こんにちは。
昨日はバタバタしていた中、考えさせられる中継を2件見ることができました。
一つ目はIWJ CH2で行われた岩上さんが直接、東電社員の奥様にインタビューした放送。
ここでは、会社の発表を信じる旦那さんと「末端社員まで最新情報が降りてくるのか?」と疑問に思った奥様がネットで情報を収拾しだしてから、お子さんと一緒に関西へ避難してくる様子を語っています。
東電社員だということを他の人に口外しないよう親戚から念押しされたり、子供にこの避難の理由を言えなかったり、やはり、旦那さんとの関係や、東電社員である旦那さんを支えることによって、間接的に東電へ協力していた自分を責めたりと、苦しい胸のうちを告白されています。
さすがにアーカイブはUPされていないようです。

その次に、夕方19:00過ぎから中継されたのは、武田先生と岩上さんの対談でした。
内容的には、専門的なことよりも精神論というか、そういったことに重点が置かれていたように思います。
全てを起こすのは、無理でしたが、Bochibochiが一番気になった、というかずっと考えていたことに触れられていたので、その部分を大きく分けて2箇所(①22:45-②47:00-)起こしてあります。
では、見ていただいてからのほうがお話しやすいと思うので、どうぞ。

110630「武田邦彦×岩上安身」 (140:55)
http://www.ustream.tv/recorded/15710358


【以下、時間のない方のために内容を起こしています。ご参考まで】
①(22:45-)
副島さんと武田先生の話におよび・・・
(岩上氏)どういう内容でこの議論がすすんだのか?
(武田氏)いま言われたとおり、副島さんは福島に住んで、福島のものを食べてもかまわないのだから、変なことを言うなと僕に言う。僕は、それもそうだけど、10年後にガンになるのはかわいそうだからと、そんな感じ。
ただ、私はずっと昔にものすごく多くの聴衆に罵倒されたりしたことがある。最初は1対6とかそんな感じ。聴衆も1対6。
(岩上氏)それはどこかのシンポジウムとか?
(武田氏)はい。一ツ橋大学が最初だった。武蔵野公会堂もあった。しかし私は、かっこいいこと言うようで恐縮なんだが、次の日本を作るために最も大切なことは、やっぱり意見の違う人の意見を冷静に聞いて議論をして、相手を理解するということを抜きにして、私の考えで社会が発展することはないと思う。門前払い。「お前は俺と違う。お前は死ね」とこういうやり方をやっていると、やっぱりその国は進歩しない。だから、どんなに自分が罵倒されようと、人数の比率が1対10であろうと、それはあまり気にしない。やることが問題。私の意見が通るということはあまり問題ではない。まず、全然違う人が議論して、しかもまぁ副島さんを批判しませんが、相手を非難しないということが重要。要するに、自分の考えと相手の考えのどっちが正しいかということは、自分にはわからない。自分は自分が正しいと思っているだけで、相手は相手が正しいと思っているんだから。キリストかなんかに聞かなければ、おしゃかさんンとか、判らない話だから。だから、「私は今のところこう思っております。あなたはなるほどそう思っておられるのですね?」それで、またそれを聞いた人が、自分なりにお考えを持つと。こういったことを繰り返していく必要がある。それはやっぱり日本がね、欧米はそういう点では比較的いいんだが、だけどいつも欧米に負けているわけにもいかないので、日本もそういう「相手の立場を尊重し、自分の考えが正しいとあまり主張しない、私はこう考えている」と。「考えている」ことと「正しい」ことはちょっと違う。それをやりたかった。私、昔武田邦彦は嘘をついているのか?という本を出版する話があったとき、それを受けた。(以下部分省略)
(岩上氏)論争というのは議論であるかぎり、大いにやっていただいて、しかも意見の違いのところを鮮明にしながら話していくのわけですね。それはおっしゃるように、それが相手の存在否定とか、人格否定であるとか、そういうことになってはいけない。相手を叩き潰すんだとかそういうのは全然違うことであって、考えを競い合う・・・
(武田氏)そうそう、ネットは非常に良いし、多くの貢献を既にしたが、まぁまだ未熟だから。ネットの一番の問題点は、私が思うに、私がある意見を言っているのに、「武田人格批判」に変えるってやつがある
「武田というのは何だ?」
ひどい時には、
「あいつはああいうところに勤めている」
これは、恐らく多分駄目で、
「あいつは男だ」
「あいつは黒人だ」
そういうのを認められないというのは一つの大切なことで、ず「相手(自身)」を言うのではなく、その人の「言っていること」を批判したり、論じたりするこれが成長してくると、さらにネットの威力は出てくると思う
(岩上氏)相手の人格・存在というものを認めたうえで、その上でその考えについて論じ合う。当然のことながら、相手に対して自分の意見をぶつけていくたびに自分の意見を変えることもあるだろうし、自分が説得することに成功することもあるだろう。でも、それは人格の否定とは関係ない。
(武田氏)そうです。私は時々寄せられる「これは武田の専門ではない」というのがあるが、私は専門家か専門家ではないかを決められるもんではなくて、「言っていることが専門的深みを持っているか」。専門家として深みが浅ければ、それは専門家ではないというだけ。別に最初からこの人はこの領域の専門家だって決まっているわけではなくて、専門家でもポンコツは居る。だからそういう人物を規定するようなやり方から、もうちょっと成長すると非常にいいと思う。

【中略】

②(47:00-)
(武田氏)食物に毒物が入ったものを売るのは人道的に許されない。ODAとかそういう話ではない。もっと基本的な人倫の問題。
(岩上氏)こういうことを続けていくっていうのは、どうしたら止められる?
(武田氏)私は戦後教育の成功だと言っている。戦後教育が目指したものが実現している。つまり戦後教育というのは、教育基本法第1条に書いてあるとおり、「自分だけよければいいという人間をつくるのが最高だ」と教育基本法に書いてある。友人も関係ない。家族も関係ない。社会も関係ない。国家ももちろん関係ない。自分だけがよければいい。そういう教育をずっと目指してきた。自分だけよければいいという人達が集合した社会がいいのだと戦後教育の一貫した考え方だった。これが実現するとこうなると思います。もう文科省はとにかく児童が被曝するのは関係ない。今日のめんどくさい仕事がなければいい。教育委員会もそう。先生方もそう。
(岩上氏)晩発性がんが起こる頃には自分は役職にいないと。
(武田氏)はい。そう。だから極めて合理的。だからやっぱり僕は本当に日本人が今度の機会に、本当に「自分だけがいい」という現在の教育基本法第1条で我々はいくのか?それとも、僕が最近言っているように、やっぱり愛する家族、信頼できる友、誠実な社会、尊敬できる・誇りにできる国家。こういうものに自分のSocietyや幸福があるんだというふうに考えるか?これは日本人に突きつけられている、現在の判断ですよ。
(岩上氏)実際のところ、個人の利得や利益、それから権利というものを追求しようとすると、実はめぐりめぐって他者を助けることに。自分の所属している共同体の中で困っている人が助かるように、そうしたことを意図的にすることによって、迂回しながら実は自分自身も助けられていることなんですけどね。それが理解されていない。
(武田氏)それは、(人から)教えられないとね、なかなか人間、身につかないと思う。
(岩上氏)しかし、若い人だけではなくて、先ほどから名前を挙げている山下さん(長崎大)。耳を疑うのは、「外国の情報には耳を塞げ」「できれば情報統制してしまえ」ということと、「あなたは責任を取れるのか?」と質問された時に、「私が責任を取らなければならないと、ガンが何十年も先に出るようになった時に私はもう居ないから、責任は取れないからいいんだ」と、まさに先生が今おっしゃったこと。山下さんて多分年配だと思うんですが・・・。
(武田氏)いや、多分戦後教育です。
(岩上氏)そうですか。いや、僕はもう残念も極まりないところで、戦後教育ってずっと長いですから、ほとんどの日本人教育ってなってしまう。
(武田氏)今75歳くらい以下は、全部戦後教育。ですから、ま、戦前教育がいいって言ってるわけではない。要するに戦後教育、つまりその自分だけよければいいという教育をし続けて、僕なんかはずっと教育現場に長く居続けてるが、はっきりとそういう思想で教育されている。それが本当に我々のSocietyにいいのか?これは、今度みたいな大きな事件がそういう社会の基本のところを聞いてくると思うんです。事件が大きければ大きいほど、一番根本のところを聞いてくる。だからその聞いてきたことに対して、我々はぐっと答える。これは必要ですね。そしたら、今度の災害も少しは回復することができる
(岩上氏)意味を持ちうるということですね。いずれにしても、国内の他の非汚染地域へ汚染をばら撒いていくことや・・・
【中略】
(52:20-)
(武田氏)御用学者について)そういうこと(嘘をつくこと)はしちゃいけないとは思うけど、戦後教育はしろと教育してきた。だから、これは僕ら考えて、保安院の西山さんの不倫だってそう。まともな人だったらこう考える。
「これだけ福島の人が苦しんで、お母さんが苦しんでる時に、高級ホテルのバーで不倫を繰り返すって、あなた一体精神どう?」となる。これが既に間違った問い。だってそういう人を作るように一生懸命やってきた。「あなたは、職務は見かけでやったらいいですよ。人を裏切っていいですよ。あなたがよければ全部いいんですよ」繰り返し先生が教えてきた。先生はそのつもりはなかった。だけど、結局そうだった。自分に得になればいい。それだけを教えてくるのだから。それを今更ね、「福島の人が苦しんでいるのにあなたなんで不倫?」て言うほうが間違っている。本当は。だから僕はあまりそれを言わない。農水省が何やってるかと言わない。
【中断】
(55:05-)
(岩上氏)こういう風に自分さえ良ければいいと、学校エリートほどそういう傾向がある。
(武田氏)僕は教育していて、がっかりしてしまう。教育すればするほど悪くなる。ずるがしこくなる。「何のために僕は教えているのだろう」思うことは再三ある。やはりこれは教育に基本的な考えの間違いがあると。だから僕は東大の先生が大量に嘘をついたのは、よく判る。彼らはそういうもののトップだから。嘘をつけと言われてきた人のトップが嘘をついても驚いちゃいけない。そんな感じですかね。

【参考資料】
教育基本法
第一章 教育の目的及び理念


第一条  教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
-------------------------------------------------------------------
さて、①(22:45-)の部分について、皆さんはどう思われたでしょうか。

私は、これは本当に必要なことだと思っています。
 まずは、自分の意見を言ってみる。
 いろいろな意見があることを知ろうとする。
 相手への敬意を忘れない。
 相手の立場や人格を非難しない。
議論をするに当たって、心構えというか、議論に対するスタンスが異なる人とは、なかなか話が進んでいかないことは、某所で学んでいる最中です。

自分の意見が正しいかどうかは、わからない。
でも言っていく。そうしないと伝わらないし、さらに違った見方ができるようになるかもしれない。
また、自分の意見を見たり聞いたりして、もしかして誰かの問題提起につなげられれば、それだけでOKだとずっと思ってきました。
それでも、やっぱりBochibochiの立場を叩いてくる方もいらっしゃいます。
そういう時は、やっぱり悲しいです。
もうその人とはお話できないということですから。

それでも、Bochibochiは討論できる環境をとっても大事に思っています。とても勉強になっています。
あなたの身近にそういう場所はありますか?
真剣に話しても、受け止めてくれる環境、ありますか?

②(47:00-)
ここは、戦後教育が今の日本の考え方を作ったと武田先生が言っている部分です。
教育基本法第1条は参考資料として貼っておきましたが、文面からは、武田先生が言うほど意図は汲み取れませんでした。勉強不足なんだと思います。
でも、現実を見ると、なるほど確かに納得できる節がBochibochiにもあります。
自分を第一に優先することは、悪いことではないと思います。むしろ優先させてほしいと思っています。
しかし、そこで「自分だけを優先」するようになることは、全く意味が違ってきます。
自分の立場しか考えないで発言をしていると、いつのまにか心の底から離せる人は居なくなってしまいます。

親は生活のために働きにでて、経済的に潤うことこそが子供の幸せだと信じてきたと思います。
そういう社会を戦後ずっと作り上げてきたと武田先生は指摘しています。

何のために働くのか、何が自分や家族にとって幸せなのかをほとんど考えないで生きてきた。
「それがいいんだ」
「それができない奴は負け組」
みたいな空気が出来上がってて、みんな必死にそれにしがみついて走ってる。
今起こってる、ものっすごく大事な時、絶対に避けて通れない問題が起こっている時ですら、立ち止まれないくらい、全力疾走で走ってる。
みんな必死だから、責めることもできない。
どうしてこうなってしまったんだと、悔しくてしょうがないです。

「自分だけ幸せであればいい」と考える人はどのくらいいるのでしょうか?
周りの人を助けたいと思うことは、綺麗ゴトですか?
Bochibochiが何の話をしているか、わかっていただけるでしょうか・・・?

【被災地の方々は、今は自分のことで精一杯だと思いますので、ここ以下は読み飛ばしてください。】

被災地から離れた場所に居る方々に問いたいと思います。
今回の震災や原発のことを当てはめて考えてみてください。
自分の生活を守ることは、とても大事。
第一優先が当たり前です。
きっと目の前のことで、精一杯の人も居るでしょう。

でもそれだけでいいですか?
自分の生活さえ守れれば、被災地のことは置いておけますか?

これは、今後の日本の方向を決めていく大切な問いです。
被災地をみんなで支えたいと思うことは、綺麗ゴトですか?
もちろん責任を問われなければならない人が大勢いることは百も承知ですし、それが大前提にあります。
でも、被災地でも、そうでない地域でも、現実の生活は続いています。

その為に自分の意見を言うことは、Bochibochiには許されないのですか?

原発の再稼動もそうです。
自分の地域が潤えばいいですか?
その周辺にどのようなリスクを負わせるか、考えていますか?
今回の原発事故でそれを学んだのではないのですか?

ごめんなさい。途中に、個人的な感情が混じってきてしまいました。
でも、Bochibochiの問いに、是非とも「そんなことはない、自分は違う」という人々がたくさん居てほしいと願っています。

とても一方的で、極端な問いかけで、気分を害される方もいらっしゃるかもしれません。
お詫びします。

しかし、この問題提起はとても大事だと思っています。
今、私たちの前に突きつけられている問題です。
一度真剣に考えてほしいと思います。
そして、自分にできることを出来る範囲で行動していってほしいと心の底から願います

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

失礼します。

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