※この記事は5月23日子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク、文科省へ福島の20mSV問題一歩前進【校庭の土壌を政府負担で処理へ】の続報となります。

山本太郎「事務所、辞めました!これ以上迷惑かけられない」福島の子どもたちのため覚悟の決意表明
シネマトゥデイ 5月27日(金)23時10分配信

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福島の親たちと文科省職員との緊迫したやり取りを見つめる山本(画面左)
 

 俳優の山本太郎が、27日、自身のツイッターで所属事務所のシスカンパニーを辞めたことを報告した。

 山本は、27日21時半ごろのツイッターで、「事務所辞めました!今日。これ以上迷惑かける訳いかないから。辞めるな、と社長、スタッフの皆さん何度も引き止めて下さった。最後には僕のわがままを聞いて貰いました。13年もいたSISは正義感強く情に厚い事務所。もう関係ないから事務所への電話しないでね。他の役者に迷惑かかる(原文ママ)」と報告した。

 福島第一原発で起こった原発事故のあと、「 反対。って言うと、芸能界で仕事干されるんです、 御存知でした?でも言ってやります、反対!」と山本は、脱原発を自身のツイッターで声高に訴え、デモに参加するなど原発反対運動を続けてきた。

 福島の子どもたちを疎開させるべく立ち上げられたプロジェクト「OPERATION KODOMOTACHI」では、7分以上にわたるメッセージを送り、23日には文科省の前で、福島県の親たちとともに、福島県の学校に通う子どもが受ける放射線量を年間1ミリシーベルト以下にするように訴えた。 

 文科省前で、「何も行動しなければ、僕は自分を許せない」とわれわれの取材に応える一方で、長年所属してきた事務所に対しては、「たくさんの役者さんが所属している事務所なんで、あまり迷惑はかけたくないんですが……」今は見て見ぬふりをしてもらっている状態なんです。本当に感謝しています。と複雑な気持ちを伝えていた山本。今回、ツイッターで、原発発言が問題となりドラマがなくなったと告白したことが波紋を呼び、事務所まで取材攻勢の電話が及んだことで、「これ以上迷惑をかけられない」という気持ちになったのだろう。

 27日、文科省の高木大臣は会見を開き「福島県の学校に通う子どもが受ける放射線量を年間1ミリシーベルト以下にすることを目指し、毎時1マイクロシーベルト以上の線量のある学校に対しては費用の支援もおこなう」と、発表した。23日、山本太郎とともに文科省前で20ミリシーベルト問題を訴えた「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」代表の中手聖一さんは、「本当に小さな小さな一歩ですが、皆さんの力が、国を動かしたと思っています」と声を震わせ、孤立無援の状態でも、声を上げ続けた山本に、「福島出身でもない山本さんが、わたしたちと一緒に声をあげてくれたことは本当に心強かった。わたしは彼に、勇気を出してくれてありがとう、と言いたいです」と語った。(編集部:森田 真帆)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110527-00000042-flix-movi

山本さん、このニュースを読んで、泣いてしまいました。



Youtubeであなたの信念を見ていましたが、子供を守るネットワークと共に文科省前にいらっしゃったことは知りませんでした。
やっと、文科省の重い腰を動かしたところです。
そこで、あなたの配慮によって事務所を辞める決意をされたニュースを見て、
「なんて理不尽な世の中なんだろう」
と、思ってしまいました。

実は、別件で昨日フリージャーナリストの日隅さんがガンで入院されたことを知りました。転移があったそうです。詳しくはブログ(情報流通促進計画)をご参照ください。
このニュースもかなりショックだったんです。

最前線で戦ってくれていた彼が、病に倒れた・・・。

でも、落ち込んでる暇はないんです。
山本さんも日隅さんも、みんなに落ち込んで欲しいとは思っていないはず。

彼らの意思を私たちが受け継いで、私たちレベルで行動していく。

それが、私たちにできる一番求められたことだと思います。

彼らに引っ張ってもらって、ここまで連れてきてもらったんだから、今度は私たちが続く番です。

そして、彼らが戻ってくることを信じて、私にできることをやりつづけます。


失礼します。