※この記事は、6月24日 東京災害支援ネット:東京都へ赤坂プリンスに避難している被災者に対する処遇改善要望書に関連しています。


赤プリきょう退去 親類宅を転々…また次の避難先へ 安住の地、どこに
産経新聞 6月30日(木)7時55分配信
 東京電力福島第1原発の事故で、被災者が身を寄せる「グランドプリンスホテル赤坂」(東京都千代田区、通称・赤プリ)が30日、避難者の受け入れを終了する。事故収束の見通しが立たない中、新たな避難場所への移動を余儀なくされた。「いつになったら落ち着けるのか」。避難者からはあきらめに近い声が上がっている。(川畑仁志)

 閉鎖を控えた29日、赤プリの一室で福島県いわき市の主婦、八木君香さん(37)は荷造りに追われていた。

 7月から、長女(4)と千代田区の旅館に身を寄せる。自宅を出てから6カ所目の避難所。「まだ、自宅に戻るつもりはない。根無し草になってしまった」と自嘲気味に話す。

 会社があり、自宅に残った夫(42)とは、東日本大震災以降、3カ月半以上にわたって別居が続く。会えたのは4回だけだ。

 八木さんは震災直後、自宅が断水し、余震への不安もあるため、いわき市内にある夫の実家に身を寄せた。その後、神奈川県、続いて兵庫県の親類宅に避難。さらに同県姫路市内の月決め賃貸マンションで1カ月過ごした後、4月下旬に赤プリにやってきた。

 親類宅にたどり着いたころ、原発の放射能漏れが明らかになった。「赤プリに入居するときは、出ることになる6月末には事故も収束し、自宅に戻ることができるだろうと思っていた。甘かった」と話す。

 いわき市は県内でも比較的、放射線量が低いとされる。周囲から「怖がりすぎだ」と言われたこともあったが、幼い子供を抱え、不安は消えない。「本当に安全か分からない。娘に何かあったら…」と、表情を曇らせる。

 次の旅館の滞在期間も8月末まで。「このままでは次の避難先を探さなければならなくなる」。2年前に新築したばかりの自宅で家族3人で暮らすめどは立たず、いらだちが募る。

 都民間住宅課によると、赤プリは3月末の営業終了後、福島県を中心に宮城、岩手の各県から計約350世帯、800人の被災者を受け入れた。受け入れ終了で、滞在中の約700人のほとんどが、都から紹介を受けたホテルや旅館、都営住宅に移動する。自宅に戻る人もいて、29日も赤プリでは大きな荷物を運び出すなど、引っ越し作業が続いた。

 千代田区によると、区内の小中学校には避難者の子供31人が通っていたが、受け入れ終了で16人が区外に転居。しかし、希望する14人はそのまま通学を続けるという

 地元に帰るため、赤プリを出ても東京で働き続ける人もいる。いわき市の大野正一さん(43)は、金物店を経営していた。自宅兼店舗は震災で壊れ、修繕に約1千万円かかる。費用を捻出するため、東京の大学図書館などで棚から落ちた資料を書架に戻す仕事をしてきた。今後は台東区内のビジネスホテルに移り、別のアルバイトを探す。

 仕事や福島県内に残してきた両親、今後の生活など心配の種は尽きない。大野さんは「赤プリでは避難者がたくさん集まっていたので、ロビーに行けば情報交換が容易だった。今後は、自分だけ。早く店を再興できるよう、行政支援に乗り遅れないようにしたい」と名残惜しそうに話した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110630-00000112-san-soci

赤プリ、30日までだったんですね。
あの要望書は一体なんだったのでしょう・・・。

避難されていた方々の切実な状況が見えてくるような内容です。
どこに行っても「根無し草」のような生活・・・。

何とかしないと、心もお金も浪費してしまいます。

頼りない政府に期待できない状態で、自治体の頑張りに大いに感謝しています。
どうかマッチングがうまくいきますように・・・。

失礼します。