズムとしては一番最低の部分ですよね。っていうのも、私自身が3月12日から原子炉の設計士の方、それから自衛隊の方、南に逃げた方の関電工の職員の方とかいろいろ聞くわけです。自由報道協会の面々も、ずっと現地で取材して、つまり別のルートからちゃんと情報とってるんで、それをずっと提出していたんですね。で、同じように安全ですと言っている人たちもそういうふうにやったので、両方とも結局原子炉の格納容器の中身っていうのは、人類である以上、誰一人確認できないわけですよ。推測とこれまでの検証と、それから専門家の意見を提供するということをしなければならなかったのですが、政府の言いなりになったというのは、政府もわからないことを、まんま乗っかってしまって、結果として、右から2番目の下の方の言ったことを、その隣の菅さんとムバラクさんは関係ありませんが、上の方がそのまま国民に説明してその方針が決まってしまったと。だから、残念ながら25年前のチェルノブイリと事実上同じような結果を今もたらしてしまっているというのが、世界の評価ですよね。日本だけはちょっと違うけど。その部分は。
(池上氏)だからそういう意味でいえば、NHKの水野解説員がなんであの時とっさに「これは極めて深刻な事態だ」と言ったのは、彼はこれまでずっと原子力について調べていて、専門家だったからこそ、とりあえずの事態ですぐ自分の頭で判断できて、これは深刻な事態だといえたわけですよね。ところが、他のテレビ各局はそういう専門家を育成してなかったもんですから・・・
(上杉氏)え、結構居ましたよ。東電の会見に行くと、文化科学部とか、NHKはそうですけど、或いは朝日新聞の科学部とか・・
(池上氏)えぇ、新聞社の話じゃない。テレビ局といっています。
(上杉氏)民放も結構詳しい人いたんですよ。ただ質問をするんですけど、それが放送されない。東電の会見をずっと3月から1ヶ月くらい24時間張り付きでいったんですが、私も専門知識無かったんですね。メルトダウンっていう言葉自体もよく判っていなかったんですが、もちろん勉強します。ただ東電の会見に行くとそんなことわかんなくてもわかることが一つある。それは、日に日に言っていることが変わるんです。この人たちは。
(池上氏)なるほど。
(上杉氏)例えば
昨日「プルトニウム測定器はどうしましたか?」と聞くと、
「測定器はありません」と言って
「ないんですか?」といったら、その直後の会見で
「測定しました。こういう値です。」
「測定器が無いのに、どうやって測ったんですか?」
「実は、別のとこにありました」
明らかに嘘ですよね。そして出てきた資料で、格納炉で炉圧が7.93ってなっていたのかな?2号炉は。3月14日。ただその2時間後に0.63になったんですよ。素人が見ても
「あれ?圧力がこんなに下がるっていうことは、爆発じゃない?」と、聞くわけです。別に原子力の知識はないんです。そうすると、
「いや、通常の下がり方です」
って言うですが、こういう単純な疑問を聞くのは、フリーランスの記者ばっかりなんですよ。だから言いたいことは、つまり、難しいことじゃなくてもずっと会見で続けることによって、ちょっと前に言った疑いのところを追及すると。その時は、チェーンクエスチョンといって、ジャーナリズムが団結して聞くことによって、勝俣さんも武藤さんも、自分がおっしゃった前の発言と齟齬をきたして、結果として違うことを発表すると。それはある意味ジャーナリズムが完全に専門家じゃなくてもできる一つのテクニックなんで、そういう意味では、既存メディアの方も普通にできてましたし。不思議なのは皆、会見に出ている若い記者や現場の記者は、「これは東電に嘘ついてる」って皆思っているんです。だけど、新聞・テレビには絶対に出ないですね。これは本当に不思議でしたね。だいたい理由は判ってますけど。でもそういう意味では、やはりジャーナリズムの役割っていうのは大きかったな、と。メディアとしてね。
(池上氏)今ついついお互い伝える側、報道する側の論理でついついしゃべっちゃったんですよ。つまり、政治やなにかのことを考える上でなかなかその内部の話はわからない。でもテレビや新聞やネットなどでの情報を元に、判断しようという人へのメッセージなりアドバイスっていうのはどうなります?
(上杉氏)そうですね。例えば「正しい」と先ほど池上さんもおっしゃいましたけど、NHKが正しいとか、朝日新聞が正しいっていう比較的日本人ってそういう教育を受けてるんですよね。で、フリーのジャーナリストとかですね、こういう真面目な会にも???するような怪しいインターネット関係の人とかですね、ちょっと胡散臭いなと思うんですね。私もそう思ってました。でも、NHKと朝日新聞の記事が必ずしも正しいわけではないんですよ。所詮やはりインターネットの記事であろうが、雑誌の記事だろうが、NHKの記事だろうが、朝日新聞の記事だろうが、同じ人間が作っているんです。人間っていうのは、絶対に間違えないことはないので、人間が作る新聞が間違えないことはない。となると、朝日だって間違えることはあるんですね。そうすると・・・
(池上氏)今、ひょっとして言い間違えてない?だから、人間は失敗するものだから、そういう失敗する人間が作るんだからどうだってみんな間違えたりすると
(上杉氏)そういうことです。間違えないこともない。間違えました。また。こうやって間違えるんですよ。軽く。
(池上氏)人間間違えますからね。

第二部【その②】へ続きます。